第12話
「じっ…………」
「……」
「じぃ~…………」
「……はぁ、わかった。買う。買うからいい加減首輪から目を離せ」
まるでガラス越しにトランペットを眺める少年のように、ひたすら首輪をじっと見続けるというレーベの無言の要求に屈した深月は、結局黒革製の首輪を買うことになった。
買った首輪はレーベの要求により深月の手でレーベの首に付けられることになる。
「ほら、付けたぞ」
「ありがとうございます、深月様」
女の子の首にネックレスを付けるというのは、深月の彼女ができたらしてみたいことランキングに上位に入るシチュエーションだが、それがネックレスではなく首輪となるとは、どこで間違えたのかと人生を振り返りたくなる。
「~~♪」
「ご機嫌だなレーベ。そんなに嬉しいか?」
「ええっ。これで自分が深月様の所有物であると周りに示せるのですから」
「あ~……そっか」
なんともコメントしづらい事をこうも笑顔で言われると、もうなにも言うことができない。
「?」
喜んでいるレーベを苦笑しながら眺めていると、クイクイッと腕の服を引かれた。
「どうしたネル? なにか欲しいものでもあったか?」
「深月、私モアレ欲シイ」
「は?」
ネルが服を引くのと反対の手で指さしたのはレーベの首もと。
「マジで?」
「ウン。……ダメ?」
袖を引かれながら潤んだ目ーー背が高いので上目遣いにならないーーで見つめられる。
これでダメと言える男は、ゲイか不能かどちらかだ。もしくはサソリが大嫌いな奴。
「……わかった。何色がいいんだ?」
「ソレモ深月ニ選ンデホシイ」
ネルにも赤色の首輪を買って付けてやる。
つい「似合ってるぞ」と普通のアクセサリーの感覚で褒め言葉が出そうになったが、首輪が似合ってるはおかしいだろうと考えて、黙って頭を撫でる事にした。
高いネルの頭を撫でるには、少し背伸びする必要がある。
「エヘヘッ、アリガトウ」
レーベとネルに買ったのだから、アイリスを仲間外れにするわけにもいかないと考えるが、ケンタウロスというファンタジー存在ではあるが比較的一般的な価値観の持ち主である。
「一応聞いとくけどアイリス、お前もいるか?」
「う~ん。私も正直に言えば欲しいって気もするんですけど」
「そうなの!? 意外っ」
いい意味で常識的なアイリスは、首輪なんていろんな意味で危ないものはいらないと思っていた。
「私だって深月様の僕ですから。それは証が欲しいですよ」
当然じゃないですか、とやや恥ずかしそうにしかし真顔でそんな事を言っている。
普段あまり直接的なアピールしてこない、茶化した感じの言い方多いアイリスからのストレートな好意に面映ゆい気持ちがこみ上げてくる。
「けど、それを人前で付けるとなると……ちょっと恥ずかしい気がしますね」
たはは、と頬を赤らめて照れている。
こんな可愛く魅力的でいい娘たちが慕ってくれているのか。
元の世界に戻る
責任うんぬんとかじゃなくて、深月がこの娘たちと一緒にいたいと思ってしまっている。
ーー行ったり来たりできれば最高なんだけどな。
「別に首輪じゃなくていいだろ。コレとかどうよ?」
嬉恥ずかしの気持ちを誤魔化して、茶色の革製ブレスレット手に取る。
首輪ではなくて腕輪。
深月も自分がプレゼントしたものを何か一つ、アイリスには付けていてもらいたい。そこに独占欲が無いと言えば嘘になるだろう。
「あ、いいですね。でもこっちの方がうれしいです」
アイリスが手にとったのはステンレスのような金属プレートの付いた男性用の幅広いブレスレット。
「それでいいのか? けっこうゴツいぞそれ? こっちのシンプルの方が似合うと思うけど」
「いいんです!」
付ける本人の希望通りにしようと、アイリスが選んだブレスレットのお金を払い、「ほら腕出せ」と買ったばかりの腕輪を付けてやる。
「これ、この金属の部分に文字を刻むことができるんですよ」
付けている最中にそんなことを言った。
「へぇ、それでなんて刻むんだ?」
「えへへ、内緒ですっ」
付け終わったブレスレットを優しく撫でている。
シンプルな腕輪ではなく、目立つゴツい腕輪を選んだのにはファッション以外の意図がある。そんな風に思ってしまうのは欲目かもしれない。
「いてっ!」
ニヤケそうになりながら三人娘を眺めていると、耳に鋭い痛みがはしった。
「うにゃーっ」
何があったのかと急いで確認すると、肩に乗ったノエルが不満そうにグルグルとうなっている。どうやら耳たぶを噛まれたらしい。
「ああ、そっか。悪かった。首輪を買うならまずお前からだよな」
これから大きくなるだろうから大きめのを買ってやろうと、ペット用の首輪を探す事にした。
別の店でノエル用に青い首輪を買い、ギルドに付いたのは日暮れ前。今日は登録するだけになるなと本日二度目のギルドに入る。
深月、レーベ、アイリス、ネルの順番で扉をくぐり、最後のネルが入ってきた途端、一気に注目が集まった。
「おいっ、あのモンスターって」「本物のギルタブリルだ……」「先頭のズボンのあの娘、めちゃくちゃタイプなんだけど」「Aランク相当のモンスターなんてはじめてみたよ俺」「おい、お前声かけろよっ」
前に来たときはレーベに目を向ける人間は数人いたが、何のモンスターかわからず、テイマーに飼われているのなら大したことはないのだろうと、すぐに興味を失っていた。
そして今は、ギルタブリルという上級モンスターを連れているためか警戒されている。
気にならない訳ではないけれど、無視してカウンターに進む。
「冒険者登録をお願いしたいんだけど」
カウンターの受付嬢はさっきと同じ茶髪で眼鏡の知的な印象のお姉さん。
「かしこまりました。必要書類作成のため、いくつか必要事項をお聞きします」
受付嬢はカウンターの下から銀色のカードを取り出して先がかすかに光っている不思議な羽ペンを構える。
「お名前は?」
「緒方深月」
羽ペンでカードに書かれた文字は一瞬光って、カードの中に吸い込まれるように消えていく。
「性別は?」
「見たまんま」
最近よく誤解されることもあってか、ついひねくれた答えを返してしまった。
「……万一の確認ですので」
確かに万が一ということもあるし髭面のおっさんでも確認するのだろうけど、よく見るとお姉さんの目が泳いでいるしどこか焦っている。
どちらかわかってないのか、自信がないのかどちらかだろうなとため息をつく。
「はぁ……。男だ」
『え゛ぇぇぇ~~~~~~!?』
驚きの悲鳴がギルド中に響きわたる。
「マジかおいっ!?」「ホントに女みたいな面してるな」「終わった、俺の初恋が……」「男の娘なんてはじめて見たよ俺」「騙されたっ、詐欺だ詐欺っ!」
周りのあまりに勝手な言いぐさに深月はプツンと頭の血管が切れた気がした。
「うるせ~~っ!! ボクの性別に文句がある奴は出てこいっ!」
威嚇のために近くのイスを持ち上げて、ウガーッと怒鳴る深月の前に一人のムキムキの髭面で30ぐらいの男が立った。
なんだ? やる気かこら? と深月は警戒するが、男は勢いよく腰を90度に曲げて、
「性別なんて気にしません。どうか俺とつきあってーーー」
「死ねーーっ!!」
男が言い切る前に、下がった頭に容赦なくイスを振り降ろす。
ぐあぁぁ~~っ、と頭を抱えて転げ回る男に、背中にレバーを狙って追撃の蹴りを放つ。
「気持ち悪いっ気持ち悪いっ気持ち悪い!!」
ゲシッゲシッと蹴っている今も、あまりの気持ち悪さに全身鳥肌がたっている。
学生の時分もこの手の変態は何人かいたが、流石に髭面のおっさんの告白は破壊力が違った。
「くたばれ変態ッ!!」
ラストに大きく足を振り上げ、サッカーボールのように蹴り飛ばした。
「はぁ、はぁ、あ~、クソッ! 無駄な体力使わせやがってっ。いいか!? ボクはこの容姿のせいで性別を弄られるのが死ぬほど嫌いなんだ!! わかったか!?」
その場にいる大衆に性別を弄るな宣言をしてカウンターに向き直るとお姉さんは苦笑で待っていてくれた。流石は荒くれどもが集うギルドの受付嬢、この程度の荒事は日常的にあるのかもしれない。
「では続きを。ジョブ、冒険者としての職業は?」
「モンスターテイマー」
「なるほど、それならギルドからお連れのモンスターが使い魔であるの証明書をお出ししましょう。使い魔の種族は何でしょうか?」
アイリスは既に冒険者として登録しているため、使い魔としては登録できないらしいので、深月の使い魔はレーベとネルの二人になる。
「えっと、べひーー」
しゃべり始めてから、ベヒーモスは言わない方がいいんだっけ? と思い出して言葉を区切るはめになった。
背中にダラダラと冷たい汗が流れる。
「……だ、ダークエルフとギルタブリルだ」
アイリスに意見を求めたいところだが、ここで後ろのみんなに相談すると怪しまれるかもしれない。
この世界にダークエルフがいるかどうかは知らないので賭けだったが、大通りで耳の尖った褐色肌のそれらしい人物を見たしこれだけ深月の思うファンタジーな世界なのでダークエルフぐらいいるだろうと其れほど不安はない。そして、レーベの耳は人間と同じだが髪で隠れているためお姉さんからは見えない。
恐る恐るお姉さんの反応を伺う。
「……」
これはいけるっ。と思ったが予想外に反応が悪い。レーベを訝しげに見ている。
もしかしたら自分の知らないダークエルフの特徴があるのかもしれない。と深月が焦り始めて、受付嬢はどこか遠慮がちに口を開いた。
「……ではそちらの尻尾はなんでしょうか?」
学ランの裾、正確にはショートパンツに開けた穴から揺れる尻尾をペンで指している。
ーーそっちかーーーっ!?
内心絶叫し、マントでも羽織らせておくべきだったと後悔するがもう遅い。
一つ、この状況を打開できる言い訳を思いついているのだが、しかしそれを言うとレーベの首輪も相まって非常に不名誉な誤解を受ける可能性が高い。
「い、いや、そのっ」
「どうしましたか?」
深月がいつまでも話さないので受付嬢の目に不審の色が強くなった。
これ以上引っ張れない、背に腹は代えられないと覚悟を決めて思いついた言い訳を口にする。
「……あ、アクセサリーだ」
深月の言葉にザワッと場がどよめいた。それはもうネルがギルドに入って来たとき以上に。
「どうやって装備してるんだ?」「そりゃ
覚悟の上のこととはいえ、この誤解はかなり辛い。不本意甚だしいことだが変態の仲間入りをしてしまった。
受付のお姉さんが顔を引きつらせて、深月と距離をとるように少し後ろに下がった。
「そ、そうですか。わかりました。それならけっこうです」
「いや、ちょっと待てっ。アンタは今誤解している!」
「だ、だだ大丈夫ですっ、ギルドは冒険者個人の趣味嗜好にまで干渉いたしません!」
「だからボクにそんな変な趣味はない! 勘違いだ!!」
まずは落ち着いて話を聞いてもらい勘違いを正そうと、肩に手を伸ばしたら大げさに怯えられる。
「ヒィッ! さ、触らないでくださいっ、私には婚約者がいるんですっ!」
「だから誤解だっつってんだろ!」
「やめてっ、助けてっ、後ろの穴を調教されるーっ!?」
「するかボケッ!!」
その後、お姉さんには深月も一歩下がり2メートルの距離を維持することで落ち着いてもらい、なんとか冒険者カードの制作を終えた。
「SMでモンスター娘を調教してる冒険者さん、登録が終わりましたよ」
「ぶっ飛ばすぞテメーッ!?」
たった今作ったギルドカードとギルドのルールが書かれたマニュアルを半ば投げつけて渡し、受付嬢はカウンターの奥に逃げるように去っていった。
「わざわざ動く尻尾を用意するとか……」「どんだけ金かけてんだよ」「あんな太いのが、ハァハァ、ウッーー」「いろんな調教方法のテイマーがいるんだな、初めて知ったよ」「すっげー、ドSだぜドS!」
未だに深月の嗜好の話で盛り上がっている冒険者たち。
おそらくこのギルド内での深月のイメージは『いかがわしいプレイでモンスター娘を調教する鬼畜』で定着してしまっただろう。
「は、ははっ」
もはや乾いた笑いしか出てこない。
「ネル、腹に力入れとけ」
「? ワカッタ」
なんのためかわからないが、深月が言うのなら頷きその通りにするネル。
「レーベ」
「はっ」
ネルは初めてだから驚くかもしれないな。
「神気発動」
「はっ!」
ギルドを駆け抜ける全てを塗りつぶす神話の気配。
『うぉおおおぉぉぉぉ!?!?』
その気配を感じた日々モンスターと戦っている冒険者たちは、イスからずり落ちたり、飲み物を吹き出したり、盾を構えたり、腰を抜かしたり。
そんな散々な有様を見て多少なりとも溜飲が下がった深月は、左の親指で首をかっ切るジェスチャーをしてから下に向け、その後中指を立てて「ばーか」と最高に人を馬鹿にするように笑ってからギルドを出てやった。
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