第6話 翌日
「…………。」
目を覚ます。視界に見慣れない天井を捉えた俺は上体を起こす。やはり、昨日就寝した蓮華の部屋である。
「……やっぱり夢じゃないよなぁ。」
別に残念というわけではない。むしろこうなってから過去の自分を更生させるという目標が出来たのだからその点では良かったというべきだろう。だが、元の身体が恋しいのもまた事実…さて、流石に今日も遅刻しては本当に不良の一人に数えられるかもしれない。ベッドから起き上がりいそいそと支度を始める。
……………
「いってきまーす。」
そう言って玄関を開けた途端、朔馬と目が合う。
「…何?待ってたの?」
「ちげーよ、通り過ぎようとしたらたまたまお前が出てきただけだ。」
「ふぅん…じゃあ、一緒に学校いこうよ。」
「なんでそうなる…。」
「監視だよ。お前がお…私の預かり知らないところで暴れられたら困るからね。」
「…はぁ〜………」
頭を掻いてため息をつくとそのまま歩いて行ってしまった。沈黙は肯定というやつだ。というわけで俺は朔馬の後を追って歩き出した。
朔馬はずかずかと特段急ぐ様子もなく歩いてるが、俺はコイツと比べて歩幅が小さいのでとたとたと忙しなく足を動かしている…女子の平均身長よりちょっとだけ小さいくらいなんだけど、俺。
「……ちょいちょい、歩くの速いってお前…。」
「…知らねーよ。勝手に着いてきてんだろうが。」
「つれないこと言わないでよぉ…おねがい?」
「…そんな顔しても無駄だぞ。」
「けっ、つまんねぇの。」
困り眉の上目遣いで朔馬を見つめてみたが、どうやら無駄だったようだ。迫真のあざといムーブをスカされた俺は大人しくついていくしかなかった。
「……なんつーかお前、本当に変わったな。そんなおちゃらけたやつだったか?」
「お前が知らなかっただけだよ。中2くらいから話さなくなったでしょ?」
「なんか引っかかるが…まあそういうことにしてやるか。」
当然だが、俺は実は未来から来たお前なんだなんて言ったところで信じるわけがない。今はこれで納得してもらうしかない。
「……ん?」
「どうした?」
突然、朔馬が歩みを止める。俺は背中から顔を覗かせる。その先には昨日の朔馬に殴り飛ばされた上級生……と、その仲間っぽい奴らが左右に1人ずつ立ち、道を塞いでいた。
「よぉ、朔馬。昨日ぶりだなぁ?」
「コイツを殴り飛ばすたぁなかなかやるじゃねえか。」
「でもねぇ〜…俺らも舐められっぱなしじゃ気が済まないんだよねぇ?この意味、わかる?」
……要は3人がかりでボコすという意味だろう。一人でダメなら数を増やす。シンプルだが有効な手だ。
「はっ!お前らごとき何人でかかろうと同じことだ!まとめて…」
「朔馬!手を出すな!!」
朔馬の言葉を遮るように叫ぶ。
「…なんでだよ!あっちがやる気なのわかんねぇのかよ!」
「わかるさ!…だからこそだよ。言っただろ?これ以上お前が喧嘩するの、見てらんないって。」
「……じゃあどうすんだよ。」
「頭を使え。口で丸め込むんだ。お前はそろそろ暴力に訴える以外に場を納める方法を学ぶべきだ。」
「………ったく、めんどくせぇ。」
朔馬はしぶしぶ臨戦体制を解いた。
「……あぁ?降参か?」
「いや、あいつは平気な顔して騙し討ちをしやがる!気をつけろ!」
「ひひっ、3人もいるんだし、ビビるこたぁないと思うがねぇ?」
3人が口々に反応する。朔馬は3人を睨み据えたまま息を吸い込んだ。そして
「あー、お前ら。どうせ俺に勝てないんだからさっさと諦めて散れ!!」
間違いなくそう言った。
「はあぁぁぁぁぁ!?ちょ、おま!?なに煽ってんだよ!!」
「……事実だ。現実を突きつければ、こいつらも諦めがつくだろ。」
「むしろ火に油を注いでるぞそれ!」
例の3人組の顔は見るまでもなく真っ赤だ。特に真ん中の、昨日こっぴどくやられた奴は怒りで身体をわなわなと震わせ、歯を割れんばかりに食いしばっている。
「おい、とにかくなんか挽回しろ!!このままじゃ殴りかかってくるぞ!」
「たく…注文が多いな…。おい!今回だけは見逃してやるよ!だから早く視界から消えろ!」
「お前なあぁぁぁぁ!!」
もうだめだコイツ。穏便に済ますということを知らない。見切りをつけた俺はせめて巻き込まれないようにとコソコソと戦線離脱を試みる。
「……人を舐め腐るのもいい加減にしろよ…!テメェ!!二度と俺に逆らえなく…!!」
「まぁまぁ、やつの挑発に乗る必要なんかないだろ?それに、さっきのはやつなりに頭を使ったんだ。だったらこっちも頭を使うべきじゃね?」
「頭使うってどうするんだ?頭突きでもすんの?」
「そうじゃねえよ…こういうことさ!」
「うわっ!?」
3人組の一人が俺の腕を乱暴に掴む。そのままやつの腕の中に収まった俺を見て朔馬は目を見開いた。
「蓮華!」
「おっとぉ、動きなさんな。愛しい愛しい彼女サンをキズモノにしたくないだろぉ?」
「彼女じゃねぇ!」
腕の中で俺は吠えた。そいつはそんな俺を睨み言った。
「照れんなよ…なんだ、なかなか可愛い顔してるじゃねえか。目が悪りぃから気付かなかったぜ。」
……やつに肩をガッチリと捕まれ、抵抗できない。というより何をされるかわからない。怖い。背が縮んで、身体が貧弱になった今だからわかる。腕っぷしの強い荒くれ者がどれだけ恐ろしいか。高校時代、歯牙にもかけず殴り倒していた奴らの怖さを直視した。
「どうだ?
肩を掴んでいた手が下に向かっていき、腰を捉え、尻に到達する。全身が粟立つ感覚と体験したことのない恐怖で言葉が詰まる。
「おいおいはやとちりすんなよ!なぁ蓮華ちゃん、俺とも仲良く仲良くしてくれるよな?」
「いやいや、俺が提案した作戦だし。俺が一番乗り以外ありえないだろぉ〜。」
「じゃあさじゃあさ、二人同時ってのはどうよ!?ギャハハ!」
「おいテメェら!本来の目的を…グベッ!!?」
3人がよそ見をした一瞬間に距離を詰めた朔馬が拳を見舞う。怒りを乗せた拳をもろに顔面に受けた3人組の一人は文字通り宙を舞った。
「な、なんだテメェ〜〜!?動くなつったのが聞こえなかったの…ぐはっ!!!?」
続けざまに俺の尻を撫でていたやつに正拳突き。もちろん吹っ飛ぶ。
「て、テメェ…調子に乗って…うぎゃっ!!??」
拳を振りかぶった最後の一人を蹴り上げて吹っ飛ばす。
「……大丈夫か?」
「………あ、あぁ。平気だけど…」
まるで閃光のようだった。過去の自分のはずなのに、全盛期でも真似できないような瞬発力だった…これが恋の力なのだろうか。
「…その、ありがと…助かった。」
「……これで分かっただろ。俺みたい奴は、こっちの方が手っ取り早いんだよ。」
「それはそれ、これはこれ。調停するのは無理だったにしても、もう少しうまくやれたはずだ。お前は口下手すぎる。」
「せっかく助けてやったのに早速説教かよ!」
「ひっ…!」
「え?」
大声を出した朔馬に思わず身体が反応する。顔を背け、守るように腕を前に突き出す。そう、まるで怖がってるみたいに。
「……あー、すまん。ビビらせちまったな。」
「いや…別に…」
———いや、まさか。俺は元伝説の不良だ。あんな奴ら数えきれないほど相手にしてきたし、負けたことなんて一回もなかったんだ。今更ビビるなんてこと、ありえない。そう思いつつも、さっきのあいつらに身体を触られた感覚、朔馬の怒鳴り声が頭の中を支配しては、身体が小刻みに震え続けていた。
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