第3話 港への帰還
「船が帰ってきたぞ!おーい、無事かー!」
港へ戻ると、船乗りや出店で働く船長の仲間達が出迎えてくれた。どうだったのかと緊張した面持ちでこちらを見る彼らに、ジェイドさんは討伐したモライルをアイテムボックスからずるりと引き出して見せる。
「うおっ!こりゃまたすごいな」
「最後に見かけた時より、でかくなってねえか?」
どさりと置かれたモライルを前に、港の人達は口々に歓声や感想を述べた。そんな彼らに船長はニカッと笑って俺とジェイドさんの肩を叩く。
「二人とも大したもんだった。これで俺達港の人間も、安心して働けるってもんよ。ありがとう」
「こちらこそありがとうございました……あ。早速今回の費用をお支払いしますね。えー、銛代もあるので」
「がはは!まあそう焦るな。とりあえず一緒に店に来な。茶の一杯ぐらい飲んでいけ」
船長に半ば強引に誘われた俺とジェイドさんは、今朝の船貸屋に一緒に戻った。元々は無事に船着き場に着いたらその場で会計をして終了という契約だったが、船長は俺達のことを随分気に入ってくれたらしい。
「父さんおかえり。後ろの方はお客さん?」
店に着くと、俺と同い年くらいに見える優しげな男性が船長に声を掛けてきた。見た目こそ他の港町の男達同様ラフで男らしい装いだが、口調と雰囲気はとても穏やかだ。
「おう。二人であのモライルを討伐してくれたんだよ」
「モライルを?!であれば、きっとお疲れでしょう。今、何か飲み物をお持ちしますね!」
優しげなその人は俺達に会釈すると、出店の後ろの建物に入っていった。自宅だろうか?
「船長、今の方は息子さんですか?」
「そうだ。はは!俺に似てないだろ。顔も中身も母親似でな。しっかり者よ。ちょっと細かすぎるところはあるけどな」
「俺が細かすぎるんじゃなくて、父さんが大雑把なんだよ」
いつの間にか戻ってきていた息子さんは、お茶を置きながら船長に言葉を返した。二人はとても仲が良さそうな親子だ。
「ご挨拶が遅れてしまい失礼いたしました。息子のアズールです。そちらのお茶と水菓子は疲労回復に効きますから、是非お召し上がりください」
アズールさんはにこやかに挨拶すると船長の隣に座った。俺とジェイドさんも簡単に挨拶をしてお茶と菓子を口に入れる。すっきりとした爽やかな冷たいお茶とシロップ漬けにされた甘酸っぱい果物の水菓子は、今日のような少し暑い日にぴったりで美味しい。
「どうだ。うまいだろ?今回の船貸代はその茶ぁと菓子代含めて8,500Gだ」
「ええっ!ああ、いえ。はい……」
てっきりちょっとお茶を飲んでいけくらいのノリかと思っていたが、有料なんてちゃっかりしている。まあ美味しかったしいいか。おとなしく財布を探そう。
「小銭ちょうどあるかな」
ちらりと隣に座るジェイドさんを見ると、特に気にはせず既に財布を開けているところだった。最初の店選びの時といい、今の状況といいあまりお金に執着しないタイプなのだろうか?
「がはは!冗談よ。兄ちゃんらは素直だな」
「ちょっと父さん」
俺達がそれぞれ財布の中のお金を数えていると、船長が吹き出すように笑った。
「こっちが勝手に出した茶の金をとるなんてしねえよ。それとな、今回はぜーんぶ含めて0Gだ。金はいらねえ」
「え?!お金はいらないってそんな。こちらとしてはありがたいお話ですが、大サービスすぎませんか」
今回支払う予定だった内訳を頭の中でざっと考える。船代に加えて銛や縄の代金、それとベテランの船長が操縦してくれたことに対する追加料金。何か一つを無料にするならまだしも、全部タダなんて流石に太っ腹すぎる。俺は心配になって息子のアズールさんの顔を見た。
「ん?ああ、大丈夫ですよ。私も父と同様、無料にすべきだと考えています。モライルの討伐は港に住む私達全員にとって有益なことですから。それに、友人が傷つけられたという私怨から、父が自主的に船を出したわけですし」
「そういうことだ。あのモライルが討伐されない限り俺達は十分に仕事出来なかったし、今日は気分もスカッとした!兄ちゃんらのことも気に入ったしな。嫌な奴なら金とってるよ。がはは!」
船長は討伐時の様子だけでなく、自ら率先して後片付けや掃除をした俺達の行動にも好感を抱いたそうだ。
「その、なんとお礼を言えばいいのか。本当にありがとうございます」
船を動かすだけでも燃料費がかかるというのに、本当にありがたい。二人に何かお返し出来ることはないだろうか。俺は討伐で役に立つとか、そういうのは出来ないしな……あ、もしかしたらあれなら良いかも。
「船長、アズールさん。よろしければ、今回船を出して協力したということを漁業組合に伝えてみてください」
「組合にか?」
「はい。おそらくギルドから、というか国からお金が出ると思います」
ギルドに出された依頼が一個人の利ではなく、多くの人間または国にとって利益のある内容だった場合、協力した者には補助金が出る制度がある。この制度は俺が勤めていた商業ギルドだけでなく、ギルド全てで使えるはずだ。
「モライルの討伐依頼は漁業組合が出したものでしたし、実際港の皆さんが困っていた問題なのでスムーズに補助金が出ると思います。ただ、漁業組合から冒険者ギルドそして国といった順で、手続きに段階を踏むため許可が下りるまでに多少日数はかかりますけど」
モライルの被害者は多数いるらしいし、俺達が船長達のことを事前にギルドへ伝えておけば問題なく事は進むだろうが、少なくとも数日は確実にかかる。その点はこの制度の難点なんだけどな。
「そんな制度があるとは!今までにも、冒険者と何度か仕事をしたことがありますが、初めて教えていただきました」
「あまり浸透していない制度なので、知らなかったのかもしれませんね。利に聡い中心街の商人でも、まだ知らない方がいますから」
「やり手の商人でさえ知らない制度なら、冒険者の耳にも入っていないはずですね。それにしてもそんな制度を知っているなんて、レノさんの知識量には驚きました。レノさんは冒険者なのでしょう?」
アズールさんは不思議そうな顔で俺を見ながらそう言ったので、俺は慌てて訂正する。
「あーっ、いえいえ!私は先日まで商業ギルドの職員だったので、偶々知っていただけですよ」
「商業ギルドの方でしたか。それは是非、今後とも当店の相談に乗っていただきたいものです」
「私でお役に立てることなら勿論。ですが最新の情報は、
今ならまだ退職したばかりなので、多少情報ももっているが、いち早く知るならギルドで聞くのがお勧めだ。あんな状況のギルドだが、それぐらいならまだ機能しているはずだ。
「最新の情報を仕入れるのはたしかにギルドが良いかもしれませんが、相談に関しては今の商業ギルドではちょっと……」
アズールさんの話によれば、最近の商業ギルドの評判はやはり良くないらしい。そりゃそうか。港町関連を元々担当していた職員も退職したし、親身になって相談にのるような職員はいないかもな。
「アズールさんのご期待に沿えるかはわかりませんが、よければその……友人として気軽に相談し合うというのはいかがでしょう?私も港のことを色々と知りたいですし」
友人としてっていうのは、いきなり距離を詰めすぎたか?でも正直、年も近そうだしなんとなく気が合いそうなアズールさんとは友達になってみたいんだよな。様子を窺うためにちらりとアズールさんの方を見ると、彼は嬉しそうに顔を輝かせていた。
「是非!その方が嬉しいです。レノさんとは勝手に気が合いそうだなと思っていたので」
「良かったー!俺も実は気が合いそうだなと思っていて。これからよろしくお願いします」
俺とアズールさんは改めてよろしくと手を交わし、ジェイドさんも交えて再度簡単な自己紹介をした。アズールさんと俺は思った通り同い年の28才で、ジェイドさんが三つ下の25才だった。
そのまま軽く会話を楽しんだ俺達は、船長とアズールさんにお礼を伝えて港を出た。その足で討伐完了の手続きを行うため冒険者ギルドへ向かう。道中、馬車の中で俺はジェイドさんになんとなく話を振った。
「ジェイドさんって、モライルの討伐クエストをよく受けているんですか?なんだかとても慣れている様子でしたけど」
「クエストとして討伐したのは初めてですが、モライルは故郷で何度も討伐したことがあります。家族や友人によく頼まれていたので」
「え!クエストじゃないってことは、故郷では善意で討伐していたってことですか?それはすごい!」
「えっと、いや、まあ……」
俺が驚いて褒めるとジェイドさんは微妙な顔になり、返事を濁した。あまり聞かれたくなかったのだろうか。何か事情があって地元を出てくる冒険者も多いってよく言うもんな。良い思い出がないのかもしれないし。
俺はこれ以上この話を掘り下げるのはやめておこうと、適当に話題転換をするために外を見た。いつのまにかもう街中まで来ている。
「お、ギルドが見えてきましたね」
「はい。着いたら証拠としてモライルとサインを提出したら終わりです。あと少しよろしくお願いします」
「こちらこそ」
提出したらもう終わりか。ジェイドさんと過ごす時間になんとなく居心地の良さを感じているからか、少し寂しい。
終わったら飯でも誘ってみるかなんて思いつつ、馬車を降りた俺はギルドの扉を開けた。え。なんか人多いな。夕方はこんなに混むのか?
「ジェイドさん、この時間帯はいつもこんなに?」
「夕方は混みやすい時間帯ではありますが、ここまで人が多いのは俺も初めてです。おそらく、あそこにいる人が窓口と揉めている影響だと思います」
身体の大きな冒険者達の隙間から窓口の方を見ると、ジェイドさんの言葉通り誰かが冒険者ギルドの窓口で揉めている。
「ったく。こんなに混んでるなんてツイてねえな」
「俺、腹減ったよー。早く帰りてえ」
あちらこちらから聞こえてくる冒険者のぼやきに、俺は心の中で静かに共感した。今日はせっかく順調にことが運んでいたのに、思わぬ足止めだ。これ、いつからこんな状態なんだろう。
「レノさん、あれ見えますか?揉めている影響で窓口が一つ閉じられているみたいです。どこも混んでますし、とりあえずそこの列に並んでおきましょう」
俺の場所からはよく見えないが、いつもよりも窓口が一つ足りないことで残りの窓口に長蛇の列が出来てしまっているらしい。
場合によっては、明日の朝一で来た方が良いのかな。前に並んでいる冒険者に何が起きているのか聞くため、俺はその人の背中を軽く叩いた。背が高いし、状況を知っていそうだ。
「あのー、すみません。俺達、今来たところなんですが何が起きているんですか?」
「ああ、あれな。俺も詳しい内容は知らねえけど、商業ギルドのやつと揉めてるみたいだぜ。商業ギルドの方はひよっこか?話が通じねえのか、単に若いから蔑ろにされてんのかわからねえが、なーんか会話が噛み合ってない感じだな」
「そうですか。明日出直した方がいいですかね?」
「いいや。あの様子じゃ明日も朝一から混みそうだぜ。一応順番は進んでるし、このまま並ぶ方がいいだろうな」
どうやら、揉めているのは商業ギルドと冒険者ギルドらしい。元職場の名をきいて、俺は思わず人の影に隠れるようにして少し身をひいた。ジェイドさんは俺が商業ギルドを辞めた経緯を知らないが、隠れるような仕草に気付いたのか自分が庇うようにして壁を作ってくれる。さりげない優しさがありがたい。年下に庇われるのは情けないけど。
「はあ。最後の最後でこんな目に」
悪いことをして退職したわけではないが、見つかったらやっぱり気まずいので本当は今すぐにでもこの場から去りたい。しかし、完了のサインをもらうためには二人とも立ち会う必要があるし、朝一も混む可能性があるならこのまま並んでいた方が良い。
「レノさん、大丈夫ですか?」
「大丈夫です、大丈夫です。前の職場なので少し気まずくて。あっ。でも気にしないでください。このまま順番を待ちましょう」
気をつかってくれるジェイドさんに苦笑いで返事をしつつも、早く解決してくれとひっそり願う。そうやって影を薄くして並び続けていると、順番は少しずつ前に進んできた。近付くにつれて、揉めている会話の内容がうっすらと聞こえてくる。一応耳をそばだてて聞いてみると、冒険者ギルド側のため息まじりの苛立つ声が聞こえた。
「はあー。だからな、それじゃ依頼は受けられねえよ」
「えっと、いや、でもこれで依頼出来ると聞いてきたのですが……」
順番が進んだとはいえ、まだ窓口まで遠いので話の内容は途切れ途切れだ。しかししばらくそのまま聞いてみれば、なんとなく両者共に問題がありそうな雰囲気を感じた。
俺も商業ギルドで働いていた頃、冒険者ギルドと何度か仕事で関わることがあったが、彼らは往々にして言葉が足りないところがある。まあ向こうからしてみれば、商業ギルドの奴はってのがあるだろうけど。
とにかく商業ギルドと冒険者ギルドの人間は、商人と冒険者がそうであるように、職員も属すギルドにより性質が違うのだ。どちらが良い悪いはないが、一緒に仕事をする際は互いに認識のズレがないか、丁寧に確認をとりながら仕事を進めなければならない。
多少面倒でも互いの言いたいことを細かく反復しつつ確認しなければ、こちらと彼らで全く話が噛み合わなくなる。『え、そう言う意味で言ってたの?』なんてことが簡単に起こってしまうのだ。
「ですが、いつもこの内容で依頼を出せるって上司から言われて」
「そう言われても、駄目なものは駄目なんだよ」
さっきからずっとこの調子だ。何が良くて何がダメなのか聞き返す。一旦持ち帰り上司に伝える。せめてこれが出来れば、少しは状況が変わると思うのだがその発想はないらしい。持ち帰ったとて、今の商業ギルドの上司が頼りになるかは疑問だけど。
俺はこれじゃあ当分終わらないなと思いつつ、つい気が緩んで揉めている二人を思わず覗き見てしまった。
この行為が間違いだった。
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