溺れたら人間は窒息死するんだよ
「だけど姉ちゃんの
「…………まずいな」
ひとりごちた姉の言葉は、なんの感情もこもっていない。不安になった。俺はなにを、期待していたんだ?
別の人生になっても、幸福だけで終わるなんてことはない。
俺よりたくさん観察して、考えている姉は……なにを
「魔法使い
あれ? そっち?
「どこの芸能人だってんだよ! 同じ人間のくせにっ! あいつら見たって腹は
確かにそうだ。俺の場合はまったく関係ないけど。でも姉の収入が減るのは、この状況ではまずい。あ、だからまずい、って言ったのか?
なんというか、本当にリアルな世界だ。見回りに行く同僚たちの剣を持たせてもらったが、あまりにも重くてイメージが崩れたし、ものが斬れるのかと疑問さえあった。
どんな世界で生きていても、なにに向いているか、その向いている職業に
こんなに才能の
「このままこの世界で暮らすのかな……」
「そうかもねぇ。色々考えちゃうよね。それ、どこの世界で生きててもだけど。
だって人間って老いるし、
「まぁ姉ちゃんは
「そうだよ。向いてない」
え?
知らない声が響いた。町はずれにある家に向かう道で、その先でぽつんと立ってこちらに微笑みを向けている肩までのさらさらの金髪の男。
めっちゃ
「
はあ? なんで姉の名を知ってんだ、こいつ。
「どちらさまですかァ?」
姉は姉で顔をしかめている。確かに町の人々に比べると、顔の
「迎えに来た」
え? もしかして選ばれしは姉ちゃんだったの? 俺が巻き込まれたほう?
「知らないひとについていくわけないでしょ。てか名前も名乗れないんですかぁ?」
……あの男、姉ちゃんの
いやでも、知らない男がいきなり「迎えに来た」とか言って、
「あなたが僕を知らなくても、僕は
「きっしょ! なに言ってんだこいつ!」
え? なんなの? この男が原因でここにいるの? もう事件解決する? でもわけがわからない。
「どうして
「こいつ殺人宣言しやがった! 溺れたら人間は窒息死するんだよ、ばーか!」
「みずほ」
ただ穏やかに、静かに、言い聞かせるように言葉を続けてくる男。さすがに空気読んだほうがいいと思うけど、絶対ひとの話聞かないタイプだろうなぁ……。
「お願いだから、幸せになってよ」
切実な声に、俺の胸もなぜか苦しくなる。
「うるせーッ! おまえの『幸せ』は私の『幸せ』じゃね-んだよ!」
めっちゃ怒鳴り返すじゃん……台無しだよほんと。
「ここなら君の願いも叶うのに」
その言葉に、姉ががらっと雰囲気を変えた。にや、と笑ってみせる。まるで別人みたいな表情だ。だれだ、このひと。
「言っただろ。おまえじゃ叶えられない」
んん?
驚いていると、今の空気が嘘だったかのように、姉はその場でばたばたと暴れた。
「きもい! 去れっ!」
「いいよ。また明日ね」
「ハアァ?」
にこっと微笑んだ
「ゆゆゆ、ゆうれ……」
「待て!」
俺の声を
「
でも、と俺のほうを姉は見てくる。
「幽霊なんかじゃない。存在はしてる」
「でも死んでる可能性あるじゃん! ゾンビとか!」
この世界、ホラーだったの? 生き残りをかけた世界だったのか?
「ゾンビならそれなりに体臭がする。
とりあえず!」
「っ?」
「おなかすいたから帰ろ!」
思わず
*
うっすいカーテンのせいで、太陽光が直接目に響いて痛い。三日目。やはり、目を覚ました天井は、見慣れないものだった。
「まぶし……」
かたいベッドから起き上がって、軽い
姉は夕飯をとりながら、調べたことのうちであろうことを、教えてくれた。この世界では、幽霊の存在は認知されているが、実在は証明されていないらしい。
あの幽霊もどきはどう考えても姉を……
部屋を出て、昨日のうちに用意していた
だから使わない布を水に
日本に居た時もそうだった。結局、どうなりたいのか、わからない。姉もそうだった。姉は、途中で……いや、最初から、なにかの目標などなかったのかもしれない。
今日はなんにちなんだろ? この世界には曜日があるのか? どういう歴史があって、どういう国があるんだろう?
気になることは多いのに、知る
結局、ゆっくりと世界を徐々に知っていくしかない。なにができて、なにができないのか、ゆっくりと理解していくしか。
この世界の両親はどうなったのか、なにもかも、家の中のものだけではわからない。
「魔法使いの
昨日の
口も性格も問題ありだけど、姉は決して美人の
あれが『選ばれし者』だったら、この世界、
俺は昨日仕入れた少ない食材で朝ごはんを作った。くっ! 何度やっても、この
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