第8話 気になるアイツ

本格的に授業が始まってからしばらくたった。俺は前世全く勉強してなかったので苦労を強いられたが、なんとかついていけるようになった。

しかし、問題は朔馬である。アイツは当然のようにサボりや遅刻をかまし、売られた喧嘩は片っ端から買っていた。部活探しの時は割と大人しくしていたので早くも改心したのかと思ったが、やはり一筋縄では行かないようだ。

仕方がないので男子トイレに突撃して朔馬を捕まえた。

「やぁ、朔馬くん。私がどうしてここにいるかわかるかい?」

「…はぁ!?ちょっ、本当になんでここにいるんだよ!?ここ男子トイレだぞ!!?」

「……あ。」

失念していた。今の俺は女子だった。男子たちが一斉に股間を隠す。やめろ、興味ない。俺は朔馬に首根っこを掴まれ、男子トイレを後にした。

「まったく…何考えてるんだお前…。」

「お前のことを探してたんだよ。頭を使えって言っただろ?なのに拳ばっかり使いやがって。」

「…じゃあ、頭使うってどうするんだよ?」

「そりゃあ、話し合うとか、やりあう意思がないことを示すとか…?」

「そんなの奴らの格好の的だろ。それとも、俺に気が済むまで殴られろってか?」

「それで平和的に済むならいいんじゃね?」

「他人事だからってお前…。」

そんなふうに話していると、ツカツカと足音が聞こえてきた。

「六道朔馬さん、あなた、また、問題を、起こしたそうですね。今日こそは、一緒に、指導室に、来てもらいますよ。」

妙に文節を区切る独特な話し方の少女。メガネの奥に覗く眠たげなジト目は青空のような色、ところどころ跳ねたくせ毛は腰くらいまで伸びていて、ブロンドカラーだった。一目見て日本人じゃないとわかる、中学生くらいに見える子。

「げっ、厄介なのに捕まっちまった。」

「……知り合い?」

「おや、そちらは、水木蓮華さん、ですね。あれから、問題を、起こしていないようで、何よりです。私は、リリー・ライオネル、風紀委員、です。以後、お見知り置きを。」

「え?あぁ、うん、よろしく…。」

まるでロボットのような少女…リリーに俺は挨拶をする。しかし、俺はこんな子を知らない。学生時代、俺のことを注意したのは筋肉バカの風紀委員長と、同じく筋肉バカの体育教師だけだった。こんなかわいい子にめっされた記憶はない。何がどうなっているのか、考え込んでいると視界の隅で朔馬がコソコソと逃げる準備をしているのがわかった。俺はやつの腕に抱きつく。

「どこ行くんだ?もっと話そうぜ?」

「ばっ…そんなくっつくな!!つーか話すことなんかねぇよ!」

語気は強いがまるで抵抗する気がない。自分が御し易くて助かった。俺はリリーに目くばせをする。

「……!ご協力、感謝します。では、お願いします、委員長。」

リリーが呼ぶと廊下の奥からボディビルダー顔負けの筋肉を携えた、角刈りメガネの大男が出てきた。風紀委員長のお出ましである。どうやら俺の意図が伝わったようだ。

「ふむ、探したぞ。よもやこれほどまで逃げ回るとは…『暴れ馬』の二つ名が泣いておるぞ?」

「くっ…ここまでか…!」

朔馬は意外に早く白旗を揚げた。というか暴れ馬呼びやめて欲しい。恥ずかしいから。めっちゃ顔熱いから。


…………


朔馬を指導室に押し込めた後、俺とリリーは立ち話をしていた。

「改めて、ご協力、感謝、します。」

「いいよいいよ、こっちこそありがと。アイツ、いかんせん腕っぷしが強いせいで正面切って立ち向かうやつなんてあんまいないんだよ。だから君みたいなのがいて嬉しいよ。」

「これが、仕事、ですから。」

そう言う彼女の顔は、見るからに紅潮し、微笑を浮かべていた。人の感情の機微に疎い俺でも察することが出来る彼女の想い…俺はそれを口にする。

「……もしかして、好きなの?朔馬のこと。」

「………内緒です。」

……これ絶対好きなやつだ。俺、こんなかわいい子に好かれてたのか。もし当時の俺がそれに気づいていれば、年齢=彼女いない歴にならなかったかもしれないのに…やば、しんどくなってきた。

「……あなたはどうなんですか?」

「え?」

「あなたは、朔馬さんのこと好きなんですか?」

「いや…そんなわけないじゃん。」

「でも、もっぱら噂になってますよ?あなたと朔馬さんが大変仲睦まじいと。」

「噂は噂だよ。会話なんてあいつを説得する時くらいしかしないし。」

「…それに、さっき彼に抱きついて顔を赤くしてましたよね?」

「あー…それは…。」

昔の痛々しい二つ名で呼ばれたから…なんて言えないしなぁ…。

「…言い淀むってことはやっぱり…」

「ないない!無いって!少なくとも君が想像するようなことはない!」

「ふぅ〜ん…。」

怪訝そうな顔。どうやら信じて貰えていないみたいだ。確かに事実を並べ立てるとそうなるかもしれないが、俺はそっちの趣味もないし、ましてや自分自身に恋するナルシストでなど断じてない。

「あ〜…そろそろこの話終わりに…。」

「そうですね。そろそろ、チャイムも、なりますので。」

時計を見ると、あと数分で休み時間が終わる頃だった。俺たちはリリーの教室の前で別れることになった。

「じゃ、朔馬のこと、本当にありがとう。」

「ええ、あ、それと…。」

そういうとふわりと彼女は俺に近づき、耳元で囁いた。

「いつまでもあの人の隣にいられると思わないで下さいね。」

「……えっ。ちょ…」

「それでは、また。」

彼女はそれだけ言うとそそくさと教室へ入っていってしまった。

「………誤解、解けなかったな…。」

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