第3話ナミリの写真

十七年経っていた。


別れてから十七年経っていた。

感情の大きな波に襲われた。

うわわ。

そして気づく。

もうナミリは、お嫁に行ってしまって、この家にいないことを。

もう好きとか、会いたいとか、言えないくらい時間が経っていることも。

うわー。

どうすんの俺。

また失恋したってこと。


氷のような恐怖がたちのぼってくる。

ナミリを忘れるのには本当に苦労したのではないか。

(動画を見る前、ナミリのことをどう思っていたか?

まったく覚えていない。洗脳されたみたいに記憶がない)

またそれを繰り返すわけ。

どうなるんだよ俺。


ナミリが卒業して就職して、住む世界が違うようになったから別れた。

泣いてくれたけど別れると言ったのはナミリ。

新しい世界に飛び出すナミリを快く送り出せる大人だったら良かったんだけどね。

あまりにも好きすぎた。


別れた後もナミリのことを思いだして苦しんでいた。

忘れよう。忘れなきゃ。先に進めない。

何年も何年も何年も苦しんでいたのではなかったか。


自責の念も襲ってくる。

どうして動画を見てしまったんだろう。

別れてから十七年、何をしてたんだろう。

どんなに好きで好きでたまらなくても、

別れたら忘れるために次の女とつきあい上書きするんじゃないの。

みんなそうしてる。そうやって生きている。

どうして、それをしてないわけ。


重ねて深淵に引きずり込まれるような寂しさが襲ってくる。

寂しくて寂しくて寂しくて寂しすぎて死ぬかと思った。


眠れないし、ご飯も食べられない。

気がつくとシクシク泣いたりして、ドライアイで親が死んでも泣かないのに。

このまま行ったら気が狂うかもしれないと本当に思った。


手紙書かなきゃ。

ともかく手紙書かなきゃ。

そのことだけを思い詰めていた。


大きな鏡のある洗面台の前でナミリが黒いセーターを脱いでいる。

「オフロ入る?今」「先に入る?」

青色のカベ、青色の床、青が基調の部屋のようだ。

「ラブホ来たの、これが初めてじゃない?

いつもなんかさーラブホじゃないところじゃん」

ビジネスホテルで休憩に使えるか聞いて怒られたことのあるユウタ。

「キャハハハ」(御機嫌なナミリ。いいことあったんでしょうか?)

長い髪をアップにまとめている。お風呂に入るつもりのようだ。

パンティまで脱いでいるのにブラジャーは外さないナミリ。

その状態でストッキング、白いスカートをきちんと畳んで重ねていく。

見まわして、バスローブを羽織り注意深くブラを外す。

「やっぱりナミリ変わってるわ」

「どこが」

「なんで変わってるか、わからないんですか」

「わかんないわよ。キャハハ」

「じゃあね」

「いってらっしゃい」


 急に思い出したけど、やっぱりユウタが悪いわ。ミスチルのOverの歌詞「顔のわりに小さな胸や」の話の続きで「男の人があたしの胸みたら、どう思うと思う」と訊かれて「怒られるで」と返したことがあった。それを覚えていたかもしれない。軽い冗談のつもりだったんだけど、男は全く気にしないと言ってあげるべきだったね。

「男が思うほど女はちんこの大きさ気にしないし、

 女が思うほど男はおっぱいの大きさ気にしない」

 とは言うものの、おっぱいは、ちんこと違って常にぶらんぶらんとプレゼンスを発揮してるから、ちょっと違うかもしれない(まじめに語りましたね)


バスローブを着て鏡の前でドライヤーで髪を直すナミリ。

前髪の額にかかり具合を気にしている。

「あーこれビデオか」

長い髪を後ろに束ねたナミリの顔のアップ。かわいい。


ドアを開けたままのトイレに座っているナミリ。

「それ、あれでしょ。匂い袋じゃないの」

「違うよ。きれいなナプキンだよ」

とりとめない会話をしている二人。


トイレから出てきたナミリ、ところがバスローブのベルトが無くなってる?

そのままマイクをポンポン叩きながらベットに上がる。

曲が始まるのを待っている。

うん。

きょとんとして、しゃがんで枕もとのスイッチ類をさわるナミリ。

前奏がかなり進んだ曲が流れてきた。

ベットの上に立ち上がり

中山美穂「ただ泣きたくなるの」を歌いだすナミリ。

バスローブの前がはだけて太もも、黒い陰毛が見えている。

おっぱいさえ見えなければ、後は許容範囲ということなのか。

いや乳首見えてますけど。

一番が終わりかけたところでユウタが登場しバスローブを脱がせる。

カメラを固定したようだ。

素直に脱がされるナミリ。

「なあぁんで」

間奏まで待って文句を言う。


右手でマイクを持ち左手でおっぱいを隠しながら歌おうとするナミリ。

でも歌い込んで振りも完コピしているためか、体が自然に動き出す。

サビのところでは、手をくるくるまわしながら熱唱する。

ミポリンみたい。

全裸だけど。


画面が光る。ポラロイドカメラで撮っている仕事出来ユウタ。

「ユウタたってるよ」

ナミリさんから指差しチェックを頂く。

「おしまあい」

ベットから降りてくるナミリ。

「うまいねー」

世界でいちばん歌っているナミリが好きなユウタ。

両手でおっぱいを揉んで、手を挙げてひらひらさせて踊るナミリ(なぜ?)

「髪洗いたいな、ベタベタだしな」

「髪洗っといで」やさしい声。


ここでナミリの動画は終わっている。約40分の長さだった。


拝啓 大変ご無沙汰しております。

 突然お手紙を差し上げる無礼をお許しください。

 不幸で痛ましい三鷹の女子高生殺人事件に関するネットの書き込みを見ていたら、顔出し裸画像や動画を撮らせると、ネットに流出して夫や子供にばれることを恐れて

一生ビクビクしなければならないとありました。

 リベンジポルノというそうですが、もとより私にはそのような考えは毛頭ありません。私の父は市会議員をしておりましたし、私もそろそろ地元のロータリークラブの

会長をするような立場にあります。

 なにより私は、あなたに感謝こそすれ恨みなど微塵もありません。

 遥か昔のことで、すっかり忘れておられるあなたに、わざわざ思い出させるような、お手紙を差し上げることについて何度も考え躊躇いたしましたが、もし心配されているなら申し訳ないと考え、お手紙を差し上げた次第です。

 私の連絡先は以下の通りです。

  携帯   OOO-OOOO-OOOO

  メルアド ahodesune@honntoni.ne.jp

処分の方法を指示していただけると幸いです。ご心配なら、すべてお送りします。

そちらの方で処分して下さるほうが安心かもしれません。

 名字も変わっておられるだろうし、住所も変わっておられるだろうと思いましたが、わからないので旧姓のまま、ご実家の方に送らさせていただきました。

 いろいろ本当にありがとうございました。あなたに会えたことは、私の人生で、

いちばん大切な思い出となり、私の生きていく力となっています。

 いろいろと、ごめんなさい。あなたは悪くないのに、私が未熟だったばかりに、

いろいろ不愉快な思いをさせたと後悔しています。

 一度あやまりたかったです。ほんとうに、ごめんなさい。

 あなたとあなたのご家族の末永い幸せをお祈りしております。

                                    敬具

追伸

 成人式の時のかわいらしい写真を見つけたので同封しておきます。

なぜかパウチッコしてますね。永久保存しようと思っていたのでしょうか(笑)

ご連絡いただけると幸いです。いつまでもお待ちいたします。


 錯乱状態で、わざわざこのために万年筆と便箋を買ってきて、何日も何日も寝ないで書いた割には、一応スジは通っていますね。隠しきれない狂気は漂っていますが。


 同封した写真は二枚で、そのうちの一枚は思わず、まじまじと見てしまったホントにいい写真。着物を着て座ってるナミリが振り返っているんだけど、その表情は、すべてをゆだねられる信頼しきった人にしか見せないような安心した笑顔に見える。

こんな表情を見せてくれたんだと思うと、すべてを肯定できるベストショット。

 

 写真って不思議。成人式の頃といえば、すでに二人の仲はぎくしゃくしており、この日も会場まで行ったんだけど、二十歳の若さがまぶしくて、ナミリにも「友だちと行くから」と言われ、滞在時間一時間弱で返され、現実にうちのめされ泣きながら帰った(笑)と記憶してるんだけど。

 

 今から思えば写真を見つけたので送ります。だけでよかった気もするし、なんで手紙?当時流行っていたフェイスブックで友達申請すればよかったんじゃね。とも思うけどハードルが高いと判断したんだろうね。

 











 











































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