第4話 「一歳のリーク」

 リークと名付けられた私は、それから早いもので一歳になった。


 一歳ともなれば出来ることは増えてくる。

 体が思い通りに動くようになるのだ。

 ただその成長度合いは人によりさまざまだ。


 私の場合「やっと寝返りをするようになった」と思われている。

 実は人目に付かないところで、掴まり立ちくらいならできることを確認済みだ。

 あえてできないように演じている。


 なぜそんなことをしているのか。

 「警戒」しているのだ。成長の早さにより異世界人と疑われてしまうことを。

 将来厄介者となる異世界人。可能な限り隠し通しておきたい。

 私はそう考えた。


 生後数カ月で言葉を発してしまったことは大きな事故だった。

 あの場にいた全員に「リークは異世界人なのでは?」という疑念を抱かせてしまったことだろう。


 そんな私に対して双子の妹であるローゼは「そんなことなどお構いなしだ」というくらいに成長が早い。

 すでによちよち歩きではあるが、部屋の中を動き回っている。


(女の子は成長が早いと聞いたことはあるが……これは普通の事なのだろうか?)


 私はベビーベッドの中からそんなローゼを観察していた。


「パパ! ほん!」


 ベビーベッドの近くにある椅子に腰を掛けながら本を読む父ルーカスにローゼが駆け寄る。

 そして、彼が手に持った本をねだる。


「ローゼにはまだ早いよ」


 ルーカスが読んでいる本は、赤ちゃん向けではないのだろう。

 そう言われたローゼはくるりと背を向け、別の方へと向かって歩いていく。


(……随分と聞き分けが良いな、一歳にしては。そこは泣いて駄々をこねるところだろう)


 そんなことを思っていると、足元の方から扉の開く音がした。


「――ただいま!」


 元気よくその扉を開けたのは、兄であるロビンだ。

 私が収容されているベビーベッドの横を通り、ルーカスの元へと向かう。

 彼のズボンの裾に付いた汚れが、彼のここまでの行動を教えてくれる。


 ロビンは今年で六歳になる。

 行動範囲も広がっていることだろう。

 ルーカスが管理しているアルファイド領へと出掛けているという話も聞く。今日はその帰りのようだ。


 『ファルス』において、領地を管理するのは貴族の務めだ。

 つまり、私の父ルーカスは貴族。姓はアルファイド。


 私の本名はリーク・フォン・アルファイドということになる。




「――おにい!」


 部屋にある子供用の本棚を夢中で漁っていたローゼは、ロビンの帰宅に気付き、彼の方へと歩いていく。


「父さん! 今日も異世界の人に会ったよ! 何だか困っていたから、宿の場所を教えてあげたんだ……っ!」

「偉いぞ! ロビン!」


 ルーカスは立ち上がり、ロビンの頭をなでた。


 ロビンは出来の良い兄だ。

 その髪は父親譲りのブロンド色。容姿も父の面影がある。

 最近はその髪を短く切りそろえることにハマっているようだ。


 ちなみに私はというと、母アーリカの方の血を強く受け継いでいるようで、赤色の髪をしている。

 

「最近よく異世界人がやって来るな。案内所でも用意しておいた方が良いだろうか……」


 ルーカスはそう呟きながら、ロビンとともに部屋を出て行った。

 近くにいた使用人に「リークとローゼの面倒は任せた」と声を掛けて。




 彼らが部屋を後にしたため、私とローゼと眠たそうにしている使用人の三人が部屋に残された。


 ローゼは寂しそうにキョロキョロと辺りを見渡している。

 次の遊び相手を探しているように見える。

 そんな様子を眺めていると、目が合った。


 彼女はニカっと笑い、少しよろけながら私の方へと向かってきた。


「りーり、ねんね?」

「……うん」


 使用人が見ている状況で不要な行動は避けたい。が、寂しそうな顔をしながら歩いてきたローゼの気持ちを考えると、寝たふりに徹することはできなかった。


「おきてる! あそぼ!」


 そう言われても、私は一人でここから降りることができない。


 すると状況を見ていた使用人が、小さくあくびをしながらこちらにやって来た。

 私の体を持ち上げて、地面に降ろしてくれた。


「りーり! あっち!」


 ローゼは遊び場として整えられた柔らかいマットがあるスペースを指さす。


(……仕方ない。今日はローゼに付き合ってやるか)


 私はハイハイで彼女の後を追った。




 ローゼは子供用の本が並べられた本棚から一冊の本を取り出した。

 彼女は絵本の読み聞かせをしてくれるようだ。


 タイトル名は……読めない。童話だろうか?

 ローゼは本を開き、音読を始めた。


「むかち、わるい、まおう、いまちた……」


 広げられた絵本に目を向ける。

 何らかの文字が書かれていることは分かるが、意味を理解することができない。

 【通訳】は文字の変換まではしてくれない。

 こればかりは勉強して覚える必要があるだろう。ただ今はその時ではない。


(さて……聞いている振りでもして、【交渉術ボード】の確認でもするとしよう)


 私はこの類の遊びがあまり好きではないのだ。


 確認と言っても、前回【特殊交渉術】にスキルポイントを使用してから変更はない。

 一歳の誕生は過ぎたが、スキルポイントが増える様子はない。


 他に考えられるタイミングとしては「たくさん会話すること」や「【基本交渉術】にもポイントを振ること」だろうか?


(……そういえば、転生前に女神ソフィアは「ノルマがある」と言っていたな)


 あの流れにおける「ノルマ」とは、異世界人を対処した数の事だろう。

 【交渉術ボード】にその数を記録した表示は見当たらないが、対処した数に応じてスキルポイントが手に入ることも考えられる。


 また、他にも考えておくことがある。

 それは【交渉術】を使って、どのようにして異世界人から異能を取り上げれば良いのかということ。

 この方法についても解決策を探しておく必要があるだろう。




「――てる? りーり!」

「……ん? なんだよ?」


 【交渉術ボード】を注視していて、ローゼの事をすっかりと忘れていた。

 彼女の方を見ると、手に持った本を落とし、驚いた顔をしていた。


「りーり?」


(――しまった! 突然、流暢な言葉を披露したからか。これでは以前の時と同じではないか!)


 私は慌てて使用人がいる方を確認した。

 問題はないようだ。彼女は椅子に座って居眠りをしていた。


(ローゼを何とかしたら問題は……ないか)


「りーり、はなしできる?」


 ローゼは全く言葉を話すことのなかった私が急に話し出したことに驚いている。

 そして真っすぐに私を見つめている。

 

「――本の続きを聞かせてよ」

「……うん」


 ローゼは落とした本を手に取って、先ほどまで読んでいたページまでペラペラとめくり始めた。


 私は深く考えないことにしたのだ。


 ローゼは賢い子だが、まだ一歳である。どうせすぐに忘れることだろう。

 あれやこれや、とやり取りをしている内に使用人が目を覚まし、内容を聞かれることの方がまずいと考えた。


「わるい、まおうは、ま、かいに、にげました! おわり!」


(おや……すでに最後のページだったか。長い間、一人で本を読ませてしまっていたようだ)


 私は今までずっときちんと聞いていたかのように大げさな拍手を送った。


「つぎの、えほん、ね」


 ローゼは次の絵本を探すため、くるりと背を向けた。


(……次はちゃんと相手をしてやるか)

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