第5話 依頼書と提案
「さ、こちらの部屋です。どうぞ奥のソファへお掛けください」
ゲイルさんから部屋へ案内された俺とマルコは、会釈をしてそれぞれ席に着く。
「ゲイルさん。早速本題に入りますが冒険者の方々って依頼の報酬だけではなく、お祭りに参加すること自体も楽しみにしているのですよね?」
「はい。わいわい飲み食いできる祭りの雰囲気が好きな冒険者は多いですし、他の国の珍しい装備や道具も買えますからね」
そりゃそうだよな。俺も行ったことがあるが、見て回るだけでも楽しい大きな祭りだったし。
「では仮にこの話が問題なく纏まったとしても、ケガや装備不良で参加出来ない方は残念な思いをすると?」
「そうですね。相当悔しがると思います」
なるほど。それならやはり、思い付いた提案でいけそうだな。細かい修正は話しながら纏めていくとして、とりあえず切り出してみるか。
「ご提案なのですが、今回の依頼内容を変更したうえで、冒険者ギルドの皆様と共同企画が出来ればと考えております。いかがでしょうか」
「共同企画ですか?」
俺の提案にゲイルさんだけでなくマルコも目を瞬かせる。
「はは。ちょっと大袈裟な言い方をしましたが、ざっくりと言えば、ギルド同士で協力して全方面にメリットがあれば最善かなと考えております。例えば依頼内容ですが……」
俺はテーブルに企画書を広げて、ペンで書き込みながら説明を始めた。商人を数グループにわけるところまでは、先程のマルコの意見と同じである。
「確かに、その方法なら冒険者が他国へ一気に出発してしまう事態は防げますね」
「はい。同じ冒険者が複数回参加して稼ぐことも出来ますから、冒険者側にとってもメリットがあると思います」
「それはいいですね!皆喜ぶと思います」
よし。第一段階はクリアかな。ゲイルさんの反応をみる限り、好感触だ。
「ではこの方法で進めるとして……正式な書面は、また日を改めてお渡ししてもよろしいでしょうか?冒険者のランクや振り分け、報酬等も算出し直したいので」
「もちろんです。祭りまで日にちはまだありますし、こちらとしても準備期間が必要なので急ぎませんよ」
冒険者ギルド側も日にちが欲しいなら大丈夫そうだな。あとは企画書の作り直しだが、マルコに出来るだろうか。難しくはない書類だと思うけど、マルコの日頃の仕事ぶりを知らないので何とも言えない。
「マルコ、商業ギルドで書面の作り直しは出来そうか?報酬の計算方法はマニュアル通りでいいし、このあたりの数字は変更前の企画書と同じ数字を使っても大丈夫。あ。ここの処理は初めてだと難しいかも。やったことあるか?」
「えっと。あ!あります!いつも上司に押し付けられ……経験させてもらっている処理なので」
「そ、そっか。あまり無理するなよ。あとは冒険者のランクと振り分けだけど、これはちょっとまだマルコには難しいよな」
こればっかりは、経験の浅いマルコ一人には荷が重い。今の商業ギルドに頼れる上司がいるとは思えないし、どうしたものか。俺が手伝うにしても、資料がないとさすがに厳しいからなあ。
「よろしければ、私達冒険者ギルドがお手伝いしますよ」
俺が唸りながら頭を捻っていると、ゲイルさんが遠慮がちに声を掛けてくれた。
「よろしいのですか?」
「はい。こちらとしても、事前に必要な冒険者の人数を把握できた方が、スムーズに作業を進められますから。それに私達なら、冒険者同士の相性や気性も知っているのでお力になれると思います」
「それは心強いです!ぜひよろしくお願いいたします」
俺とマルコは顔を見合わせて、ゲイルさんにお礼を言った。一番難しい冒険者の振り分けを、冒険者ギルドに手助けしてもらえるなら一安心だ。
商業ギルドを牛耳っているダートのことが少し気がかりではあるが、彼らが不利益を被る内容ではないのでマルコの仕事を邪魔されることはないだろう。
「それではここからは、先程御協力いただきたいとお伝えした内容をお話ししますね」
「そうでしたね。お願いします」
「はい。これはおそらく初めての試みになるのですが、祭りの開催期間中か帰国後、冒険者ギルドの敷地内にも出店させていただきたいのです」
「「ギルド内に?」」
俺の提案に、ゲイルさんとマルコの言葉が被った。
「はい。今回の変更で、商人の出店日によっては売上が天候に左右される可能性が出てきました。ですから、悪天候に見舞われた商人や商団には『帰国後優先的にギルドの敷地内で出店出来る』というメリットがあればと思いまして」
冒険者ギルドには広い敷地があり、毎日多くの冒険者たちが訪れるので良い出店場所だと思う。
「なるほど。是非協力させていただきましょう。出店場所と期間は、どれぐらい確保すれば良いでしょうか?」
「もし可能であれば屋内と屋外に、出来るだけ長期間かつ多くの場所を確保していただけませんか?」
全店屋内にしないと不公平かなと最初は思ったが、そこはあまり気にしないことにした。串焼きのような香りと煙が漂う店は屋外の方が良いし、中庭では冒険者がよく鍛練しているようなので、屋外の方が売れる店もあると思う。俺がそれを説明すると、ゲイルさんは、ほうと頷きながら顎を触った。
「なるほど。では、様々なパターンに対応出来た方が良いでしょうから、期間と場所は余分に確保しておきますね」
「そうしていただけると助かります」
いやあ。話が早くて助かる。かなり良い調子で纏まってきていると思う。
「ところで、レノさんの見立てではそれだけ多くの商人が、天候の影響を受けると予想されているのですか?」
俺が仕事のやり易さに心の中で感謝していると、ゲイルさんが懐疑的な様子で尋ねてきた。確かに多くの商人が天災に合う可能性はあるが、俺の狙いはそこじゃない。
「例年より売上が大幅に落ちてしまった商人にも、出店させたいのです。天候は関係なく、今回の変更によって例年は生じなかった不利益を被る商人がいるかもしれませんから」
例えば複数の店舗を出店する大商団は、例年なら系列の店舗同士で品物や人員を貸し借りすることで、祭りの期間中上手く回していたはずだ。しかし今回グループ分けする手段をとった影響で、その貸し借りが上手く出来ない可能性がある。
「ただ、ここまでフォローしてしまうと結局全店出店することになってしまうかもしれないので、場所が足りるのかという問題が出てくるのですが……」
「そこは心配しなくて良いですよ。冒険者ギルドとしては、沢山の店が出店してくれた方が嬉しいので」
ああ、本当にありがたい。笑ってOKを出してくれるゲイルさんの顔を見て、俺はほっと一安心する。後は売上の低下率等で判断して『出店場所を先に決められる権利』や『他店より長期間出店できる権利』で調整すれば十分だろう。
「場所の提供、本当にありがとうございます。マルコ、この企画を商人達に伝える時、冒険者ギルドで出店出来ることを強調して話すんだぞ」
「強調するんですか?」
「うん。商人達は祭りで仕入れも行って帰ってくるからな。おそらく商売上手の商人なら、帰国後のギルド内で利益を出すことを考えて、冒険者や職員向けの品物を多く仕入れてくると思う」
仕入れの時点で次の出店場所の客層がわかっているのだから、商人にとって都合が良いはずだ。そして冒険者やギルドの職員は自分達向けの商品や、出来立ての昼食を買えるので両者にとってメリットがある。
「冒険者や、私達職員向けの商品を販売していただけるとは、ますます楽しみです。ケガ等で参加出来なかった冒険者もギルドまで来ることが出来れば、祭りの雰囲気を味わえますし」
ゲイルさんは腕を組み大きく頷いた。冒険者ギルドの了承を得られたし、なんとか大方話が纏まったかな。ここまで決まれば、あとはもうマルコとゲイルさん達で調整を重ねればうまくいくだろう。
「初めての試みになりますが、よろしくお願い致します……って、ああっ!すみません。私これで失礼しても良いでしょうか。窓口で人を待たせているので」
話が上手く行ったことに安堵して、ちらっと壁にかけられた時計を見るとまあまあな時間が経っていた。ジェイドさんの順番がもうきてしまっているかもしれない。俺はゲイルさん達に挨拶をした後、大急ぎで部屋を出て窓口に向かった。
「ジェイドさん、すみません!お待たせしました」
「全然大丈夫ですよ。ちょうど良いタイミングです。次が俺達の番ですから」
「次の方、どうぞー」
本当に良いタイミングだった。窓口から呼ばれた俺達は椅子に座り、担当者へ証拠の魔獣モライルを提出して手続きを始める。
「では、魔獣の処理から手続きを始めていきますねー。えーっと今回の討伐対象はモライルで、討伐したのはジェイドさんとレノさんの二人で……」
俺はどうすれば良いのかよくわからないので、担当者の女性が書類を書く様子をなんとなく眺めながら、ジェイドさんにやり取りの全てをお任せする。
「魔獣はギルドで買い取ることも出来ますが、どうされますかー?」
「全て持ち帰りたい。解体だけお願いします」
「では、報酬は解体費用を差し引いた金額で計算してきますねー。このままお待ちください」
ゆるい雰囲気のその担当者は、書類を持って席を離れた。もっと時間がかかるのかと思っていたが、あと数分程度で終わるらしい。
「ジェイドさん。この後受け取るモライルは、どうする予定なんですか?」
「必要な素材は手元に残して、残りは後日売る予定です」
「へー。じゃあ肉の方は?」
何の気なしに俺がそう聞くと、ジェイドさんは躊躇うように俯いて呟く。心なしか耳が赤い気がするがどうしたのだろう。
「その……食べます」
え。もしかして恥ずかしがってるのか?なんで?ジェイドさんの顔を軽く覗き込むと、気まずそうに目をそらして話し出した。
「実は、今回このクエストを受けたのは報酬のためでもないし、港の人を助けたかったからってわけでもなくて。欲しい素材があったのと、腹一杯食いたかったからって理由なんです。故郷では皆、よくモライルを捕って食べていましたから……」
驚いた。故郷の味が恋しかったってこと?というかそれってもう討伐ってより漁じゃないか?
「あははっ!いやー。絶対に戦力にならない俺へ声をかけるなんて、きっと何か事情があるのだろうと思っていましたが、そういうことでしたか」
強い冒険者と組んで一緒に討伐した場合、報酬のお金とモライルを半分に分けなくてはいけなかっただろうけど、戦えない俺みたいな一般人ならお金だけですむもんな。
「こっちの食事処でもモライルを出している店はありますが、どれも小さくて物足りなかったんです」
「じゃあ、わざわざ硬化させてからトドメをさしたのも、食べることに関係していますか?」
そうだ。これを聞きたかったんだった。船長には面白がってはぐらかされたし、ゴタゴタが続いていたせいですっかり忘れていた。
「硬化させたのは、そうすると鮮度が保たれるからです。せっかくなら一番旨い状態で食べたいなと思って」
ジェイドさんは照れ臭そうに頭をポリポリと書いた。鮮度を気にしながら討伐するなんて、やっぱりそれは漁だな。
「なるほど!ずっと気になっていたので、スッキリしました。解体はいつもギルドで?」
「だいたいギルドに頼みますね。自分でも出来ますが、ギルドに頼んでも然程費用はかかりませんから。あ、手続きが終わったみたいです」
色々と質問していると、あっという間に時間が経ったようで、先程の担当者が窓口へ戻って来るのが見えた。
「お待たせしました。報酬の5万
担当者の女性は報酬をジェイドさんに手渡した後、手紙や書類の山をドサッとデスクへ置いて見せた。
「あれ?これ俺の……」
適当に手に取った手紙の封筒には俺の名前が書かれていた。よく見れば他の書類にも俺のサインが入っており、どれも見覚えのあるものだった。全て過去に商業ギルドでこなした仕事の書類である。
「やっぱり、こちらのサインのレノさんと貴方は同一人物だったんですね。少しお待ちください。ザイン、ゲイルさーん!当たりでしたよー!」
「ナタリー、当たりって言い方はやめなさい。ナタリーもザインも、本当にお前達はもう……」
大声で呼ばれたゲイルさんは額に手を当てながら、ザインさんと共にこちらへ歩いてきた。
「レノさん、度々うちの部下がすみません。これまでの無礼をお許しいただけないでしょうか」
「ちょ、ちょっといきなりどうされたんですか」
ゲイルさんは頭を下げて俺に謝ると、書類の山を手にとって話を続けた。
「実は先程の話の進め方やわかりやすさ、そして手紙や書類の文面の丁寧な印象から、商業ギルドのレノさんとあなたが同一人物なのではと思ったのです。私は勿論、冒険者ギルドの職員は、レノさんと仕事をすることをいつも楽しみにしていましたから」
「ええっ。そ、そうなんですか。それほど特別な仕事はしていないはずですが」
思い出す限り、莫大な利益を生むような仕事や大きな手助けは行っていないはずだ。何かあったっけと考えていると、ザインさんが突然勢いよく頭を下げた。
「あの、レノさん!さっきは失礼な口の聞き方をしてすみませんでした」
「ちょ、ザインさんまでどうしたんですか?」
「俺、ギルドに入ったばっかりの頃商業ギルドとの仕事でヘマしそうになったことがあって。その時、偶々俺のミスに気付いたレノさんが、大事になる前に手紙で教えてくれたんです。あの時はありがとうございました」
大事になる前に気付いた冒険者ギルドとの仕事っていったらあれか?いや、冒険者ギルドとは色々仕事したからな。記憶が混ざって曖昧だけど、役に立てていたなら嬉しい。
「と、まあこんな感じで私やザイン等、他の職員も色々と助けられているのです。特にうちは書類仕事が苦手な職員が多いので、レノさんの丁寧で読みやすい書類や手紙が本当にありがたくて」
「そうでしたか……自分の仕事ぶりを評価してもらえるのは久しぶりなので嬉しいです。こちらこそ、ありがとうございます」
ゲイルさん達からストレートに向けられる感謝の言葉に、暗晦とした日々で荒んだ心が少し救われた気がした。ちょっとした手間に気づいてもらえるのは、とても嬉しい。
「今はもう、商業ギルドを辞めて冒険者になったのですよね?これからは私達がサポートしますよ。それと今朝うちの職員が貸し出したチェンジロッドですが、そちらはそのまま差し上げますね」
「え!いいんですか?」
もらえるのは非常にありがたいが、こんな便利な魔法道具をもらってしまって良いのだろうか。職員は、皆気に入った武器があるから誰も使っていないとは言っていたが、貴重な道具らしいしなんだか申し訳ないな。
「はははっ。そんな顔をされないでください。私達は皆レノさんに差し上げたいのですから。今までのお礼と、冒険者として新しい一歩を踏み出した御祝いだと思って、どうか貰ってやってください」
思いがけないプレゼントに困惑していると、ゲイルさんの後ろの方で、今朝の職員達がにっこりと手を振っているのが見えた。
「皆さん、ありがとうございます」
今までの自分を肯定してくれるような、彼らからの好意につい目頭が熱くなる。まずい。こんなところで大の大人が泣いたら驚かせてしまうよな。俺が商業ギルドを辞めた経緯も知らないのだし。堪えないと。
「……間違ってなかったんだよな」
小さく深呼吸をして気を落ち着かせた俺が一人呟くと、ジェイドさんの耳に入ったのか顔をこちらに向けた。
「何か言いましたか?」
「いえ、ただの独り言ですよ。さ、手続きも終わりましたしギルドを出ましょうか」
俺はもう一度冒険者ギルドの方達に挨拶をして、ジェイドさんと一緒にギルドを出た。
なんだかとても、晴れやかな気分だ。
胸のつかえがとれて妙に明るくなった俺を、ジェイドさんは不思議そうに見つめていた。
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