第4話 未知との遭遇

あの後、先生に指導室でこってりと絞られた俺たちはトボトボと教室に向かっていた。中身はいい歳した大人なのに諭すように怒られたので俺は自尊心が傷ついた。とはいえ本来の目的を忘れて朔馬をからかい続けたのは確かに反省すべきである。

「…えっと〜…1-Bは、ここか。」

ガラリとドアを開けると一斉に教室内の視線が俺たちに集まる。それもそうだ。入学式の翌日から遅刻、それも校門前で口論していたあの二人組なのだから当然というものである。

「お前たち、初日から遅刻とは良い度胸だな?」

「あはは〜…すんません、以後気をつけま〜す…。」

教卓に立つスーツ姿の女性…おそらくうちの担任に睨まれた俺は平謝りをする。朔馬の方をみると、やつはそっぽを向いていた。

「おい、お前も謝っとけ。」

「…けっ。」

「あのなぁ…」

朔馬は結局担任に睨まれながらさっさと自分の席に歩いて行った。仕方がないので俺も席に着く。

「…話を続けるぞ。昨日もしたが、今一度自己紹介をしておく。私は無漏映子むろえいこ。この学校はクラス替えがないので、3年間君たちの担任を務める。担当科目は保健体育だ。よろしく頼む。」

先生の言によると、今日から数日間は授業がないらしく、学校も午前で終わるらしい。今日は先生の話を聞いて教科書を受け取って終わりらしい。正直楽でありがたい。これで昔の俺こと朔馬を更生させるための計画を練ることに時間を割ける。なんてことを考えていたら、フト視線を感じた。しかし、その視線の主を探そうにも下手にキョロキョロしてこれ以上先生に目くじらを立てられるのは勘弁願いたい。仕方がないので視線を感じたまま話を聴くことにした。


数分後、先生の話が終わって今は休み時間。うちのクラスはどうやら友達同士で同じ学校に入学した奴らが多いらしく、早くも打ち解けてき始めたようだ。しかし俺たちは例外。朔馬は椅子が窮屈だと言わんばかりに机に足を乗せてふんぞり返っているし俺は奇異の目で見られていた。どれ、少し聞き耳を立ててみよう。

「ねぇねぇ、あの子、あそこの不良と口喧嘩してたんだって。」

「マジ!?あんな大人しそうなのに?」

「マジマジ、人は見かけによらないよね〜。」

「ええ〜そんな怖い人なんだ〜…あんま話しかけたくないね。」

「あの子って今朝不良と口論してた…。」

「あぁ、確か…水木さんだっけ?やべーよな、あの子。」

「な〜。かわいい顔してすげーことするよな。」

「あぁ…確かにすげーかわいい。」

…とまあこんなところである。確かに蓮華は俺のひいき目ありだが、そこらの女優にも負けないほどの美人だ。しかし近寄りがたい雰囲気かというとそうでもない。やはり今朝の事件が尾を引いているようだ。

「…はぁ。」

「どしたの?何か悩み事?」

気がつくと見知らぬ女の子が俺の顔を覗き込んでいたので、ついびっくりして飛び退いた。

「なはは、びっくりさせちゃった?ごめんねぇ、話しかけても反応がなかったから。」

「い、いや大丈夫…えーっと…」

…学生時代の俺は孤高だった。いや、白状しよう。俺はぼっちだった。皆は俺を恐れて話しかけてこないし、俺も俺で喧嘩に明け暮れていたせいで他校の不良の名前ばかり覚えるようになっていた。そのため、女子はおろか、男子のクラスメイトの名前でさえもほとんど知らないのだ。

「桃香。百園桃香ももそのとうか。よろしくねぇ、蓮華ちゃん。」

「あ、あぁ、うん。よろしくね、百園さん…。」

眠たげな目、泣きぼくろ、間延びした口調、ブレザーから覗く萌え袖のカーディガン…なんというか捉えどころのない子だが、俺は捉えていた。その眼で捉えていた。服の上からでもよくわかる大きな肉のクッションを。蓮華おれにもあるし、決して小さいわけではないが、あまりに桁違いである。唾を飲み込みながら俺は話を続ける。

「そ、それで…何か用…?」

「ん〜?そうだなぁ〜…ただ友達になりたいから話しかけた…じゃ駄目?」

「いや、そんなことは…」

「じゃあ決定〜。ってわけでLINE交換しよ〜。」

なんかすげーグイグイくるなこの子。俺はその勢いに押されてLINEを交換する。

「…なんで俺…私なの?」

「え?」

「ほら、話題になってるでしょ?私がそこの不良と知り合いってこと。だから、避けたりしないでむしろ友達になりに来るのって珍しいなーって。」

「うーん…でも、噂って所詮噂じゃない?確かに初日から遅刻してたし注目の的にもなってるけど…それだけじゃ蓮華ちゃんの人となりってわからないからさ。」

「……。」

「それに、話してみて悪い子じゃないって分かったし、こうして友達にもなれた。それっていい事じゃない?」

「…そうかもね。」

偏見を持たないのは良い事だと思うが、いささか不用心だ。これで俺が評判通りの人物だったらどうするつもりだったのだろうか…だが、結果論的には百園さんが正しい、ということになる。俺に人を殴るつもりなんて毛頭ない。もう喧嘩なんてまっぴらごめんだ。

「…あ、チャイム鳴ったね。じゃあ、またねぇ〜。一緒に帰ろうねぇ。」

袖の余ったカーディガンをひらひらさせながら百園さんは自分の席につく。

「…友達、か。」

成り行きでできた彼女との関係の名を口にする。俺はなんだか懐かしいような、胸の奥がむず痒いような気持ちになった。

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