お取引ありがとうございました

「おや~。もう夕方か。早いなぁ」

「こうやって合流して帰るの、あやしまれない?」

「だいじょぶだいじょぶ。ここでの姉ちゃんも変わってるみたいだから、それを世話してる優秀な弟がたけるくんだよ」

「……僕はべつに優秀じゃないよ」

 むしろ姉のほうが色々な面でまさっている気がする。確かに姉は生活能力が皆無だ。料理は苦手。食べるのもすぐ飽きる。眠るのも面倒。興味のないことに動く労力を心底嫌がる。他人とからむのが本気で嫌。

 だがそのマイナス面をおぎなうように、姉の趣味の執筆は、まさに天才的なものだった。一つの長編を作り上げるのに、姉は頭の中だけでそれを終わらせてしまう。

 ひたすら書いてばかりいた時代で、姉の書き方をたずねたことがあった。姉は推敲すいこうをまったくしない。整合性をとるために言葉を直したりすることはあっても、まったく変更することはない。物語にあるべき場面を、時系列を無視してばらばらに書き上げてから、その世界の骨組みだけをつくって、ぺたぺたと肉付けしていく。

 先に頭の中から外に出した場面はすべてが物語に必要なもので、その場面をつなげる物語もまた、すべて仕組まれているようなものになる。結局無駄なところがひとつもないのだ。

 だが本人はいつも納得していない。こんなつもりじゃなかった、と毎回言っていた……。

 こんなひとを、俺は知らない。姉は希望の物語を一切書かなくなったし、どこかに応募することもしなくなった。それでも……時々、思い出してはなにかを書いてはいた。

 そんな風に俺がおもいをせている最中、コップに入れられたいくつかのコインを、姉はてのひらの上に落として数えている。

金銀銅貨きんぎんどうかってわけじゃないんだね、こっちの通貨は。うーん。これは慣れるまで大変だ」

「なにか買って帰ったほうがいいんじゃない? 台所がどうかはわからないけど、料理なら僕が作るから」

「よっしゃ! じゃあこのお金でなにが買えるかやってみよう!」

「……いきなり無駄遣いするのはやめてよ」


 屋台が通りに並ぶ商店街とやらに足を運んだ。どうやら姉は先にこちらにも来ていたようだ。

「ウテナちゃーん! どうだったー?」

 明るく声をかけてくれるおばあさんに、姉はにこにこと笑顔でお金を見せた。なんだか少し不思議な光景だった。日本にいた頃、姉がこんな顔をすることはほぼなかったからだ。

「やっだー! 偽物も入れてあるじゃない!」

「えー? どれどれ? あ、残りで今晩の夕飯に使えそうなもの、なにか買えないかなぁ」

「いっつも雑草買って行くのに、珍しいねぇ」

 おばあさんがこちらを見比べる。どうやらいつもの二人とは違う行動をしているらしい。ということは、こっちの自分はあの草スープを日常的に食事としてとっていたということだ。

「パンくらいなら買えるかねぇ。あそこの屋台のほら、あそこ」

 ちらちらと視線で示してくれるほうを、俺たちは見遣みやる。いかにも気難きむずかしそうなおじさんが陣取っている。確かに並んでいるのはパンに見えなくもない。ぱん……?

「おばあちゃんのところでは買えない?」

 並んでいる加工された肉類を見遣みやる残念そうな姉に、おばあさんは明るく笑った。

「じゃあとっておきの話を休みの日に聞かせてくれたら、燻製肉くんせいにくあげようかね!」

「わー! やったー! どういうのがいい?」

「そうねえ。ロマンチックなのがいいねぇ。うちの旦那とは違う、かっこいい人が出てきてねぇ」

「ほうほう」

 なにが「ほうほう」だ。もうすでに頭の中で話を組み上げ始めているだろうに。

「約束! 燻製肉くんせいにくちょうだい!」

「残りは成功報酬だよ」

「物々交換最高!

 お取引ありがとうございました。またの機会がありましたら、よろしくお願いいたします」

「?」

 ぺこ、と頭をさげる姉が「はっ」と、やらかしたという顔をする。おい……それ、オタのグッズ交換の時にやるやつじゃ……。

「は、はははー。吟遊詩人ぎんゆうしじんジョークだよ~」

 く、苦しい! 見てるこっちも苦しくなる! 無理だ、色々と。

「ウテナちゃん、ほんとおもしろいねぇ~」

 す、すごい。日頃からこうだから、おばあさんがなにも疑問に思ってない! え、この世界では変な人のほうが得をするのか?

 肉の切れ端を大きな植物の葉で包んでくれて、渡してくれる。そうか……ビニールとかないよな、こんな感じだと。でもたぶん、ここは本当の中世ではない。だからあちこちが、ちぐはぐな感じがしているのかもしれない。

「じゃあまたね~」

 と、姉なりの愛想よさで手を振ってそそくさと俺の横に戻る。俺の視線に「スンマセン」とらした。

「だって話ひとつとベーコン交換なんて……元の世界じゃ考えられなくてさぁ」

「あー……まあそうだよな」

 ネットが発達している世界では、物語なんていう、カタチを成していないものは価値がないと思っているひとも多い。姉は小説や物語を『作品』として同等に扱わなかった人たちに、ネット上で遭遇そうぐうしてしまっている。結局のところ、価値観が違うということに落ち着いたが、俺はそんなひとたちがアマチュアでもモノづくりをしているとは認めたくなかった。

 自分で小説書いてみろってんだ。簡単な魔法みたいに作られてるようにみえるそれが、きちんと作品として完成する大変さを、想像も貧相な考えなら、ほんと……趣味サークルの中だけにいて欲しい。外にでてこないで欲しい。

「でも弾き語り……みたいでけっこう人が集まってたみたいだけど、びっくりした」

「そりゃ、娯楽が少ないからでしょ」

 あっさりと姉が言う。

「スマホもないんだよ? 携帯電話もない。娯楽らしいのって、どうせボードゲーム系でしょ。昭和初期の日本に近いかもしれない……」

 いや、それより前かも……。

 真剣に考えている姉は、もはやパンのことなど抜け落ちているらしい。もういいや。

 とりあえず腕を引っ張って屋台を移動する。しかし保存方法とかあまりないからか、色んなものが屋台に並んでいるが……食料のほうはやっぱり少ない。日持ちしないからだろう。

「すみません、あの」

 腕組みしている強面こわもての男性に声をかけると、にらまれた。こ、こわ。

 普段なら近寄りたくないし、関わりたくない。避けて通るタイプの人間だ。

「すいませーん! 貧乏なんで、おいしいパン恵んでください!」

「ひいいい!」

 堂々と胸を張って言う姉の横で、思わず俺は悲鳴をあげてしまう。無茶苦茶するよ、ほんと!

「冷やかしなら帰れ!」

「ばかな! 一応お金はあります! 盗もうって言ってるわけじゃないんでそういうのやめてください!」

「そんな奇怪きっかいな格好で……」

「ボクを知らぬとか、ふふ、おじさんあまり噂話とか、人と関わらないから知らないみたいですねぇ」

 ……ぼく? 一人称いきなり変えてきたけど、それもキャラづくり?

 たじろぐおじさんに、姉はほこらしげにうっすい胸板むないたを張って言う。

「知る人ぞ知る、娯楽のひとつを提供する変態吟遊詩人とは、ボクのことさ!」

「……冷やかしじゃないか。おまえら以外にもみんな金に困ってるんだよ」

「そんなの当たり前じゃないか! お金に困ってなかったら貧乏なんてわざわざ言うもんか!」

 す、すごい開き直りだ! こっちの心臓がもたない!

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