働かないと、今日のご飯ないよ


 姉の言う通り、町まではそう遠くなかった。なぜ町中ではないのかというのは、貧乏が理由というのもあるが、『持ち家』があることが大きいようだ。

 裏路地も通ったが、中世ヨーロッパのような見た目のそこでは、瘦せ細った幼い子供たちがまったく動くことなく、転がっていた。治安が良くないと言った姉は、ただしい。

「でも姉ちゃんと二人だけか……こういうの、あんまり見ないな。巻き込まれ系か……?」

「小説やマンガの世界かもしれないここでは、ただの通行人だけどね」

 ニッと笑って言われて、思わず目を細めてしまう。

「いいじゃないか。日本人だった時も、我々は、我々の人生の主人公でしかなかったんだから」

 他人からすれば、ただの脇役だけどね。と、姉がささやく。

 大事そうに抱っこしてるウクレレなのか琵琶なのかわからない楽器を、本当に使う気なんだと思い知る。こんな珍妙な格好なうえ、この楽器をかき鳴らし、音程のはずれた歌声を披露する……家族と思われたくない……。

 確かに行き交う人々の外見は大差はない。正直な感想は、区別がつかない。いわゆる、日本人が外国人の顔をうまく識別できない状態である。

 さすがにこれは予想していなかった。

 母さんや父さん、それにもう一人の姉はどうしたのだろう?

 そもそもなぜここにいるのだ? 死んだのか? 意識不明とか?

「あ、そこの建物だよ。一応話を聞いてきたけど、まぁ適当に話を合わせておけばなんとかなるって!」

「そんな無茶振りしないでよ! 同僚とか上司とかの名前わからないんだから!」

「だけど、働かないと、今日のご飯はないよ」

「…………」

「正直、姉ちゃんとしてはそこらの雑草でなにか作れればな~とか思っちゃうけど、知らない植物だからね」

 せめてつくしがあれば~とか、言っているが、姉に任せることは危険だと感じた。この姉なら拾ったものを試しに食べて、お陀仏とかありえる!

 でも、様子を見ている限り……引きこもっていた時のような状態にはなっていないみたいで安心する。今はきっと、この状態が興味対象だからだろう。

 だが、姉は色んな人から声をかけられていた。どうやら姉のコスチュームのせいで、住民には強い印象を持たれているようだ。

 適当に相槌あいづちをしていたので、名前なんかまったくわからないのだろう。これで切り抜けるつもりに違いない。

「昼ご飯は自分で調達しろ~い! じゃあね~!」

 姉があっさりときびすを返し、そそくさと知らないほうへ歩き去ってしまう。残されたほうとしては、いつ元の自分に戻るかも、この状況もわからないのなら、とりあえずお金を稼ごう。だいたいのことは、お金があればなんとかなる! 姉もそう言っていた! その意見に俺も賛成だ!

 気合いを心の中で入れて、建物を振り返る。煉瓦造りの建物だが、ここに役人がいるのだろうかと突っ立っていたら、中から出てきた若い男たちがこちらに気づいた。

「おはよ」

「はよー」

 おお……普通の朝の挨拶。

「おはよ」

 不自然にならないように返して笑うと、二人は自分の周囲を見てくる。

「またお姉さんが見送ってきたの?」

 あいつ、常習犯なのか!

 顔に出ないように「そうだよ」と応じると、もう一人がなにかを思い出したのか、楽しそうに笑ったのだ。

「おまえの姉さん、ほんと変わった吟遊詩人だよな」

「……まあ、否定はしない」

「最初の出会いを思い出したら、もう絶対笑うしかないし」

 なにをやったんだ、あの姉は。

「相変わらず味のうっすいスープとか飲んでるのか? 昨日仕事代わってもらったし、昼、おごるぜ」

 やった! よっしゃ!

 一つに髪をくくっているほうが……奢ってくれるほう。短い髪のほうが、そうじゃないほう。せめて髪の色がカラフルならまだなんとかなったのに。

「ふたりは?」

「おれらは見回り。まあただ巡回してるだけなんだけど。おまえは机の上に書類山積みになってるから、がんばれ」

「……ウン」

 書類仕事は姉のほうが絶対に得意だ。仕事を代わって……無理だ。ストリートミュージシャンになる勇気は、俺にはない。

「こんな田舎の町で事件なんか起こるわけねーしな。じゃ」

 フラグ立てるみたいなセリフ……。

 片手を振って、二人は行ってしまう。どう見ても、ただの人間だ。衣服も自分と大差がなかった。

 結局ここは、この世界はなんなのだろう? 本当に転生したら、前の人生は終わっていることになる。憑依だとしても、元の身体が無事とは限らない。

 はあ、とため息をつきながら、俺は屋内に足を踏み入れた。


 *


 書類仕事は意外に簡単だった。町そのものが大きくないせいもあるとは思うし、自分たちは冒険をしている勇者一行でもない。日本での仕事のほうがもっと複雑なせいもある。

「そういえば王都に帰還する魔法使いの一行いっこうがここを通るらしいぜ」

 帰り支度をして席を立った時、そんな声が耳に入ってきた。まほうつかい? え? この世界、魔法があるの?

「そ、それ、ほんと?」

 駆け寄ってなるべく自然に問いかける。同僚の男は不思議そうにした。日本の高校生とは全然ガタイが違う……。

「おまえの姉さんが言ってたんだけど、聞いてないのか?」

 思わず足をすべらせてずっこけそうになった。本当にあの姉は!

「お先に~」

 そう言ってしゃをあとにし、姉が居座っているという噴水広場に向かう。町のいこいの場を、あの音痴が支配していたらと思うとぞっとしてしまう。

 ほぼ無一文なうえ、お金の価値がわからない状況でなんとか広場に辿たどり着く。そこには……琵琶法師びわほうしがいた。やばい。ほんとに琵琶法師にみえる。

「ねえねえ今度は別の勇者さまの話がいい!」

 意外にも親子連れに人気のようだ。姉は噴水のぶちに腰掛け、楽器の弦を鳴らす。やはり適当にやっているのがわかる。

「そっかー。でもさ、じゃあ大★魔法使いのお話はどうかな?」

「え、それって! 蛇竜を退治した魔法使い一行いっこうのお話?」

 瞳を輝かせる子供たちを見渡し、うーんと姉は考えている。また適当に弦を鳴らしている。そばにおいてあるコップは、まさか銭入れか?

「王都に戻るっていう魔法使い一行だね。でもなー、そいつらのこと、あんまり知らないんだよね」

「えー? でもなにかあるでしょ? 英雄譚えいゆうたんでもなんでも!」

 しつこく食い下がる子供たちに困り、「よーし、じゃあ明日には用意しておくから、お金恵んでね!」などと、身もふたもないことを言って、立ち上がっていた。

「今日もおもしろかったわ、ウテナ。物知りよね~」

「いやいや。今度は身分差みぶんさで引き裂かれた悲恋のお話でもぜひ」

 母親たちにもそう言って、コップを回収し、こちらに気づいて近づいてくる。うぅ、なんかやだ……。

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