第2話ナミリの家

 ナミリの動画を見てしまったのは魔が差したとしかいいようがない。

 

 不幸で痛ましい三鷹女子高生殺人事件(三鷹ストーカー殺人事件2013年10月8日)の過去ログを見ているとき突然思い出したのだ。容疑者の堂々とした態度、何か偉大なことを成し遂げたかのような満ち足りた穏やかな表情。少なくとも、そう見えた。

 絶対安全と思っていた自分の部屋で襲われ、驚愕と恐怖のなかで何度も何度も刺されて亡くなった女子高生のことを思うと、どうにも納得できずに鬼女版の過去ログを見ていた時に思い出してしまったのだ。

 事件直後は画像や動画は、刺した後にSNSに投稿したものだと勘違いしていた。

凶行の動機を周知させたかったのか?

二人の間には確かに愛があったことを言いたいのか?

そういうことを考えているうちに思い出したのだ。


「ほんと、かんべんしてくださいよー」

ベットの上で正座し、そして顔を少し傾けながら全裸土下座し懇願するナミリ。

どうもこれは罰ゲームでやらされているようだ。しかし撮影をやめる気配はない。

ナミリは髪をいじり、その手を太ももに置いた。ちょっと飽きたみたい。

うん。

ナミリ、何かに気がついたようで裸のまま四つん這いでベットの上を近づいてくる。

ベットの横に立って撮影している撮影者の前まで来てベットに腰をかけ撮影者のはいてるジャージをずらす。

「すごいぃ」これ以上ないくらい勃起している撮影者のちんこ。

うれしそうな顔で見上げるナミリ。

ナミリはパンツの上から勃起しているちんこを口に咥える。

「ほんとはしてほしいんでしょ」

パンツを脱がせるナミリ。

「あっ。でも、これゴムつけたんだよね。残念でした」

ゴムの匂いが嫌いだからフェラやめたということらしい。

でも依然として撮影者のちんこの先を熱心に触るナミリ。

「皮剝けてるよ」

エッチした後みたいでコンドームのゼリーか何かが残っていて乾燥したのを皮が剥けたと勘違いしている。

 

撮影者のちんこのアップ。

シャワーで洗ってきたみたい。ここだけナミリが撮っている。再び撮影者にカメラが渡され、ベットに座るナミリを立って上から撮る構図で撮影が再開される。

ナミリの白く細い指が、ちんこの先を拡げたり狭めたりしている。

透明な何かが出てきた。

「キレイにしないとね」

ティッシュでちんこの先を拭きながら、つぶやくナミリ。

そして、ちんこを口に咥える。

すかさず体をねじまげて横から撮る撮影者。

ナミリは目をつぶって、ちんこの先を咥えている。静かに頭を動かしている。

目を開けて横から撮っていることに気づいて、

「はっはっはっ」と朗らかに笑う。

 

 この間ゴールデンカムイの再放送かなんか見てて「ちんこ」はいいんだと思ったけど大丈夫ですかね。愛はエッチでしか表現(あるいは証明)できないのか!という命題を追求する芸術的表現とお考えいただいてご寛恕いただけると幸いです。


 ナミリの動画を見るまではホントに大変だった。

 動画自体はすぐ見つかった。田舎に帰って来たとき、四階の物置に詰め込んだ段ボールの山の中に、ひとつだけブルーのプラスチックの頑丈そうなケースがあり、ご丁寧にもガムテープでぐるぐる巻きにしていた。もしかしたら開けちゃいけないんだったっけと、一瞬思ったけど好奇心が勝り開けてしまった。

 開けて、びっくりしたことは覚えている。当時の日記や写真やプリクラがたくさん出てきたから。どれだけ好きやねん。捨てとけよ、とも思った。

 ビデオの類もたくさん出てきた。どうもビデオカメラ買ったのは、AV撮影のためではなくカラオケで歌うナミリを撮ることが目的だったみたい。ナミリ・プロモーションビデオとシール貼った8ミリビデオが10個以上出てきたから。

 ところが今度はメディアがない。どうすればいいか分からない。さらに探しているとVHSにダビングしたものを発見した。しかし、これもデッキがない。さらに探しているとモー娘のビデオをDVDに焼こうと思って結局やらなかったデッキがあることを思いだした。動くかなと思いながら方々を探しまくり、やっと見つけた。

 ここまで探し始めて一ヵ月以上かかっている。本とか映画とか、気になったら絶対見るタイプで、あきらめないんだけど、今から思うと正直あきらめてほしかったね。

もしタイムマシンがあったら絶対見ちゃいけないと言いに行きたい。絶対にだ。


「ユウタのちんこ出演だね。映るからキレイにしないとね」

口から離したナミリ、ユウタのちんこの下を触りながら、また先の方を舐める。

また横から映すと「はあぁー。はっはっはっ」と乾いた笑い。

しかし五回ぐらい頭を動かすと、小さな声で「おしまい」だって。

完全に飽きた様子で足を拡げたまま寝そべる。

右手を股間の上において、左手を頭の下に入れてカメラを見ている。

「いまアップにしたでしょ。わかるよ」

「何かついてる」

急にユウタの手が出てきてナミリの陰毛についたゴミをとる。

さらに醒めた様子のナミリ。

「もうやめません」と言って、体を横向きにして顔を半分布団にうずめた。

 

 最初のうちは内容を全く覚えてないことに驚いていた。どうも別れた直後にまとめてケースに入れて封印していたみたい。何も覚えてなさすぎ。断片的に記憶していたと思ってたことは、すべて違っていた。

 次によく撮れてると感心した。被写体がいいから、どんなに撮ってもキレイなんだろうけど、アングルとかアップとかロングとか、様々な撮影テクを使っている昔の自分に感心した。


「ユウタちんこ洗って」 

フェラしてやるからゴムの匂いがしないように石鹸できちんと洗ってこいということらしい。一転、人が変わったようにノリノリになったのは、ここまで撮影した動画をチェックして、よく撮れてることに気をよくしたようだ。

AV女優の自覚が生まれたか。

「撮ってるの」

「うん」

ナミリはベットの上に全裸で足を組んで座り、その前にユウタが立ち、上から撮る構図で撮影が再開される。

「よろしく願いしまーす。ちんちんちゃん」

ナミリの脳内設定はソープ嬢なのか。


 その次に思ったことは、これはパソコンに取り込んではいけないということ。

何かの拍子に流出したら、大変なことになる。なによりナミリに悪いと思った。

最初のうちは冷静に見ていたと思う。

 

ナミリは手を動かしながら、ちんこを口に咥える。

目をつぶって一生懸命手を動かしている。

「ユウタ、いってね」「ユウタ、いってね」

返事がないので二回言うナミリ。

 

 口が小さいのと舌の使い方が上手いので「上手だね。気持ちいい」と言うと、

「高校生の時、援交してお金もらってたからね」と言う。

ナミリは毎日この手のウソを言ってユウタがびっくりするのを面白がっていた。

電話で話していたら中学生のころ二歳下の弟とエッチしていたと真に迫った調子で話したことがあった。本当かしらと思い始めたら、ウェー気持ち悪いと自分で言い出してウソがばれたこともある。

  

「いきそう。横になっていい」

さらに頑張りだしたナミリ、わっかにした手が激しく上下動している。

しかし突然やめた。

「いっちゃって大丈夫?」

ここで出したらエッチできなくなるのではと心配しているようだ。

「いれる?」「はめていい?」

「うん」

コンドームをつけるナミリ。

「平気?」「これでいいの」「こんだけでいいの」

ナミリ、コンドームのつけ方知らない援交少女いないから。

「うん。いいよ」

「はめるよ」

ユウタのちんこを握ったまま、腰を落とすナミリ。

「はいるかな」

ナミリの顔が一瞬ゆがむ。はいったみたい。

騎乗位のナミリ、満面の笑みで手を伸ばし、電気を消した。

  

 動画が半分過ぎたころから、おかしくなった。愛が溢れているじゃないか。

なんで、こんなに気が合っていたのに別れたんだろうと考え始めていた。

 三鷹の事件の過去ログに

「あんな動画や画像がなかったら、容疑者も、もっと楽に忘れることができたろうに」という書き込みがあった。

 容疑者の心を忖度する気も同情する気も毛頭ないけど、その通りだと思う。スマホに入れて持ち歩いていたようだから、なかなか踏ん切りがつかなかっただろうね。

 個人的には動画の方が画像より一億倍きつい。

「動画はやばいよ。画像にしときな」(三原じゅん子風)というところ。

ごめんなさい、例えがというか、なにもかも古くて、すいません。

それに不謹慎でしたね。

 動画は、正直に言うと、もう一度見る勇気はない。自分にとっては、「1984」に出て来る110号室に用意されているような最終兵器で、おかしくなることが分かっているから。


ユニットバスに入る全裸のナミリとカメラ。ナミリは髪をピンで止めている。

別の日の撮影なのか。

ナミリのかわいい顔のアップ。

ちょっとぼやけている(ユニットバスが狭すぎて距離がとれてないようだ)

「座ってやっていいの?」

どうもオシッコをするところを撮影するようだ。

「いいよ」

依然として大写しのナミリの顔。ちょっと照れてるみたい。

いや立って撮らせて、という間もなく出ている音がする。

太ももと陰毛のあたりしか映っていない。

焦るユウタ、太ももを開かせ出ているところを撮ろうとするが

「真っ暗」ユウタのうろたえた声。

そうこうしているうちに

「すんじゃった」ユウタの声。残念でたまらなそう。

「すんじゃった」ナミリの声。照れ隠しもあるのか同じセリフ。

コロコロ。

トイレットペーパーをとりながら、すこしためらっている様子のナミリ。

意を決したようにペーパーで拭く。

ここが一番恥ずかしかったかもしれない。

流す音。

ユニットバスを出るナミリ。カメラもついていく。

ナミリの後ろ姿。

細いけど、やせぎすというわけでもない。

肩幅は、ほどよくあり、キレイな背中、ちょっとむっちりしたお尻。

太ももから足にかけては、細く長い。

ホントにスタイルがいい。

ナミリが振り返った。

おっぱいも本人が気にするほど小さいとは思わないんだけど。

それなりに膨らんでいるんだけど。


「ビデオどうして撮らせるんだろうね」

(スマホがない時代なので動画とは言わない)

ナミリが言ったことを思いだす。

「それはね、ナミリに振られたユウタが、それをみてオナニーするために、撮らせてくれてるんでしょう」と答えたと思う。


刹那の恋であることは二人ともわかっていたと思う。


何もかも難しい恋だったので、いつも別れることを考えていた。

その日が来るのを恐れていた。いつも恐れていた。


好きで好きでたまらなかった。本当に好きだった。

会っている時は楽しくて仕方なかった。


動画を見ていたら、いろんなことを思い出してしまった。


会いたい。

声が聞きたい。


住所も電話番号もわかっている。

でも電話する勇気はない。


ベットに横になっているナミリが映っている。

その横にユウタの体の一部も映っている。

カメラを本棚の前に積まれた本に置いて

ユウタも参加して”からみ”を撮影するようにしたようだ。

ナミリの顔が近づいて、手がカメラの方に伸びてきた。

角度の調整か、目がカメラの隣のモニター画面を見ている。


ナミリの細く白い体にユウタの体がかぶさって抱き合いキスをしている。

とてもとても長いキス。

目を閉じているナミリ。

ユウタが手を突っ張って動き出した。

でもまだ入ってないみたい。

ナミリが小声で何か言ってるけど、聞き取れない。

「あー」ナミリのかすかな溜息。入ったみたい。

突然カメラを手に取り二人がつながっているところを撮るユウタ。

「おいおい」ナミリの声。

よく見るとバスタオルを胸に巻いて注意深く乳房を隠しているナミリ。

どれだけ見られたくないのか、あるいは見たくないのか。


またカメラを戻して抱き合う二人。キスしている。

「ゲッホ、ゲッホ」咳き込むナミリ。

ユウタの悪い癖、鼻を舐めたみたい。

「ごめん、ごめん」

「違う、そんなことないよ。息の吸い方間違えた。鼻で息した」

ナミリの意味不明だけど、優しいフォロー。

ユウタの手がナミリの白い体を撫で、そして陰毛のあたりにのびていく。

「生で入れちゃえ」「うそうそ」

また抱き合う二人。

ナミリの手がユウタの背中にまわっている。

白い手が背中を撫でている。


ナミリが喘ぎだした。

また入ったみたい。

はげしく動くユウタの背中。

「ふうん、ふうん」小さく喘ぐナミリ。


するとカメラに向かってナミリの足が伸びてきた。


動画はここで止まっている。

ナミリが足でカメラを止めたみたい。

とても恥ずかしくなったようだ。


  手紙を書くことを思いつく。

文面も考えないといけないけど、

まずはストリートビューで家を見てみようと思い立つ。

ところが住所検索してもヒットしない。


ふえふきし!笛吹市。エッ!東八代郡じゃないんだ。

いつの間にか地名が変わっていた。

南アルプス市ができたことは知ってたけど、それじゃ釜無市もあるのかしら?


番地まで入力してナミリの家の通りにたどりつく。

ところが見当をつけて表札を見てもナミリの名字がない。

おかしい。

空撮に切り替えると、なんか妙に空き地が増えてるように思える。

引っ越ししたのだろうか?

家が無くなっていたら、もう手がかりがない。


落ち着け、落ち着け。

駅に戻って駅から辿って行けば行きつくはず。


へえー。足湯とかあるんだ。それにすごくキレイになっている。

石和温泉駅は、すごくきれいな駅になっていた。


すると何か少し思い出し始めた。

最後に、本当に最後にナミリに会った夜のことを。

別れて二ヵ月くらいした後、何かを渡すために会ったことがあった。

用が済んで家に帰るナミリを送って行った。

自転車を押しながら歩くナミリの後を歩いていた。

そのとき駅周辺の工事をしていたことを。


道も大きくきれいになっていた。

区画整理でもしたのかしらん。

見当をつけて近づいて表札を見たけど、これも違う。

間違いようがないほど近くわかりやすいはずなのに、探せない。


落ち着け。落ち着け。

思い出せ。


最後に会った夜、家まで送った。

つきあっているときは、家まで送ると、お別れのキスをしていた。

でも最後の夜は違っていた。

ナミリは自転車を離さず距離をとってた。

やっぱり別れたんだ。

もう新しいことが始まっているんだ。

もう過去になっているんだ。

「元気でね」

舌が粘りつくような感触を感じながら言った。


そしてナミリが家に入るのを見ていた。

ナミリは振り返っただろうか?覚えてない。

「元気でね」と言ったとき、

ちょっと微笑んだような気がしたけど、

ちょっと困ったような憐れむような表情だったかもしれない。

足元を見ると、盛りを過ぎた赤い薔薇がしょぼくれていた。


そうだ、なんか倉庫があった。

それを探せばいい。


倉庫を見つけた。

倉庫はキレイな建物になっていた。

じゃあ、この隣じゃん。

慎重に表札に近づく。


落ち着け、落ち着け。


あった。


家は歳月を経て古びていた。そして通りになじんでいた。

間違えようもないはずなのに、なぜ探せなかったのか?


無意識のうちに、初めてナミリを送っていった夜のこと。

大雨で、新しい黄色い家がピカピカ光っているように見えた。

そのイメージで探していたのだ。


十七年経ってた。








































 




















 

 


 


































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