ストーリーテラーと、七人の共犯者
ともやいずみ
序幕
ニュートンだよ
身体に強い衝撃があったのは――――憶えている。
***
救いを求める者には、世界を救った黒曜石の
戦いで疲れた者には、高潔な騎士の物語を。
一生を清く過ごした者には、善人に一度だけ恵みを与えるという配達人の物語を。
己の地位を浅ましく狙われて疲れた者には、からすを追い払う
魔法を信じる純真な者には、だれも太刀打ちできない至高の魔女の物語を。
太陽と月が何度も繰り返す中で、シュテルンはただただ、語り聞かせた。
旋律に合わせてひたすら、ひらすらシュテルンは「ものがたり」を
***
だからか……?
「ッ、どういうことだよ!」
思わず
向かい側の席でもそもそと朝食をとっている、くすんだ金髪とそばかすが強く残る細目の女は、「飽きたぁ」と洩らして食べるのをやめてしまう。その言葉や仕草から、否応なしに誰なのかわかってしまう。
しかし姉はこんな姿ではない。明らかな西洋人ではなく、東洋人らしい外見をしていた。ぼさぼさの黒髪に、小柄と視力の悪さに眼鏡が手放せない姉との似ている点は仕草や口調からしか見出せない。
身長は今の俺と差はあれど、元の姉よりも幾分も高く、手入れをしていない髪は黒とはかけ離れている。それになにより、姉より若い。
「どういうこと、って?」
首をのろのろと
「マンガやアニメじゃあるまいし! 異世界転生とか! おかしいだろっ!」
両手を広げると、気にした様子もなく姉は俺のほうへと皿をどんどん動かしている。いや、だから見えてるって!
「異世界転生、か。あんた、アニメやマンガの見過ぎだよ」
「姉ちゃんに言われたくねえわ!」
生粋のオタクの姉に思わず言い返すと、ふむ、と洩らされる。しかし気になってるんだが、その、フレームがたがたの眼鏡もどきはなんだ? 丸眼鏡のつもりか? レンズが入ってないんだが。
やれやれというように椅子から腰をあげると、テーブルの上に置いてあるリンゴを手を向ける。あれ? そういえばなんでリンゴがあるんだ? 食べるなら切ってるはず……あ、切るのも面倒だからそのままだったということかも。
がっとリンゴを掴むとそのまま俺の横まで歩いてくる。
「ほい」
ごろり、とリンゴが少し
「ね?」
「はあ?」
なにが、ね? だ!
「食べ物を粗末にするなって!」
「いやいや違うって」
姉はひょいと拾って、ごしごしと衣服の袖で拭うと、そのまま食べ始める。これだ……面倒になって大抵のものの皮をとらずに食べる癖……。
もしゃもしゃと食べてから、姉は肩をすくめた。
「ニュートンだよ」
その一言に、俺は思わず気が抜けそうになる。反射的にこめかみに青筋が浮かぶ。
「なにがニュートンだよ! 重力があるんだから当たり前だろ!」
「いやいや、当たり前って考え方がそもそも間違ってる。前提が違う」
ちっちっちっ、と言わんばかり
「そもそも異世界に普通に重力があるとか、おかしいだろ」
「は?」
「重力があるってことは、きちんと理由がある。地球でニュートンが見つけたようにさ」
「?」
「マンガとか小説では省略されているけど、そもそも別の世界が、当たり前に地球と環境が同じなんてこと、あるわけないじゃないか」
どうやらリンゴを食べるのも飽きたらしい。早い……まだほとんど残ってるんだがどうするんだろう……俺に残った朝食も押し付けたのに。
姉は向かい側の席に戻り、そ、とリンゴを置いていた籠に素知らぬ顔で戻している……この姉はほんと。
「そもそも太陽も月も、地球と同じ銀河系でなければおかしい。生物がいるのも、きちんと原因が解明されたわけじゃない。過去に戻れない地球は、何度も歴史を修正しては、新しい記憶を積み重ねるものだ」
「つまり?」
「ここも惑星ってことだ。科学的に証明されてはいないけど、神や魔法の力で重力や、天の太陽や月を動かす法則を作っているとは思えないからね」
「そ、そうかぁ?」
「そうだよ。なんでそんなものに労力を割くんだよ?」
そういうものだろうか? 普通は創生神話とかそういうのがあって、神がいて、太陽や月を作ったってことになるんじゃないか……?
姉は視線を窓に向ける。汚れたガラスの窓の向こうは、俺が知っているものではなく、広めの庭っぽいものがあるように見える。
「どこのお人好しが、酸素作って、水作って、重力作るとか、こんなお膳立てするんだよ?」
「い、いや、それはそうなんだけど……」
地球だって、俺の時代の環境になるまではかなりかかっている。さっき姉が言ったように、恐竜の時代のことは、結局は化石とかから読み取るしかないっぽいし。
(そういえば姉ちゃんが、恐竜の体表の色は不明なんだって言ってたっけ……だからカラフルに塗る人は刷り込みされてないし、センス光るって言ってたな……)
すっかり茶系で覚えている俺としては、カエルみたいな目に痛いカラーリングをされるのは少し抵抗があった。
「剣と魔法のファンタジー世界じゃないの、ここ! 姉ちゃんの服、あからさまだろ!」
そう、長い夢の先で起こされた俺は、この姉の服装をあえて意識しないようにしていた。ふざけてるだろ、どう考えても!
「このいかにもな魔女帽とか、マントが?」
「そうだよ! 家の中でなんで帽子かぶってんだよ!」
「いやー、いつツッコミ入れてくれるのかって、待ってたよ」
待ってたよって、ニヤっと笑うところじゃないし! そもそもツッコミ待ちとか!
とんがり帽子に、怪しい占い師のようなローブだがマントだか。あからさまに「魔女ッス」みたいなノリの衣服の下は、ぼろい身なりだ。たぶん、こっちのぼろいほうが、本来の衣服だろう。なにせ俺の衣服も似たようなもんだし。
やっと俺がツッコミを入れたことに満足したのか、姉は帽子をとって、リンゴを隠すように置いた。おい……あとで食わせるから、食べかけのやつ。隠せてねーから!
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