第9話

「……すっげーっ!」

「にゃーっ!」


 アイリスの背中に深月、深月の頭の上にノエルといった格好で、目の前に広がる美しい光景に感嘆の声を上げた。


「あれがリーカーシャ王国の中心地、王都『リーフェリア』です」


 小高い丘の上。村を出発してから9日目、三人と1匹は目的地であった王都を見下ろしていた。

 湖の上に浮かぶ王都。

 まるで海かと見間違うばかりの大きな湖の真ん中に、東京ドーム40コ分はありそうな街が浮かんでいるのだ。

 王都と地上は東西南北4本の橋で繋がれている。


「真ん中に見えるお城が王城である『リーフェリア城』、その城を中心にして城下町が円形に広がっています」

「右の方にある、あの建物は?」


 レーベが指さしたのは東側にある大きな建物。


「ああ、あれは冒険者ギルドですよ」

「ギルド?」

「言ってしまえば冒険者たちの労働組合本部みたいなものでしょうか、登録するとモンスターから採取した素材を買い取ってくれたり仕事を斡旋したりしてくれます。強制クエストが発生したり、クエストに失敗すると賠償金を支払わなければならないとデメリットもありますが、全体的にはメリットの方が大きいですよ」


 ちなみに私も冒険者登録してます。と、アイリスは銀色のカードを見せてくれる。


「別に急がなきゃならない訳でもねーし、世界を移動する方法を探した後にちょっと覗いて見てもいいかもな」


 まったく、この世界は男の子の心をくすぐる存在が多すぎる。ドラゴンといい魔法といいギルドといい。…………あとレーベのきょぬーといい。

 いやいやいや、今のなし。


 首を軽く振って邪念を飛ばて、改めて気合いを入れる。


「さって、こうやって眺めててもしゃーないし、さっさとに行くか」

「はっ」

「わかりました」

「にゃー」




 王都はこの国最大の街なだけあって大通りには多くの人で溢れていた。


 人、人、獣人、人、亜人、亜人、パツキン美形エルフ、人、人、獣人、モンスター。

 見たこともない生き物が道を闊歩するわ、槍を持って鎧を着込んだ完全武装の兵士が歩いているわ、翼を持った獣人が空を飛んでいるわ。

 まさに混沌。万国ビックリ生物ショー。


 全ての道は石畳で舗装され、いたるところに水路が張り巡らされている。

 建物は白と青を中心とした色合いで建てられており、どこか中世ヨーロッパを思わせる街並みはそれ自体がまるで一つの絵画のようだった。


 そんな王都で深月たち3人と1匹は、まずは腹ごしらえをしようと『アルセの恵み』という飲食店にいた。


「おいしいですねー、ククルのお肉。ノエルちゃんも食べます?」

「にゃっ!」


 深月たちだ頼んだのはこの辺の特産品だというククルの串焼き。

 少し臭みはあるものの、たっぷりと塗られたタレと一緒に食べるシャンツというネギに似た味の野菜で気にならない。


「深月様、表情が優れませんがお口に合いませんでしたか?」

「別に味には文句ねーけどよ、ただククルってどんな生き物なのかな、って。見たことない生き物の肉を食べるのはどーも……」

「ククルですか? 足が6本で目が4つーー」

「ストォップッッ!! やっぱいいわ、食欲無くなりそう」


 というかそこまでの説明で急降下だ。


「ククルを知らないところをみるに、さては王都は初めてだな? 観光に来たのかい?」


 声をかけてきたのはこの店の店主。三十代ぐらいの気さくなおじさん。


「いんや、ちょっと捜し物をね。そうだおっさん、別の世界への行き方とか聞いたことねー? もしくは異世界から人が召還されたー、とか?」


 さすがに食事所のおじさんが知っているとは思えないが、ものは試しだ。


「別の世界ねぇ……、あんたたちは魔導将軍様を見に来たのか?」

「魔導将軍?」


 初めて聞く単語だが、言葉の響きからするとこの国で魔法の偉い人のことだろう。


「なんだ、嬢ちゃんのお目当てとは違ったか」


 ……嬢ちゃんんん?

 一部不穏な言葉はスルー。正直にいうとちょっとイラついたが、いやかなりイラついたが、相手が勝手に勘違いしてくれることで口が軽くなったら儲けものだと考えておく。


「なんでも魔導将軍であるウェルター様が、異世界から魔物を召還する魔法を完成させたって話が今巷で噂になってんのよ。その話じゃねぇのかい?」


 異世界から召還。

 すこし求めているニュアンスとは違うが、元の世界に帰るための手掛かりになるかもしれない。


「その魔導将軍って人にはどうやったら会えんの?」

「ウェルター様に会うってかい、無理々々諦めな。俺たちみたいな庶民が会うにはそれこそ金を積んで役人に頼むか、Aランクの冒険者になって謁見を申し込むか、そのどちらかぐらいしか思いつかねぇ。まさしく雲の上のお人さ」

「ふ~ん」


 Aランクの冒険者がどんなものかは知らないが、店主の口振りからすると容易くなれるようなものじゃなさそうだ。

となると残りは金を積むしかないわけだが。


「役人に宝玉を持って行ったら会わせてくれると思う?」

「宝玉を持っているのかい? 魔力の結晶である宝玉は魔法の研究に欠かせない物だから、わざわざ役人を通さなくてもギルドの鑑定書を持っていったら会ってくれるんじゃないか? その宝玉の価値にもよると思うがね」


 決まりだ。

 冒険者ギルドには予定より早く行くことになった。


「色々教えてくれてありがと、助かったよ。レーベ、アイリス、冒険者ギルドに向かうぞ」

「はっ」

「え? 待ってくださいっ、まだ食べてますっ」


 情報料として会計は少し多めに金を支払っておく。


「なぁに、いいってことよ」


 店主も心得たもので、金額にはなにも触れずに自然にお金を受け取る。

実はこういった漫画みたいなやり取りに少し憧れていたので楽しい。


「最後にいいこと教えてやるよ。ーーボクは男だ」


  そう言い残してさっさとお店を立ち去る。

 うしろから『でえぇぇぇ~~~っ!?』という驚きの叫びが聞こえてくる。

 そんなに驚くような事か? まったく、失礼なおっさんだ。どっからどう見てもボクは男だろう。





 冒険者ギルドは翼のある剣が描いた旗を掲げる三階建ての建物。

 深月がわくわくしながらギルドの扉を潜ると、掲示板を見ながら次のクエストがどうだの相談している青年たちや、お互いに武器の自慢をしあう人と亜人、クエスト帰りなのかお酒を飲んでいるグループ。様々の冒険者たちの喧噪に包まれていた。


「冒険者ギルドにようこそ。本日はどのようなご用件でしょうか?」


 カウンター越しに挨拶してくれたのは、茶髪の眼鏡をかけた受付嬢。

 ギルドの制服なのだろうか、セーラー服に似たオレンジ色のシャツを着て胸に旗と同じ模様が描かれたワッペンをつけている。

 久しぶりにフツーの人間の美人さんを見た気がする。


「宝玉の鑑定をお願いしたいんだけど」

「鑑定でしたら一階、右手側の奥、ルーペの絵が描かれている扉にお進みください。もし鑑定後に宝玉をお売りになるのでしたら、鑑定用紙を持って二階の素材買い取り窓口までお越しください」

「ありがと」


 眼鏡の受付嬢にお礼言ってカウンターから離れる。


「レーベとアイリスは待っていてくれ、鑑定してもらうだけだしちょっと行ってくるわ」

「はっ、お気をつけて」

「いってらっしゃいませ。ここでで待ってますね」


 受付嬢に言われた通りに進み、きちんとルーペの絵があるのを確認してから扉を開けた。


「HAHAHAHAHA!! ん? お客さんかな?」


 笑いながら机の上で腕立てをしている、上半身裸のムキムキな変態がいた。


「すいません部屋間違えました」


 早口で謝り、即行で扉を閉める。


「……疲れてんのかな、ボク?」


 目頭を揉んでからもう一度扉を確認。

 うん、間違えてない。ちゃんとルーペの絵が描かれているな。


「どう見てもここしかないよな」


 他にルーペが描かれた扉を探すが見あたらない。

 もう一度扉を開けて中を覗くと、変態は懸垂を止めて汗を布で拭いている。


「やぁお嬢さん、鑑定に来たのかな?」


 目が合うと、白い歯をキラリと光らせた。

画力えぢからが強すぎてお嬢さん扱いされても思考が追い付いてこない。


「アンタが鑑定士?」

「そうだよ。僕がギルドの鑑定士だ」

「解体士とかじゃなくて?」

「HAHAHAHAHA!! ナイスジョークッ!!」


 いや、かなり本気なんですけど。


 どうやら本当に鑑定士のようで、どうしようもないので部屋の中に入る。


「なんで鑑定士がムキムキなんだよっ、おかしいだろ!? どこで筋肉使うんだよっ!?」

「なぁに、鑑定士と言っても以外と暇でね。空き時間にこうして筋トレをしていたら、今ではすっかり素敵ボディさ」


 無意味にマッスルポーズ。飛び散る汗に躍動する筋肉。


「……」


 深月は近くにあったイスを掴み、無言で変態を殴り倒した。


「アウチッッ!」


 変態は頭から血を流しながら床に倒れた。


「ああっ、わるい! あまりに画が汚かったからついっ! あとボクは男だからな」

「やれやれ、血の気の多いガールだ」

「ああ゛!?」

「失礼、ボーイ」


 血をダラダラ流しながらも平然と復活する変態。

 アンタの方が無駄に血液多そうだよ。


「さぁ、ガールじゃなくてボーイ! 君の持ってきたブツを僕に見せておくれ」

「キモい言い方すんなっ! ぶっ飛ばすぞッッ!!」


 生理的な嫌悪感を感じて後ろに後ずさり、宝玉を箱に入れたまま投げるようにして渡す。


「……」

「どーよ?」


 机に戻り真剣に鑑定を始める変態との距離は最低2メートルキープ。


「……これをどこで手に入れたか聞いていいかい?」

「企業秘密だ、ノーコメント。なにも教えねーぞ」


 これ以上なにも聞かれないように予防線を張っておく。

 ボケ老人に一度鑑定してもらっているので、この宝玉がいかに価値のあるものかは理解できているつもりだ。


「この宝玉を手土産にしたら、魔導将軍に会えるか?」

「間違いなく会えるよ。国王様だって会ってくれるだろうね」


 変態が鑑定書を書き終え、ペンを置くやいなや宝玉と鑑定書を引ったくるように取り出口に向かう。


「待ちたまえ」

「……んだよ?」


 一刻も早くこの場を立ち去りたかったが、もしかすると重要な事かもしれない。


「持っていきたまえ」


 机の中から取り出して、差し出しだされたのは一枚の書類。


「これは?」

「城への推薦状さ。城の門番に見せればいい、ウェルター様に会うんだろ? 本当はBランク以上の冒険者にしか渡しちゃいけないんだけどね」

「お前……」

「もう少し君に筋肉があれば友達になれたかもしれないな。残念だよ」

「へっ……、ボクもだ。――――なんて言うと思うか? なにが悲しくて筋肉を選考基準にしてるバカの友達やらなきゃいけねーんだよっ、あといいかげん服着ろ変態。かぁーっ、ぺっ!」


 思いっ切りツバを吐くジェスチャーをしてから部屋を出てきた。

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