第4話 冒険者ギルドでの揉め事

「「……あ」」


 長蛇の列に飽きていた俺はつい気が緩み、揉めている二人の様子を見てしまった。これが良くなかった。


「レ、レノさん!」


 商業ギルドの担当者と目があってしまい、彼は助けてくれと言わんばかりにこちらへ駆け寄ってくる。

 

 彼は、元後輩職員のマルコだった。後輩といっても指導担当は他の職員が行っていたため、然程関わりがなく彼の性格は殆ど知らない。互いに顔と名前は知っているが、会話した記憶はないんだよな。いや、あったか?とにかくその程度の関係だ。


「レノさん!あの、レノさんですよね。僕、商業ギルドのマルコです」

 

 半泣きのマルコが急にこちらへ駆け寄ってきたことで、ギルド中の視線が一気に集まってしまった。こうなってしまえば無視は出来ないし、もう俺はこの揉め事に参加せざるを得ない。


「ジェイドさんすみません。少し列を離れても良いですか?」

「こっちは全然……でも、レノさんこそ大丈夫ですか」


 先程俺を庇ってくれたジェイドさんは、相変わらずあまり表情は変わらないものの、心配してくれているようである。


「視線を集めてしまいましたし、放置するわけにもいかないので……まあ、正直なところ気乗りはしませんが行ってきます」


 俺は苦笑いをしつつ、列を離れて駆け寄ってきたマルコと合流した。


「すみませんレノさん。僕、もうどうしたら良いかわからなくて」

「いや、いいよ。それで、何を揉めているのか聞いても良いか?」

「は、はい、ありがとうございます!えっと、実はこの企画書を冒険者ギルドに持っていくよう言われたのですが、全然受け取ってもらえなくて。担当者は怒っているし、僕は指示通りにやってるだけなのに、もうどうすれば良いのか」


 マルコの返答を聞いて、俺は心の中で頭を抱えた。マルコにはまず、報告の仕方から教えた方が良さそうである。せめてどんな企画書を渡して、どのタイミングで担当者が苛立ち始めたのか分かれば助かるんだけどな。


「あーっと、うん。そうだな。とりあえずその企画書を見てもいいか?」

  

 聞きたいことは沢山あるが、一先ずこの揉め事の解決を優先するため、俺はマルコから企画書を受け取った。


「企画内容は……ああ、これか」 


 軽く一枚目に目を通せば、以前何度か俺も担当したことのある企画だと分かった。いやあ、良かった。これなら解決出来るかも。でも俺が担当していた頃は、毎回手紙と書類のやりとりだけで問題なく済んでいたよな。直接、冒険者ギルドに来る必要なんてなかったと思うけど。


「マルコ、そっちの資料も貰えるか?」


 窓口に向かう前に、もう少し資料を確認しておきたい。何がそんなに揉める原因となっているのだろうか。


 企画   イビックの祭へ出店する商人の護衛

 依頼主  商業ギルド

 期間   約二週間を予定

 募集人数 40~80人前後を予定

  

 俺が今いるアレイアの隣国、イビックでは毎年約1ヶ月に渡って大きな祭りが開催される。その祭りに、アレイアの商人や商団は約二週間出店するのだが、団体で移動、参加した方が何かと都合が良いのでこうして毎度商業ギルドが企画している。


「人数、期間、報酬。全て前年と同じか……ん?あ。もしかしてこれって……」


 企画書には特に無理難題が書かれているわけではないが、前年となにもかもが全く同じという点が俺は引っ掛かった。後は直接担当者と話してみるしかないかな。何を聞けば良いか頭の中で整理しながら、マルコと一緒に窓口へ向かう。


「お待たせしてしまい、申し訳ございません。詳細は省きますが、元商業ギルド職員のレノと申します。代わりにお話を伺ってもよろしいでしょうか?えっと……」

「ザインだ。ここで窓口を担当している。そこの職員と変わってくれるなら文句はねえよ」


 とりあえず話は聞いてもらえそうだ。近くで話してわかったがザインと名乗った冒険者ギルドの担当者は、若い下級職員であった。ちなみに職員の階級は、制服に刺している左胸の階級バッジですぐにわかる。


 階級バッジはどのギルドでも、同じ小さな星形のバッジを着ける決まりがある。バッジの数は最大五個で、階級の見方はざっとこんな感じだ。


 星一つ 下級職員

 星二つ 中級職員

 星三つ 上級職員

 星四つ 副ギルド長

 星五つ ギルド長


 例えば、俺は元上級職員なので星三つの階級バッジをつけていた。目の前にいるザインさんと、隣で俺に隠れているマルコは星が一つなので二人とも下級職員といった具合である。


 年も近そうな彼らだが、ザインさんは冒険者ギルドの窓口を担当しているだけあって、気は強く妙に圧がある。俺ですら少し目を逸らしたくなるくらいなので、マルコはかなり怖かったのだろう。


「悪いが俺は、ぽやっとした奴が苦手なんだよ」

「ぽやっとって……こっちだって荒い人はちょっと」


 うわ、マルコとザインさんって正反対な二人だな。俺は彼らの空気感が険悪になった過程をざっと想像出来てしまった。とにかくザインさんには毅然とした態度で会話した方が上手くいきそうな感じがする。俺は気圧されないよう、気を引き締めた。


「早速なのですがこの企画書を見て、報酬、人数、期間等全ての数字が前年と同じだという点が私は気になっておりまして」


 俺はザインさんの高圧的な雰囲気に気圧されないよう、淡々と話を始めてみた。すると、彼は身を乗り出すようにして一歩前に出る。

 

「おう、それ!そうなんだよ。ついこの間、大規模な討伐があって結構な数の冒険者が負傷したからな。今年はその企画書の期間に、そんな大人数を一気に出すことは出来ねえんだ」


 よし。一先ず話のきっかけは掴めたようだ。やっと伝わったとでも言いたげなザインさんの顔を見て、俺は一安心した。


「それは、ギルド職員の方々も対応に追われて大変だったんじゃないですか。すぐには復帰できない冒険者もいるでしょうし」

「そうそう。仲間の治療費とか壊れた装備の修理とか、金も時間もかかるからな。だからまあ、この企画に参加したがる冒険者は多いと思うぜ。でも正直さ、ギルドとしてはそれじゃ困るんだよ」


 ザインさんは頭をポリポリと掻きながら言った。なるほどな。確かに今の状況で『他国へ向かう商人の護衛』という依頼を多数の冒険者が受けるのは、ギルドとしては容認できないだろう。


「手すきの冒険者が一気に減ってしまうと、ギルドとしては困りますよね」

「そう、それ!把握するだけでもこっちは大変だしな」

「あー、それよくわかります。商人の出入りが多い時は、商業ギルドも連日対応に追われますから」


 本当にその苦労はよくわかる。イレギュラーな激しい出入りがあると、調整したり管理する以前に現状を把握するだけでも骨が折れるんだよな。

 

「商業ギルドも、そういうのあるんだな」

「はい。どこのギルド職員も大変ですよね」

「おう。それに俺達冒険者ギルドは、街が魔獣に襲われた時は防衛義務があるからな。すぐに戦える冒険者を常に確保しておかなきゃならないだろ」


 この冒険者ギルドは民営なので、通常街の防衛義務はない。しかし騎士団だけでは厳しい規模の魔獣が到来した際には防衛義務が発生する。その代わり、税金の免除等色々と優遇される仕組みだ。


「俺達だって、本当はいつも通り受けてやりたいと思ってるんだぜ。依頼主は商業ギルドだから、支払いのトラブルもないしさ。俺らも管理が楽なんだよ」

「そう言っていただけると、こちらも嬉しいです。ちなみに、冒険者からの例年の反応はいかがでしょうか?」

「そりゃ人気だな。仕事内容のわりには報酬が良いし、自分の金を使わずにイビックの祭りを見に行けるから、楽しみにしてるやつが多いんだ。ランクの高い冒険者もこぞっていつも参加してるぜ」


 よしよし。とりあえず依頼自体は嫌がられていない感じだな。色々と話し出してくれたし、まだ交渉の余地はありそうだ。であれば、商業ギルドと冒険者ギルド双方にメリットが生まれるように、内容を組み直してみようかな。


「ザインさん。すみませんが、依頼内容を再検討するのに少し時間をいただきたいので、よければどうぞ一度窓口を開けて……」

「こらっ!ザイン!」


――ゴンッ


「ってー!」


 よければ一旦窓口業務に戻ってくれという旨を伝えようとしたところ、ザインさんの頭に拳骨が落ちた。


「下の階がいつもより騒がしいと思って来てみれば……ザイン、一人で解決出来ない時は誰かに相談しろと教えただろう」


 拳骨を落としたガタイの良い男性は、階級バッジの星が三つついた冒険者ギルドの制服を着用している。ってことは上級職員か。俺より年上っぽいけど、現役の冒険者に負けないぐらい見事な筋肉だ。

 

「見苦しいところをお見せしてすみません。私は冒険者ギルド上級職員のゲイルと申します。よろしければお話は奥で伺いましょう。部屋を準備しますので、ここで少しお待ちいただけますか?」


 上級職員らしい丁寧で落ち着きのあるゲイルさんの様子に、俺はホッとした。彼ならスムーズに話が纏まりそうだ。


「お気遣いいただき、ありがとうございます。ちょうどこちらも、依頼内容の再検討に少しお時間をいただきたいと思っていたので、全然ゆっくりで大丈夫です。お手数お掛けします」

「いえ、こちらの方こそお気遣いありがとうございます。ではお言葉に甘えて、少しお時間いただきますね」


 さて。ゲイルさんが準備してくれている間に内容を整理しなくては。


 まず、冒険者ギルドとしては依頼を受けたいが、一度に多くの冒険者が街から出てしまうのは避けたい。商業ギルドとしては依頼を出したいが、無理に護衛の人数を削られて守りが薄くなるのは困る。


 まあ単純に考えるなら、いつも一回で済ませている参加回数を複数回に分ければいいが、それだけだと良くないよなあ。


「あの、レノさん。商人を何グループかに分けて、参加回数を複数回に増やすというのは駄目なのでしょうか?そうすれば、一度に必要な護衛の数は減らせますよね。その分、総合的な参加期間は長くなりますけど」


 うーんと頭を捻っていると、元後輩職員のマルコが小声で質問してきた。今ちょうど俺が考えていた案と同じである。冒険者ギルドが依頼を受けない理由がさっきの会話でわかったから、マルコなりに考えてみたんだろうな。良い傾向じゃないか。


「良い考えだと思うぞ。俺も同意見だ。ただ、それだけだとちょっと不十分かな」


 頭ごなしに否定するのは可哀想なので、なるべくキツい言い方にならないように気を付けながら、俺は話を続ける。

 

「もし期間中晴れの日と悪天候の日があった場合、悪天候の日に出店した商人から、不公平だと不満の声が上がる可能性があるだろう?」

「不公平ですか?天気は仕方ないと研修で教わったのですが……」


 確かに、天気は誰にも変えられないし仕方がないことだ。基本的にはその考え方で間違っていない。しかし、商人の立場になって考えるなら、今回の場合は仕方がないとは言いきれない気がする。

 

「うん。それは基本だし間違ってない。よく勉強してると思うぞ。でもそうだな……今回の企画をもう一度振り返ってみようか」


 そう言って俺は企画書を捲りつつ、チラッとマルコの様子を伺ってみる。すると、マルコは既に紙とペンを握っていた。今は上司でもないのに説明なんてちょっとくどいかなと思って心配したが、良かった。聞く気満々だな。俺は安心して小さく笑い、話を続ける。


「マルコは、この企画がなんで商人にも人気があるのか教えてもらったか?」

「お得だからとだけ教えてもらいました。でも、その意味がよくわからなくて。商人が支払う今回の参加費用って、通常の護衛費用に比べて特に安くも高くもないですよね?」

「金額だけみればそうだな。でも費用対効果を考えた場合はどうだ?」


 費用対効果とは、かかった費用に対してどれだけの効果があるかってことだ。単に金額だけで判断するのではなく、発生した効果の大きさも見て善し悪しを判断する。かなりざっくりと簡単に言ってしまえば、お得かどうかってことかな。

 

「例えばさ、大商団が独自に十分な人数の護衛を雇うとしたら、今回の参加費用だけで賄えるかな?」

「うーん、えっと……」

「ははっ。間違えても良いし、わからなくても教えるから大丈夫。怒ったりしないからさ」


 いつも上司に怒られているのか、おどおどしているマルコに笑ってそう声をかけてみる。すると少し気を緩められたのか、マルコは顔をあげて恐る恐る答えた。

 

「え、えっと、おそらく難しい?でしょうか」

「うんうん。じゃあ新人の商人が独自に、人気の冒険者パーティーを護衛として雇う場合はどうだろう」

「それは無理です!人気のある冒険者を雇う場合は、必ず他の商人と競り合いになりますから、基本料金への上乗せが必要ですし。とても新人には払えない莫大な費用がかかるかと……あっ」

 

 そこまで言ったマルコはハッとした表情になった。気付いたみたいだな。


「どの規模の商団でも、この企画と同じレベルの護衛を自ら依頼しようと思うと、莫大な費用や手間がかかるよな。でも毎年行われているこの企画に参加すれば、商人達は決められた参加費用を支払うだけで、十分すぎる程の人数且つランクの高い冒険者と安全に祭りへ向かえるだろ?」


 元々この企画は、護衛を担当する冒険者のランクと人数に左右されず、商人同士が様々な意味で公平に参加できるというメリットから始まった。大きな商団も新人の商人も皆互いにメリットがあること、そしてであることがこの依頼の肝なのだ。


「例年のように、全員が同じ日に同じ期間一緒に参加した結果、同じ天災に見舞われた場合は公平と言えるよな。でも例年とは違い期間は一緒といえど、商人それぞれの参加日をずらした影響で、天候に差が出てしまった場合は不公平感があるだろ?」


 新人の商人はそれでも参加するかもしれないが、ベテランの商人や商団はそのリスクを背負うくらいなら、多少費用が嵩んでも自分で護衛を雇う手段を選ぶ者も多いだろう。そうなれば企画へ参加する商人は減り、冒険者はそういった大商団に競りとられ、この企画は破綻する可能性がある。


「うーん。商人の参加日を分ければって思いましたが、そう単純じゃないですね」

「まあな。でも今回複数回に分ける案を俺は提案するつもりだし、その考え方自体は悪くないと思うよ。よく考えたなマルコ!」

「あ、ありがとうございますっ」


 俺が褒めると、マルコは嬉しそうにはにかんで笑った。こうやって素直に後輩に喜んでもらえると、こちらも嬉しい。

 

「ちなみに言うと俺は心配性だからさ、こういう先読みは考えすぎだって言われることもあるんだよ。だから今回の俺のやり方は、参考にするくらいの気持ちで覚えとけばいいからな。ほら、俺もうギルドを退職した身だしさ」


 な?と笑って自虐気味にそう言うと、マルコはぶんぶんと首を横に降った。


「僕はこの通り気弱で心配性なので、レノさんの考え方ややり方を真似したいなと思いました。色々な可能性を予想して考えられるようになれば、事前にクレームとかも防げそうですし……」

「ははっ。そっか。確かにクレームって精神的にきついもんな。じゃあまあ、今日はこのまま俺が話を進めていってみるからサポートを頼むよ」

「はい!」

 

 マルコはにっこり笑って今度は首を縦に降った。今回のようなトラブルは起きてしまったが、やる気もあるしちゃんと教えてくれる上司がいれば、良い職員になれるだろうな。


「オリバーとフリッジさんが、商業ギルドで勤めていた頃に育てられていればなあ」

「レノさん、お待たせしました。部屋の準備が整ったのですが……何かおっしゃいましたか?」


 俺がつい独り言を呟いていると、廊下の奥からゲイルさんが戻ってきた。


「いえ、ただの独り言です。年々独り言が増えてきちゃって」

「はっは!年をとると独り言が増えますよね。といっても、レノさんは私よりも若いでしょうけど。さ、こちらの部屋です。どうぞ奥のソファへお掛けください」


 ゲイルさんは快活に笑って共感すると、俺達を奥の部屋に案内してくれた。さて、ここからが勝負だ。久しぶりの商業ギルド職員らしい仕事に、俺は気合いを入れ直した。

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