金銭としての価値はないし、ゴミだし

「これが所持金だあ!」

 ばーん、と屋台の陳列台ちんれつだいに手持ちの所持金を全部置いた。ばーん、というのは姉がわざと声に出した効果音だ。

 それを眺めて、「みみっち」と言いかけたおじさんが驚愕きょうがくし、いきなりあわれんできた。

「お、おい、粘土で作られた偽のコインがいくつか混じってるんだが……おまえさん、詐欺さぎにでもあったのか……?」

 ……うそでしょ。すっごい恥ずかしいんだが。

「詐欺じゃない! これは子どもたちが一生懸命作った、こども銀行の小銭だよ! 確かに金銭としての価値はないし、ゴミだし。だけど気持ちだけは受け取ったからね!」

 ごみって言ってるんだが……。

 おじさんが見るからに動揺してしまう。わかる……このひとと関わりたくないよね。いつもはこうじゃないんだ。ただこの興奮状態だと、こういうことを仕出しでかすだけで……。

「う、うーん……」

 もう追い払ってくれていいです。お願いです。追い払って……。

 押し黙っている俺のほうも見てくる。こっち見ないでください。

「毎日草のスープでしのいできたけど、おじさんのパン、食べてみたいなって思ったんで! 足りないならあきらめます!」

「草のスープ?」

「食べ物も買えない子どもたちが路地裏で痛めつけられてるこのご時世……それでもこうして姉弟きょうだいふたりで草を食べて生きてます! たまにはパンが食べたい!」

 家にあったリンゴはもしかしてもらものかもしれない、となんとなく思った。

「本当にやばかったら、虫も食べなきゃいけないし、でもそこまでして生きてなんかいいことあんのかなとか思っちゃったりするけど、とにかくおじさんのパン、本当にパンか確かめたいので売ってください!」

「ああ? ここにあるのは誰が見てもパンだろうが!」

 そうですよね。そう思いますよね。でもうちの姉が言っているのはそういうことではないんですよ。すみません。

「ふ。本当にそれがパンなんて証拠しょうこ、どこにあるっていうんだい? パンってのは穀物こくもつの粉に水とか塩とか、なんかふくらませるものとか入れた生地を発酵はっこうさせて焼いたもの! だけどみんながそう思ってるだけで、パンってほんとは違うのかもしれないじゃないか」

「は……?」

綺麗きれいな女だな~って近寄ると実は男だった……パンだと思って買ったらべつのものだった……つまりはそういうことさ。おじさんのはパンだって自信満々に言えるのかい!」

「そこまで言うなら確認しろ!」

「はは。言ったね。じゃあ、そこの有り金で買えるパン、確認させてもらうよ。文句は言いっこなしだよ」

 …………すいません、うちの姉が。

 おじさんはどのパンにするか吟味ぎんみしているようだ。一番小さくてシンプルなのでいいのに、なぜかったものを二つ渡してくれる。おいおい……。

「さあ、食べてみな」

「いいとも」

 姉は一口食べてから、静かにうなずいた。

「確かにこれは……ボクが知るパンだ。すまないね、うたがってしまって」

 なぐられてもおかしくないことをしてるって自覚は……あるんだよな、このひと。

「でも、やはりボクが知るパンとは違うようだ」

「なんだと!」

生地きじはやわらかいし、ジャムまで入っている。とてもおいしい。これはパンの形をした、別の食べ物だよ!」

 ……ぇえ?

「もっともっとおいしくなるんじゃないかい、これ」

「……お嬢ちゃん、なにものなんだ?」

 ただの貧乏な吟遊詩人ぎんゆうしじんだよ。おじさんも乗せられないで。

 かぶっている帽子のつばをくい、と少しだけ下に動かし顔を隠す。なにもかもが、うさんくさい。

「ただの田舎の吟遊詩人だよ。今日のパンの代金、足りないと思うから明日も持ってくるとも」

「…………」

「ボクはウテナ。この町の人たちに聞いてみてもいいよ」

 そりゃ、こんな格好してるの、姉だけだろうからせまい界隈まちでは知れ渡ってるはずだ。いい意味だけではないと思うが。

 ではね、と身をひるがえして去る姉を一瞥いちべつし、おじさんにぺこりと頭をさげてから俺は姉を慌てて追いかけた。

 追いついた姉は案の定、もうパンに飽きている。

「そしゃく、めんど……」

「押し付けないでよ……」

 自分のはもらっているのに。

「いいから食べてみ?」

 食べかけなんだけど…。仕方なしに口にする。……パン、だけど、かたい。あれ? そういう種類なのか?

「日本じゃないからね。柔らかいパンって少ないとは思ってたんだよね」

 確かに試行錯誤しこうさくごされて作り上げられた日本のパンとは別物だ。下手するともっとかたいパンで、歯が痛くなっていた可能性はある。

 やれやれと背中を丸めながら歩く姉の、この気分の落差よ……。

「そういえば、魔法使いの一行いっこうがこの町を通るんだって? 魔法があるんだね、この世界」

「まあ、姉ちゃんたちは使えないよ」

「使えるようになるかもしれないのに」

「そんなに簡単にできるなら、こんな田舎町の、町はずれの家で暮らしてないよ」

 さも当然のように姉が言う。なにか、確信があるみたいな、言い方だ。

「いいおじさんだったな。ちょろかったけど、でも、こどもだからって情けをかけないのは、職人としては信用できる」

「…………」

「でももうけはないんだろうね。他人とコミュニケーションをとるより、パンを作ってるほうがいいんだろうな。いいね」

 にっ、と姉が笑った。…………いい出会いだったのかもしれない。

 真正面から顔を見て、話をして、交流する。簡単でいて、すごくむずかしい。

 太陽はかたむいて、空が紫色に染まっている。地球と似てる。

「もしかして、別の世界じゃなくて……地球のどこかの時代かもしれないよね」

「…………そうだな。でも、姉ちゃんはここがどういう世界か、わかったよ」

「えっ? マジ?」

「うん。でもそれ、いま言ったところでどうでもいいことだから。とりあえず帰ってご飯食べよ。生きるって、ほんと大変だよ」

 しみじみ言うことかな、それ……。


 帰って台所を調べた結果、かまどらしきものはあった。

「おお、キャンプみたいだ。よし、えだを拾ってこよう」

 と言って暗い中に出かけた姉はものの数分で戻ってきた。

「うわ~、虫がめちゃくちゃいる~!」

 ……キャンプも虫との戦いなんだよ、いい経験になっただろう。

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