第10話 林間学校①

数日後、林間学校の当日だ。

あれから朔馬はかなり大人しくなった。具体的に言うと、自分から喧嘩をふっかけなくなった。当たり前のことのように思えるが、これまでのヤツの態度を見ればこれは恐るべき進歩なのだ。もしかしたら高校生活1年目にして俺の目標を達成出来るかもしれないという光明に当てられ、俺はこの数日間気分が良かった。一方俺の隣にいる桃香は気だるげな表情を浮かべていた。

「いやぁ〜、朝からご機嫌だね、蓮華は。」

「え?そうかなぁ?」

「分けて欲しいくらいにね、私は2日家に帰れないって考えるだけでホームシックだよぉ。」

「いや〜それはわかる〜、虫刺されとかも気にしなきゃいけないし。」

林間学校は2泊3日で行う。その間生徒たちは薪を集めて食事を作ったり、山中を登ったり、ちょっとしたレクリエーションをしたり…まあ、正直俺もあまり乗り気じゃない。

「私は楽しみですよ。蓮華さんと寝食を共にするの。」

「うおぁ!?いつの間に!?」

「おはよぉ〜、リリーちゃん。相変わらず蓮華の事好きだねぇ。」

「はい、おはようございます。百園さん。」

「私もそろそろ名前で読んで欲しいんだけどなぁ〜。」

リリーとはこの数日間でだいぶ距離が縮まった。少なくとも俺はそう思っている。俺と話していたおかげか喋り方も全く気にならなくなった。そんで俺が架け橋になる形でこの二人も仲良くなった。それ自体はいい事なのだが、俺の知らないところで勝手に仲良くなって、いつの間にか二人だけの世界が作られる…なんてことはやめて欲しい。寂しいから。

「……よぉ。」

「おはよう、ハーレム野郎。約束通りちゃんと来たな。」

「ハッ…!?急に何言ってんだお前!」

「だってそうだろ。来て早々私たちの方に一直線…男の友達とかいねーの?」

「うっ…いねーよ、そんなの。つかできねーだろどうせ。」

「決めつけるなよ…。」

そうだった。浮かれてばかりいられなかった。今は俺や桃香たちがいるからまだ良いが、就寝班は男女別だ。コイツは必ずぼっちになる。今後の学校生活のためにも、コイツに同性の友達を見繕ってやらねば。

「おーい、いつまで話してる。早く乗れー。」

「あ、すんませーん。」

映子先生に急かされて俺たちはいそいそとバスに乗った。


…………


バスに乗った俺たちは車内で諸注意を聞いていた。俺の隣は…残念ながら桃香じゃなくて知らない男子だった。気まずい。男同士なら安心するはずなのに…俺ってそんなに新しい環境に慣れるの早かったっけ?いやでもなんだかんだ1ヶ月経ってるんだもんな…いやでも知らない相手だと性別関係なく緊張するか……みたいなことを考えていたら、隣の男子から話しかけられた。

「あの!水木蓮華さんっすよね!」

「うわぁっ!?え?あ、あぁうん…そうだけど…何かな?」

「俺っ!無漏雪村って言うんすけど…!」

「待った!無漏…?」

「はい!映子センセーの弟です!…一応。」

「えぇ〜…まじか…。」

全然知らなかった…自己紹介とか考え事してて全然聞いてなかったから…。

「そんなことよりっ!水木さんって、朔馬さんと幼馴染なんすよね!」

「うん、そうだけど?」

「うわーっ!いいなぁ!やっぱ朔馬さんって、昔から喧嘩強くてカッコよかったんすか!?ああ、でも昔は強くなかったっていうのもそれはそれで燃えるなぁ〜!」

ずっとテンション高いな…それにしても。

「……もしかしなくても、憧れてるの?あいつに。」

「もちろんっすよ!だって入学式の日に、オレたちが怯えるしかなかった上級生を簡単にねじ伏せたんすから!あれに憧れないのは漢じゃないっす!!」

「そ、そうなんだ…。」

あれ?もしかして前世の俺って意外とモテてたのか?リリーといい雪村といい…いや、それはともかく、あいつは少し明るすぎるくらいが良い。コイツなら、朔馬とも上手くやれそうだ。

「ふむ…そこまで言うなら、朔馬と話してみる?あいつも、よっぽどなこと言わなければ殴らないと思うし。」

「あー…いや、それは…遠慮しとくっす。」

「なんでだよっ!!」

つい大きな声が出てしまった。周りの視線が集まっていることに気付いて少しうつむく。いやでもなんでだよ。この流れだと大喜びするパターンだろ。そう思っていると、彼…雪村が口を開いた。

「確かに憧れてるし話したいっすけど…でも、だからこそっす!」

「え?」

「俺はあの人に軽々しく話しかけちゃいけないんす!遠巻きに見る壁でありたいんす!俺だけ抜け駆けして、あの人と話すだなんて…そんなこと出来るわけないっす!!」

「えぇ〜…。」

何その理論…憧れっていうより…むしろ崇拝?なんにせよ、神聖視しすぎでは…。

「別にそんな大したやつじゃないけど…。」

「水木さんは日常的に喋ってるからそう感じるんすよ!俺みたいのが朔馬さんに軽々しく話しかけるだなんて…許されないっすよ!現に、クラスのみんなも朔馬さんを共有財産とすることを暗黙の了解としてるんっす!」

「そんなわけなさすぎる……もうさ、そんなの破っちゃいなよ。誰も怒らないから。」

「いやいや!そんなわけにはいかないっす!出る杭は打たれるんすよ!」

「でも、話したいんでしょ?」

「うっ…それは、そうすけど…本当に、許されるっすか?血祭りにあげられたりしないっすか?」

しおしおという効果音が聞こえそうなくらい弱気になる雪村…正直、可愛いと思ってしまった。変なやつなので気づかなかったが、雪村は女顔…というよりは童顔って感じで、背も低いおかげでかなり幼く見える。まあ、それ故に漢らしさにひかれる、みたいな話なんだろうが…しかし、ここで俺の父性を優先させたら、計画が台無しになる。獅子は我が子を谷底に落とすのだ。

「安心しなさい、私がそんなことさせないから。ね?」

「う、うぅ…でも…。」

「強情だなぁ、君は余計な心配しないで、やりたいことをやればいいの!それが学生の本業だよ?」

「うっ…そ、そこまで言うなら…話しかけてみるっす…。」

「おう、がんばれ。あと…。」

「あと…?」

「…飴ちゃん、いる?」


…………………


目的地に着いた俺たちは、バスから降りた。ちなみに俺は乗り物酔いする体質なのを失念してはしゃいだので、後半は置物だった。しかし、目的は忘れていない。俺は今ひとつ踏み出せていない雪村の肩を組んで、朔馬の方へ向かった。案の定、朔馬も乗り物酔いを起こしていた。

「よぉ、朔馬…うっぷ。」

「あぁ…?蓮華と…誰?お前。」

「あ、オ、俺は…雪村…無漏雪村ですっ!え、ええと…」

「待った…無漏?」

「あ、はい!映子センセーの…弟っす!…一応。」

映子先生の名前を聞いた途端、朔馬の機嫌がいっそう悪くなる。

「…チッ…何の当てつけだよ。」

「当てつけじゃねえよ…この子がさ、お前と話したいんだって。」

「……あぁ?俺と…?」

「えっと…嫌…ですか?」

雪村が上目遣いで朔馬を見る。いかん、この子年上キラーかもしれん。

「嫌じゃないよ!むしろ喜んでる!」

「なんでお前が答えるんだよ!…別に、俺と話したって楽しくねぇだろ…。」

「そんなの、話してみなきゃわかんないっす!俺、朔馬さんの昔の喧嘩とか聞きたいっす!」

朔馬の耳がぴくりと動くのを、俺は見逃さなかった。

「本当かぁ…?」

明らかに声がニヤけてる。顔を背けていてもバレバレなくらいに。

「はいっ!それはもう、毎週のワンピースの展開よりも気になってるっす!」

「ふぅ〜ん…まあ、聞きたいなら、聞かせてやらんこともないが…?」

「本当っすか!?やったー!」

…ちょろい。こうして、朔馬は雪村に対して、武勇伝を語り始めた…………。

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