不可能なことを可能にする力


 しかしマンガとかで見ているメイドのことを想像すると、もっと軽々と仕事をしていた気がする。

 仕事の帰りにあの噴水広場で、姉の真正面に陣取っていたのは、どこかの屋敷で働いていたらしい娘だった。手もまめだらけ、衣服も生地がうすい。とはいえ、こちらよりも随分ずいぶんもマシだが。

「だ、だれ?」

「なんか昼過ぎからずっといるお客さん」

 姉はどうしたもんか、とまた楽器の弦をくせみたいにいている。

「最後にリクエストしていいですか!」

 コインを見せつけてくるが、まだ全然価値がわからない。しかし姉は「いいでしょう」とうやうやしくうなずいた。

「とはいえ、お望みの話があるとは限らないからなぁ」

「知ってます。だって、ふつうの吟遊詩人ぎんゆうしじんはこういうこと、してないし」

 ……やばい。エセ吟遊詩人だとバレている……。

「王都の吟遊詩人たちは、後世こうせいに残すために、色んな話を聞いて唄にしています。あなたは、違いますよね」

「まあね。人間の記憶ってすぐ曖昧あいまいになっちゃうし、都合つごうよく改変かいへんしちゃうから」

 またそういうことを……。

 でも、感情が混じるとそれはありえることだ。

 足組みしたまま、姉はその娘をながめた。

「食事係の一人だったのかな。給仕きゅうじ?」

「! わかりますか!」

「まあ……すすにけっこうまみれてるし、厨房ちゅうぼう仕事は大変だからね」

 その言葉に俺が不思議そうにしてしまう。俺を見遣みやり、姉は説明してくれた。

「厨房って基本的に別の場所に作るか、建物の高い位置にあることが多いんだよ。室内は締め切ってるから高温になるし、だけどガスコンロとかそういうものはないから、大鍋を使って調理してるんじゃないかな」

「???」

「コンロに火をつけたまま、鍋とかフライパンをさっと火から遠ざけたりするだろ? それを鍋でやるんだよ。おっきなキャンプフャイヤー……とは言い過ぎか。まあ火の上で」

 ぜんぜんわからない。想像ができない。

 困惑してる俺に、姉はジェスチャーを加えてくれる。

「こうね、室内で火をおこすんだよね。その上に鍋をるす装置があるんだよ。火はだいたいつけっ放し。だって屋敷の主人の気紛きまぐれに対応しなきゃいけないし。

 うーん。消してるとこもあるかもだけど。まあでも、火力調節を、火のほうでするんじゃなくて、るしてる鍋でやるんだよね。人力で、火から離したり、近づけたり」

 手動しゅどう? と、とんでもない肉体労働だ!

 つまり屋敷の規模に合わせた鍋でそんなことをしてるってことか? おいおいおい、エレエーターを昔は人力じんりきでやってました、より驚きだ!

「煙とかすごいから、建物の高い場所か、建物から離れた場所に厨房を作るんだよ。ね?」

「はい」

 うんうんと女の子がうなずいてる。今の俺より年下っぽいのに……大変なんだな、やっぱり仕事って。

 あぁ~、それを考えるとティータイムとかあっさり言って紅茶飲んでる令嬢系の話って、なんかムカつくな。

「どういうのがいいのかな。故郷にでも帰るの?」

「魔法使い一行いっこうの方々を一目ひとめ見たら帰ります。新しい仕事を見つけるにも、住み込みのところを探さなきゃいけないし。家族への仕送りのこともあるので」

「……なにがいいんだよ、魔法使い一行いっこうなんて」

 珍しく、姉がとげのある言い方をした。驚く俺をよそに、少女は瞳を輝かせた。

「だって邪竜を退治したんですよ! すごいじゃないですか! もうお目にかかることもないですから、記念に」

 姉はどこか納得をしていない表情のまま、彼女のリクエストに応じて物語を披露ひろうした。やはり、音痴だった。


 すっかり仲良くなったパン屋のおじさんと、肉売りのおばあさんと会話をして、帰路につく。

 まだたった二日なのに、姉は話さないだけで色んなことに気づいているのだろう。あえて俺に話さないのは、前と同じだ。たずねれば色々と答えてくれるけど、自身から必要と思わないことはしゃべることはない。

「邪竜を退治した魔法使いか……。たけるくんも見てみたい?」

「まぁ……。もしかして、姉ちゃんここがどんな世界かわかってるって言ってたけど、なにか関係ある? 小説とかゲームの中とか?」

「通行人AとBだって言ったでしょ。そもそも悪役令嬢のゲーム設定は、あれこそゲーム制作にたずさわったこともない、調べたこともないひとの妄想だからね」

「断罪とか?」

「あのねえ、物語の主軸に関係ないものにわざわざイラストレーターにイラストを頼む? どんだけお金がかかると思ってるんだよ? 商売のモノづくりってのは、予算が決まってるんだよ。いじめっこのためにわざわざ立ち絵とかイラストスチルを用意するくらいなら、もっとべつのことにお金を使うって」

 すべての悪役令嬢を敵に回す言い方だ。でも、姉のいかにも合理的な考えは、納得できるものだ。

 でもあのジャンルが人気を一時いちじでも得たのは、それに共感する人間がいるからだ。娯楽性が高いと判断されたというのもある。

 姉が許せないのは、ゲームはかなりの人数で作られた作品であり、シナリオを無理やり変更しようとするの力で、という点だろう。そこに関わった大勢の製作者の労力を、たった一人の足掻あがきでどうにかできるほど、夢は容易たやすくない。それに、作品として世に出した人たちの気持ちまで踏みにじる行為だ。

「魔法使いがどういうものかには、興味がある」

「言っておくけど、そこで隠れた能力が目覚めて一緒に旅に出るとか、そんなこと起こるわけないからね」

「そんなのわかってるよ! どうせ観衆AとかBってことだろ」

「姉ちゃんも魔法に関しては気になるよ。魔法ほど、わけのわからない、ものはないから」

「は?」

「どんなおとぎ話でも、不可能なことを可能にする力…………そんなもの」

 ぼそぼそとらす姉の最後のほうの声は聞き取れなかった。

「魔力とか、大気たいきのマナ? とか、精霊、とか……うーん。色々あるよね」

「精霊なんて、どこで見たの?」

 真面目な顔でたずねられ、あ、と俺は言葉にまった。姉のくらい瞳にうつっているのは興味ではない。

「目に見えないものを簡単に信じちゃダメだよ。ただでさえ、ここは日本じゃないんだから」

「でも……少しはファンタジーを感じても」

「ファンタジーってどういう意味か知ってる?」

「?」

「『普段と違うことがほんの少しでも混ざってる状態』のことだよ」

「…………」

「ジャンルとか、文学的には違う意味だけど……大きくあるのは、魔法がある、あって当然で、なくても、そこに幻想がふくまれてる世界……」

「じゃあやっぱりこの世界には魔法はあるのかな」

「この世界にとって『当然』なら、それはファンタジーじゃない。むしろ、姉ちゃんたちの世界が『虚構』の世界になる」

 なんか、なんか、寒気さむけがする。気楽に下剋上とか無双とか、そういうことじゃないのか?

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