第10話


「ウェルター魔導将軍にお会いしたい」


 間近で見る城の大きさと豪華さに圧倒されながらも門番にギルドの鑑定士からもらった推薦状を渡すと、何やら確認をとってくれたあと城門をくぐることを許された。

観光地ではない現役の城の威容に「はえー」と口を開けて周り観察しながら兵士のあとを着いていくと大きな広間へと案内された。

「謁見の準備が整うまでしばらくここでお待ち下さい」とのことだ。

どうやらウェルター魔導将軍がいるのは王族がいる本城ではなく魔導の塔と呼ばれる研究施設らしく到着まで少し時間がかかるようだ。

ちなみに今いる広間も厳密にいえば本城ではなく様々な謁見の順番待ちの待機室として使われているらしい。


 ガーンッ! ガーンッ!



 広間に入ってからずっと聞こえている、なにか金属を叩く大きな音。広間の真ん中に檻が置いており、そこから音が聞こえてくる。


「うるっせーな、何の音だよこれ?」


 近づいて中を見ると、檻の中にいるのはボロ布を纏った一人の女性。

 褐色の肌に燃えるような赤い髪、白目がないブルー単色の目。――――そして二本の鋏と六本の脚、大きな針のついた尻尾。

 上半身は美しい女性の姿で下半身はサソリ。


 何という種かは知らないが、そのモンスター娘が檻を壊そうと内側で暴れている音だった。


 ノエルが深月の肩の上で毛を逆立てて威嚇する。


「フーッ!!」

「やめとけノエル。ガッツは認めてやるがお前じゃ逆立ちしたって勝てねーよ」


 ノエルじゃなくて相手が逆立ちしても無理だろう。


「なぜこの檻は壊れない? 見たところこのモンスター、それなりの強さは持っているだろう。鉄ぐらいでは障害にもならんはずだが」

「どうやら強化魔法が掛けられているみたいですね。それも相当強い魔法使いが掛けたものが」


 檻の中のモンスター娘は深月たちに一瞥もくれずに、ただ黙々と鋏を檻に叩きつけている。



「おや? 貴方も王族の何方かに謁見ですかな?」



 入って来たのは成金趣味の豪華な服を着た小太りの男。

どこか薄っぺらい笑顔を浮かべ、大袈裟な身ぶりで話し掛けてきた中年のおやじ。それはもう見事なほどの悪徳商人といった風貌でむしろ清々しさすら感じられる。


「アナタは?」


 いちおう丁寧な言葉使いになるよう気を付けておく。こういう人間はそんな些細な事に拘り、プライドがどうのこうの言いだすかもしれない。


「おお、これは失礼しました。わたくしはカルサア商会を営んでおります、ノートン・カルサアと申します」

「……カルサア商会。王都でかなり力を持った有名な商人で、色々黒い噂もあるんですけど金にものをいわせて王家に貢ぎ、近々男爵位を金で手に入れると言われている男です」


 アイリスが耳元でそっと囁いてくれた。

 どうやら見た目通りの欲深人と見て間違いなさそうだ。


「緒方深月と言います。しがないモンスターテイマーをしております」

「名前から察するに、異国の方ですかな?」

「ええ、遠く東方の国から来まして」


 演技でにこりと微笑み、そういう設定にしておく。


「あの檻の中にいるのはカルサアさんと関係があるのですか?」

「ええ、『ギルタブリル』という主に砂漠に棲む上級モンスターでして、私が冒険者に依頼して捕獲させましてね。いやはや、流石にAランクの冒険者一人とBランクの冒険者3人に頼んだのは高かった。金貨800枚かかりましてねー」


 聞いてもいない事まで勝手にベラベラと話してくれる。

 よっぽど手に入れたモンスターを自慢したいのだろうか。


「それはそうと、貴方もなかなかに素晴らしいモンスターを連れていますな。私でも見たこともないモンスターだ。なんというモンスターなのですかな?」


 レーベの体を舐め回すように見ながら聞いてくる。胸や脚の付け根に視線が集中しているように思うのは気のせいだろうか?

 見んじゃねーよ、デブっ。レーベが汚れるだろうがっ、ぶっ飛ばすぞっっ!?

 内心の怒りを表に出さないように努力しているが、顔に浮かべた作った笑顔はひきつっていることだろう。


「いや、ボクの故郷にだけ生息している妖怪というモンスターで、ノートンさんのギルタブリルに比べたら大したことはありませんよ」


 適当にウソを並べて誤魔化しながら、さりげなくレーベを視線から守るように立ち位置を変える。


「それで、コイツを王家に渡して何の役に立つんですか? 兵士にでもするつもりなのでしょうか?」


話題も逸らしてこいつの視線をレーベから外させる。


「おや? てっきり貴方もそのモンスターを王子へと献上にきたのかと思いましたが。ああ、貴方は別の国からきたのでしたね。最近我が国の貴族の間ではモンスターハントが流行しておりまして、特に第三王子であらせられるベリレザード様はモンスターハントがお好きで有名でしてな」


どうやらこのサソリ娘は王子への貢ぎ物のようだ。この男の態度や性格を見るに、貴族の位を手に入れるためにこうしてせっせと貢いでいるというわけか。


「ハントって言ってももう捕まえてるじゃないですか。ペットにでもするのですか?」

「は……? は、はははははっ。オガタさんはなかなか冗談のセンスがありますな」


 何を言っているのかわからないとほうけた後、明らかにこちらをバカにする色を持った笑いを上げた。


「モンスターハントといっても王侯貴族の皆様が、汚い冒険者のようにその身を危険にさらして実際に戦う訳がないじゃないですが! スポーツですよスポーツ!

一度捉えたモンスターをもう一度野に放ち、それを貴族の皆様が馬に乗って魔法を放ちながらキツネを追い回すが如くに凶悪なモンスターをいたぶり逃げ回る様を楽しむのです。

またいつも領地の発展のために仕事をしている貴族の皆様とっては数少ない運動とスリルが味わえる場であり、舞踏会や食事会などの余興を伴った大切な社交の場でもますからな」


 今度は深月がほうける番だった。ノートンが何を言っているのか、一瞬理解できなかったからだ。

 王都まで来る最中に薄々感じていた事ではあるが、やはりこの世界ではモンスターに人権などというものは存在しないのだろう。こんな非道が許されるぐらいには。

 どの街に行っても、最初からレーベは深月の使い魔として認識されていたし、宿に入ってもレーベのベッドは言わなければ出てこず、酷い場合は宿泊すら拒否された。


「そんなこと、こんな暴れまくっているモンスターを野に放ったら。ヘタしたら自分が殺されてしまうでしょう! それとも貴族とはそれほどまでに強いものなのですか?」

「毒で弱らせてから放つか、手足をもいでからか放つか。相手はすでに檻の中なのです、いくらでも方法はありましょう。

モンスターハントは強いモンスターであればあるほど盛り上がりますし、その分強力なモンスターを確保するためには非常に多大な金銭的な負担と武力が必要になりますので、如何に強いモンスターを連れて行けるかがそのままその貴族のステータスになるといっても過言ではありません

中でも容姿が人種に似ていてこのような強いモンスター娘が大声で鳴き逃げ回う姿を見るのはなんとも心地よいものがありますからなぁ。当たり前ですがモンスター娘の生命力が人間の娘などとは比べものにならないくらいに優れていて、多少の事では壊れませんからとても人気があるのです。王子は嗜虐趣味で有名なお方ですのでーー」


 ノートンはまだまだ語っていたが、そこから先は何も頭に入ってこなかった。

ただ下種な言葉を口走っていた事はわかった。


 檻の中のギルタブリルを見る。一心不乱に檻を壊そうとしている姿が、なぜか泣いているように見えた。


 弱いモンスターは人間に弄ばれる。これがこの世界においてのモンスターたちの現実であり、常識なのだろう。

 余所者である深月が口出しすべき事ではないし、ましてやどうにかしようなどと、自らの常識を押しつけるような行為は独善であり偽善。

 わかっているにもかかわらず、


「このモンスター娘、ボクにくれ」


 限りなく自己中心的な考えで、そんな言葉を口にしていた。

 口調なんてもう気にしない。


「はい? 今なんとおっしゃいました?」

「このモンスター娘をボクに譲れって言ったんだ」


 箱から宝玉を出してノートンに見せてやると、目の色が変わった。欲と嫉妬の色に。

先ほどまでペラペラとよく回っていた舌がぴたりと止まり、深月の持つ宝玉に視線が釘付けになる。

 流石に生き馬の目を抜く商人の世界で勝ち残ってきただけあって、一目でこの宝玉の価値に気づいたのだろう。


「もちろんただでくれなんて事は言わねーよ、この宝玉と交換だ。ギルドの鑑定書付きも付けてやる」


 ああ、もう何を言っているんだろうボクは。


「この宝玉の価値がわかるなら、十分過ぎるほどアンタに有利な取引だってこともわかるだろ? この宝玉があれば国王にだって謁見できる」


 やめろ、止まれ、しゃべるなボクッ、今なら冗談でしたで済む。

この手にある宝玉はレーベが命をかけて手に入れた、国宝よりも価値のあるものらしいのに。

もとの世界に戻る手がかりが手に入るかもしれないのに。


「第三王子なんて小物を相手にコソコソご機嫌取るんじゃなくて、国王を相手に直接交渉したらどうだ?」


 ここまで言っちゃった。

 ここで冗談でしたー。なんて言ったら、今の発言を王子にチクられて不敬罪とかで牢屋行きとかになっちゃうかもしれない。


「し、しかし、このギルタブリルも金貨800枚も払って捕まえたモンスターでそんなすぐには――――」

「うっさい。ボクは気が短いんだ、後五秒以内に決めろ、じゃないとこの話は無しだ」


 決めるなっ、迷えっ、五秒過ぎろっ、頼むっ、お願いっ。


「5、4――――」

「わかりました! 是非取引しましょう!!」


 あぁー……、もう引き返せねーよ。


 これでもう魔導将軍には会えなくなってしまった。

檻の鍵を受け取り、宝玉と鑑定書を渡す。

 取引を終えたノートンは大急ぎで客間から出ていった。おそらく謁見相手の変更を伝えに言ったのだろう。




「よろしかったのですか?」

「よろしかったわけないだろ……。でもまぁ、やっちまったものはしゃーない」

「ご命令くだされば、今からでもあの人間を始末してきますが」


 何気に過激な進言をするレーベ。やはりノートンの視線が気に食わなかったのだろうか。


「やめとけやめとけ、お前が手を下す価値もねーよ。それに殺るならボクに殺させろ。それよりごめんな、レーベがせっかくあんなでっかいドラゴン倒して手に入れた宝玉だったのに」

「そんなこと気になさらないでくださいっ。私のものは全て深月様の物ですし、たまたま珍しいトカゲが落ちてたので拾っただけで、また珍しいトカゲが現れたのなら拾えばよいのです!」


お前、ドラゴンが村で暴れたことをトカゲが落ちてたとか言うな。

なんとも頼もしいしもべである。


 いつのまにか音が止んでいて、いつ動きを止めたのか気が付かなかったが、ギルタブリルは暴れる事をやめた。そのブルーの瞳はこちらをじっと見つめている。その瞳からはなんの感情もうかがい知る事はできない。


「聞いてたか? これからはボクの下で働く事になった。良かったな、クズの慰み物にならなくてすんだぞ」

「……」


 ギルタブリルは何も言葉を返さずに、ただこちらを睨みつけるだけ。


「誰にガンくれてんだよコラ、こっちは元の世界に帰れる可能性を潰してまで助けてやったんだ。感謝しろ」

「……ナゼ助ケタ?」


 初めて聞いた声は、少し掠れていて片言で、混乱で揺れていた。


「ボクが知りてーよ。ほんっと、なんで助けちゃったのか? ただ、アンタみたいな美人がクズみたいな野郎どもにいいように弄ばれるのを想像したらムカついただけ」


 うっわぁ……、クッサイ台詞。我ながら鳥肌が立つっつーの。照れ隠しにもなってねーよ。


 こんなのキャラでもないし、ガラでもないし、ボクらしさの欠片もねーのになんでこんな事してるのやら。

 羞恥心でいっぱいだ。きっと今の自分の顔を鏡で見ると真っ赤になっていることだろう。


 あ゛ーぁー……、ボク今『ミツキフェロモン』出してるんだろーなー。


 ノートンから受け取った鍵で檻を開けてやる。


「名前は?」

「ネル」

「カッコいい名前じゃんか。緒方深月だ。これからよろしくな」

「ウン、ウンっ、ヨロシクッ!! 深月、アリガトウ……」



 赤い髪とは対照的なその青い瞳から、透明な涙がこぼれ落ちた。

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