第5話 「初めての魔法」

 さらに二年が経過し、私は三歳になった。


 私は周りの子供たちと同じように走り回るようになった。

 皆と同じように見えていることが大切だ。

 面白くないおままごとでも、楽しそうに演じる必要がある。

 「成長が遅い」「他の子とは違う」と思われることは良くないから。




 朝、いつものようにダイニングテーブルの椅子に座る。

 アルファイド家では専任の料理人により食事が用意される。

 基本的に家族全員で食事を行うのだが、今日はまだ席についていないメンバーがいる。




 しばらくして、ドタドタと大きな足音が聞こえてきた。


(寝坊か……?)


 肩まで伸びたブロンド色の髪に寝癖を付けながら、ローゼが空いた椅子に飛び乗った。

 肩を上下に揺らして息を整えている。


「――はあ、はあ……間に合った! 時間ギリギリ!」

「ローゼ、私たちはアルファイド領を任されている貴族なんだ。貴族としてふさわしい振る舞いをしなくてはいけないよ」


 ルーカスが小さくため息をつきながら、ローゼを注意する。


「はーい!!」


 返事だけはしっかりとしている。


 しばらくして、料理が運ばれてきた。

 アルファイド家の朝食は穏やかだ。

 今日は他領から客人が来るとか騎士団の訓練場に行くとか。


 私にとっては興味のない話題が多く、食事に集中していることが多いのだが……今日はローゼの様子が気になっている。

 彼女は料理に集中することなく、ずっとソワソワしているからだ。




 朝食を終えると、ローゼはすぐにリビングから飛び出した。矢を放ったような勢いだ。


(何かあると思ったが……そんな様子を見せられては尾行せざるを得ないではないか!)


 私もローゼの後を追う。

 そんな様子を見ていたアーリカが、頬に手を当てながら「二人ともどうしたのかしら?」と不思議そうな声を上げていた。


 ローゼと同じ目で見られたことに顔をしかめつつも、見失わないように彼女を追った。




 ♢♦♢


 前を走るローゼは自分の部屋に駆け込んだ。

 そして、一冊の本を抱えて、すぐに部屋から飛び出してきた。


 彼女は人の目を盗みながら裏庭へと抜け出した。

 そしてひらけた場所で手に持った本を広げて腰を下ろす。


(遠くからでは良く確認できないが、あの本は何だろうか?)


 私は見つからないように、ローゼの死角となる木の後ろから息をひそめて観察することにした。


「さあ、魔法の練習よ! やっと盗み出したこの魔法書。ヴァルターったら、本当に厳しいんだから……っ!」


 ローゼは口を尖らせながら、ヴァルターへの不満を述べる。


(そういえば……『ファルス』には魔法があるんだったな)


「ええと……昨日読んだところっと……」


 ローゼの寝坊の理由が判明した。夜更かしをして、手に持った本を読みふけっていたようだ。


 ちなみに、ヴァルターとはアルファイド家の執事長のこと。

 アルファイド家の爵位は子爵であり、ここでは何人もの使用人が働いている。

 彼らを束ねているのがヴァルターである。


「火の初級魔法ね」


 ローゼはあぐらを組み、交差した足の上に魔法書と思われる本を開き、手を前に掲げる。

 目を瞑り、集中する。


「火よ、我が敵を射貫く弾丸となれ! 火弾ファイアバレット!」


 魔法の詠唱が終わると、ローゼの手の少し前方に火の粉が現れた。

 それらは集まり、火の弾丸が形成された。

 そしてすぐに前方へと弾き出され、コンクリートの壁に大きな音を立てて衝突をした。


「――――っ!」

「やった! 成功! ……んん?」


 私は想像以上の衝撃音に驚き、後退ってしまった。その時、雑草を踏んでしまい――。


「だれ? リーク?」


 ローゼに見つかってしまった。

 私はわざとらしく咳をしながら、木陰から姿を見せる。

 やましいことをしていたと思われないように堂々と……。


「リークだ! ……もしかして覗いていたの?」


 ローゼは驚いた顔を見せるも、それはすぐに疑いの表情へと変わる。


「あー……魔法の練習でもしてたのか?」

「まあねー。すごいでしょ?」

「なかなかの威力だったが、誰でもできるんじゃないか?」


 へえ、と呟く声がした。

 ローゼの顔がぷうと膨らんでいる。私の発言が気に入らなかったようだ。


 別に出合い頭にバカにしたかったわけじゃない。

 「さっきの詠唱文を唱えれば誰にでも魔法が使えるのでは?」と考えただけだ。

 私はそう弁解しようとするも、彼女の表情に気付き、その言葉を飲み込む。


「じゃあ……リークも試してみたら?」


 ローゼは無表情で言う。

 落ち着いているように見えるが、あれは女性が怒っているときの顔だ。たぶん。


「……良いよ。よく見ているんだ」


 ローゼの方へと近寄る。

 先ほどのローゼのやり方を思い出しながら、焦げ付いた壁に向かって手をかざす。

 そして大げさに声をあげた。


「――火よ! 我が敵を射貫く弾丸となれ! 火弾ファイアバレット!」


 しんとした静寂。

 先ほど私を驚かせた火弾が、手からはじき出される様子は……ない。

 すぐに魔法の発動に失敗したと分かった。


(……ふむ。魔法とやらは簡単ではないようだ。どうやら「コツ」がいるらしい)


「ほらねー! 私だからできたんだよ!」

「……あ、ああ。悪かったよ」

「リークには『練習』が必要そうね?」


 ローゼは悪い笑みを浮かべている。

 「私は一回で出来たけどね?」という言葉が見え隠れしているほどだ。

 私の奥歯がギリリと音をあげた。


「ふ、ふん……! ではヴァルターに魔法の使い方を教えてもらう事にするさ。ローゼからそう勧められたってね」


 唇の端の笑みを抑えながら言ってやった。


「――――好きにしたら?」

「……」


 思わず口がへの字に歪んだ。


(……三歳の女の子相手に何をしてたんだか)


 ローゼはそう言うと、魔法の練習の続きをするようで、私に背を向けてしまった。




 私は最近、このように人と話す機会が増えてきた。


 しかし、【交渉術】のスキルポイントが追加される気配はない。

 会話を重ねることは関係がないようだ。


 試しに【基本交渉術】にもスキルポイントを振ってみようか。


(一つだけハッキリしておきたいことだが、つい今しがたローゼに言い負かされたからではない!)


 良く分からない言い訳を自分に言い聞かせながら、ローゼの視線がこちらに向いていないことを確認した後、【交渉術ボード】を開く。


【交渉術】

 【基本交渉術】(1/1)

  【説得】(0/6)

  【脅迫】(0/6)

  【誘惑】(0/6)

  【哀願】(0/6)

  【欺瞞】(0/6)


 【交渉術】は以前の状態と変わらない。

 

(別に相手を脅迫したり、嘘を付いたり、と無法者になりたいわけでもない。哀願……か。仮にも貴族だ。相手から同情を誘うというのも違う気がする)


 無難な選択肢としては【説得】だろう。



♦交渉術ダイアログ♦


▷あなたは【説得】を取得します。よろしいですか? はい/いいえ



 勢いで取得するものでもないと思いつつも、状況の変わらない二年間に焦りも感じており「これで良いんだ」と強引に自分を納得させる。



【交渉術】

 【基本交渉術】(0/1)

  【説得】(1/6)

  【脅迫】(0/6)

  【誘惑】(0/6)

  【哀願】(0/6)

  【欺瞞】(0/6)


 問題なく、【説得】を取得することができた。


(さて……早速だが、近くで魔法の練習をしている妹に実験の手伝いをしてもらおうか!)




 私は静かにローゼへと近づいた。

 手鏡で確認したわけではないが、私の口元は緩んでいることだろう。


「――魔法の練習は順調か?」


 これは聞くまでもない。

 先ほどから火弾が壁に当たる音が、何度も聞こえてきている。


「ん……まだいたんだ?」


 ローゼは魔法書に視線を落としたまま、こちらに顔を向けることなく返事をした。


(――な、なんて可愛くのない、妹だ!)


 思わず舌打ちが出そうになるほどの苛立ちを感じたが、そっと怒りをしずめる。

 彼女にはこれから実験に付き合ってもらう必要があるから。




「――その本を僕にも見せてくれないか?」


 早速、【説得】の力を試してみた。

 私の想像ではこちらの要望に対して、無条件で了承してしまう能力と考えているのだが……。

 どうだろうか?


 そんな私のお願いに対し、ローゼは顔を上げ、こちらを見た。

 彼女は小さな手で魔法書を強く握りしめた。

 目は大きく見開かれ、彼女は言った。


「私が見ているから! まだダメ!」


(……おや? 説得したいという気持ちが足りなかっただろうか?)


 いや、そもそも先ほどの発言はただの「お願い」か。

 相手を説得させるためには、何らかの「合理的な理由」をのべる必要がありそうだ。




「――では、魔法の勉強をしたいから、その本を僕に見せてくれないか?」


 何度も要求する行為は、相手を不快にさせる可能性がある。

 今回は実験のためだから許してもらおう。

 すると、今度は先ほどと異なり、視界の右下に新たなウィンドウが飛び出してきた。



♦交渉術ログ♦


▷あなたは【説得】を発動!

▷ローゼはあなたの発言に喜んでいる。

▷あなたは【説得】に成功した!



「……リークも魔法に興味あるんだ! それなら早く言ってよ! 私がいろいろ教えてあげる……っ!」


 ローゼは嬉しそうに目を輝かせながら、手に持った本を閉じ、私に手渡ししてきた。

 

 ログを見る限り、先ほどの【説得】は成功したようだ。

 私はいとも簡単に目標物を手に入れてしまった。


 もしかすると、この異能はとんでもないものかもしれない。

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