第15話



「――え?」


 瞬きなんかする暇もなく、刹那で深月の視界は一変していた。

 いつのまにかレーベの背中が目の前にあって、アイリスが横で剣を構えて、ネルは鋏でアルザの首を掴み宙づりにしている。

 遅れてぼとりと地面に落ちたのは、大きなナイフを逆手に掴んだ人間の両の手。

 ネルに拘束されているアルザの両腕は手首から先が無く、勢いよく血を吹き出している。


「アルザ!?」

「――ぐッ、カルミナ来るな!!」


 ローブの女が駆け寄って来ようとするのをアルザが大声で押し止める。


「え? えっ? なに? どうなってんの?」


 まったく理解が追いつかない。

 鈍い光が見えたと思った次の瞬間には今の状態になっていたのだ。何が起こったのか見えなかった。


「なにをちんたらしている? 早くそいつの頸をはねろ」


 深月の思考が事態の把握に努めていたところで、レーベがネルに言う。


「デモ、コノ人殺気ナカッタヨ?」

「ネル、深月様を害する気があったかなかったか、等というバカな理屈を持ち出して私を失望させてくれるな。深月様に刃物を向けた。ーー万回殺しても許し難い。仲間もろとも皆殺しだ」


 地面に手首と一緒に落ちているナイフや、レーベとネルの会話の内容から察すると、アルザが深月になんらかの危害を与えようとしたのだろう。


「待て! アルザを殺らせる訳にはいかん!」

「非はこちらにあります! が、まずはアルザさんを下ろしてしただけますかっ!」


 大柄な男は剣を、先ほどまで気弱そうにみえた女は弓を構えて、アルザを殺させまいとネルを牽制する。


「先に仕掛けてきたのはそちらです。このまま何の釈明もなければ殺されても文句は言えないと思いますが」

「貴様等全員、楽に死ねると思うなよ」


 アイリスとレーベがネルを牽制するメンバーをさらに牽制する。

 深月が呆然としてる間に話がどんどん血生臭い方向にすすんでいく。


「待て待て待てっ! ストップ、ストーーーップッッ!! 勝手に話を進めるな! なによりもまずはボクに状況の把握をさせろ! ネル、とりあえずアルザを放してやれ」


 アルザの両腕から流れる血は、素人目で見ても危険だとわかる量で、正確に事態を把握できていないのにこのまま目の前で死なれては目覚めが悪すぎる。


「しかし深月様ッ!?」


 レーベが深月の指示に非難の声を上げる。すでにアルザの戦闘力は皆無といえど、深月を傷つけようとした相手を解放するのは我慢ならないらしい。


「これは命令だ。そっちに治療できる奴はいるか?」


 勢い込むレーベを手で制しながらも『昼の影』のメンバーに声をかける。

 旅の最中は多少の擦り傷切り傷はアイリスが処置はしていたが、両手首が切断された状態のアルザを治すことは流石にできないだろう。これで『昼の影』メンバーに処置できる者がいないと街まで急いで戻らなくてはならない。


「できるっ。だから早くアルザをこっちに渡してっ!」


 カルミナと呼ばれていたローブの女の声はほとんど悲鳴に近い。

 深月がネルに目配せすると、深月の意図を正確に汲み取り、コクンと一つ頷いてカミラの前に投げるようにして下ろす。

 気づくとアルザの腕から吹き出す血の量が少なくなっている。おそらくなんらかのすべを用いて自らで止血しているようだ。


「あ゛ぁ~~、痛って、痛すぎて涙が出ちゃいそうだ。どうだ? 手ぇ繋がりそうか?」


 アルザはわざらしい軽口を叩くもその顔色は悪い。


「自業自得。余計な事するからこんな目に遭う」


 カミラの口調は素っ気ないが、その瞳には心配の色が濃く表れており、熱心に傷口を調べている。


「……大丈夫、これなら後遺症も無く繋がる。綺麗な切り口、潰されている筋が一本もない。敵ながら見事」

「敵というか敵に回したというか……。まぁ繋がるようで良かったぜ、これで冒険者を引退しないとなんてなったら恥ずかしくて表歩けないからな」


 カルミナはアルザの落ちた手首と切れた腕の断面を合わせて、懐から取り出した小瓶の中の水を振りかける。しゅぅぅ、という蒸発するような音を立てて傷口に染み込んでいく。アルザが辛そうに眉間に皺を寄せ顔をしかめているところを見ると、どうやらかなりの痛みを伴っているようだ。

 そして接合された部分にカルミナが手をかざし何やら呪文を唱えだす。するとカミラの手のひらから淡い青色の光が放たれアルザの腕を包み込んだ。


「すっげ……」

「治癒系の魔法薬と回復魔法ですね。効果を見ると相当高位の品物だと思います」


 治療の光景に感心していると、横からアイリスが説明してくれた。

 アイリスは剣を手にし、一分の隙もない表情でアルザたちを睨んで全力で警戒している。少し落ち着けという意味合いも込めて軽く馬の方の背中を撫でておいた。

 魔法薬の音が止むといつの間にか腕は繋がっており、以前と変わらぬアルザの腕が繋ぎ目ひとつなく存在している。

 

「なぁ、そろそろ状況の確認してーんだけど」


 一通りの処置が終わったのを見て、深月がレーベを挟んで声をかける。アルザを解放したことでレーベの警戒度がアップし、深月自身も少し怖いのでレーベの後ろから動いていない。


「ああ、待ってもらっちゃって悪いね」


 アルザは依然としてカルミナから回復魔法を受けながら答える。


「おっさんはナイフでボクを斬ろうとしたのか?」

「……そうだ」


 深月の発するおっさんという単語にピクリと反応したがそこには何も触れず、苦々しい顔で問いに肯定の言葉を返す。

 振り返った直後に見えた自分に向かってくる光がアルザが手にしたナイフの光ならば、

 ナイフを持ったアルザが深月に襲いかかり、そしてそれに反応したレーベが深月を庇うように立ち、ネルがアルザを撃退、アイリスは他の『昼の影』メンバーを警戒。といったところだろうか。


「ヘタしたらボク、死んでたのか……」


 結果として生きているわけだが、レーベやネル、アイリスが居なければ宙を跳んでいたのはアルザの手首ではなく深月の首だったかもしれない。

おそらく何が起こったか理解する間もなく殺されていただろう。


「いやいや勘違いするなよ! 別に殺す気はなかったって! ただあまりに冒険者として自覚が足りないようだったから、首をちょこっと斬って灸を据えるつもりだったんだが……、返り討ちに合ってこの様だ」


 深月の小さな呟きを拾ったアルザが慌ててフォローを入れた。


「深月様に凶器を向けた時にお前の命は無い。今お前が呼吸できているのは深月様のご慈悲のおかげだということを忘れるなよ」


 レーベが、気の弱い人間ならばそれだけで殺せそうな凄まじい殺気を放っている。神気を使っていないのは深月の「許可なしで神気を使うな」という命令を守っているからだろう。

 Bランクアサシンでもこれは辛いらしく、アルザは冷や汗をかいている。


「レーベ、ありがと」


 ボクの事をそれだけ想ってくれて、と硬く握りしめられたレーベの拳をそっと両手で包んでほどいた。


「……深月様」


 レーベの殺気が霧散していく。

 深月からレーベの顔は見えないが、振り回される尻尾がビシビシ太股に当たって地味に痛い。


「アサシンのオレならAランク相手でもヒットアンドアウェイで一撃ぐらいいけるっ、と思っていたんだが……。まだまだAには遠いらしい」

「ギルドも遊びでランク分けをしている訳ではない。一つのランクの間にも明確に大きな壁がある。少し名が売れたからといって調子にのったな」

「ジェイクの言うことはいつも耳の痛い。自覚が欠けていたのはオレも一緒か」


 レーベのプレッシャーから解放されたアルザは仲間の大柄の男に説教されて肩をすくめ自嘲的に苦笑いを浮かべる。


「ただまぁ、さっきはお灸を据えるなんて言ったが、見るからに素人まるだしで、ろく戦ったことすら無さそうなガキンチョがAランクの使い魔引き連れて、モンスター娘の後ろでデカイ顔して歩いてるのが気にくわなかったのも事実だ。軽率だったすまん」

「アルザは昔孤児で苦労したから、貴方みたいに恵まれた環境にいて何の苦労もしてなそうな顔をしている、金持ちや貴族の子供に変なコンプレックスがある。そしてどうしようもないコンプレックスを自覚しても直せていない、つまりはバカ。許してやってほしい」

「おう、今さっきボクのしもべに両腕落とされたばっかりで、本人を目の前にめちゃくちゃはっきりもの言ってくれるじゃねーか」


ついさっきまでボクのしもべに生殺与奪を握られていたくせに。

平和ボケにお定評のある日本で暮らして生きてきたのは事実であるし、この世界のと違いは理解してきてはいるが、こうもはっきり世間知らずで苦労知らずと言われるとなにか反論したくなる。ただみんなを引き連れて優越感に浸ってどこか調子にいたことも事実だし、生命をかけて戦ったことがないのも事実であるため反論しづらい。


「まぁなによりも予想外だったのは、そっちのダークエルフの嬢ちゃん。Bランクアサシンのオレの一撃に反応しただけじゃなく、オレよりも速い手刀で手首切り落としてくれちゃって」


 どこかこちらを試すような視線を向けてくる。

 アルザの両手首を落としたのはレーベだったのか。というか、


「手刀て……」


 どんな達人だよ。

 思わず半笑いになり自分を守ってくれているレーベの背中を見る。


「正面から受け止めるならまだしも、横から割り込む形でそんなまねできるなんて。……嬢ちゃん本当にダークエルフか?」


 レーベがダークエルフなんかではないとアルザは確信しているのだろう。

 まずいな、どうやって誤魔化そうか。

 レーベの正体がバレることは避けなければならないと、頭をフルに働かせるが自分よりもはるかに経験豊富な冒険者を退かせる言い訳なんていくら考えても出てこないわけで。


「せっかく助かった命、無駄にしたくねーだろ? 詮索は無しにしてくんない?」


 結局深月が選んだのは煙に巻く事ではなく強引な力技。もちろん殺すつもりなど毛頭無いが、これぐらいのハッタリは必要だろう。

 しばし二人で見つめ合う。お互い口が笑って目が笑っていない。


「OK。了解。命あっての物種だからな。これ以上詮索しないよ」


先に折れたのはアルザ。


「ここでは何もなかったし何も見なかった、そうことで。よっし! 帰るか!」


 アルザは血が足らないのかジェイクと呼ばれていた大柄の男に肩を貸してもらい立ち上がる。

 もう一人名前を知らない気弱そうな弓使いはぺこりとお辞儀して、治療した魔法使いは大男と一緒にアルザを反対から支える。


「迷惑かけたな。お前たぶん見た通りの素人なんだろうけど、初めの印象より度胸も根性もありそうだし、なによりも命助けてもらったからな。今度はちゃんと先輩冒険者として1つ忠告しといてやる。いくら強力な使い魔を連れてるモンスターテイマーだろうが、いつまでも後ろに隠れて眺めているようじゃ、いつかやっていけない時が来るぞ」


「じゃーなー」と言いたいことを言ってヒラヒラと手を振りながらアルザたちは去っていった。


「本当に見逃してしまってよろしかったのですか? 今からでもすり潰してきましょうか?」

「お前いちいち過激ね……。いいよそんなことしなくて、レーベが守ってくれたし。次も守ってくれるんだろ?」

「――はッ!! この命に代えましてもっ!」


 ホントに男前な従者だ。  ただ頭を撫でるにはいちいち背伸びしなければならないのが締まらない。


「深月、私モ私モ」

「おう。ネルもありがとな」


 ネルが頭を押しつけてきたので撫でる。



 ーーいつまでも後ろに隠れて眺めているようじゃ、いつかやっていけない時が来るぞ。



 去り際、アルザが深月に向けて残した言葉が頭の中を駆ける巡る。


「ホント、なにやってんだろうな……」


 ため息と共にこぼれ出たのはそんな言葉。

 女の背中に隠れて、守られて。

 必要な食料や寝床の確保に使われているお金は初日にレーベがドラゴンと倒して得たお礼や素材を売ったもの。これからこうして冒険者として生きていくにも、実際働くのはレーベ達モンスター娘。これでは情けないにも程がある。

 深月自身がこの世界に来てからしたことと云えば、『ミツキフェロモン』でレーベやアイリス、ネルを誑し込んだだけ。


「あのクズの言ったことを気にしてるんですか?」


 浮かない表情の深月を気にしてアイリスが声をかけてくる。

 クズとはアルザのこと。深月にナイフを向けたことがよほど腹に据えかねたらしい。


「あんな戯れ言を深月様が気にする必要ないですよ。そもそもモンスターテイマーが戦闘を使い魔に任せるのは当たり前のことなんですから」

「モンスターテイマーってわけでもねーんだけどな」

「その通りです。私たちは深月様に調教されたわけでもなく、自らの意志で貴方を守ると決めたんですから」


 胸の奥がズキリと痛んだ。

 その気持ちも『ミツキフェロモン』のせいかもしれないのだ。


「そうだ! 私たちのパーティー名どうします?」


 深月の中の陰りを感じたのか、アイリスがことさら大きな声で言った。


「? ああ、そういやそんなものあったな」


 『昼の影』の事があまりに強すぎてすっかり忘れていた。

 深月もこのまま悩んでいてもしょうがない、と気分を変えるため明るい声を出す。


「じゃあ、なにか案が有る人~?」


 手を挙げたのは3人全員。レーベとネルは自信満々。


「全員か、意外と思いついてんだ。よしっ、それじゃあ全員で一斉に言ってくれ!」

「深月様とその下僕たち」

「深月ハーレム」

「好キ好キ深月愛シテル」

「……………………あ~、うん。やっぱ一人一人ちゃんと聞いていこう」


 深月が反応を返すまでやや時間がかかった。

 一つの意見にいくつものツッコミどころがあって、とてもじゃないがまとめて対応なんてできない。全員が明後日の方向にボールを投げてくれている。


「じゃあレーベから」

「『深月様とその下僕たち』です。私たちの存在を人に知らしめるにはぴったりかと」


 お前はボクの『変態鬼畜SMテイマー』の称号をそんなにも世間様に大声で喧伝したいのか?


「却下」


 問答無用で切り捨てる。

 自信作だったのかうなだれて落ち込んでいる。


「次、アイリス」

「『深月ハーレム』です」


 レーベがこれを提案してきたら素かどうか判断に迷うところだが、アイリスが言うならこれは皮肉だろう。

 一番の常識人のアイリスが世間体を気にしないわけないのだから。


「よくパーティの内情を表していると思いますよ」

「そのパーティ名に決まって、お前は本当にいいのか?」

「…………嫌ですね」


 とんだ自爆テロだった。


「最後はネル」

「『好キ好キ深月愛シテル』。ミンナノ気持チヲ表シテミタ」


 ドヤぁっと胸を張るネル。

 なんだこの可愛い生き物は。

 採用できないが、代わりに頭を撫で撫でしておいた。


「っていうか、ボクの名前が入っていることは全員一緒なんだな」

「なにがあろうと深月様は私たちの主君であり、パーティの中心ですから」


 いつの間にやら立ち直っていたレーベの言葉に二人も頷く。

 結局、ギルドに戻る帰り道も話し合ったがパーティー名は決まらなかった。

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