第16話

 ギルドに戻るとそのまま受付に向かい、受注したクエストを告げて取ってきた討伐素材を提示する。


「確かに『ゴブリンの耳輪』5つ。こちらが報酬になります」


確かに新金貨1枚と銀貨2枚受けとる。


「その他の素材をギルドでお売りになる場合は、二階、買い取り窓口までお願い致します」


ゴブリンにも、レーベが倒した地竜の鱗みたいに討伐素材の他にも売れる素材(高位モンスターの討伐素材は宝玉らしい)があるのか知らないが、アイリスが何も言ってこなかったところをみるにゴブリンで売れる素材はなかったのだろう。

 道中で採取してきた薬草やらを売りにいこうとお礼を言ってカウンターを離れる。




 二階への階段へ向かう途中、『昼の影』を見かけた。

 すでにギルドへの報告を終えているのか他の冒険者と談笑している。


「成功したのか? サラマンダーの討伐は?」

「へっ、当たり前だろ。『昼の影』こっちにはオレとククミ、Bランクが二人いるからな。逃がすなんてヘマはしない」


 アルザは繋がった手でーーアルコールだろうかーー大きなジョッキを持ち冒険者の質問に応えている。

 ククミという名前に聞き覚えはないが、前後の会話から察するに他の『昼の影』のメンバーだろう。ローブの回復魔法の使い手がカミラ、大柄の男がジェイク、ククミというのは弓使いの事だろうか。正直あの気弱そうな女がBランクというのは驚きだ。


「かーっ、羨ましいなおい! Bになると報酬も一気に跳ね上がるからなぁ」

「まぁ、今回は出費がでかくて結果的にはマイナスになったがな」

「出費? 新しい装備でも買ったのか?」


 今度は羨ましがっているのとは別の冒険者が、ぼそりと呟いたジェイクの言葉に反応して疑問をあげた。


「アルザがヘマして『世界樹の雫』を二本も使う羽目になった」

「『世界樹の雫』を二本もか!? それは酷い。腕でも炭にされたのか?」

「腕じゃなくて、手首。両手首持ってかれた」

「おいっカミラッ! 人の恥をほいほいばらすな!!」

「はははっ、『陽炎』のアルザもヤキが回ったな」

「うっせーよっ、いまだにC+にもなれていない奴に言われたくない!!」


 『昼の影』はやはり有力パーティーなのだろう。アルザたちの周りには大勢の冒険者たちが集まり、その誰もが一目置いているように感じる。


 そしてお酒も入って楽しそうに話すアルザとは反対に、深月はいつ「サラマンダーではなく昨日の新人テイマーの使い魔にやられた」と言い出さないか気が気でなかった。

 詮索しないと誓ったが言い触らさないとは誓っていない。なんて理屈でレーベのことをバラされるかもしれない。あの時は色々ショックな起こったとはいえ、どうして言い触らさないことを約束させなかったのか、今更ながら短慮さを呪う。

 出ていってプレッシャーをかけるか? と悩んでいると、そんな深月の内心が伝わったのか、それまで困ったように笑って場を眺めていたククミが口パクで「秘密にしますよ」とこちらに伝えてくれる。とっくに深月たちには気づいていたらしい。

 よく見るとアルザもたこちらにチラチラ視線を向けてきている。アルザもアルザでこちらに変な誤解をされていないか気が気でないらしい。

 あの様子なら、黙っていてくれるだろう。「頼むぞ」とアルザに見えるように片手をあげて合図を送り、二階へと上がる。




 買い取りカウンターの場所は階段を上がると買い取りのカウンターはすぐにわかった。すでに何人か他の冒険者が並んでいる。


「うわ、けっこう混んでるな」


 誰か大量に持ち込んでる奴でもいるのか、まだしばらく列は動きそうにない。

 こういう並ぶの嫌いなんだよな。並ぶ前から早くも辟易してしまう。


「あっちにギルドの売店がありますよ」

「売店?」


 アイリスの指した方向をみると、コンビニのように棚がレイアウトされている場所があった。


「ええ。『昼の影』が使っていたもの程の効果はないでしょうが、すり傷なんかは治せる治癒薬や状態異常を回復させる薬、あと発煙筒や保存食なんかクエストに役立ちそうなものを一通り置いてます。よその店で買うのと値段も変わりませんし、クエスト出発前の冒険者が立ち寄るんです」


 クエストの前に足りないモノはここで買い足すというわけだ。


「見ていきますか? 王都の支部というだけあって、他の支部よりもかなり品ぞろえが豊富ですよ。私が並んでおきますから」

「へぇ。それじゃあちょっと覗いてくるか、換金のほう頼むな」


 レーベはいつものように深月の少し後ろに付いており、ネルは興味がないのかアイリスと一緒に残った。

 店の品ぞろえの方はというと、まさしくファンタジーでどこかのRPGゲームでみたようなアイテムがずらり並んでいる。

 ポーション、やくそう、たいまつ、レーション、魔除け、干し肉、聖水。


「おー! すげー!!」


 端から順番に眺めていくとふと甘い花の香りがした。どうやら棚に陳列されたピンク色のビンから漂ってきているようで、ビンの値札を見ると銀貨5枚。なかなかのお値段だ。


「香水かな?」


 つい魔が差した。いい匂いのするビンを手に取り蓋をあけ匂いを嗅ぐ。


「ーーーーッ!?」


 嗅いだ瞬間、グラグラと視界が揺れて平衡感覚がおかしくなり吐き気が上ってくる。手にしたビンを落としてしまい、カシャンと音を立てて割れた。

 額を右の手のひらでおさえて俯き、異常が過ぎ去るまで耐える。


「いかがなさいましたか?」


 深月の様子がおかしいのに気づいたレーベが声をかけてきた。


「…いや、……なんでも、ない……」


 空いている左手をあげてレーベに応えるも、体調が元に戻る気配はない。と、そこに先ほどの音を不審に思った店員の女の子が駆け寄ってきた。


「どうかしましたか?」

「ああ、いや、商品を落としてしまーー」


 ビンを割ってしまった事を謝ろうと、顔をあげての方を向き、


「ーーーーッ」


 店員の女の子を目にした途端、深月の中で店員の女の子の存在が膨れ上がった。

 名も知らず、会話さえしたこともない紛うことなき初対面の相手の存在が心の中でどんどん大きくなっていく。

 まるで知らない相手だと頭で理解していても、気持ちが浸食されていく。

 ふざけんな! ここままではみんなの事も考えられなくなるのではないか、そんな恐怖が沸いてくる。思わずレーベの手を握りしめた。


「アイリスッ!! ネルッ!! 来いっ!」


 これはただ事ではないと気づいたレーベがすぐさま二人を呼び戻す。


「ドウシタノ!?」

「この落ちてるのって『チャームボトル』ですよね、まさかこのビン割っちゃったんですか!?」


 ネルとアイリスが来てくれたが、店員の一挙手一投足に気を取られてそちらに意識をさくことができない。

 トンッ、軽い衝撃が走った。見るとネルの尻尾が深月の首筋まで伸びている。


「ネルッ! 貴様っ、何のまねだっ!?」

「クスリヲ打ッタ。私ハイロンナ毒ヤ薬ヲ作レル」


 そんな会話を最後に深月の意識は薄れていった。




 目を覚ますと見覚えのある宿の一室だった。


 「いっっ、つ……」


 起きあがるために腹筋に力を入れ、まずは上半身を浮かすと一瞬軽い痛みが頭に走った。

 全身を包む倦怠感を鈍い痛む頭を振って飛ばすと、起きた深月に気づいたレーベが駆け寄ってくる。


「深月様っ」


 部屋にはレーベの他にもアイリス、ネル、ノエル。つまり全員が勢ぞろいしていた。


「ご気分は如何ですか?」


 レーベが心配そうにのぞき込んでくる。


「ああ、今は何ともねーよ」


 頭を撫でながら、心配かけたなとお礼を言う。


「まったく、なにも考えないで好奇心で動くからこんな目に遭うんですよ」

「深月ッテ子供ミタイ」


 ーーうっ。


 アイリスの呆れたような声、ネルの素直な感想が地味に刺さった。


「深月様はまだこの世界に不慣れなんですから、迂闊な行動避けてないとーー」

「それは今回でよくわかったっ。それよりアレはなんだったんだ?」


 アイリスがそのまま説教を始める気配を感じて、あわてて話をふった。

 倒れる前に感じた、自分の感情が無理矢理書き換えられるような不快感。


「あの瓶はチャームボトルといって、『魅了チャーム』の魔法が内包された魔法薬です。『魅了』というのは対象者の意志を奪い自分の都合のいいように操る魔法です。

 とはいってもチャームボトルはそんなに強力な魔法は込められていませんから、言いなりにするような事もできませんし、自然に放置しててもせいぜい1時間もすれば解けてしまいますけど。深月様はこの世界の状態異常になったのは初めてでしょうから、ショックで倒れちゃったんでしょう。B+のヴァンパイアの『魅了』魔法なんかはーー」


 それ以降の言葉は深月の耳には入ってこなかった。



 ーー意志を奪い言いなりにする。



「それって……」


 ボクの『ミツキフェロモン』と変わらないじゃないか。

 ボクはあんな最低な、心を踏みにじるような思いをみんなにさせているのかもしれない。

 頭を鈍器でぶん殴られた気がした。


 自分とレーベたちのいびつな関係について、いかに自分がなにも考えてなかったのか、その愚かさを思い知らされた。

 命を救われた償いはする。望まれたらこの世界に残るつもりだ。そんな欺瞞の鎧で武装して、今まで『ミツキフェロモン』で気持ちを強要して従えているという罪から目を逸らしていたのだ。

 そして今、身に纏った鎧は濡れた半紙のように簡単に破られて、完布無きまで現実にぶちのめされた。


「あのさ……」


 絞り出すように声を出す。

 こうして自分の罪が目の前に突きつけられた以上、事実は向き合うしかない。真実を伝えるしかない。


「はっ」

「何でしょうか?」

「ナニ?」


 みんなボクを見てくれるその目には親愛の色が浮かんでいる。みんなが本当の事を知ればこの目はどうなるだろうか? みんなが本当の事を知ればどうするだろう? やはり怒り、ボクを殺すだろうか? それならそれで構わない。それだけの事をしたという自覚も覚悟も、たった今ようやくできた。

 心を奪うという事がどんなに残酷な事なのかを知ってしまったから、今のままみんなを騙していくなんて耐えられない。




「ボク、お前らに言わなきゃいけない事があるんだ……。実はさーーーー」

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