第3話 「リークの誕生」
前世の記憶を持ちながら新たな生を開始することは不思議な感覚だ。
女神ソフィアから「異世界人の異能を取り上げろ」と野蛮な使命を与えられ、ここ異世界『ファルス』に私が生まれ落ちてから、数か月が経過していた。
産まれたばかりの頃は満足に動かせなった体や頭も、今は少しであれば動かすことができている。
視力も日に日に向上していることが分かる。
赤ちゃんの成長速度はとても速いな、と実感している。
今日も普段と同じようにベッドの上で横になっていると、足元から物音が聞こえてきた。
扉がきいと音を上げて、数人が部屋に入って来る。
視界の端に三つの人型のシルエットが映り込む。
その大きさから判断するに大人が二人と子供が一人。
彼らがどのような存在であるかはまだ分かっていない。
なぜなら――。
「――――?」
「――」
言語が理解できないからだ。
先ほどの三人組が頻繁にやって来ることから、「家族では?」と想像はしている。
おそらく父親と男の兄弟だ。声色から性別を判断するかぎりは。
彼らはいつものように、ベッドの横に座っている女性に声を掛けた。
「私たちの様子はどうだ?」と言っていることだろう。
ここで「私たち」としたことには理由がある。
現在、私は柔らかい布団の上で寝ているわけだが、もう一人住人がいるのだ。
たぶん私の双子の兄弟。
母親らしき人物は一人しかいないため、そう考えている。
私は頭を横に動かし、隣で寝ている兄弟へと視線を向けた。
すると向こうも視線に気づいたのか、頭を動かした。
(あちらも順調に成長をしているようだな)
さて、家族と思われる人物が見に来てくれたとしても、私にはやることがない。
暇なのだ。
これまで何回も行っている異能【交渉術】の確認をするとしよう。
そして、今日はここまで考えてきた内容を反映させるつもりだ。
私は心の中で【交渉術】の発動させる。
発動といっても、急に何らかの言葉が生後数カ月の赤ちゃんの口から発声され、辺りを驚かせるようなことはない。
目の前に私しか見ることのできない【交渉術】専用のウィンドウが表示されるだけだ。
ウィンドウが私の前に表示されている今も、この部屋にいる他の者らは、こちらを見ながら楽しそうに談笑を続けているため、間違いないだろう。
ちなみに私はこのウィンドウを【交渉術ボード】と呼ぶことにした。
【交渉術ボード】は私が転生して間もなく使用することができていた。
【交渉術】は会話をサポートするスキルを習得できるシンプルな異能だった。
【交渉術】
【基本交渉術】(1/1)
【特殊交渉術】(1/1)
ゲームでよく目にすることのあるスキルツリーのようなものが、【交渉術ボード】に映し出されている。
【交渉術】で取得可能なスキルは、大きく分けて二種類あるのだ。
一つ目は【基本交渉術】。
隣に表示されている数字は、所持しているスキルポイントを示していると考えている。
私は【基本交渉術】にぶら下がるツリーを表示するため、【交渉術ボード】に手を触れた。
この時、手を動かしている動作自体は他人に見られてしまうため、注意が必要だ。
この状況に限っては、可愛い赤ちゃんが天井を触ろうと、必死に手を伸ばしているように見えるだけだろう。
【交渉術】
【基本交渉術】(1/1)
【説得】(0/6)
【脅迫】(0/6)
【誘惑】(0/6)
【
【
【基本交渉術】を構成する五つのスキルが表示された。
続けてそれぞれをタップすると、簡単なスキルの説明文が現れた。
【説得】:スキルレベルに応じて、「理屈」を利用した要望が通りやすくなる。
【脅迫】:スキルレベルに応じて、「脅し」を利用した要望が通りやすくなる。
【誘惑】:スキルレベルに応じて、「魅了」を利用した要望が通りやすくなる。
【哀願】:スキルレベルに応じて、「同情心」を利用した要望が通りやすくなる。
【欺瞞】:スキルレベルに応じて、「嘘」を利用した要望が通りやすくなる。
(随分と過激なスキルだよな……)
どのスキルを取得するかは、慎重に選んだ方が良さそうだ。
選択したスキルによっては犯罪者になりかねない。
現在保有するスキルポイントは「1」。
追加のスキルポイントが、どのタイミングで入手できるかは不明。
そもそもこちらは会話ができるようになってから取得すべきだろう。
言葉を話すことができない赤ちゃんが習得をしても意味がないものだ。
そこで今日はもう一つの【特殊交渉術】からスキルを習得する計画だ。
私は慣れた手つきで【特殊交渉術】に触れる。
【交渉術】
【特殊交渉術】(1/1)
【通訳】(0/4)
【念話】(0/1)
【鑑定】(0/1)
【盗聴】(0/1)
【洗脳】(0/1)
【威圧】(0/1)
【
こちらは七つのスキルで構成されている。
【通訳】だけスキルレベルが4まである。
先ほどと同様にスキルの詳細を確認する。
【通訳】:あなたの言語と相手が理解可能な言語の変換を行う。スキルレベルに応じて、さまざまな種族に対応可能になる。
【念話】:直前に会話をした相手の心の中に声を届ける。
【鑑定】:直前に会話をした相手のステータスを確認できる。
【盗聴】:直前に会話をした相手の声を盗み聞き出来るようになる。
【洗脳】:直前に会話をした相手を洗脳する。
【威圧】:会話相手のあなたに対する畏怖の念が上昇する。
【看破】:会話相手の嘘を見抜けるようになる。
どのスキルも説明文を見るだけで、強力だと理解できる。
大半が会話相手だけに有効な点が「制約」に当たると考えて良いだろう。
女神ソフィアが言っていたのは「段階的に能力が解放される」だけだったが……。
(【通訳】を取得しよう)
ここ数カ月考えた結果、【通訳】を取得することにした。
他のスキルとは異なり、会話ができなくても効果がありそうなことが理由。
説明文によると、私が扱う日本語と『ファルス』における言語の変換をしてくれることが期待できる。
(これで言語の通じない海外に、突然放り込まれたような状況が解決されるはずだ……)
私は覚悟を決め、【通訳】をタップする。
すると【交渉術ボード】の横に新たなウィンドウが表示された。
♦交渉術ダイアログ♦
▷あなたは【通訳】を取得します。よろしいですか? はい/いいえ
新たな機能に驚きつつも、私は「はい」を選択する。
【交渉術】
【特殊交渉術】(0/1)
【通訳】(1/4)
【念話】(0/1)
【鑑定】(0/1)
【盗聴】(0/1)
【洗脳】(0/1)
【威圧】(0/1)
【看破】(0/1)
問題なく習得することができた。
すると――。
「お母さん! 赤ちゃん見せて!」
聞きなれた言語が聞こえてきた。
先ほど入室してきた小さな子供が手を挙げている。
「良いわよ、ロビン」
そう言って立ち上がったのは、いつもとなりで私たちの世話をしてくれている女性――おそらく母だ。
「うわぁ……可愛い! リークとローゼ!」
ロビンは目を輝かせて、私たちを見つめていることだろう。
(……私の名前はどちらだろうか?)
リークが男で、ローゼが女だと想像はできるが……。
そもそも私自身の性別も分からないんだよな。
そんなことを考えていると、母に抱きかかえられたロビンが、私の頬を小さな指で突っつき始めた。
「リークのほっぺ柔らかい!」
「ふふっ、優しくね?」
母はロビンの人差し指に手をかけて、私に対する攻撃を中断させる。
(――私の名前はリークか、悪くない!)
「ローゼも柔らかい!」
ロビンは隣で横になっているローゼの頬もへこませていた。
私はそんな心温まる光景を見たためか体が幼いためか、眠くなってきてしまった。大きなあくびが出た。
「ふわぁ、眠いな……」
(――ん? 聞きなれない声がした……いや、まさか!!)
「あ、あなた――っ!」
「リークが喋ったー!」
私はこちらを見下ろす母とロビンに、恐る恐る視線を向けた。
ぼんやりとして表情は分からなかったが、さぞ驚いていることだろう。
私の頭上で「リークは天才よ!」や「本当に話したのか?」と聞こえてきたが、先ほどから私を襲う睡魔には勝てず、そのまま意識を失ってしまった。
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