ナイフを隠し持って行ったから

「いやぁ、大きなつばの帽子って、長時間かぶってると重いもんだね。でもこれも、日銭を稼ぐのに必要なアイテムだし」

「てことは、姉ちゃんは魔法使いなのか?」

「いや?」

「え? じゃあなんだよその恰好」

「ハッタリだよ」

 ふふ、と笑う姉に、つい苛立いらだって帽子をとって、食べかけのリンゴを含んだ籠に帽子をかぶせ、そっと姉のほうへる。それを姉は見もせずに、さらに流れるような動きで自身から遠けた。

日銭稼ひぜにかせぎに必要なんだよ。たけるくんは知らないだろうけど、この世界はかなりシビアだよ」

 眉をひそめると、姉は早く食えとばかりに朝食を見てくる。仕方なく出された木製のスプーンを使ってスープを口に運んだ。

「うっす! 薄味すぎる!」

 まずい! 率直に言って、ただのぬるい水! そもそも具材のこれ、雑草だろ!

[気づいたようだね! そう! 我々の生活はいま! 逼迫ひっぱくしているらしい!」

「はあ?」

「ここでの世界では、姉ちゃんは吟遊詩人ぎんゆうしじんとして生計をたててるっぽいんだ!」

「…………」

 うそだろ。

「……姉ちゃん、音痴じゃん」

「うむ!」

 力強くうなずくところじゃない……。

 おかしい。俺の知ってる吟遊詩人って、なんかもっと、こんなインチキ占い師みたいな姿はしていなかった気がするのだが。

「この世界ではべつに歌ヘタでもなんとかなりそうだから、大丈夫のはず!」

「ほんと……?」

「たぶん? まあいいじゃん。旅に出て、歌いまくってるのって、弾き語りのシンガーソングライターくらいじゃん。無理無理。姉ちゃんにできるのって、ふわ~っとゆるい感じでお話を歌っぽくするくらいだし」

 めちゃくちゃいい加減すぎる。

 もしや、テーブルの上に鎮座してる……目にわざと入れなかったウクレレもどきが、姉の商売道具なのだろか? 琵琶法師?

「ここでの名前もある。外ではその名前で呼んで欲しい!」

「なにその、コードネームだからみたいなノリ! 真剣に考えてってば! 転生しちゃったのか、憑依しちゃったのか全然わからないじゃん! 破滅ルート入ってるかもしれないじゃん!」

「おまえ、どこまで影響受けてるんだ……どうせ姉ちゃんたちは通行人AとかBだよ。それに人間、いつか死ぬんだからどうでもいいじゃないか」

 いやいやいや、わかってるけど!

「しかし通行人AにもBにも名前がある。姉ちゃんはウテナ。ウテナ=エストレーヤ。魔法使いのコスプレをした、吟遊詩人もどきさ!」

 もどきって自分で言いやがった!

「あの、僕……名前わからないんだけど。姉ちゃん知ってる?」

「もちろん! この世界でのたけるくんのハンドルネームは、セタ=エストレーヤだ!」

 はんどるねーむって……言ったよこの姉。

「ちなみに尊くんは役人の事務員だ! すごいね!」

「か、役人~?」

「この世界での、警察みたいな……自警団みたいな……まあそんな感じだよ。大雑把に考えてよ。姉ちゃんだってわからないことが多いんだから」

 それにしては、やたら情報を知っている……。

 はっ、まさか、姉だけその身体からだの人格の記憶があるとか? 俺にはないのに!

 いっそ若返ったせいで記憶もなくなったって言ってもおかしくない。自分に対してだけ。

「剣とか魔法はないのか……」

「剣はあるでしょ。でも、あんまり理想を高くしないほうがいいよ」

「?」

「ちなみにこれ、憑依とかじゃないから。集めた情報です!」

「うっそぉ! 姉ちゃん引きこもりだったじゃん!」

「いやいや、全然知らない身体すがたになってたら、まずは情報収集でしょ! 都合よく誰かがヒント出してくれるわけないんだから」

 なんという行動力。そういえば、気になることに関してだけは、小さい頃から意欲的に動いていた気がする。

 あまり想像したくはないが、きっとこの姉のことだ。今の肉体もある程度は調べているだろう。家探やさがしをして、外にまで出ていくとは……。

「ちなみにこの家は、町はずれにある! 大きな町にはわりと近いけど、むしろ森のほうに近いかな。町中まちなかに住むとの、どっこいどっこいかなって印象」

「どっこいどっこい? なにが?」

「治安だよ! ここは日本じゃないんだよ! 銃とか持ってバンバン撃つ世界かもしれないじゃん!」

 それもそうだけど、だとしたらもっと警戒して欲しい! ウクレレもどきをもしかして、鈍器扱いで持って行ったとか?

 渋い顔をしていることに気づいたのか、姉は小さく笑った。

「大丈夫。そっと、ナイフを隠し持って行ったから」

「果物ナイフじゃん! 戦闘力ひくっ!」

 まだウクレレのほうがマシだ!

「そのおかげで、なんとか色々と情報を仕入れた。ありがたいことに、我々はこの世界の言語を理解できているし、喋れている」

「日本語じゃない、よね。翻訳機能?」

「そんなもんあるわけないじゃん。青い猫がいないんだから、便利道具はないって」

 その顔やめろ。ほんとに腹立つ。

「そもそも唇の形で日本語の音を出してないのは、わかるだろ?」

「…………」

 すぅ、と全身の血の気がさがるのを感じた。相変わらずの変態ぶりだ。全然変わらない。どこを観察してるんだ、ほんと。

 なにせ日本人だった時でさえ、女の身体の可動域はわかったから、男の可動域を知りたいを手をわきわきしながら迫ってきたことがあった。

「な、るほど……脳内で日本語に勝手に変換してる感じ、か」

「たぶんね! そのへんはきっちり調べないとわからないけど。

 英語でも広東語かんとんごでもない感じだし、どういうことなのか調べてみたいなぁ」

「いや、姉ちゃん。問題はそこじゃないんだろ……?」

「は! そうだった。

 そう、実は我々、とんでもない貧乏らしい!」

「………………姉ちゃん」

世知辛せちがらい! どんな世界も貧困層はこんなもんだよ! 冷蔵庫もないし、暗所で保存なんて少ししか食料もたないじゃん! 文明の利器がここにないから、姉ちゃんはすでにしんどい!」

 スマホでゲームもできないよぉ! ログインがぁー!

 叫ぶ姉をどう見たらいいのか、わからなくなる。こんなに元の世界への、俗っぽい未練を本気で言う人、たぶんマンガにもいない。

たけるくんの仕事場は調べてある! 行こう!」

「待って! お金って、手渡しなの……?」

「ざんねん! だから姉ちゃんが日銭を稼いでいる!」

 なんだって……!

 なんでそんなギリギリ生活なのだ? どうして?

 なにかのチート能力とかないの? パラメーターが見えたりとか。いや、ないよな。そんなもん見えてたら、まず目玉おかしいってなる。

「じゃ、行こう。尊くんの仕事はたいしたことないと思うよ」

「……心配なのはそっちじゃない」

 諸行無常しょぎょうむじょうでもする気なのか、この姉は。

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