第5話 スカートと風呂と夕暮れと

今日は午前日課で12時になったら学校が終わり、俺たちは帰路に着いた。

「ただいま〜。」

「あら、おかえり。ちょうどご飯出来てるから、手洗ってらっしゃい。」

今朝も聞いた、俺の母親の声。母親は所謂テンプレな見た目のおばちゃんだ。パンチパーマに中年太り、気の強そうな声。この母親から蓮華が生まれただなんて、今でも信じられない。



「ご馳走様。」

「お粗末さま。」

ややあって昼食を平らげた俺はとたとたと階段を上がり自室へ向かう。

「…ここが、蓮華の部屋…。」

シンプルでありながら彼女らしい可愛らしさみたいなものを内包している。朝はドタバタしててよく見れなかったのでなんとも思わなかったが…意識すると途端にドギマギし出す。しかし、そうすると別のことにも意識が向くもので…。

「…これ、スカート…。」

そう、スカート。うちの学校では女子はスラックスと選択制らしいが、蓮華はスカートを選んだようだ。

「なんというか、改めて意識するとは、恥ずかしいというか…心許ないよな…。」

俺は姿見の前でスカートをひらひらとなびかせてみる。布が脚に当たってこそばゆい。全く折られていないスカートは、ちょうど膝が隠れるくらいの丈であった。

…スカートをたくしあげる。

隠れていた膝小僧が姿を表す。さらに持ち上げる。太ももがあらわになる。細めだがしっかりと柔らかそうで、健康的な太もも。ゴクリと喉を鳴らす。そろそろと少しずつスカートを持ち上げる。だんだんと太ももの露出が増えていき、付け根に近づいていく…。もう少し…もう少しで…見え…!!


ピリリリリリリ!!


突然の着信音に思わず身体を跳ねさせて驚く。外に飛び出さんばかりに鼓動する心臓を抑えながら電話の相手を確認すると、相手は百園さんだった。

「…も、もしもし…?」

「もしもぉ〜し。ごめんねぇ、急に電話して。」

「べ、別に何もやましいことはしてませんけど…?」

「え?何の話?」

「いや…なんでもない…。」

気が動転してよくわからないことを口走ってしまった。深くつっこまれる前に話題を切り替える。

「そ、それで…どうしたの?百園さん…。」

「もぉ〜かたいって〜。桃香でいいよ。」

「うん…じゃあ、どうしたの?桃香。」

「まぁ、大したようじゃないんだけどねぇ〜、せっかく友達になったんだから、お互いのこと知り合いたいなって。」

つまりは自己紹介し合おうということだ。俺はこれから朔馬を更生させる計画を立てようと思っていたところなのだが…本当だよ?…とにかく、せっかくできた友達なのだから、できるだけ仲良くしたいと思う。だったら断る理由はないだろう。

「いいね、それ。私も桃香のこと知りたかったし。」

「にゃはは、嬉しいこと言ってくれるねぇ。じゃあまずは私から話そうかな…」

そうして桃香は話し始めた。


………


「へぇ〜。そうなんだ…あ、ごめん、今日私が晩ご飯作らなきゃだからそろそろ…。」

「うん、たくさん喋れて楽しかった。また明日。」

「こちらこそありがとねぇ〜。じゃあ、また明日〜。」

…思った以上に桃香は喋りやすく、アニメ、マンガ好きが共通したのもあってつい話し込んでしまった。気がつくと午後の6時半。陽はもう落ちかかっていた。ぐいと伸びをする。

「んん〜〜…ふぅ。」

机の傍らに置いていた更生計画用のノートは当たり前のようにまっさらだった。

「…明日でいいか。」

満足感に満たされていた俺はとてもそれについて考えようと思えなかった。楽しかった。こうなって初めてそう思った。余韻に浸っていると階下から母親の声が聞こえた。

「蓮華〜!お風呂沸いてるから入ってらっしゃい!」

「は〜い…ん?…お風呂?」

お風呂に入る。身体を清潔にして湯に浸かる行為。しかし服の上からでは意味がない。つまり全裸になる必要がある…いかん、よだれが垂れてきた。というか流石にダメだろ。女の子の裸を覗くわけには行かないだろ。男として。でも、ここでお風呂に入るのを我慢するのは流石に不潔だ。今日は走って登校して汗をかいたから余計にだ。それに今は女の子だし、蓮華本人なんだから何の問題もないし…いやしかし…!


………


結局、俺はお風呂に入ることにした。決して劣情に負けたからではない。母親にどやされたからである。もう一度言うが劣情に負けたわけではない。

「………。」

さて、俺は今真っ裸なわけだが、

「………。」

なんというか、いまいちテンションが上がらない。しなやかな四肢、細いウエスト、形の良い胸…好みの違いはあれど大抵の人が綺麗と思う容姿だろう、俺もそう思う。だが、この時俺は昔の俺の身体、筋肉質な朔馬の身体だった。朔馬の肉体は、手前味噌ではあるが、鍛え上げられていた。当然だ。肉体を鍛え、喧嘩に明け暮れた。生前の最期に就いていた仕事も肉体労働だった。いわば一種の勲章めいたものだった。ゴツゴツした、岩のような肉体。それが今は細い、女の子らしい身体つき。

「……。」

身体に触れてみる。自分の指が捉える柔らかいお腹の感覚。その感覚があまりにもこの現実離れした状況を現実だと思い知らせる。俺が死んだこと。転生して幼馴染になったこと、過去の自分と出会ったこと……。

前世が全くの不満もなく幸せだったかと言われるとそんなことはないが、少なくとも不幸ではなかった。”普通の大人”だったと思う。無論、今はそうではないが。風呂場のモザイクみたいな窓から夕暮れがうっすら見える。俺は少しおセンチな気持ちになってしまった。何もかもが変わってしまった俺は、一体何者なのだろうか。いつまで”俺”なのだろうか。そんな堂々巡りな問答を頭の中で転がしているうちにのぼせてしまい、俺は早々に床に就くのだった。

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