第3話
「それで、王都だか交易都市だかはここから遠いのか? 移動手段が徒歩しかねーから、あんまり遠いと困るんだが」
レーベから向けられるキラキラとした熱い視線に気恥ずかしさを感じつつ、話を具体的な方向にもっていく。
「そうですね、この森からですと王都までは徒歩でだいたい一ヶ月といったところでしょうか。交易都市ですと一ヶ月と二週間」
「そんなにかかるのかよ……、水とかの確保どうすっかなぁ」
レーベがこの森に住んでいるのだから食料や水場はこの近くで確保できるのだろう。
目的地が近場なら、食料はカバンに入れ、水は木や草を加工して簡易の水筒のようなものを作ればなんとかなったかもしれない。しかし、一ヶ月という期間は少々長すぎる。
「ご安心ください、移送手段はあります」
「あるんだ!? こんな森の中なのに?」
流石に車やバイクは無いだろうから、馬とかクマとかの動物だろうか?
――――ここでクマが候補に挙がるあたり、深月も大概異常である。
「それでは、失礼します」
「へ?」
気がつけば、深月はレーベに抱き上げられていた。腰と膝裏を支えにする形で。
かの有名なお姫様だっこである。
すぐ近くにあるレーベの顔は、凛々しく引き締めようとしているが、堪えきれずにゆるゆるに緩んでいる。
いきなりの事に深月はすぐさま抗議の声を上げる。
「いやちょっと待ったっ! いくらなんでもこれは恥ずかしい!」
今年で17にもなる男がお姫様だっこで女性に運ばれるのは男子の沽券に関わる。
「しっかり掴まっていてください」
なんとも嬉しそうなキラキラしたレーベの顔。
「だから待てって! 話を聞けっ、この格好お前がしたいだけじゃねーだろうな!?」
「行きますっ!!」
深月を抱えたままレーベは地面を蹴る。
次の瞬間、深月は空を飛んでいた。
周りの木などよりよっぽど高く。森が一望できる高さだ。
今なお上昇を続ける二人は、角度をつけて飛んだ分だけ、どんどん森の端に近づいていく。
徐々に上昇するスピードが緩やかになっていき、遂に最高点に達する。
「あ、あの~レーベさん? レーベさんはぁ、お空を飛べたりするんですか~?」
恐怖のためか深月のしゃべり方が若干頭の弱い感じになってしまっている。
「いえ、ご覧のように鳥のような翼を持っていませんから。無理ですよ」
「そ、それじゃあこの後はーー」
高校の物理の授業で習った通り、重力に引かれて落ちていくだけ。
v=gt つまり 9.8[m/s2]×時間。
「きゃぁぁぁぁぁぁ~~~~ーーーー………………」
あの自由落下独特のお腹に感じる不快感。
深月は女の子のように悲鳴を上げて、レーベの首にしがみつく。
男子の沽券なんて言葉は深月の頭からとっくに無くなっていた。
「お、おおお前はボクを殺す気か!?」
あれから四度の跳躍で森を抜けて街道に出た二人は、深月の涙目での必死の懇願で止まっていた。
心臓に悪すぎる。深月はジェットコースターは苦手ではないが、安全バー無しで乗れるほどの度胸はない。
「とにかく! この移動手段は却下だ却下!!」
「……残念ですが、了解しました」
深月にしがみつかれた状態がよほど気に入ったのか、本当に残念そうな表情を浮かべるレーベ。
「では近くに小さいですが村がありますので、そこで馬を確保しましょう」
「お前な……、それを最初に言えよ」
あれ? もしかしてこいつ、従順なフリをしてるだけなんじゃね? と疑ってしまうじゃないか。
「村はこちらです。ついてきてください」
「レーベ、待て」
前を歩き、先導しようとしているレーベに待ったをかける。
「なんでしょうか?」
「……腰が抜けて立てないんだ。運んでくれ、飛ばずに」
男の沽券? なにそれ? おいしいの?
「ーーはっ!! お任せください!」
だからそこで笑顔になるなよ。
「村に着くまでちょっとは時間あるだろ、その間なんか話そうぜ?」
「私はあまり人と話したことがありませんので、深月様を楽しませるような話はできないかと」
「別に漫談なんか期待してねーって。そうだなぁ、レーベのこととかどうだ?」
「私のこと……ですか?」
「そ。ボクってレーベのことなんにも知らねーからさ」
「ですが、私は口べたですし、うまく話せないと思いますが」
「べつに上手に話す必要なんかねーけど、……じゃあボクから質問するからそれに答えてくれよ」
「それなら大丈夫かと」
流石にお姫様だっこは羞恥の限界だったので、深月は今レーベの背中におんぶされている。
「レーベはさっきの森に住んでるのか?」
「ええ。生まれてからずっとあの森に住んでいます」
「ずっとか、すげーな。水とか食べ物はどうしてたんだ?」
「水は湖がありますから困りませんでしたし、食べるものは自生している木の実や果物で済ますか適当な動物や魔物を狩って食べていました」
「その狩った動物ってさ、ナマで食べるの? それとも捌いたりする?」
「いいえ、ナマです。わざわざ捌いたりはしませんね、そもそも刃物を持ってません」
「……」
うわー……。
村が近くにあってホント良かった。あのまま野宿とかになったら生肉生活に入るところだった。
村に入ったらどうにかして調味料と火を付ける道具をもらおう。
「深月様を襲おうとしたという不届きな『ガルヴォルフ』ですが、あれで味はけっこういけるのです。森を出る前に2、3匹狩っておくべきでした」
「い、いや、食べ物の話はもういいや」
せめて血抜きしてから醤油くれ。それなら刺身としてたべれるかもしれない。
食の違いでモンスターと再確認しようとは。
話題を食事から逸らす。
「そういやレーベの親はどこにいるんだ? やっぱりあの森に?」
「親という存在は私にはいません」
「? どうゆうこと?」
「そもそも親という概念がベヒーモスにはないのです。ベヒーモスは大地から生まれ大地に還るもの。つまり一代で終わり子を残しません。あえて母というなら大地がそうでしょうか?」
「大地が母親か……、なんかスゲーな。他のモンスターもそうなのか?」
「いいえ、ベヒーモスが特殊なのだと思います。他はちゃんと生殖を行い子孫を残します。そして、ご安心ください、私にも深月様のモノを受け入れる生殖器官は存在します」
「やめろっ! その話は生々し過ぎる!!」
あまりにストレートな表現。
ベヒーモスに羞恥心という感覚はないのだろうか。
それともやはりレーベが特殊なだけか。
「子を産まないベヒーモスである私に、どうしてこんなものがあるのか今までずっと不思議でしたが、今日わかりました。私の×××は大切な主の×××に愛してもらい×××を×××して×××するためにあるのだと!」
「……お前って時々人の話聞かないよな」
こんな風にとりとめのなく他愛なく話しながら歩くこと約30分、まだ距離はあるが道の先に村が見えてきた。
「おっ、ほら、あそこに見えるの。あれ村じゃないか?」
「そうですね。どうやら目的の村に到着したようです」
人口が2、30人しかいなさそうな小さな村。
「けどあの村、燃えてないか?」
まだ小さく見えているだけだが、目的地の村はいたる所から煙をあげていた。
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