第6話ささやかな日常

「ほら、しっかり働けよ。あんな可愛い婚約者を連れてきてよぉ」


気のいいおじさんに言われながら、僕は昔と同じように、畑を耕していた。


けど、力も強くなった僕にとっては、全く気にならないくらいの作業だ。




「ほんと、立派になったなあ。力も強くなったみたいだし」


しみじみと呟くおじさんの顔を見て、思わず笑みがこぼれる。


「おじさんは年を取ったんじゃないの?」


「うるせぇ!さっさと残りを掘り返しやがれ!」


怒りながら視線を逸らすおじさんに思わす笑みがこぼれてしまう。




一通りの仕事が終わって、返ろうと思った時。


シャイア像の近くまで来て、ふと、足を止める。




シャイア像の周りは、立派な庭があったはずなのに。


小さな木はくたびれていて、花たちも元気がない。


僕は、気になって庭の中心にある少し大きめの木に触れてみる。




「ああ。誰も世話してくれなかったから、寂しかったのか」


木の気持ちが、なんとなくわかってしまう。


ゆっくりと木を撫でながら、僕は枝えだ術を発動させる。




ぴくっと、枝が震えた気がした。


そして。一気に元気になった枝が、元気に伸びて行く。


高く。大きく。


しっかりと立ち直った木を見て、僕は思わず微笑んでいた。






「シャイア像の庭、僕が整備してもいいのかな?」


家に帰って、僕は父親に聞いて見ると。


「いいんじゃないか?あそこは全く誰も触ってないからな」


という返事が返って来た。




だから、僕は畑仕事の帰りに、庭の整備をするようになったのだった。








そんな生活をしていた数週間後。


村の入り口が酷く騒がしかった。


何かあったのか、気になって足を向けてみると。


「助けてくれ。お願いだ」


泣きそうな顔をしながら、男が村に駆け込んで来ていた。


女の子を引きずるように連れてきている。




意識が無いのか。ぐったりしている女の子のお腹の辺りが真っ赤に染まっていた。


「北へ行きたかっただけなんだ」


泣きながら、叫ぶように訴える男。


村の人は全員、どうしたらいいのか分からず遠巻きにそんな二人を見ているだけだった。




僕は、そんな村の人たちを押し分けて、女の人の傍に寄る。


「エル、近づくと危ないかもしれんぞ」


そんな声が聞こえてくるけど、僕は気にしない。


女の人の傷を見て、思わず息を呑む。


良く生きていたと思えるほど、深い傷。


血が服に染みこみ固まって何とか止血出来てるような状態。


僕は、女の人の傷口に手を当てる。


「枝召喚。始祖の木。枝術。癒しの水」


小さく呟く。


手の中に、小さな枝が召喚され。雫が一つ傷口へと流れて行く。


びくっと震えた女の人が、大きく息を吐くのが聞こえた。


「ひどい傷のようですので、僕の家で休みますか?」


後で、兄とか、父に怒られるかもしれないけど、まぁ。その時に考えればいいや。


それくらいの思いで、僕は二人を自分の家に連れて行ったのだった。




女の人を横にした所で、男の人が傷を見ようとして、服をめくり。


呆気にとられた顔をしている。


「大丈夫ですか?」


リーンが、そんな二人の様子を見に行くと。


男の人が、しばらくリーンの顔をじっと見て止まっていた。




「いや、助けてくれた事はうれしいんだが、、その、、傷が、、」


「私の実家に伝わる秘薬が効いたのかもしれませんね」


リーンが小さく笑う。


「実家?君は、、、」


「竜の住まう山の近くにある村に住んでいたのです。竜の落とし物といわれる秘薬が少しあったので、エルに渡していたのですが。使ってしまったようですね。エルらしいです」


にっこりと笑うリーン。




さらっと作り話が出て来る。本当に。よくできた恋人だと思う。


「えっと、、」


言葉に詰まっていた男の人に、僕は果物を持って行く。


間違っても、黄金実なんか出してない。




シャイアの庭の真ん中にあった木。


あれが、桃の木だったのだ。


今は、桃がたわわに実っていて、村の人も良くもぎ取って食べている。


「どうぞ」


けど、僕が出しているのは、枝召喚で出した実。


実がついた枝を出して、実だけ取って枝を召喚解除すると。


あら不思議。手元に桃の実だけが残る。


つまり、無限に桃が食べれるわけだ。




「あ、ありがとう」


男は不思議そうに、果物をもらい口にする。


「うま」


それだけ言うと、一気に食べてしまう。


「彼女さんも、目が覚めたら上げてください」


それだけ言うと、もう一つ実を渡しておく。




「えっと、、その綺麗な子は、君の?」


男の人が探るような目をしている。


「ええ。僕の婚約者で、恋人です」


僕は、リーンの肩を抱き寄せる。


それだけで、少し嬉しそうな顔をするリーン。




男は、残念そうな顔をしている。


いやいや、目の前に、自分の恋人さんがいるでしょうが。


彼女を大事にしているのは、寝かせる時のしぐさで良く分かっている。




僕は、そんな彼を微笑みながら見つめ続けて牽制するのだった。


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