第13話
「スゴイッ。今ノナニ?」
「ん? んー……、ボクもよくわからん。レーベの超スゴい気合いだとでも思っとけ」
「ヘー、気合イカー」
ギルドから出るとすでに日は落ち、代わりに街灯や商店の灯りが街をを照らしている。
「すっかり暗くなってるな、さっさと夕飯食ってから今日の宿探すか」
深月たちが選んだ店はオーソドックスなバイキング形式のお店。値段は一人銀貨4枚(だいたい4000円)と少々割高だが、色々な種類の食べ物を食べることができるので、まだこの世界の料理をよく知らない深月にとってはありがたかった。
店に入るとギルタブリルであるネルとその主人である深月に好奇の視線が集中したが、今日で散々注目されもう慣れたのか、大皿に入れられて並べられた見たことのない料理に気を取られていた。
「すっげ……、こんなに色々あるんだ」
身が水色をして目が四つある焼き魚。山椒とワサビを足したような匂いの香辛料をまぶして炙られた骨付きマンガ肉、昼に食べたククルの串焼き、甘い香りのする野菜とフルーツのスープ、目玉の様なものが浮かんでいるゼリー、等々。
あまり口にしたくない料理も数多くあるのだが、好奇心が勝ってどの料理も少しづつ取っていく。
だいたいの料理を取ったところでちょうどお皿がいっぱいになり、とっておいたテーブルに座る。
やはり色々見て回って時間がかかったので、一緒に回ったレーベ以外、ネルやアイリスは先に座って待っていた。
「お待たせ。先食べといてもよかったのに」
この世界では日本のように食事の前にする作法は無いらしい。
しかし長年日本人として生きてきた深月は、身に染み込んだ習慣で心の中で「いただきます」と呟いて食べ始める。
まずは見た目一番のゲテモノから。虫の幼虫に脚が4本ついたような姿をしているマッナドクラブという蟹の唐揚げ。
こういう見た目マズそうなものは、その見た目とは裏腹に案外美味しいモノが多いと相場が決まっているのだ。
「…おえぇ……」
一口噛んで吐き出した。
噛んだ瞬間口の中に広がる苦味、エグ味、磯の香り。
マッナドクラブはその見た目通り、相場を裏切り率直な不味さだった。あわてて水で口の中を洗い流し、ククルの串焼きで口直しをする。
あ゛ぁー、えらい目にあった。今度は慎重に選んでいこうとテーブルの上の料理を見渡す。すると深月の左側、ネルの皿が目に入った。
「ネル、お前それだけでいいのか?」
その大きさから健啖家かと思っていたが、ネルのプレートには深月より少し少ない程度しか乗っていなかった。
「ウン。砂漠ハ獲物ガ少ナイカラ、普段カラソンナニ食ベナイ」
「コスパがいいんだな」
今回はバイキングなのであまり関係ないが、これから先にまた旅をする可能性があるのでこれはありがたい。
「一年グライナラ絶食デキル」
「一年も!? そりゃスゲーな。それに比べてーー」
テーブルの向かい側にあるプレート。ポテトやサラダ、グラッセなどの野菜類が中心に山のように盛られて、その周りによくわからん肉のソーセージやベーコンをおつまみ程度に添えられている。それが8皿。
そのうち2皿がすでに空になっている。
「ぱくぱく、もぐもぐ、ぱくぱく、もぐもぐ……。なんですか?」
深月はプレートの主にチラリと視線を向けた。視線に気づいたアイリスは「なにか文句あるんですか?」とこちらをムッっと睨みながらも手と口を止める気配はない。
「なんですか? じゃねーよ。お前どんだけ食べてんだよ、さすがに食べ過ぎじゃないのか」
「いいじゃないですか、旅の最中は我慢してたんですから」
「我慢って……、あれで? 大量に買い込んだ食料の7割方がお前の腹の中に消えていったが」
量もそうだが消えていくスピードも尋常ではなく、深月が3週間ぐらい保つかと思っていた大量の食料は、たった1週間しか保たなかった。
ケンタウロスというファンタジー種族で、体も人間よりかなり大きく、道中は深月を背中に乗せながら大きなモールポーチを両サイドに掛けて荷物を運んでくれていたため、そんなものかと思っていたが、
同じぐらいの体格で、アイリスよりも強そうなネルの食事量とアイリスの食事量を比べるとあまりに違う。
「少しはレーベやネルを見習え、レーベなんかドラゴンを一撃で倒せるパワー出せるのに、食べる量はボクとあんまり変わんねーぞ。あれ? マジでどうなってんだ? レーベ、お前それだけしか食べてないけど足りるのか?
もっと食べていいんだぞ 」
レーベの食事量は深月とあまり変わらない。というよりも、飲食店に入った時レーベはいつも「深月様と同じメニューを」と深月に合わせていた。今も深月と同じメニュー、量を食べている。
あれだけのパワーが出せてこんなに低燃費はおかしいんじゃないか。
「ご心配ありがとうございます。ですが私は体内の魔力をエネルギーに変換していますので、食事はその補助や嗜好品といったところです。ネルが小食なのも同じ理由でしょう」
たしかにドラゴンやレーベがその巨体や性能に見合うエネルギーを外から摂取しようとすると、非常に大量の食物が必要になるだろう。それこそ自分の生息区域の獲物をすぐに狩り尽くしてしまうぐらいに。
もし仮に魔力をエネルギーに変換することができなかったら、上級モンスターはすぐに栄養失調で絶滅してしまっているだろう。自然というのはうまく成り立っているものだ。
そんな感じで「へー」と感心していると、ふとひっかかることがあった。
「そういえば魔力はあるのにレーベは魔法使えないんだったっけか?」
ここに来るまでに寄った町で、レーベは確かにそう言っていた。
「ええ、私は魔法は使えません。魔法は使えませんが魔力を精製していないわけではありません。私の身体能力は常時魔力を用いて身体強化をしている結果です」
ああ、通りで。物理法則ガン無視のパフォーマンスを次々と披露できたのにはそんなカラクリがあったわけだ。
モンスターがいて魔法が存在する世界で、なにを今更と自分でも思うが、何気に深月の中での最大の謎であったレーベの秘密が解けた。
「じゃあアイリスはなんでそれをしないの」
そして、ここでもう一度大食い馬娘に話題を戻した。
「ほんふぁふぉとへひるのふぁ」
口をハムスターのようにふくらませながら話すアイリス。
「口の中のものを飲み込んでからしゃべれ」
「ングッ……失礼。それで、そんなことできるのは体内で宝玉を精製できるような上級モンスターだけですよ。たまに仙人と呼ばれる高位の魔術師が同じような事ができると聞きますけど」
アイリスはまるで学校の先生かなにかのように、手に持ったフォークを指し棒みたいに振りながら解説してくれる。ちょっと行儀悪い。
「そもそもエネルギーへの変換や宝玉の精製は、体内で作り過ぎた魔力が身体に悪影響を及ぼさないようにするためで、食事の代わりや魔力の貯蓄といった効果は副産物でしかありません。だからそれほど魔力の精製量の多くない種はできないんですよ。
逆にレーベさんクラスになると、エネルギーに変換して宝玉を精製して、いつも身体強化して魔力を消費していないと、魔力が暴走しちゃうんじゃないでしょうか」
「ふーん、なるほどなー」
と長々説明してくれているのだが、口の端に付いている食べカスが気になって仕方がない。
「おい、動くな」
「はい? なんですか?」
身を乗り出し、備え付けのナプキンでアイリスの口元を拭いてやる。
「たく、子供かお前は。……どっちかってーとボクが可愛い女の子に口元拭いてもらいたいよ」
後半の呟きは本心。公園で彼女の手作り弁当食べていて、気づいた彼女が優しく拭いてくれる。深月の彼女ができたらしてもらいたいことトップ5だ。
ほら、取れたぞ。とキレイになったことを確認して席に座り直す。
「あ、ありがとうございます」
アイリスの顔が、ランプで照らされた少し暗い店内でもはっきりわかる程赤くなった。
毎回こんな顔が見れるのなら、また拭いてやってもいいかもしれない。そんな事を考えていると、深月の小さなボヤキを逃さず聞き取ったレーベとネルがアピールしてきた。
「深月様、よろしければ私がーーむっ?」「深月、私ガヤッテアゲーーンン?」
深月を挟んで暫しお互いにらみ合い。
「でしゃばるなよ新米。ここは深月様第一の僕である私に譲るのが筋というものだ」
「イヤ、私ダッテ深月ノ口元舐メタイ」
いやいやネルさん。誰も舐め取って欲しいなんて言ってませんよ。舐め取って欲しくないとも言ってないが。
「な、なめるっ!? その手があっーー、いやいやそんな畏れ多いこと……」
変わらず考えている事がすぐに口に出る娘だ。お前絶対畏れ多いとか思ってないだろ。
「どうやらなかなかにやるようだな。ではこうしよう右側を私が、左側をネルに任せよう」
いったいなにがなかなかやるのやら。
それに深月の口元は食べカスなど無くキレイそのもの。
両横から顔を近づけてくる気配がする。触れるすんでのところで立ち上がって改めて口元を拭う。
「なっ、なぜ!?」
「立ッチャ舐メレナイヨ」
「さすがにこれは恥ずかしい」
悲しみでいっぱいの目で見られようが、ウルウル涙目で見られようが、恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。
みんな食事を終えて一息ついて、ノエルは深月の頭の上で毛づくろいをするなどまったりとした空気が流れ出した。
「さすが王都、今日一日でいろんな出来事があったなー」
そんなゆるやかな雰囲気のせいか、唐突にそんな言葉が口から出た。
「変態筋肉鑑定士に会って、城でムカつく商人に会って、そして宝玉でネルを買って、冒険者登録して変態鬼畜テイマー呼ばわりされて」
とても一日の出来事とは思えない怒濤の展開だった。
「まぁ、たった一つだけあったプラスのおかげで、総合的には大きなプラスになったからいいんだけど」
ちょいちょいと、今日の唯一のプラスであるネルを手招きして頭を下げさせ、「うりゃー」と頭をわしゃわしゃ撫でる。ネルは「キャー」と楽しそうな声を上げて、目を細めてされるがままになっている。
サソリの部分のしっぽが小さな円を描くように揺れてる。やっぱり感情と尻尾はリンクしているらしい。
控えめな揺れでよかった。これがレーベやアイリスのようにブンブンと振り回されると周りへの被害が大変なことになる。
「変態鬼畜呼ばわりされたのは深月様にも原因ありますよ」
アイリスがつっこんでくる。
「しょうがないだろ? 何の対策もなくいきなりだったんだから。自分でもアクセサリーはないとは思ったけど、ほかに思いつかなかったんだよ」
ベルトだとか腰巻きだとか、せめて装備方法がわかるようなものにすればよかった。
「そっちじゃなくて、いやそっちも一発アウトですけど。レーベさんの種族をダークエルフにしたことですよ、それがなかったらもう少しマシだったんじゃないですか?」
「? なにかマズかった?」
自分の中ではとっさの言い訳の割にファインプレーだと思っていたが。
「ああ、深月様は別の世界から来たんでした。種族とかその辺の説明もしなきゃいけませんね」
ちょっと長くなりますよ。と前置きをしてから話し始める。
「人間、亜人、獣人。この世界のヒト種は大きく分けるとこの3種に分かれます。まずは人間、ヒューマンから。深月様はもちろん人間ですので今更説明する事も無いんですけど、人間も住んでいる地域や国によって細かな分類があるんですが、それはあまり気にしないでも大丈夫です。生態や外見が変わる訳ではありません。せいぜい肌の色が変わる程度です」
元の世界でいう日本人とかアメリカ人とかそんな違いなんだろうか、と解釈して話を先に促す。
「そして次は問題のエルフが含まれる亜人。エルフ、ドワーフ、ホビットなどのこれらの種族が亜人にあたります。亜人はデミ・ヒューマンとも呼ばれ人間によく似た姿をしていて、人間と同じ知的生物で人間と友好的な関係にあり、社会的地位は人間と変わりありません」
「それじゃあ、ボクは人間の奴隷を連れているように思われてるわけか? っていうか法律的に大丈夫なのか?」
モンスターテイマーがヒトを使い魔にしていたらダメだろう。変態鬼畜のうえに犯罪者の汚名まで被ってしまうのか。と不安になる。
「エルフなら捕まりますがダークエルフならセーフです。ダークエルフは魔物に分類されますから。本来森の守護者であるはずのエルフが、長期間森を離れることによって森の加護を失い、その影響で体内の魔力が変質してダークエルフへと変化してしまうんです。
ただ、元が亜人ですからテイマーが使い魔にする事なんてそうそう無いですし、容姿も綺麗ですからこの国の王子みたいな人間に大変人気があります。だからダークエルフを従えている人は、高いお金を払って奴隷商人から買った奴だ、みたいなイメージがあるんですよ」
「法律的に問題なくても倫理的には問題あり、ってところか」
別に今更他人の評価を気にしないが、それでもネルを無理矢理手込めにしようとした変態王子と同一視されたと思うと泣きたくなる。
「じゃあアイリスみたいな獣人を使い魔にするのは犯罪なのか?」
一応モンスターに分類されるダークエルフがグレーゾーンなら、ヒト種に1つである獣人を使い魔にするなど許されないだろう。
アイリスが冒険者登録してなかったら、使い魔として登録してしまうところだった。
「う~ん、そのへんもちょっと複雑なんですよ」
深月の予想とは違い、アイリスは困った様な顔をして言った。
「さっきはヒト種に獣人も入れましたけど実は獣人はモンスターに分類されるんです。いまでこそこの国のように獣人が人間に混じって生活できてますけど、昔は生きる土地を巡って大きな戦いが何度も繰り返されてきました。
そんな長い長い戦いの中で、ケンタウロスやワーキャット、ワーウルフなど、ヒトに姿が似ていて知性レベルの高くヒトに友好的な一部の種を獣人と呼ぶようになって受け入れたんです」
「つまりダークエルフと同じ?」
「そうですね。法律的に問題なくてもあまり誉められたものではない。ってのが一般認識ですね」
「へー、なるほどねー」
今までこの世界の細かな成り立ちや制度などを気にしていなかったが、宝玉を失ったことで元の世界に帰る手がかりが遠のき、しばらくの間この世界にいるのだから少しは勉強したほうがいいのかもしれない。
「なぁ、ーーーーんん?」
この機会にある程度常識を教えてもらおうと口を開いたところで目の前を黒い影がよぎった。
「ふにゃっ」
どうやらアイリスの話が長くて、頭の上で遊んでいたノエルがポテッと落ちてきたらしい。
絶妙なタイミングで気を削がれてしまった。
「とりあえず宿探しに行くか」
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