第9話 這い寄る金髪

俺は今、ショッピングモールにいる。どうしてかと言うと、うちの高校は林間学校があるので、それに必要なものを買いに来たのだ…アイツと一緒に。

「……よお。」

「お、珍しいね。朔馬が時間ぴったりに来るなんて。」

「……うっせぇ。」

…俺だって本当は桃香と一緒にショッピングしたかったが、コイツは放っておくとどうせバックれるのでこうして釘を刺す必要があるのだ。

「………ん?」

朔馬はさっきから俺のことをチラチラと視界に入れては外してを繰り返している。何やってんだコイツ。

「何?言いたいことがあるならはっきり言いなよ。」

「いや……その、私服…。」

俺の今日の服装はブラウスにキュロットパンツにスニーカー。クローゼットから無作為に選んだやつだが、女子の私服ってだけでこんなにたじろぐなんて…これだから童貞は。…まあ人のこと言えないんだけど。

「……えっち。」

「うっ……うるせぇ!!」

「ひゃっ…!そんな怒鳴ることないだろ…」

「あ……わ、悪かった、すまん。」

実は不良に絡まれたあの時からどうにも威圧的な男に恐怖心を抱くようになってしまった。こうして朔馬にもビビるほどに。情けないことだ。たった一度の出来事がこんなに尾を引くなんて。

「あれ?そこにいるのは…」

「げっ…リリー…。」

「ああ、やはり、朔馬さんに、蓮華さんじゃないですか。あなたたちも、買い出しに?」

「……まあ、そんなところ。」

「ふむ…でしたら、私もご一緒しても?私は、蓮華さんと、仲良くしたいので。」

「…お前ら、俺に対して共同戦線でも組むつもりなの?」

「……まあ、そんなところ。」

「厄介な…。」

「では、ご一緒しても良いということで。」

「何も言ってないんだけど…まあいいや。」

こうして、俺と朔馬、そしてリリーで買い物をすることになった。


………………


「……ふう、こんなところか。」

「案外時間かかるもんだな。」

「それはお前が必要なもの持ってなさすぎるから…。」

林間学校に必要なものと、ついでに文房具をいくつか買い、買い物を終えた。気づけば時刻は昼時だった。それを意識したら、急に腹が減ってきた。

「……腹減ったな。」

「ちょうど、目の前に、フードコートがあるので、食べてから、帰りませんか?」

「お、いいねぇ。そうしよう。」

「んじゃ、最後に注文終わったやつが席取るってことで。それでいいよな?」

「いや…普通そういうのって最初じゃね?」

「………うっし、じゃあ、お先っ!」

「あ、おい!フードコート走んな!」

————結局、俺は2番目で1番目はリリーだった。リリーが俺に向かってひらひらと手を振る。

「…早いな。」

「空いてて、助かりました。朔馬さんは、まだ並んでいる、ようですね。」

「見事に長蛇の列だな…まあ、あそこ人気だからなぁ……先に座らない?」

「そうしましょうか。」

俺とリリーは近くにあった席に座った。席につくや否や、リリーはスマホをいじり始めた。

「…………。」

「…………。」

気まずい沈黙が流れる。リリーがどう思っているかわからないが、俺は彼女が苦手だ…誤解、解けてないし。

しかし、苦手な相手でも話す事で相互理解を得ることが大切だ。そんなに親しくもないのに勝手に苦手意識持たれちゃリリーも悲しかろう。そんな心持ちで俺は彼女に話を振る。

「あ、あの、さ…。」

「ん?どうかしました?」

「え〜っとぉ……そうだ!話し方!独特というか、個性的というか何というか…!」

「変って言いたいんですよね?」

「決してそんなことはなくぅ…!」

「……気にしないでください。癖、なので。」

何でもないようにリリーは言う。

「癖?」

「はい…私、本当は、すごく、早口なんです。でも、そのせいで、人と、意思疎通が、出来なくて、それで。」

「…んな両極端な。」

確かに朔馬のこと話す時はめっちゃ早口だったけど…そんなに気にすることなのか俺には首を傾げざるを得ない。

「うーん…そんなに気にすること?」

「あなたはこういうふうに話す人と会話できると思いますか?」

急にすごく早口になった。なるほど、これが素の喋り方なのか。でも…。

「出来るよ。」

「……本当ですか?」

「うん。少なくとも俺…私は君の言葉、聞こえたよ。だから、私の前では気にしないで欲しいな。」

「そうですか…。」

その言葉は尻すぼみになって、彼女は俯いてしまった…何かまずいこと言ったか?

「あ〜…私は気にしないけど、それでも君が気になるなら、ちょっと普通に喋る練習しない?」

「…練習、ですか。」

「そ、さっきのは確かにすごく早口だったから、もう少し速度落とせる?」

「……こんな感じですか?」

「そうそう、もう少し遅くてもいいかな?」

そんな感じで順番と朔馬が来るまでの間、俺はリリーの練習に付き合った。


………


俺たち二人の頼んだものが来て、半分くらいまで食べた時、やっと朔馬が席に着いた。

「はぁ〜…やっと注文終わったわ…。長すぎんだよ、ったく…。」

「自分の選択を恨むんだな。」

「あと日々の行いも省みたほうがいいですよ。」

「お、良いこというねぇ!」

「お前らなぁ…ていうかお前、普通に喋れるのかよ。」

「へ?私ですか?」

「そうだよ…いっつもガキに話すみたいにしてるだろ。バカにされてるのかとおもったぜ。」

「普通の話し方…。」

リリーは俯いた。しかし、その顔が笑みを浮かべているのがわかった。そうだ、この子は思春期なんだ。他人にとっては些細な一言でも、彼女はとても気にしてしまった。それはきっと大人になったらもっと大きく、取り除きづらくなる。なら、それを取り除くのはきっと大人おれの役割だろう。

「…よかったな。」

「はい…。」

「?おい、何だよ、何の話してるんだよ。」

「秘密。だよね?」

「…ええ、秘密です。」

俺とリリーは顔を見合わせてニヤリと笑った。


………


「じゃあ、私こっちなので。」

食事を終えて帰路に着いた俺たちは、交差点でリリーと別れることになった。

「ん、じゃあまた…。」

「蓮華さん、ちょっといいですか?」

呼び止められた俺はリリーに歩み寄る。

「どうしたの?」

「あの、今日はありがとうございました…その、これからも…練習、付き合ってくれますか?」

「…うん、いいよ。君がよければ…」

「その”君”って言うのもやめてほしいです……”リリー”って、呼んでほしいです…。」

「え、あぁ、うん。リリーが良ければいつでも付き合うよ。」

「えへへっ、ありがとうございます。それではまた明日。」

リリーは足早に去っていった…なんというか、この前みたいな警戒心みたいなのはないっぽいし、一応心を許してくれた…のか?

「………やっぱ、すげぇよな。蓮華は。」

「え?」

「お前は人と話すのが得意で、いろんな人に親切で、それでいっつも人に囲まれている…俺には、そんなことできねぇよ。」

———憧れ。

俺が蓮華のことを好きだったのは、確かにそれもあったように思う。俺と蓮華は近所なこともあって、よく引き合いに出された。蓮華はいつも俺の先にいて、俺は彼女の隣にはいれなかった。俺がああなったのは蓮華の気を引くためなのもあるが、周囲の目もあったのだろうと、今なら思える。

「……なれるよ、朔馬も。」

「無理だろ、そんなの。」

「無理じゃない。朔馬はまだ自分一人で手一杯なだけ。もっと周りを観れるようになれば、きっと私より優しくなれる。」

「……そうか…?」

「なれるよ。私が保証する。」

朔馬の胸に拳を軽くぶつける。顔を見て笑う。

「だからもう、やんちゃなんてやめろよ?な?」

返事はない。だが、沈黙は肯定だ。俺はそう信じている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る