第2話

 

今のってもしかして、ボクのファーストキスなんじゃね?


  小さい頃に遊びで女の子の友達としたのをノーカンにすると、今のが正真正銘緒方深月の初ちゅうだ。

因みに幼少期のキスは深月が幼稚園の頃で、相手は年上の女の子。今から思うとおそらく向こうは深月のことを異性と認識していなかっただろう。

母親の英才教育で女の子の服を着させられていた時だ。


「――――はっ!?」



 あまりに予想外の展開に思考が明後日の方向に飛んでいってしまっていた。


 過負荷でショートした頭を再起動させてから、レーヴァイアと名乗った女を見る。

  先ほどの圧倒的なプレッシャーはもう感じられなくなっており、女は変わらず深月の前に膝をついている。



 ――――すっげー、きょぬーだぜきょぬー。



 どうやら再起動がうまくできていなかったらしい。


 いやっ、だってしょうがねーじゃん! 少なく見積もってもG、いやHはあるんだぞ!? 男なら見るだろフツー!?


 誰にともない言い訳を脳内でしてから、女から目を逸らして、学ランの上着を脱いで差し出す。


「と、とりあえずこれ着てくんねーかな? まともにそっちを見れねー」

「はっ! 仰せのままに」


 ごそごそと着替えの気配が終わるのを待つ。ちゃんと声をかけて着替え終わったのを確認して女の方を向く。


 やはりキツかったのか大きく胸元を開けており、一応大事な部分は隠れてはいるが、深月にしてはかなり大きめの服でも長身の彼女が着ると、色々ギリギリだった。

 長身美女の裸学ラン。

 思いの外、思いの外の画になってしまった。


 改めて女の顔を確認してみると――――できるだけ体を見ないように――――先ほどは毅然とした態度で学ランを受け取っていたが、深月から服をもらった事が嬉しかったのか口元が少し緩んでいる。


 頬も上気し、上目遣いでこちらを伺う目は潤んでいる。

 これはあれか、もしかして『ミツキフェロモン』が効いたのか?

 あれほどの存在としての『格』が違う相手に効果があるとは思えなかったが、わざわざ藪を突つくこともないだろうと、急に従順になった原因には触れずに話かける。


「でだ、アンタの言いたいことだけど」


 先ほどの剣とか盾とかうんぬん。


「レーヴァイア。どうかレーベとお呼びください」

「……レーベのお願いはわかった。けどその返事をするより先に聞きたい事があるんだけど、聞いていいか?」


 レーベに対する恐怖は初ちゅうの衝撃でぶっ飛んだのか、気遅れはない。自然な感じで話しかけることができた。


「はっ! なんなりとご質問ください」


 レーヴァイアの言葉遣いに、まるで軍人みたいだな、と苦笑する。


「あ~……じゃあ、まずはここどこ? 気が付いたらこの森に居たんだけど」

「ここは『大地の聖域』と呼ばれる場所、リーカシャー王国の南西に位置する森です。この森を東に抜けるとーー」

「待て待てっ。りーかしゃー王国ぅ? ぜんっぜん知らない。どこよそこ? ヨーロッパ?」


  正直『大地の聖域』という中2全開な森の名前にもツッコミたかったが、そこはスルーしておく。


「よーろっぱ?」

「おいおい、ヨーロッパを知らねーのか? 地図の左の方にそういう名前の国があんだろ。……あれ? 違ったっけ? まぁいいか」


 深月の世界地理の知識は驚きの酷さだった。

 世界の地理など、日本の都道府県すら碌に覚えていない深月にとってはヨーロッパはまるっきり異世界と変わらない。


 つーか日本語は通じてるんだからヨーロッパなわけないか。と考えに至った深月は、現在地を一旦保留にして質問を変える。


「レーベってさ、いったいナニ? 明らかに人間じゃないよな。それにさっき黒犬のこと『魔物』って言った?」


 手足の鉱物のようなもの、深紅の瞳、尻尾、ざっと見るだけでもレーヴァイアが人間とは異なる要素がこんなに見つかる。このうちどれか一つでも、コスプレの類であるとは深月には思えなかった。『本物』の空気がある。


「私は『ベヒーモス』、人種から見ればモンスターの一、あるいは魔物ということになるでしょう」


 モンスター、魔物。深月の頭の中にもそれがどのような物かはイメージとしてはある。しかしそれは『最後の物語』や『竜の冒険』などの有名RPGゲームなどの知識で、現実の存在としてではない。


 到底信じられない話なのだが、今朝通学中に自ら神隠し体験し、目の前にいるレーヴァイアという女性は超自然の存在であると、本能とでも呼ぶべきところで理解してしまっている。

  そうなると、薄々そうじゃないかと思っていたが、できるだけ考えないようにしていた事が真実の可能性が高くなってくる。


 それはつまり、ここが日本ではなく、


「おいおいマジかよ……。じゃあなにか? ボクはマジで異世界トリップってやつをしたのか?」


 地球上ではない、どこか別の世界だという事。


「いせかいとりっぷ??」

「……なんでもない。気にしないで」


 実は自分違う世界から来たんスよ(笑)。

 そんな戯れ言をいったい誰が初対面で信じるだろうか? たとえ相手が自分にとって信じられないようなビックリ存在であっても。相手にとっては異世界などから来た自分こそがビックリ存在なのだから。


 今思えば、幾つもの変態植物を見た時点で気がついてもよかったものだ。

 いや、たとえ気づいていてもこうして誰かの口から聞かされるまでは気づかないふりをしただろうか。


 もし本当に異世界に居るとしたら、今頼りになるのは目の前のレーベだけ。信じてもらえないとしても本当の事情を話すしかないだろう。


 ボクが言われたら寝言は寝て言えとか返すだろうなぁ……、とか思いながらも言ってみる。


「なぁ、もしボクがこの世界とは違うとこから来たとか言ったら、信じる?」

「信じます」

「信じんの!?」


 即答で返ってきた。


「今ボク相当信じてもらえないような事言った自覚あるんだけど」

「この場所には時空の歪みがいくつかあり、他世界より漂着物が来る事は今までにもありました。ヒトが漂着した事はありませんでしたが、あっても不思議ではないと思います。なによりも、深月様のお言葉を疑うなどありえません」

「時空の歪みて……」


 流石異世界、何でもありだ。


「じゃあ、別の世界に行く方法は?」

「私にはわかりませんが、王都や大きな交易都市に行けば見つかると思います」


 帰る方法はある。そうわかっただけで一気に気が弛む。

  そして自分はこんなにも気を張っていたのか、と驚いた。

 こんな訳のわからない見知らぬ場所にいきなり放り出されたのだ、かなりのストレスがかかっていたのだろう。


 帰ることが可能だとわかり、少し余裕ができると今度は好奇心が出てくる。

 元の世界に戻るともう別の世界に行く機会なんてないだろう。というよりこんな事が何度もあっては堪ったもんじゃない、もう一度なんて是非遠慮したい。

 けれども来てしまったものはしょうがないし、折角だしちょっとぐらい観光しなくちゃもったいない。とも思う。


「なんにしろ大きな街に行かなきゃ始まらないってことか……。王都までの案内、お願いしてもいい?」

「お願いなどという言い方をしなくとも、深月様はただ命じるだけで構いません。そうすれば私が全て遂行してご覧に入れましょう」


何となく、予感があった。

 おそらくここがボクとレーヴァイアの今後の関係を大きく決めてしまうだろうと。

 今ここでどのような返事をするか、あくまでお願いの形で通すか命令の形をとるか、それが先のレーヴァイアの願いの答えにもなる。

 いくら相手がこの世界ではモンスターであろうとも、言葉を話し、意志を持つ一つの命を背負う事になるのだ。中途半端な気持ちで返事はできない。


 そうわかっているんだけど、


「……わかった。じゃあレーベ、命令だ。ボクを王都まで案内しろ」


 もしかしたら自分に酔っているだけかもしれない。

だけど、ファーストキスの相手のお願いの一つぐらい、叶えてやりたい思うのは男として当たり前ではないだろうか。


「ーーッ!! はっ! お任せ下さいっ!!」


 返事をしたレーベの顔はとても幸せそうで、それでいてかなり凛々しくて、不覚にもちょっと見惚れてしまった。


 まぁなんだ? 初ちゅうの相手を意識するなという方がムリってもんだ。

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