第2話 若かりし自分
思わず名前を口にした俺に目もくれず、朔馬は大袈裟な身振り手振りで倒れた相手を挑発する。
「おいおいどうしたよ先輩?まさか自分からケンカ売っといてこれで終いスか!?俺寂しいんスけど!?」
——いつもの手口だいつもの手口。俺はそう思った。まず、挑発して相手の怒りを誘う。
「…っくそ!ざけんなよ…新入生風情が調子に乗りやがって…二度と舐めた口聞けなくしてやらぁ!!」
立ち上がった男…どうやら上級生らしい…が鼻息を荒立てて立ち上がる。頭に血が昇っているらしい彼は、もう朔馬の術中にハマっていた。
「あ〜いいっスよ無理に立ち上がらなくてもぉ〜!身体痛いっスよね!どうぞ、寝っ転がってて下さいよ!俺、教室行かなきゃいけないんで!」
ヘラヘラと笑いながら制服を翻して下駄箱へ向かう素振りを見せる朔馬。これで上級生の怒りは有頂天。
「どこまでも人をコケにしやがって…ブッ殺してやらぁっ!!!」
地面を蹴り上げ、全速力で距離を詰める。しかし、朔馬はニヤリと笑い——
ドゴッ!!!
その場で身を翻し、下段からの蹴り上げ——。
それもただの蹴りではない、先ほどまでの相手の走力の勢いを利用したいわゆるカウンター。朔馬自身はあまり力を込めてはいない。しかし、上級生は蹴りの命中したみぞおちを抱えてうずくまり、小さく震えるばかりであった。やがて息を整えた彼が朔馬に問うた。
「…くそっ、テメェ…何者だ…?ただの新入生じゃねえだろ…!!」
朔馬に先ほどのおちゃらけた態度はなく、ただ冷笑を浮かべて、言い放った。
「『暴れ馬』だよ…聞いたことない…?」
その言葉を聞いた上級生は目を見開き蒼白し、野次馬たちもにわかにざわついた。
「『暴れ馬』って…あの?」
「中学時代、幾つもの不良グループを一人で壊滅させたあの…!?」
「ああ、一度スイッチが入ったら手がつけられないことから『暴れ馬』って言われてる…」
「じゃあ今の蹴りがあの有名な『蹄鉄蹴り』!?」
「相手の勢いをそのまま蹴りに乗せる最強のカウンター技…!!」
「でもあれって意味あるの…?」
「しっ!聞かれたらお前も『蹄鉄蹴り』の餌食に…!」
畏怖の声を聞いた朔馬は相変わらず口角をあげたままそこに立ち尽くしていた。
…
……
………は、恥ずかしい〜〜〜!!!!
『暴れ馬』なんて今は通り名みたいになってるけどそれ言い出したのもさっきの蹴りを『蹄鉄蹴り』とか名付けたのも全部自分だろ!効果的なのかそうじゃないのかよくわかんない必殺技作るな!他にも色々徹夜して考えたのよく覚えてるわ!!格闘漫画の読みすぎだわ!記憶から消去したい!恥ずかしすぎて消えてしまいたい!!!
…ん?消えてしまいたい…?
…フト、俺は天使様の言っていた言葉を思い出す。
「…足りない徳を集める…。」
——善い行いで徳は貯まる。
………ならば、コイツを更生させるのは?
それは紛れもない善行だろう。はた迷惑な不良を更生させたとあれば、それは生徒先生、果ては保護者や場合によっては警察なんかにも感謝されるだろう。
そしてコイツがまともになったなら、俺の黒歴史も…まあ、消えないにしろ軽減はされる。
…いいこと思いついた。
俺は朔馬に向かって歩み出す。
「あン…?…って、蓮華?」
記憶を遡り辿り着く深層——
蓮華の気を引きたかったからだ。
———数年前。
俺たちが中学に入りたての頃、不良を描いたドラマが社会現象を起こした。ミーハーな蓮華はまんまと観て、まんまとハマっていた。普段はお淑やかな蓮華が、この時ばかりはスカートを限界まで長くしたり、母親の口紅を盗んでスケバンの真似事をしていた。そんな彼女を見て俺は「蓮華は不良が好き」と勘違いを引き起こし、格闘漫画を読み漁り、身体を鍛え始めた。そうしてカチコミをして、壊滅させて、カチコミして壊滅させて…そんなことを繰り返して、気づいたらそのドラマのブームはとっくに過ぎていて、蓮華も別に不良が好きではないことを知り、後戻りができないまま喧嘩に明け暮れるようになった…。
そう、つまりは
ならば答えは簡単。
「不良はダサい」ことを
今、この瞬間より、俺の今世の目標が定まった。
——
そうすることで、みんなが、主に俺が幸せになる。一石二鳥である。
そのために、俺はコイツを、過去の自分を調伏する——。
そんな決意を固め、俺は口を開く。
「…まだ、そんなことやってるの?」
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