第14話

 息苦しさを感じて目を覚ます。

 目を開けても視界は真っ暗。そして顔に感じる熱とやわらかな感触と若干の獣臭さ。


「ん……、んん」


 まだ頭が覚醒してない中、顔に手を持っていき探ると、小さな体とふわふわの毛。ノエルである。

 ならば顔に感じる柔らかな感触はノエルのお腹か。

 いい加減苦しくなって、顔の上に大の字で寝ているノエルをひっぺがし適当にベッドの上に転がす。ころころと二回転がったがノエルに起きる様子はない。

 場所は昨日あの後泊まった少し高めの宿の一室。

 隣で寝ているのは、昨夜確かに別々に寝たはずのレーベ。いつのまに潜り込んだのやら。

 念のため自分の服を確認すると特に乱れはなかった。ナニかをやっちゃったとかやられちゃったとか、そんなことはなかったみたいだ。

 ってなんでボクが気にしなきゃいけないんだ。と自分の行動に呆れてしまう。

 こういうのはフツー女性側の心配だろう。

 寝ころんだままふとレーベの方に目をやると、

 大きく空いた胸元からのぞく、男の夢とロマンと希望と夢が詰まった二つの膨らみ。


 ――マジででっけー、どんだけ夢と希望が詰まっているんだこれ……バレー? サッカー? いやバスケットボールぐらいはあるんじゃねーの。


 どうやら起動の最中にあった深月の頭は、強すぎる刺激を受けてエラーを起こしたらしい。

 これは色々とマズい。

 朝の生理現象と合わさって、非常に魅力的に見えるそれらから、今正常に機能する理性を総動員して無理矢理視線をはがす。


「おはようございます」

「お、おう。おはよ」


 深月の気配に気づいたのか、レーベが目を覚ました。


「で、なんでお前がここにいるの?」


 下腹部に血が集中している今の状態を誤魔化すため、うつ伏せに体勢を変えて適当な話題をふる。


「添いねーーではなく護衛です」

「へー、護衛かー」


 キリッっと凛々しく答えるレーベ。

 普段なら「じゃあなんでお前も寝てんだよ」とつっこむところなのだが、今の深月にそんな余裕は無く、

 なんとかこの高ぶりを落ち着かせるために、息と心拍数を整えようとする。

しかし先ほど見た二つのボールがどうしても脳裏に浮かび、なかなか上手くいかない。

 なんとしても気づかれるわけにはいかない。と最終手段発動、昨日告白してきた髭面のおっさんを思い浮かべる。2秒で沈静化した。


「うわぁ……おえ……」


 ひっこんだ高ぶりの代わりに沸き上がった嫌悪感と不快感、それと若干の嘔吐感。もう二度とこの最終手段は使うまいと深月は心に決めた。

 心の平穏を取り戻すべく、急いでレーベの顔を眺める。

 スッと通った鼻筋、切れ長の大きな瞳。凛々しく整った中にも女性らしさを感じさせる造り。元の世界で見たどの芸術よりも美しく、まさしく神の傑作と呼ぶにふさわしい。まぁ、肌が灰色だったり瞳がまっ赤だったり、手足に鉱石が付いたり尻尾が生えたりとしているが。


「? んー」


 レーベは、じっ、見つめてくる深月の意図が分からず、不思議そうに首を傾げたあと、何を勘違いしたのか目を瞑って唇を突きだし何かを期待して待っている。


「アホ」


 もちろん深月はデコピンで応えた。





 どうやら深月とノエル以外は先に起きていたらしく(レーベは深月を起こしに来ての二度寝らしい)、全員で宿の朝食を取ってからギルドに向かった。

 宝玉以外で魔導将軍に会うためのもう一つの方法、Aランクの冒険者になるためFランクからこつこつ這い上がっていかなければならない。

 レーベやネルがいるので実力的にはなんの問題も無いはずなのだ。Cランクぐらいまでは余り時間をかけずに上りたい。

 初めてのクエスト受注のためにカウンターに向かう。

 今日の受付は昨日の人とは違い少し小柄な茶髪の男性。また怯えられながら会話しないですむとほっとする。


「クエスト受けたいんだけど」

「……あの、失礼ですが初心者の方ですか?」


 受付の男は困ったような顔で深月に聞き返してきた。


「深月様、そっちじゃないですよ。先に掲示板で受けるクエストを選んで、選んだクエスト用紙をカウンターに持っていくんですよ」


 アイリスが教えてくれる。


「えっ、そうなの?」


 うわっ、恥ずかし! 顔が熱くなってくるのを感じる。

 赤くなった顔を隠して「すいません」と受付に軽く会釈し、掲示板の方へ向かう。


「昨日貰ったマニュアル、ちゃんと読みました? クエストの受注方法ははじめの方に書いてありますよ?」


 掲示板の前につくとアイリスがジト目で睨んできた。


「ボクさ、新しくゲーム始めるときはまず説明書は読まないでとりあえずやってみる主義なんだよね

……」

「なんの事を言っているかいまいちよくわかりませんが、……ただ面倒くさかったんですね?」

「さって、どんなクエストがあるのやらー」


 都合の悪いことは意図的に聞き逃して、掲示板のFの文字が大きく掲げられたコーナーを見る。クエスト内容が書かれた手帳サイズの紙が何枚も張られていた。

 隣町まで手紙の配達。迷子の犬探し。壊れた家の補修。チミム草という薬草の採集。買い物の手伝い。まるで町の便利屋のような内容が並ぶ。


「なんか想像してたのと全く違うんだけど」


 深月の想像とはもちろんモンスター退治や王族や貴族の護衛など、男の子のロマン溢れる大冒険だ。


「戦闘になったらボクは足手まといにしかなんないからこういうクエストの方が安心なんだけど……。なんだろ、この胸に溢れる期待を裏切られた感は……」

「最低ランクのFランクですからねー。小遣い稼ぎに冒険者登録をした人向けのクエストですから。こんなもんですよ」


 深月は冒険者という職業はもっとロマンあふれる尊い職業だと思っていたが、この世界ではどうやらバイト感覚でなれるらしい。


「このチミム草を8本取ってくるってやつ、ボクさっきむこうの雑貨屋でチミム草売ってるの見たぞ。買ってきたらクエスト成功じゃないのか?」

「確かにその通りですけど、でもそれをしたら金銭的に損しますよ」


 チミム草採集のクエスト用紙の下の方、報酬金額を見ると銀貨2枚、深月の感覚的に日本でいうとだいたい2000円程度。雑貨屋のチミム草1本の値段が銅貨5枚、500円。2000-500×8=-2000。銀貨2枚、ちょうど成功報酬分の赤字になる。

 現在の深月たちの所持金は26万ちょい。これからこんな低報酬の仕事をこなしていくことを考えると、とても無駄にできるようなお金はない。


「少しでも報酬が高いの探すか」


 クエスト内容は見ずに報酬金額だけ走り読みする。

 銀貨6枚、銀貨4枚と銅貨8枚、銀貨2枚、新金貨1枚と銀貨2枚、銀貨ろーー!? 金貨の文字が見えて慌てて視線を戻す。


 『ゴブリン4体の討伐』


 街道に出現したゴブリン4体の討伐。成功報酬 新金貨1枚 銀貨2枚。


「ゴブリンっていうと、ここに来るまでも遭遇したな」


 子供ぐらいの身長で、長い耳と鼻、暗い緑色の体。お世辞にも綺麗な容姿とは言えないモンスターだ。

 前に出くわした時はレーベに威圧されて一目散に逃げていった。

 ネルも仲間に入った現状なら、足手まといの自分がいても十分に対処できるだろう。


「決めた。これにする」


 掲示板からクエスト用紙をちぎって取る。

 カウンターでの手続き事態はマニュアルを読んでいない深月ではなくアイリスに任せる。


「ゴブリン4体の討伐。受注なさるクエストはこちらで間違いありませんね?」

「はい、大丈夫です」

「お一人様での受注でよろしいでしょうか?」

「いえ、私と後ろのモンスターテイマー、二人でのパーティで受注します」

「パーティ登録はお済みでしょうか?」

「いえ。パーティ登録はしてません」

「わかりました。それでは今回クエストを受注する冒険者様のギルドカードを提示ください」


 ポケットからカードを取り出し男に渡す。

 男は受け取ったカードを水晶のようなものに翳すと、カードから光の文字が浮かび上がった。


「ありがとうございます。ランクD+のアイリス様とランクFの緒方深月様ですね」


 カードを返される。

 そういえば聞いてなかったが、アイリスのランクはD+なんだ。


「それでは、良き冒険をお楽しみください」




 王都を出てゴブリンがいるという場所に向かっている最中。

 ノエルは宿でお留守番。


「なぁ、パーティ登録ってなに?」


 先ほど後ろで聞いていた、アイリスとギルド受付のクエスト受注手続きで気になったところを聞いてみた。


「パーティ登録はその名の通り、二人以上の冒険者が契約、同意の上でパーティを組むことですよ」

「それって登録したほうがいいのか?」

「まぁそうですね。なにか特典が付く訳でもありませんし、クエスト受注のたびにリーダーがカードを提示すればいいだけになるんでちょっと手続きが楽になって、パーティ限定クエストの告知がくるぐらいですかね」


 パーティ登録済ませておくと、今後のクエスト受注の際はリーダーのカード提示だけで済むらしい。

 どうせこれからもこのメンバーでクエストを受けるのだ、登録をして損はないか。


「へー、デメリットとかもなし?」

「そうですね……、デメリットというか、パーティでの受注の際は一番冒険者ランクが低い冒険者の受注可能ランクでしかクエストが受けられませんので、あまりランクが離れすぎた相手とパーティを組んでも全く得がないことですかね」

「あ、じゃあアイリスはボクとパーティの時はF+ランクの依頼しか受けれなくなっちゃうのか」

「そうなります。でもしばらくは私個人でクエストを受けるなんてことはないと思いますよ。……少なくとも深月様が冒険者マニュアルをちゃんと読んでギルドでの手続に困ることが無くならない間は!」

「わぁ、ごもっとも……」


 文字はご都合ファンタジーで何故か日本語として読めるのだが、なんとも小難しい言い回しで規則や規約が羅列されている紙を見ると途端に見る気が失せてしまう。

 深月としてもこれからの自分の生活に直結することなので必要なことだと頭では理解しているのだが、ついつい後回し後回しと避けてしまっていた。


「見ツケタ」


 のんびりと景色を堪能しながら街道を進んでいくと、ネルの視線を追って見ると街道から少し林の中に4つの小さな影。


「レーベ、やってくれるか?」

「はっ! 一番槍、みごと勤めて見せましょう」


 前回は触れることなく神気で追い散らしたレーベだ、今回もびしっと決めてくれるだろう。

 レーベは奇襲などせず、ゴブリンたちの前に堂々と姿を現す。

 奇襲しないなら、と深月たちも後に続いていく。


「初撃はそちらにくれてやろう。……こい」


 右足を一歩後ろに下げて、腰を落とし右拳を腰の位置で弓のように後ろに引き絞る。

 ドラゴンを相手にしても大した構えをしなかったレーベが構えた。

 そして『神気』を発動させる。圧倒的なまでのプレッシャーにビリビリと大気が震えている。


「スゴイ気合イダナー」


 昨日の深月の適当な説明を真に受けているネルは素直に感心している。


「ぎ、ギィィッ」


 ゴブリンはというと、――そりゃ逃げるに決まっている。

 蜘蛛の子を散らすように一目散に走り出す。


「……」


 レーベは飛びかかってくるゴブリンをかっこ良く蹴散らす自分の姿を深月に見せようとしたのだろう。

 予想と違う現実に呆然としている。


「誰が追い散らせって言いましたかー?」

「も、申し訳ありませんっ! つい気負いすぎてしまってっ」


 若干、こいつなら同じ事やるんじゃないか? とお約束を期待しての人選だったが、レーベは見事に決めてくれた。ある意味期待通りの働きだから怒りはまったく無いがやはり呆れる。

 向こうに見えるゴブリン達の背中はすでにだいぶ小さくなっている。


「これからボクの許可なしに神気は出さないこと! ――レーベはボクの護衛、アイリス、ネルは追撃!!」


 完全に逃げられる前に急いで指示を飛ばす。


「はっ」

「了解しました」

「ン、ワカッタ」


 まずアイリスが腰の剣を抜いてすぐ飛び出していく。そのスピードは正しく疾風のようで、横方向の移動なら目で追うことも苦労するだろう。

 一匹目のゴブリンにみるみる追いつき、一刀の下に切り捨て、即座に次のゴブリンへ向かう。

 本気で走ればここまで早いのか。

「おぉ」と、深月の口から思わず感嘆のため息がでる。

 そして1匹、他の3匹とはまったく別方向に逃げたゴブリンに追いついたのはネル。

 アイリス程ではないが、流石ドラゴンと同じAランクモンスター。十分驚異的な早さで追いつきその鋏を振るう。

 ゴブリンの上半身がまるで消えたと錯覚するほどの勢いでちぎれ飛んだ。完全なオーバーキル。

 深月が指示を出してから、追いかける時間も入れて戦闘時間およそ10秒。

 過剰戦力にも程がある。


「いやいやいや。頼もし過ぎだろ、ボクの使い魔たち」


 戦闘できないボクは足手まといになるとか、そんな次元じゃなかった。

 深月一人くらい荷物にもならないかもしれない。

 3体のゴブリンを仕止めたアイリスが戻ってくる。


「おかえり。スゴイな、あんなに強いアイリスでも冒険者ランクはD+なのか?」

「私は二年前に冒険者として暮らすのを止めてあの村で畑耕して暮らし始めましたから。体が成長した今ならCぐらいの実力はあるかもしれません」


 腕が鈍ってなくてよかったです。と恥ずかしそうにアイリスは笑う。

 二年前ということはその時アイリスは13才。中学1、2年生。そんな小さな頃から命の危険のある冒険をして、生活していたのか。

 この世界の常識はまだよく知らないがアイリスの生き方は大変なことだっただろう。

 中学1、2年の深月なんて、親(主に母親)の教育の反動で喧嘩に明け暮れたり、コンビニの前で屯したり、杉山とバカやったり。黒歴史の真っ只中だ。


「深月、ホメテホメテ」


 片手にしとめたゴブリンの首を持ってネルが帰ってくる。


「ぎゃ~っ、なんてモン持ってきてんだ!? そんなばっちぃもの捨てなさい!」


 思わず情けない声をあげてしまった。

 旅の最中に野生の野ウサギ――『ミツキフェロモン』に反応しなかったので雄だろう(だからどうってことではないが)――を捕まえてアイリスの指導のもと捌いたりしたので、こういうスプラッタなものには慣れたつもりでいたがまだまだ完全には耐性ができていなかったらしい。断面から血が滴り落ちるフレッシュな生首はいろいろとくる・・ものがある。


「あっ、捨てちゃダメですよ! まだ討伐素材取ってないじゃないですかっ」


 アイリスが慌てて止める。


「おぉ? 討伐素材?」


 知らない単語が出てきた。


「本当に少しもマニュアル読んでないんですね……」


 ため息をつきつつ説明してくれる。

 すっかり説明キャラが定着してしまったアイリスだ。

 いつもいつも頼るのは申し訳ないのでこれは早くマニュアルを読まないといけない。


「今回みたいに依頼主がクエスト達成の確認にこないようなクエストでは、ちゃんと討伐しましたよ~ってギルドに提出報告するために必要な素材です。マニュアルにモンスター毎の一覧が載ってますから暇な時見といてくださいね?」


 アイリスはネルからゴブリンの首を受け取り、耳に付いている石でできた無骨な耳輪をはずして小さな袋にいれる。袋の中にはアイリスがしとめたゴブリンの物もあり同じような耳輪が4つ。どうやらゴブリンの討伐素材は耳輪のようだ。

 ぼんやりその光景を眺めていると、虚ろで曇ったゴブリンの目と目が合ってしまった。

 なるべく顔を背けて見ないようにする。


「ん?」


 すると背けた先に人影が見えた。冒険者なのかローブや鎧を身に纏った4人。こちらに向かって歩いてくる。


「ほらっ! オレの言ったとおり。昨日の新人テイマー君だったろ?」

「はいはい、良かったね。というよりわからない方がバカ。あのプレッシャーは昨日感じたばかり」

「ぎ、ギルタブリルなんかに、ち、ちち近づいて、大丈夫なんですか? いきなり襲われたりしません?」

「テイマーの使い魔だ、ちゃんと躾られているだろうさ。ましてAランクの魔物など調教が済んでいないと連れ歩くなど、そんなに怯える必要はない」


 聞こえてくる会話の内容から察するに、レーベの神気を感じ取ってやってきたのだろう。

 いったいなんのようだ? と深月が警戒していると、先頭にいる大型ナイフを腰から下げ、黒いマントを羽織った男が話しかけてきた。


「お前さ、昨日冒険者登録してたテイマーだろ? それはもう色々噂になっていたけど、こうやって近くで見ても本当に女みたいに見えるのな!」


 かちーん。深月の中でこの男は敵性判定に大きく傾いた。

 深月は自分を女みたいと言ってくる輩には悉く厳しい。

 本人としては悪気はないのかもしれないが、なんとも軽薄そうな笑顔で、フレンドリーに、もとい馴れ馴れしく接してくる。


「……あんたは?」


 初対面で、冒険者の先輩であるとわかってはいても自然と深月の声は尖っている。


「ああ、まず自分から名乗らなくちゃだな。オレはアルザ、アルザ・テルミドールだ。ランクはB、ジョブは暗殺者アサシン


 Bということは、A、B+、Bと上から3つ目。

 なかなかの実力者というわけだ。


「オレたちは『昼の影デイシャドウ』ってパーティなんだけど、知らないか? Bランクが二人いるパーティ、ってけっこう王都では有名になったと思うんだけど」

「知らない」


 アイリスにも聞いてみるが返答は同じ。


「あれ? そっかぁ、ちょっと自意識過剰だったか。まぁお前はモンスター娘をいかがわしい方法で調教してる男の娘がいるって昨日一日でめちゃくちゃ有名になってたけどな! 大型ルーキーだよお前!」


 非常に楽しそうに深月の肩を笑いながら叩くアルザ。


 ――よし、こいつはいつか泣かそう。絶対泣かそう。それはもう必ず泣かそう。


 密かにそう決意を固める。

 繰り返しになるが深月は自分を女みたいと言ってくる輩には悉く厳しい。


「それで。ボクになんか用かよおっさん?」


 深月の声音が人を刺せるぐらいの鋭さになった。

 こめかみは怒りでピクついている。


「お、おっさん!? オレはまだ27だぞ!」

「17のボクからみたら十分おっさんだろ! いつまでも自分を若者だとでも思ってんのかジジイが! 人に絡む暇あったら自分の老後の心肺でもしとけテメー!」

「こ、このガキ……っ、言わせておけば!」


 バチバチとガンのくれ合い飛ばし合い。

 ぶっ飛ばすぞコラ? あぁん? やんのかボケ? 死んだぞテメー? ぐちゃぐちゃに泣かしてやんぞ?

 二人の間で繰り広げられるメンチ合戦を言葉にするとこんな感じだろうか? 

 額と額がくっつきそうな距離で睨み合う。


「……おっさん。っく、ふふっ、ふふふ……」

「おい、カルミナ笑うな!」


 そんな中、アルザの仲間でローブを纏った女が肩を揺らして笑っている。

 仲間に笑われて気が削がれたのか、10も年下の新人と言い合いしている現状に気づいたのか、アルザは気まずそうに目をそらした。


「ったく、これだから最近のガキは嫌いなんだ、礼儀ってもんを知らねぇんだよ。こっちは親切で忠告してやろうとしてんのに」


 その言い方がすでにおっさん臭いが、そんなことより、


「忠告?」


 まだこの世界をよく知らない深月には気になる単語だ。

 だが今更教えてくれと頭を下げるのは格好悪い。いやいや、でも重要な事だったら――。深月の心の中で葛藤が生じる。


「もうオレは知らん! 勝手にやれ、そして後になって後悔しろ!!」

「アルザ、少し大人げないぞ」

「そうですよ。相手は10も年下なんですよ?」


 アルザはすっかりへそを曲げてしまったようで、深月に背中をむけるが、

 まだ笑っている女は除いて、パーティの残りの二人に諭されて、アルザはいかにもしぶしぶとため息を付く。


「はぁ。金で買ったのか、誰かに譲ってもらったのかは知らないし興味もないが、たまに新人のモンスターテイマーでかなり高ランクの魔物を使い魔として連れている奴がいる。そんな奴は大抵すぐに消えていく、なぜだかわかるか?」

「さぁ? 嫉妬した他の冒険者からいじめを受けるとか?」


 経験の少ないテイマーが高ランクモンスターを扱いきれず事故を起こしてなんらかの処分が下る。そんな可能性も考えたが、それならおそらく深月がテイマーとして冒険者登録をする際に前もって警告がされているはずだから違う。


「殺されるんだよ、使い魔を。高ランクモンスターの素材はかなりの値段が付く、それを狙うバカがいるのさ。人に慣れ、人を攻撃しないように調教されている使い魔を後ろからバッサリ。

 いくらお前がギルタブリルなんて本物の化け物を飼っていようが、奇妙な魔法を使うダークエルフを飼っていようが、せいぜい油断しないことだな。親に買ってもらった玩具を自慢しすぎて、周りの反感買って壊されましたじゃ笑い話にもなんねぇぞ」


 奇妙な魔法というのは神気の事だろうか。たしかにそんな聖典にのってるような不思議エネルギーより魔法と考えたほうが自然だ。レーベの正体を知る手がかりを与えてしまったと、勢いで命令したことをちょっと後悔している深月にとってこれはありがたい。

 そしてアルザの忠告だが、これは深月たちには不要だろう。攻撃しないように調教しているわけでもないし、いくら油断してようとも、ドラゴンの渾身の一撃を片手で受け止めるたレーベが盗人や強盗如きの攻撃で傷を負うことなんてないと断言できる。ネルは一度捕まった経験からか、基本的に深月以外の人間を警戒している。

 そんな役にたたない忠告はどうでもよくて、深月はアルザがレーベ達を飼うと道具かなにかのように表現したことが気に入らなかった。自分で散々ボクのしもべだなんだと言っておいて、勝手なものだと深月も思う。


「ふーん。ま、ボクには関係ないね。――クエストも達成したことだし帰るぞ」


 突き放すように言ってきびすを返す。向こうは親切で忠告してくれていて、さすがに失礼だと自分でも思ったが、これ以上話す気にはならなかった。


「おいっ!!」

「……なんだよ?」


 今までよりも大声で呼び止められ、つい足を止め振り返る。


「あとひとつ、言い忘れていたがモンスターじゃなくてテイマー自身を狙ってくる奴もいるんだぜ?」



 ――こんなふうにな。



 振り返るとそこにアルザの姿は無く。





 深月の喉元に向かう鈍い光がきらめいた。

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