第7話

 

   スライムがあらわれた。


 レーベはムシしてそのままススんだ。

 アイリスはキヅかずスライムをフんづけてススんだ。


     スライムをやっつけた。



「お、おいっ、いいのか!? 今なんか踏んだぞ!」


 新しく仲間になったケンタウロス娘、アイリスの背に乗った深月は思わずつっこみを入れた。


「え? ああ、さっきのはスライムだったんですか。なにか動物の糞を踏んじゃったのかと思って凹んじゃったんですけど、スライムで良かったです」


 う○こと間違えられたなんて、スライム不憫過ぎるだろ。


「深月様、この世界でスライムはどこにでもいる、一番数の多いモンスターです。気に止める必要はありません」


 隣を歩いているレーベが教えてくれる。

 レーベは徒歩で付いてきているというのに、まったく疲れた様子がない。事実この程度では疲労を感じないのだろう。


 深月が別の世界から来たことは、すでにここまでの道中でアイリスに話しており、別の世界の存在はこの世界では常識なのか、全然驚かれなかった。


「そうですよ、いちいち気にしていたら先に進めません。お祭りの日なんてペンキで色々な色に塗られたスライムが売られているぐらいなんですから」

「ひよこかっ」


 やはり深月とこの世界の住人では感覚が全然違うのだろう。この世界でのスライムは蚊みたいなものなのかもしれない。

 深月はスライムの存在をスルーすることを覚えた。

 ただ、スライムの形状が有名RPGのようなタマネギ型ではなく、ドロドロのアメーバ状、地面に落ちたアイスクリームみたいだったことには一抹の寂しさを覚えたが。



 アイリスの背中は予想以上に乗り心地よく、よく手入れが行き届いている毛はさらさらしていてついつい無意識のうちに撫でてしまい、そのたびにアイリスは口元をゆるゆる緩ませる。

 馬なんて乗ったことなかったし、意志疎通がスムーズにできるアイリスが来て結果的に良かったのかもしれない。


「私は今年で15になります」

「へー、若いなぁ。ボクより2コしたなんだ」


 深月はモンスターや獣人は、見た目と実年齢が合わないことなんてよくあることだと思っていたが、アイリスは見た目通りの年齢だったらしい。


「レーベは今何歳なんだ?」

「長いこと生きてきましたので正確には覚えていませんが、200の冬を越えたかと」

「そんなに生きてんの!? 全っ然、見えねー」


 22、3才ぐらいだと思っていた。

 どんなに偏って見てもせいぜいが二十代後半。

 やはりモンスター娘には見た目はあてにならない。


「レーベさんってなんの種族なんですか? 見たことないモンスターさんですけど」

「私か? 私はベヒーモスだ。もしかしたら少し珍しい種族なのかもしれんな。私自身、同じベヒーモスの仲間に出会ったことがないぐらいだからな」


「………………えっ?? すいません、もう一度言ってもらっていいですか?」


「ベヒーモスだ」


「じゃ、じゃじゃじゃあ、『大地の聖域』に棲んでいたり、なんて……あります?」

「ああ、よくわかったな。生まれてからずっと棲んでいる」

「えっ、ええぇぇぇ~~~~~~~~~~っっっ!?!?」

「っうお!! ビックリしたぁー」


 急に近くで大声出すなよ。驚いて肩がビクッと震え落ちそうになったじゃないか。


「なに? ベヒーモスってそんなに珍しい種族なの?」

「どうなのでしょう? 私は森の外に出たことが初めてですから、世間を知らないところがあります。私では判断できません」


 絶滅危惧種に指定されてたりするんだだろうか。

 捕まえるのは条約で禁止されていたりしたらかなり困ったことになってしまう。


「なに言ってるんですかっ! ベヒーモスといったら『三神獣』の一角ですよっ!!」


 アイリスが興奮した様子で振り向いてきて、背中に乗っている深月は耳元で叫ばれることになる。


「声がデカいっ、耳元で大声で話すな!」


 耳がキーンとなった仕返しに、けっこう強めにアイリスの後頭部を叩いてしておく。


「いたっ! ううぅ。すいません」

 「で? なんだその『三神獣』ってのは、そんなに驚くほどのことなのか?」

「驚くほどのことですよっ、むしろ驚いたなんて簡単に済ませていいような話じゃないです!」


 頭をおさえ、涙目になりながらもアイリスは勢い変わらず話し続ける。


「『三神獣』というのは、地の『ベヒーモス』海の『リヴァイアサン』、そして空の『ジズ』のことを指す言葉です。この三匹は、鳥獣とモンスターの原初神である『アイネロウス』が天地創造の際に造りだしたとされる三匹のモンスターで、神の傑作であると聖典に記されているんですよっ!?」

「ふ~ん、原初神ね~」


 急にそんな事いわれても、信仰の節操の無さダントツ世界一位の日本人だった深月にはパッとこない。


「私自身忘れていた話をよく知っているな、懐かしい話だ」


 昔を懐かしむように呟くレーベ。


「じゃあ本物のベヒーモスなんですかっ!?」

「本物も偽物もあるのか? 私は私、れっきとしたベヒーモスだ」

「わぁ~、スゴいです!! この目で見ることができるなんてっ、神話の中だけの存在だと思ってました!」


 騒ぐアイリスとそんなアイリスの相手をしているレーベを眺めながら、ふと気になったことを聞いてみる。


「その原初神だかが天地を創造したのって、具体的にどれぐらい前なんだ?」

「だいたい二万年前って言われています」

 「二万ッッ!?」


 つまり、レーベは今20000才ってこと。


「おいこらレーベッ! お前いくらなんでも年サバ読みすぎだろっ。さっき200って言ってなかったか!?」

「も、申し訳ありません。生まれてからの年月などずいぶん昔に気にしなくなったものでっ」

「そりゃ二万年も生きてたら、覚えていられないだろうしどうでもよくもなるだろーが、だからって200はねーだろ200は! 一〇〇分の一だぞ!?」

「その、あまりに年上だと印象が良くないと思いまして……」

「200でも十分過ぎるだろーが!!」


 20000才と言われた方が、あまりにスケールが違いすぎてどうでも良くなってくる。


「あの、気になったのはそこなんですか? 他にもっと気にするべき事実があるんじゃないですか?」

「まぁそうなんだろーけど、別の世界から来たボクからすると、ケンタウロスのアイリスも神話の世界の住人なんだよな。もう驚き慣れたっていうか」


 あんなドラゴン片手で瞬殺してるとこ見た時点で、もう今更って感じ。

 もう何が来ても受け入れる自信がある。

 逆にレーベのようなモンスターがスライムのようにそこらにゴロゴロいるようだったら、この世界の食物連鎖やらパワーバランスがどうなっているのかと焦ってしまう。


「あ、それじゃあボクはベヒーモスを連れている、って人に言わない方がいいのか?」

「言っちゃダメです! もし知られたら大騒ぎになりますよ」


 こんな風に三人でだべりながら旅をしている。村を出発して四日目。


「王都まではまだもう少しかかりますね」

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