そんなもの投げても、当たらないと思う!
「おはよー」
「おはよ」
返事をすると、姉はそのままふらふらと歩いで、そのまま
よっとっと、と言いながら不安定な動きで洗面台に水を満たしていく。だが洗顔用品はないので、ばしゃばしゃと乱暴に顔を洗った。……めちゃくちゃ水が飛び散ってる。あれ、たぶん僕が片づけるんだろうな……。
「今日は町、大盛り上がりかもね」
「そうだろうね。ちっ」
仮にも相手は悪い竜を退治したのでは?
「役人も巡回回数増やすんでしょ?」
「そういう話だった。僕も一応一回はしなきゃいけないみたいだし、ついでに見るよ」
「……今日は草スープかもしれないなぁ」
「いやいやいや! そこはなんとかする!」
「もう面倒だから、そこらの雑草と卵と砂糖でなんか作れそうじゃない?」
「食中毒みたいになるよ! あのね、姉ちゃんも知ってると思うけど、毒をもってる植物はけっこうあるんだからさ!」
「こっちにはカエルとかうさぎはいるのかな……鶏肉みたいな味ってのを
わああああ、もう今日の食事全部諦めてるー!
「姉ちゃんは今日なにするの?」
「…………腹立つから、ベーコンのおばあさんのところで留守番の手伝いする」
…………こんな不審人物が
まあ大人しくしているなら、まだ安全か。昨日の変なやつが来ても、おばあさんが追い払ってくれそう。
何事もないことを祈ろう……。
……なんて思っていた朝の俺を、今は殴りたい。
巡回に出た俺は、同僚と話しながら経路を順調に進んでいた。
魔法使い
まほう、つかい……。
でも全員、魔法使いっていうより、どこかの騎士みたいな
歓迎する町の人々の声を受けて、馬に乗って手を振ることで返事をしている彼らの中で、昨日の男と俺は目が合った。
……うん、姉ちゃんの好みではないな、あれは。
*
「
燃え
「姉ちゃん! あいつとほんとに知り合いじゃないの?」
「知らん」
「でも姉ちゃんのこと探してるし」
「迷惑だ」
いや、そりゃそうだろうけど。
思い返すと、どうしてもあんなものが魔法とは思えない。
邪竜を倒したというのも、なんだか
でもおかしい。もしもあいつが姉ちゃんをこの世界に
べつに姉ちゃんはなにか特別な力を使って逃げているわけではない。
「しんど……」
姉ちゃん……やはりこっちでも運動不足か……。
「出て行ったら姉ちゃんは助かるんじゃ……」
「おまえが殺される!」
え?
「あいつの狙いはおまえだ。本来、おまえはここにはいないはずだから」
どういうこと? マジで俺、巻き込まれたほうだったのか?
でも殺されるほど、なにかした覚えがないんだけど……。
男が軽く笑って、指を鳴らすと町の中に熱風が吹き荒れる。肺が、いたい。これが魔法?
「
びく、と俺が
あんなやつの前に出たら、ころされる……姉ちゃんも、俺も……。
なんで、なんでこんなことになってるんだ……?
「
地面にびたっとくっついている姉ちゃんの姿は、お世辞にも見ていられるものじゃない。そんなことをしても人間は平面にはならない。
出てこい、としつこく言う男の周囲の者たちは、無言だ。無表情でただ男の
「どうするんだよ? どっちかが
「……それなら、
「はあ?」
「だけど、たぶんあいつはこの町ごと消すと思う」
「なんで? 俺たちあいつになにしたの? 前の時の知り合い?」
「いや……。姉ちゃん、友達いないだろ」
そういえばそうだった。なんで今、そんな悲しいことを言うのか、この姉は。
二人とも見つからないように地面と同化するような姿勢で、話を続ける。
「やっぱりあいつがやってるの、魔法?」
なんか想像してたものと違う。指パッチンでなにかが燃えたり……なんのチートかと思うじゃん。
「あいつ自身があれが魔法って言うなら、そうなんだろうけど……『魔法』っていうのは、なにかを利用して使用してることが多い」
「?」
「魔力、マナ、精霊、とにかくそういう、魔法っていう現象を起こすために必要な『力』だよ。人間だって、なにかをする時にはそういう力が必要だからね」
煙と
「テストでいい点数をとるのに勉強するのも、運動でなにかの痕跡を残すために練習するのも、そういう『力』だよ」
「んん?」
「でもそれで学年一位とか、望んだ結果になるわけじゃない。人間がやることで、確実なことなんてものはないんだ」
「じゃあ魔法って……」
もしや
「純粋な力に、人間の感情は
「そ、そう?」
「もし『それで叶う』なら、信仰はない。祈りやお
気軽に奇跡が起きていたら、それこそ世界は大パニックだ。考えれば、恐ろしいことだった。
しかし本当に夢も希望もないこと言う……姉らしいが。
「ええい、
あれ? なんであのウクレレもどきを持ってんの? まさか武器にでもするのか?
「そんなもの投げても当たらないと思う!」
「その通りだと姉ちゃんも思う!」
「まさか姉ちゃん……マジでチートな能力でも持ってんの?」
「そんなものないって、わかってるだろ?」
「たしかに」
納得する俺に「
「ごほごほっ、ちょ、ごほっ、お、おいぃ」
……めっちゃかっこ悪い。
あまりに派手に
まるで舞台の場面転換のように、一瞬で赤い世界が、元に戻る。でも、人々は
「
そう言っている男の言葉を
「す、すまない……そこまでむせるとは……」
謝ってる……あいつ。
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