第8話



「お下がりください」


 今まで隣を歩いていたレーベが突然前に出て深月を庇うように立つ。

 長い鼻と耳を持ち汚い緑色皮膚をしたの醜い小人8匹、それぞれが手になんらかの武器を持ち、道を塞ぐように深月たちの前に現れた。


「おいおい、今度はなにが出たんだよ」

「ゴブリンです。レーベさんがいますから大丈夫だとは思いますが、相手は数がいますし乱戦になる可能性があります。振り落とされないようしっかり捕まっていてください」


 アイリスも腰の剣を抜いて警戒する。


「我が主の前に立ち塞がる屑どもが、その命、よほどいらんと見える」


 レーベがゴブリンの方にゆっくりと踏み出す。

 またあの全てを塗りつぶすプレッシャー。

 レーベの後ろに居て、味方であるアイリスまでも思わず一歩後ろに下がっている。

 ドラゴンすら気圧されたプレッシャーにゴブリンが耐えられるはずもなく、


「ぎ、ぎぃっ!!」


 と鳴いて、怯えて我先にと去っていった。


「ふぅ、やっぱり伝説のベヒーモスなんですね。なんかオーラに物理的な圧力さえ感じましたよ」


 やはり本能的な恐怖があるのか、レーベに対して緊張していたアイリスが息を吐く。


「お疲れレーベ。頼りになるな」


 それに比べて深月は、レーベが自分に危害を加えることがないと確信しているからか、それとも三度目なのでもう慣れたのか、どちらかはわからないがレーベのプレッシャーに安心感すら覚えるようになっていた。


「ありがとうございます。ですがこの程度、お褒め戴くほどの事ではありません」


 レーベが深月の近くにより、軽く頭を下げる。そしてその体制のままで動かない。

 これはあれか、言葉とは裏腹に撫でて欲しいと暗に要求しているのか。

 今の深月はアイリスに背中に乗っているため、身長の高いレーベの頭を撫でるに高さはちょうどいい。


「流石ボクの僕(しもべ)だ」


 言葉面を見れば自分褒め、しかしその実遠回しのレーベ褒め。

 なんとも複雑な褒め方をしながらレーベの頭を撫でてやる。

 やはり撫でて欲しかったのか、尻尾がぶんぶん振り回されている。

 表情はすましているが、尻尾は大喜び。


 ――――ちょーー可愛いっ!


 内心悶えながら撫で続ける。興が乗ってきたので両手で撫で回してやる。


「あ、あの、もうその辺で……」

「えっ、もういいのか?」


 恥ずかしくなったのか、レーベの顔は赤くなってきている。


「ほら、いちゃついてないで早く先に進みましょう。そろそろ町があるはずですから今日はそこで泊まりましょう」


 深月がレーベばかり構うのが気に食わないのか、アイリスがムッとしか様子で歩き出す。


「なに拗ねてんだよ。ちゃんとアイリスにも感謝してるっての」

「知りませんっ」


 いじけんなとアイリスの頭も撫でてやる。

 背中に乗っている深月からは後頭部しか見えず、アイリスの表情は見えなかったが、とりあえず頭の上の馬耳と尻尾は嬉しそうにピコピコ揺れていた。



 



「レーベさんのあのプレッシャー、もしかしたら『神気』というものかもしれませんね」

「しんき?」


 日が沈む前に町に着いて、宿を取り、お金を得るため村からもってきた地竜の鱗を買い取ってくれる店に向う途中、アイリスが唐突にそんなことを言い出した。


「神話の時代、神々が発したという不思議な波動のことです。なんでも神々はその波動で敵を退けたとか」

「ああ、確かになんか神々しい感じがするもんな」


 ちなみに今の深月はアイリスの背から降りて自分で歩いている。


「レーベさんは魔法を使っている訳じゃないんですよね?」

「ああ、私は魔法が使えないしな」

「へー、レーベでも魔法は使えないんだな。……ん? まほう? ……魔法ッ!?」


 魔法もあるのかこの世界!!


「すっげーっ! 見てみてーっ!! 」


 そうだよ、モンスターがいるなら魔法だってあっていいよなっ。

 深月は自分の目が少年のようにキラキラわくわくしてると自覚したが、好奇心は止まらない。


「いいですけど……、私が使えるのは補助系の魔法だけで見た目しょぼいですよ?」

 「それでもいい! 見たいっ、アイリスの魔法が見たい!!」

「そこまで言うならお見せしますけど、しょぼくてもガッカリしないでくださいね?」


 じゃあ、いきますよ。

 こほん、と一つ咳払いして、


「『バリアー』!!」


 アイリスが手のひらを前に突きだす。アイリスを守るように光の壁が現れた。

  見た目にそれ程のインパクトはないが、手品なんかじゃない本物の魔法だ。


「どうですか? これが防御魔法の基本のまほうでーーあの、ちゃんと見てます?」

「すまん。別に遊んでいる訳じゃねーんだ、ちゃんと見えているしちゃんと見てる」


 足下は犬、胴体は猫、頭は鳥に覆われた化け物、もとい深月。

 魔法と聞いてちょっとテンションが急上昇。『ミツキフェロモン』が大量分泌された結果だ。


「深月様に対してなんとうらやま――――、いや無礼なことをっ!!」


 『神気』発動。


「うおっ!?」「ひぃぃっ」「な、なんだっ?」「きゃぁっ!」


 辺りを駆け巡った強烈なプレッシャーに、町は一瞬でパニックになる。


「ちょ、レーベ、ストップッ、ストップッ!!」


 慌てて深月が制止に入る。


「す、すいません。ついうらやま――――、いえ許し難くて」

「いや、言い直さなくていい。6文字中4文字言われたらフツーわかるから」


 それでわからないのはラブコメ漫画の主人公ぐらいです。


「ではっ!?」

「あ~、それはまた今度で……」


 レーベに抱きつかれたら深月が恥ずかしさで悶えることになる。深月のレンアイ偏差値はまだまだ高くないのだ。


「まぁ、結果的には動物も全員逃げたわけだし」


 あの神気を浴びて逃げない動物はいないだろう。


「深月様、まだ1匹残ってますよ」

「え?」


 アイリスが指さした先を目で追うと、たった一匹ではあるが、金色の毛をした子猫が1匹、確かに深月のお腹にしがみついていた。


稲穂の海を連想させる、生命力溢れる淡い金の色の猫。


 ドラゴンもビビるあのプレッシャーに耐えるなんて、なんて勇気のある猫なんだ。深月はしがみついている子猫に尊敬の念すら覚えた。


「失礼します」


 その深月の尊敬する子猫は首の後ろを持たれてあっさり引き剥がされた。


「貴様、その小さな体で私のオーラを感じてなお、逃げ出さなかったその度胸は認めてやろう。だがこのお方に仕えるには、貴様では覚悟が足らん」


 子猫の首の後ろを掴んだまま顔の高さまで持ち上げ、真剣な顔でなにやら説教を始める。


「深月様、このモノの処遇は私に任せていただけませんか? 必ずや深月様の期待に添うように教育してみせましょう」


 しょ、処遇? 教育?

 なにか子猫に似合わない物騒な言葉が出てくる。

 教育ってなにするの!?


「いいけど……、あんまり手荒なことはするなよ」


 いくらレーベでも子猫相手に酷い事はしないと思うが、いちおう釘を刺しておく。

 まぁ、二度とボクにしがみつかないように言い聞かせるとかその程度だろう。


「じゃあ、ボクたちは換金してくるから」

「はっ、周辺の警戒はお任せください」


 一抹の不安は残るがスルー。深月とアイリスは二人で店へと向かった。





 目的の店に入ると、いかにも気難しそうな老人に迎えられた。

 その老人は深月を見るやいなや、深月を睨みつけて、


「まだまだションベン臭いメスガキがなんの用だ? 冷やかしなら帰れ!」

「誰がメスガキだこのクソジジィッ!? こっちは男だし客だぞっ! 残り少ないお前の人生、今日で終わらせてやろうかコラァッッ!?!?」

「ちょっ、ちょっと深月様っ、落ち着いて!」


 ――――はッ!?


 目を合わせただけで喧嘩を売るようなことを言うジジィに、ついつい中学生時代の習慣が出てきてしまった。容姿のせいでナメられないようにとツッパっていた深月は自身を女呼ばわりされることに非常に敏感になってしまっている。

気を取り直して目的を達成しなければ。


「モンスターの素材を売りに来たんだよ」

「見せてみろ」


 いちいち言い方が横柄なジジィだ。


「こちらです」


 アイリスが袋から5枚の鱗を取り出して店主に渡す。


「ほう、地竜の鱗か、……ふむ。状態もいい、これなら1枚を金貨一枚で買い取ってやろう」


 金貨ってのは1枚で新金貨10枚分、新金貨1枚は銀貨10枚分、銀貨1枚は銅貨10枚分、そして銅貨4枚で米1キロ買える、つまり日本でいうと銅貨1枚が100円ぐらいになる訳だから……。

 ここに来るまでに教えてもらったこの世界の通貨の知識を思い出す。


 ――――鱗一枚、壱拾万円也。


 高っ!?

 一匹の地竜に何枚の鱗があるか知らないが、あれだけの大きさで何十枚ということはないだろう。何千枚、いやもしかしたら何万枚もあるかもしれない。

 それだけあれば村の復興するだけの金額に十分足りるだろう。


「わかりました。その値段で売らせて貰います。こちらも見ていただけますか?」


 アイリスが鱗を入れていたのと同じ袋から取り出したのはソフトボール大のとても綺麗な赤い玉。


「お、おお……、なんと見事な……」


 それを見た店主は目を見開いて、ほんの少しの衝撃も与えないように大げさともいえる手つきで受け取る。


「これは?」

「地竜の宝玉です。宝玉というのは竜種やデーモンといった上級モンスターの体内で生成される魔力の結晶のことで、上級モンスターの魔力はそれだけで大きな価値がありますし、中でも竜種の宝玉は世界五大宝物ほうもつの一つに数えられて、同じ大きさのどんな宝石よりも高値で取引されているんです」

「つまり超値打ち物ってこと?」

「ええ。私も実際に見るのは初めてですから、どれくらいの値が付くかはわかりませんけど」


 店主は真剣に表情で宝玉をじっと見つめている。

 時折太陽の光に翳してみたり、ルーペをのぞき込んだり。

 やっと鑑定が終わったのか、一つ大きな息を吐いてこちらに向き直った。


「見事じゃ。その一言しか言えん」

「そんなにスゴい代物なのか。で、結局いくらで買い取ってくれるんだ?」

「悪いがウチではコレは買い取ることはできん」

「はぁ? 急にボケたのかジジィ? さっき見事だって自分で言っていたじゃねーか」

「アホかッ、ボケとりゃせんわ! 失礼な事を言うでないっ!! 見事過ぎるからウチでは買い取れんのじゃ、こんな宝をウチのような店が買い取ろうと思ったら、店の商品全部売ってもまだまだ全然足りんわい」


 もっとも、町中の金かき集めてもまだ足りんだろうがな。とジジィ。


「ドラゴンを討伐するには、国の騎士団を総動員して2、3日戦い続けることを覚悟で討伐する。長期間の戦いになると、ドラゴンは宝玉に貯めていた魔力を使うことで魔力が無くならないように保たせる。そのため宝玉が小さくなり、色斑ができる訳じゃが……」


 大きく息をついて、一つ間を置いてから続きを話す。


「この宝玉には色の歪み、淀みがまったくと言っていい程無い。おそらく、この宝玉を持っていた地竜は体内の魔力を使う前に一瞬で死んだのじゃろう。どんな倒し方をしたのか見当もつかんわい」


 当たってる。

 探るようにこちらを伺う目線が痛い。


「あは、あははははっ……」


 隣のアイリスなんかはと、焦ったように乾いた笑いをしている。


「ま、こんな一品は王城の宝物庫にだって無いじゃろうな。王都にいる呆れるほどの金持ちにでも売るか、地位と引き替えに国王に献上でもするんじゃな」


 アイリスが返された宝玉を慎重な手つきで受け取る。


「では鱗の方だけ買い取ってください」

「わかった。金貨5枚じゃな」


 ジジィは後ろにある金庫から金貨を取り出しアイリスに渡す。


「じゃあ帰るぞアイリス」

「はい」


 長居は無用とばかり売るもの売ったらさっさと店を出ていこうとする。


「待ちなさい」

「んあ?」


 急に呼び止められたからへんな声が出てしまった。

 ほれっ、と投げ渡されたのは中に綿を詰めた宝石を入れるような立派な箱。


「それに入れて持ちなさい。そんな袋に入れて雑に持ち歩いていい品物じゃないからの」

「……ありがと。貰っとく」


 お礼を言って、こんどこそ店を出ていく。


「死ぬなよクソガキ」

「へっ、てめーもな、クソジジィ」


 最後はなぜだか、喧嘩の後に分かり合った中学二年生のようなノリになってしまった。




 そして店を出てレーベを探す二人に、不思議な光景が目に入ってきた。


「安心しろ、深月様は誰よりも大きな愛と魅力を合わせ持つ素晴らしいお方だ。生涯を捧げるにふさわしいお方だよ。深月様を主と定めた貴様の目はガラス玉ではない、本物だ。誇っていいぞ」

「にゃー!」


 腕を組んでなにやら講釈を垂れているレーベと、レーベの前に行儀良く座りながら元気よく返事をしている先ほどの子猫。


 非常に癒される画になっているが、聞こえてくる話の内容がおかしい。


「あ、あの、レーベ? なにしてんの?」

「おかえりなさいませ深月様。この猫に深月様の臣下たる心構えを教えていたのですが、なかなかどうして。見事な忠義の持ち主でした。この猫ならば、深月様に危険が及ぶとき、その身を挺して盾ぐらいにはなりましょう」


 お前っ、こんなかわいい子猫ちゃんになに教えてくれてんのっ!?


「うにゃん!」


 座った状態で深月に向かって頭を下げる子猫。

 普段ならとても和むところだが、レーベのせいで「この命っ、深月様の御為に!」とか言ってるように見えてきた。

 和めない。いや、こんな可愛い外見でそんな凛々しい事を言っていると思うと逆に和んでくるか。

 これがいわゆるギャップ萌えってやつか。


「わぁ~、可愛いですね。なんて名前なんですか?」

「それがまだ名を持っていないらしい。だから深月様に付けていただこうと思ってな」

「えっ? ボクが?」


 というか、レーベは猫と話せるのだろうか?


「ええ、お願いできますか? 主から直々に名を戴いたとなれば、こやつも一層忠誠に励む事でしょう」


 あ、この猫がボクに仕えるのはもう決定事項なんだ。

 別に猫が旅に同行するのがイヤな訳じゃないし、癒しキャラの存在はどちらかと言えば嬉しいし。


「そうだなぁ、女の子なんだし……」


 『ミツキフェロモン』に反応したんだし。


「『ノエル』ってのはどーよ? 特に意味なんて考えずに直感で決めたけど」


 子猫を見た頭に浮かんだ名前。子猫の反応を伺う。


「うな~んっ♪」

「お、そーか気に入ったか。じゃあ行くか」


 新たに加わった女の子――――ノエル――――に手を伸ばす。


「にゃん」


 ノエルは深月の腕を伝い肩まで駆け上がり、安定する場所を探してそこに座る。


「問題は今日の宿がペット持ち込みOKなのかだが。まぁアイリスが大丈夫なら大丈夫か」

「今ヒドい事言われた気がしますっ!」

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