第6話

 夕食時は驚いて、ついお肉を口から戻してしまった深月だが、あの後「いやいや、お肉に罪はない」と訳の分からん言い分で自分を納得させて、結局地竜のステーキを完食した。


 だって、めちゃくちゃうまいんだよ。


 夕食後、電気のないこの世界では日が落ちてからすることがなく、すぐに寝ることになった。


 レーベが同じベッドで寝ることを提案し深月がこれを却下。

 深月が床で眠ることを提案するとレーベがこれを断固拒否。

 最後は結局、押し負けた深月と押し切ったレーベは同じベッドで眠ることで落ち着いた。




 異世界に来て二日目の朝。



 やはり疲れていたのだろう、慣れない環境にもかかわらずよく熟睡してしまっていた。

 朝一番に目に入ったのはアップになったレーベの顔。


「……何やってんの?」

「深月様の寝顔を眺めておりました」

「ふーん」


 深月は低血圧のため、朝は脳に血が巡らず、処理速度が格段に低下している。

 普段の深月ならばレーベの顔をアップで見ただけで顔を真っ赤にして焦ることだろう。

 寝たままの体勢で伸びをして固まった体をほぐす。


「けっこう寝ちゃったな。ボクが寝てる間に何かあった?」

「先ほど村長が訪ねてきました。深月様はまだ就寝中だという旨を伝えたところ、広場に来て欲しいとの伝言を預かりました」

「あ~、了解。……それで、いつまで見てんの? もうそろそろ起きよう」


 頭が起き出して、互いに見つめ合っているこの体勢が恥ずかしくなってきた。

 深月の顔は寝起きとは思えないぐらい血色が良くなっていた。






 朝食は取らずに広場に向かう二人。

 昨日の今日で復興はまったく進んでおらず、まだまだ地竜の破壊の痕跡が残っている村を歩く。


「広場ってこっちでよかったっけ?」

「そのはずです。あの家を曲がれば広場にでます」


 レーベが指さしたガレキになった家の陰から、馬のお尻が覗いていた。

 まさしく頭隠して尻隠さずの状況。


「なんだ、ケムズさん馬用意できたんだ」


 昨日思いついてから、人力車が頭から離れないでいた深月はほっ、と安心した。

 さっそくこれから自分を王都まで運んでくれる馬とご対面しようと、歩みを進めるとなにやら言い争っているような声が聞こえる。


「だからムリですーっ!」

「こらアイリス、わがまま言わないの。村の恩人、つまり貴方の命の恩人でもある人の頼みなのよ」

「いくら命の恩人でもこれだけは譲れないんです!!」


 声の内は一人は昨日服を持ってきてくれたユニンさん。もう一人はアイリスと呼ばれた聞き覚えのない若い女の声。

 馬がいることと会話の内容から察するに、馬を無理矢理持ち主から引き離そうとしているのだろうか。だとしたら少々申し訳ないことをした。

 いくら移動手段を必要だからといって、誰かを悲しませるのは本意ではない。

 ようは深月が我慢すれば済む話なのだから。


「それにモンスターテイマーをジョブにしている人なんて、酷いことされるかもしれないですか!」


 どうやらアイリスという名前の馬の持ち主はよほどその馬を大事にしているようだ。もしかしたら、父親の形見だとか小さな頃からずっと一緒だったとか、そんな事があるかもしれない。

 確かにそんな大事な馬を、魔物調教師なんて危なそうな職種――――実際はどうであれ――――の人には一時でも預けたくないだろう。


 あー……、なんか罪悪感。


「何もずっと乗せろとは言っておらん、せめて王都まででも送って行って差し上げんか」


 今度はケムズさんの声。村の村長でもあるケムズさんにまで言われると、アイリスさんも断り辛いのではなかろうか。

 さっさと行って断り、安心させてやろう。

 小走りで近づき声をかける。


「あの、ケムズさん、ボクはいやがる人から取り上げてまでして馬が欲しいわけじゃ――――」



「そんな事よりなによりも、さっきから言ってるじゃないですかっ! ケンタウロスが背に乗せるのは、その身を、自分の生涯をその人に捧げると誓った人だけなんです!!」



 そこにケムズさんたちと一緒にいたのは、人ではなかった。まして馬でもなかった。

 体の半分、下半身は馬の体で、もう半分、上半身の方は美しい人間の女性の姿だった。



 ケンタウロス。



 数々のゲームや映画に出てくるかなりポピュラーなモンスター。いや、分類的には獣人になるのだろうか。

 昨日のドラゴンもファンタジーの象徴といえるぐらい有名だったのだが、あの時は恐怖でろくに観察できなかった。



 ――――すっげっ、本物がいるよっ。うっわー、テンション上がるっ!



 髪は焦げ茶色のポニーテール。どこか幼さを残して少女といっていい顔立ちだが、目に力強さがあり、芯はしっかりしているように感じられる。

 そして体にはゲームなどでプレートアーマーなどと呼ばれる金属製の西洋甲冑を着込み、腰からサーベルやカトラスといった剣を複数ぶら下げている。


「おお、おはようございます深月様」


 初めて生で見る空想上の生き物にすっかり見入ってしまっていた深月に気づいたケムズさんはにこやかに挨拶する。

 一方のアイリスというケンタウロスの少女は深月を見つけた途端、開口一番にまくし立て、


「村を救っていただいた事には感謝してます! しかしっ! 申し訳ありませんが貴方を背中に乗せることはできないんです! ケンタウロスの掟によって、自分が認めた相手しか背中に乗せること…は………」


 途中で止まった。


 深月を見つめたまま、まったく動かない。

 突然フリーズした少女を不思議に思うが、とりあえずこの事態の仕掛け人であろうケムズ村長に確認をとる。


「あの、ケムズさん。もしかして、このケンタウロスの娘が昨日言っていた馬の代わりですか?」

「ええ、そうです。アイリスと申しましてな、こう見えて剣や弓の腕前も村一番でして、必ずやミツキ様のお役に立つことでしょう」


 もちろん、地竜を倒したお連れ様程ではありませんが。はははっ。と、爽やかに笑うケムズさん。

 いやいやいや、馬の代わりがケンタウロスってありえねーだろ。

 それともこの世界では、馬の代わりにケンタウロス用いる事は常識なのか? とも思ったが、今少女が言った事を思い返すにそんな事実はなさそうだ。


「ですが本人がイヤがっているのに、無理矢理連れていくなんてできませんよ」


 この世界でのモンスターや獣人の扱いがどのようなものかは知らないが、深月個人としてはイヤがっているのを無理矢理なんてマネはしたくない。



 ――――『ミツキフェロモン』でレーベを従えているかもしれないボクが言えた事じゃねーけどな。



 だからこそレーベに関しては全ての責任をとる。

 常に側にいて真正面から受け止めて、この世界で命を救ってくれた恩人に償いはしようと思う。

 元の世界に戻れる日が来て、もしレーベがボクにこの世界に残る事を望むなら、その時は――――。



「私っ、いきますっ!」



 深月の思考は唐突に復活したアイリスの声に遮られた。


「深月様にどこまでも付いて行きます!!」

「はい?」


 さっきまでのあれほどイヤがっていたのが嘘のような変わり身ぶり。


 驚いてアイリスの顔を見つめてしまう。

 紅潮した頬、熱の籠もった目で見つめ返される。

 これはもしかして……、いやいやまだ決めつけるのは早い。

 だいいち別に運動も興奮もして、興奮も、興奮も……してました、はい。

 生ケンタウロスを見れてめちゃくちゃテンション上がっちゃってました。


「おお、ついに決心したかアイリスよ。村の恩人を無事に王都に運んで差し上げるのじゃぞ」

「気を付けてね。怪我とかしちゃダメよ」

「ありがとう、村長、ユニンさん。私、幸せになるね!」


 話がどこかかみ合っていない。


「さぁ深月様、どうぞ私の背にお乗りください。それをもって私の忠誠の証となりましょう!」

「え、あ、いや、ちょっと待てっ」

「村の恩人が出発なされるぞ! アイリスの花道でもある! 皆の衆、盛大にお見送りするのじゃ!!」


 なに言ってんだこのジジィッ。


「なんだ、もう行っちまうのかい。もっとゆっくりしていけばいいのに」「アイリスおめでとうー!」「これ、ウチの肉屋で作っている干し肉なんだ、持ってきな」「アイリスちゃん頑張りなよ」「本当にありがとうございました!」


 ケムズ村長の声を聞いた村人が続々と駆けつけてきて様々な言葉をかけてくれる。

 なんとかしてくれそうなレーベを見ると、


「流石深月様です。気難しいとされるケンタウロスをこうも簡単に手懐けるとは」


 なんて宣っている。


 そのままあれよあれよといつの間にやらアイリスの背に乗せられて、いろんな餞別を渡されて、大勢の村人に盛大に見送られながら村を出発することになってしまった。

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