第5話
そして歓声が爆発した。
「う、うおおぉぉぉ――――――っ!!」「地竜を倒しやがったっ!!」「なんなんだあの嬢ちゃん!?」「助かったぞぉ――――――!」
「ははっ……、あいつ、マジでやりやがったよ」
さっさと決めろと言ったが、本当に一撃でドラゴンを沈めやがった。
「我が勇姿、ご覧になられましたでしょうか?」
地竜を倒した
「よくやった。流石ボクの僕(しもべ)だ」
「はっ! ありがとうございます!」
なに気に自分誉めしてる感じがしないでもないが、こう言えば喜んでくれるのではないかと思ってのことだ。
跪いたレーベの頭を撫でる。
予想通り、学ランの裾から覗く尻尾が嬉しそうに揺れている。
可愛いなぁちくしょう。よしよし、もっとなでなでしてやろう。
とても先ほどドラゴンを葬ったとは思えない。
そうやってさっそく主従の絆を深めていると、70才ぐらいの男性が近づいてきた。
レーベは立ち上がり、深月を守るように男と深月の間に立つ。
「村をお救いいただきありがとうございます」
「えっと、あなたは?」
「この村の村長を務めております、ケムズと申します」
「村長さん。別に気にしなくていいですよ、それにやったのはレーベ、ボクじゃないし」
「私は深月様の
「いや、でもな……、まぁいいか。レーベはボクの
こじ付け感がしないでもないが、それでレーベが喜ぶなら。
どうやらこの老人はただ話をしにきたようだと判断し、レーベをジェスチャーで下がらせる。
そしてレーベのことを
「その若さで地竜すら葬ることができる強力なモンスターを連れておられるとは、さぞや名のあるモンスターテイマーの方とお見受けしました、お名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
もんすたーていまー? モンスターテイマー。……ああ、ゲームとかでたまに出てくる魔物調教師のことか。
「いやいやいや、そんな大した存在なんかじゃありませんよ」
モンスターテイマーなんかじゃねーし。
「まぁ名前ぐらいなら、緒方深月です」
「オガタミツキ様、、名前の響きからして東方の国のお方ですかな?」
「まぁ、この国の出身ではないです」
別の世界から来ました。別に言ってもいいのだが、わざわざ無用な混乱を起こす必要もないので適当にぼかしておく。
「村を救っていただいたお礼をしたいのですが、今は見ての通りの有様でして」
申し訳なさそうに頭を下げるケムズ。
周りは怪我人で溢れ、多くの家は地竜に壊されてしている。確かにお礼などという状況ではない。
「明日になれば落ち着くでしょうから、どうか今日は村にお泊まりください」
どうする? という意味合いを込めてレーベに目配せする。
「?」
可愛く首を傾げられた。意味が伝わらなかったみたい。
くそっ、可愛いな。
レーベの覚悟を聞いてから、なにかレーベへの好感度が跳ね上がった気がする。
あれだけ好意をよせられて悪く思う男なんていないだろう。
それはともかくせっかくの申し出、寝床を提供してくれるというなら、ありがたくいただこう。
「わかりました、今日は村に泊まらせていただきます」
「おお! そうしていただけますか。ではさっそく案内いたしましょう。幸い来客用の宿家は地竜の被害にあっておりませんでしたので」
そうして深月とレーベはケムズの後に付いて急遽決まった今日の宿泊場所に向かうことになった。
案内されたのは煉瓦造りの立派な建物。
内装もそこそこ豪華で、おそらく客間であろう場所に通された。
明かりは窓から入る光だけ、夜になると使用するのか蝋燭台が机の上に置かれている。
「まさしくファンタジーの世界、って感じ?」
「なにかおっしゃいましたか?」
「ああ、いやなんでもないです」
おもわず口からでた言葉がケムズさんに拾われてちょっと焦った。
「ああ、そうだ。服を持ってきてもらっていいですか? ボクじゃなくてレーベ、あ~っと、ボクの
ドラゴンを倒せる僕(しもべ)がいつまでも裸学ランでいいわけない。というか目のやり場に困る。緒方深月は純情少年なのだ。
「わかりました。すぐに別の者に持ってこさせましょう」
そう言ってケムズさんが先ほど入ってきたドアから出て行った。深月は手近にあったイスに座る。
「レーベは座らないのか?」
「主の許しを得ずに休む訳にもいきません」
「なんだそりゃ? そんな事いちいち気にすんなよ」
「しかし――――」
「命令。ボクの前で無理に変に肩肘張らないこと」
美女に畏まって側に控えられ、堂々としていられるほど図太くない。基本的に深月は小市民なのだ。
「……はっ。失礼します」
レーベは幾ばくか思惟した後に、向かい合っているイスに座る。
「レーベってあんなに強かったんだな、正直かなりびっくりした。もしかして前にもドラゴンを倒したことがあるのか?」
「いえ、初めてでした。あの森に竜種はいませんでしたから。どちらにしろ、あの程度ではものの数にも入りませんが」
「……すごい事言うね」
あんな強そうなドラゴンすら数ではないと言うか。
もしかしてボクはスゴいモンスターを
「失礼します。服をお持ちしました」
しばらく会話を楽しんでいると、ドアの向こうからノックと女の人の声が聞こえた。
「村長よりお二人のお世話を仰せつかりました、ユニンと申します。入ってもよろしいでしょうか?」
「どうぞ」
入ってきたのは二十台半ばぐらいのおとなしそうな女性。手には山ほど積まれた服が入っているカゴを持っている。
「お好きなものをお選びください」
ユニンさんの手で机に並べられたいくつもの服の中から、レーベが選んだのは黒の革製ショートパンツ。
「上着はいいのか?」
「ええ。深月様からいただいたものがありますから」
正直、裸の上に学ランという画がかなり問題なのだが、あれほど喜んで着ているのを取り上げるのも気が引ける。
レーベが着替え終わるまで、目を逸らし窓の外を眺めておく。
「どうでしょうか深月様?」
どうやら着替え終わったようで、振り向いて、またすぐ目を逸らした。
せっかく履いたショートパンツが、学ランの裾に隠れてギリギリ見えない。つまり危ない画に変わりない。
いやいやいや、何一つ改善されてませんがっ。
「に、似合っているよ。けど、こっちのズボンも似合うと思うんだけど……、どうよ?」
女性に服を選んであげるなどという経験がない深月に、正面からファッションを否定する勇気はなく、さりげなく長ズボンをすすめてみる。
「せっかく深月様に勧めていただいたのに申し訳ないのですが、私が着るとなると、半分ぐらいの長さまで切る必要が出てきます」
ああそうか、手足の覆う甲冑みたいな鉱石が邪魔なのか。
残っている服の中でレーベが履けそうなのは、スカート、薄いヒラヒラの腰巻き。
どれも学ランには合いそうにない。
「やっぱ、今履いてるのが一番似合ってると思う」
「ありがとうございます」
何かの拍子に見える危険がなくなっただけ良かったか、と納得するしかなさそうだ。
「せっかく持ってきてもらったんだから、ボクもちょっと着てみるか。着心地とか興味あるし」
見た目はなぜか現代的なデザインの服もいくつかあるが、生地はどうだろうか。
試しにとシャツを脱いで、ファンタジーらしい動物の皮で作られたシャツを着てみる。
「う~ん、なんかゴワゴワして着づらいな」
どうも元の世界の服よりも作りが荒い感じがする。
やっぱり着慣れた服の方がいいな、と元のシャツに着替え直す。
視線を感じ、ふとユニンさんの方を向くと、驚いた顔で深月の着替えを見つめている。
「あの、どうかしました?」
いくら深月が男でも異性に着替えを凝視されるのは恥ずかしい。
「あ、いえっ、その……、男の人、だったんだなぁ……と」
「……」
女みたいで悪かったなぁっ、こっちだって気にしてんだよっ!
着替えをわざわざ女の人に持ってこさせたという事は、きっとケムズさんも勘違いしてんだろーなぁ。
深月はちょっと泣きたくなった。
「地竜の死体ですが、どうなさるつもりですか?」
深月とレーベ、ケムズさんの三人での夕食をとっている最中、ケムズさんが唐突にそんな事を聞いてきた。
「どうする、っていいますと?」
水葬にします? 土葬にします? それとも、か・そ・う?♡ みたいな?
「ミツキさんの国ではどうなのかは存じませんが、この国では竜種の体は、たとえ鱗一枚であっても高値で売れるのです。ですので、もしミツキさんが許していただけるのならば、商人たちが来た時に買い取ってもらい、この村の復興の費用にあてさせてようと思うのです」
全然違った。もっと真面目な話でした。
むしろあまりにアホな自分の考えに恥ずかしくなった。
「いいですよ。あんなデカ物王都まで持っていけないですし。あ、でもそのかわり王都までの旅費をいただけませんか? 情けない話、実はいま無一文でして」
旅費にいくら必要かは知らないが、高値で売れるらしい地竜の体の金額よりは少ないだろう。
「おおっ! ありがとうございます!! そのくらいでしたら、もちろん用意させてもらいます」
「あと、馬も一頭用意してもらいたいんですが」
いい機会なので、馬を一頭貰えないか、こちらからも聞いてみた。
「馬、ですか」
「ええ。できれば一頭譲ってもらいたいんですけど、ダメですか?」
「駄目といいますか、そもそもこの村には馬が4頭しかおりません。そのうえその4頭も先ほどの地竜のせいで2頭が死んでしまい、もう2頭も怪我をしている状態でして、旅に耐えられるだけの馬がいるかどうか……」
「あー、それならしゃーねーか…」
貴重な馬を頂くわけにはいかないし、そもそも怪我をしているのではどうしようもない。
となると移動手段はレーベに抱えられながらの逆バンジージャンプしかないのかぁ。と憂鬱になる深月。
「ご安心ください! 私が深月様を王都までお連れいたしましょう!」
鼻息荒く、なんとも嬉しそうなレーベ。
レーベの着ている服は、結局上着は学ランのまま、端正な顔立ちが相まってかなり凛々しい。髪を短く切ればまさしく男装の麗人になるだろう。
今は深月の隣で一緒に夕食を食べている。
ちなみに料理の方は至ってフツーで、パンと茹で野菜のサラダとスープ、そしてメインディッシュの大きなステーキ。塩と胡椒だけの味付けだけとどれもシンプルなのだが素材の味が十分に生かされているのか、とても美味い。
「馬は無理ですが、村の恩人の頼みはできうるかぎり叶えてさしあげたい。代わりとなるものを用意いたしましょう」
レーベとは対照的にどんどん沈んでいく深月に村長から救いの手が差し伸ばされた。
「ホントですかっ!?」
「ええ。王都までの足をお望みなのでしたら、朝までに馬よりもいい移動手段を用意しておきましょう」
「ありがとうございます!」
「ちっ」
となりから聞こえる不快感を表す音。
おいこらレーベ、舌打ちしてんじゃねーよ。
あの逆バンジーの恐怖から逃れる事ができるのなら、たとえ犬ゾリがでできても喜んで乗ろう。
人力車がでてきたらちょっと迷う。レーベが引くとなると、それはおそらく電車以上のスピードだろうから。
なにやら不穏な想像が浮かんできてしまった深月は、ところでと話を変える。
「美味しいですねこのステーキ、今まで食べたことないお肉です」
少し固いが噛めば噛むほど味がでてくる。食感的には地鶏に近いのだが、地鶏よりも脂がのっていて美味しい。
「そうでしょう? 実は私も初めて食べるんですよ。この国にいる私たちも滅多に食べられるものじゃないありません。一生に一度食べられれば幸運といったところでしょうか」
村長がここまで言うのも納得できる。日本で一度だけ食べた松坂牛に勝るとも劣らない絶品である。
「これが食べられるのもミツキ様のおかげです。本当にいくら感謝しても足りません」
死んでしまっては美味しいものは食べられない。そういう意味では村長がこのステーキを食べることができるのは、確かに深月のおかげだろう。
ボクじゃなくてレーベのおかげだけど、こんな風にお礼を言って貰えるのだからレーベも助けたかいがあったよな。と考えながらステーキを食べ進める。
「へ~、そんなに高級な食材なんですか。いったい何のお肉なんです?」
日本に帰るまでにできればもう一度食べておきたい。王都に売っていればいいんだけど。
「なにを仰っているのですか、それは今日お二人が倒した地竜の肉ですよ」
「……」
深月の口端からポトリと落ちる高級食材。
どうやら先ほどの村長のお礼は、単純に食材をしとめた事に対するものだったらしい。
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