第3話 問題児認定

「…なんだよ、急に。今まで俺のやってることに何も言ってこなかった癖に。」

その通りだ。事実、前世だと俺と蓮華は中学から疎遠になって高校に入ると挨拶さえしなくなっていた。この反応も仕方ないだろう。だが、俺は蓮華であって蓮華じゃない。見て見ぬ振りはできないのだ。

「…若気の至りってやつなのかなって。だから、こんな危ないこといつかやめてくれるかなって思ってた。でも、高校に入ってもずっとこんなことを続けるつもりなんだったら…見過ごせない。」

「藪から棒に話しかけてきたと思ったら…お前には関係ないだろ…今まで通りほっとけばいいんだよ。」

「できない。」

目を見てはっきりと言い放った。狼狽えた様子の朔馬にさらに俺は続ける。

「おおかた今朝もおばさんに同じこと言われたんじゃないの?それで俺…じゃなくて、私に言ったのと同じようなことを言ったってところ?そうやって周りのことを蔑ろにすると、後々後悔するよ?」

「…っるせぇよ!!分かったような口ききやがって!!なんだよ、同い年の癖に上から目線で説教かよ!!」

やはり図星らしい。それもそうだ。俺は高校の頃は毎日母親とケンカをしていた。手がかかる子だったと思うが、そのことを母親に尋ねると「やんちゃな子ほど育てがいがあるってもんよ。」と笑っていた。本当に気丈な人だと思った。さて、当時の俺は気に入らないやつは片っ端から殴っていたが、両親だけは殴ったことがなかった。蓮華を悲しませるのと、やはり育ててもらった恩があって流石にそれをするには良心が痛んだからである。今回はそれを利用させてもらう。

「…私、知ってるよ。朔馬が、本当は優しいってこと。」

「…はぁ?何言ってるんだ?今の喧嘩見てなかったのかよ。俺はコイツを蹴り倒したんだぞ?これが優しく見えるってのか?」

「今朝のおばさんとの口喧嘩、ちょっと言いすぎたなって思ってるでしょ。」

「んなっ!?そ、そんなわけねぇだろ!!デタラメ言うなよ!」

「相変わらず嘘つくの下手だね。照れ隠しなんかしちゃって。」

「嘘じゃねえ!!あのババアのことなんかこれっぽっちも気にしてねぇよ!!」

…昔の俺、あまりにもわかりやすい。顔に出過ぎだろこいつ。こうも手のひらの上だと少し可愛く感じるな…。少しからかってやるか。

「はぁ…。珍しく話しかけてきたと思ったら…お前、そんなうざいやつじゃなかったよな?一体何があったんだよ…。」

「そんなことないよ。お…私、ずっと朔馬に世話焼いてきたと思うけど?」

「そうじゃねえ。こんな人前でご高説なんかたれなかったよなってことだよ。」

「気に入らない?」

「当たり前だろ…ったく、朝っぱらからムカつくぜ。」

「じゃあ殴るの?私のこと。あの先輩みたいに。」

「っ…!んなことしねぇよ!バカじゃねえのか!?」

そう、朔馬コイツ蓮華オレを殴れない。好きだから。好きな子を殴るのは男が廃るから。つまり俺は安全圏からコイツを好きなだけ突けるのである。なんて愉快なんだろう。みたいなことを考えていたら、奴から予想だにしない言葉が飛び出した。

「お、お前みたいなブサイク、殴っても楽しくないからなっ!!」

「…は?」

ブサイク?


ブサイクだと?


この顔が?


「ブサイクだとぉぉぉぉぉ!!??」

「急になんだよ!?」

落ち着け俺、これは照れ隠し。そう照れ隠しなんだ。好きな子に意地悪をする学生特有のアレなんだ。少し考えれば分かることだ。こんなことで怒るのは大人気ないぞ。…ふぅ、落ち着いた。過去の自分に惑わされてどうする。しかし、今この場で叫んでしまった手前、急に落ち着くのは明らかに挙動不審だ。精神的な病を疑われて、最終的にお医者様にかかることになるかもしれない。よし、こうなったらうまい具合に誤魔化しつつコイツを揶揄う方向に丸め込もう。なんか忘れてる気がするけどとにかくそうしよう。

「お前、今私のことをブサイクって言ったな!?」

「だったらなんだよ!?」

「なにそれ、あり得ないんですけど!ちゃんと私の顔見てそれ言えるの!?」

「あ、当たり前だろ!」

「じゃあ言ってみて!今、この場で、私の目を見て!」

「は、はぁ!!??」

俺は朔馬の目を見る。やば、めっちゃキョドってるんですけど。ウケる。

「さあ!はやく!さぁ!」

「う、うるせぇ!今言ってやるから覚悟しろよ…。」

沈黙が続く。俺はあからさまに口角を上げる。

「…まさか、言えないの?」

「急かすんじゃねぇ!」

「ふ〜〜ん?じゃあ、「ブサイク」の代わりに「かわいい」でも良いよ?」

「なにが代わりだよ!180度違うぞ!何考えてるんだお前!」

ぶっちゃけ特に何も考えていない。ただ面白そうだから言ってみただけ。

「ささ、どうぞどうぞ!」

「なんなんだよお前!高校デビューにしてもそのキャラは流石に受け入れられないぞ!?」

「そんなことどうでもいいから!はやく!」

くくく…完全に俺のペースだ。昔の俺は変なところ真面目だからな。そこを突けば途端に狼狽するのは目に見えていた。

「く、くそっ…わかった。言うぞ…。」

「うんうん、さあ遠慮なく♪」

「…か」

「か?」

「か…かわ…」

「いくらかわいくたってなぁ。」

朔馬が顔真っ赤で俺への賛辞を囁こうとしていたというのに、いつの間にやら俺たちの真隣に来ていた大柄な男に遮られた。背丈は朔馬と同じくらい。しかし横にも長いそのフォルムは力士を彷彿とさせた。剃ってないと思われる無精髭が威圧感をさらにましている。その男は肉に埋もれかかった鋭い目で朔馬と俺を交互に見て、また朔馬に視線を戻すと言った。

「…遅刻、校門前で喧嘩。その上もう一人遅刻してきた女子生徒と痴話喧嘩ときたか…新入生に問題児が2人とは、今から胃が痛い話だ。」

「えっとこれは…その…」

「言い訳なら指導室で聞く。くれぐれも逃げ出そうなんて考えるなよ…特にそこの金髪。」

「金髪って…俺のことかよ…。」

かくして、蓮華オレ朔馬オレは問題児として先生たちの間でマークされることになったのだった。

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