第2話 「プロローグ② 異世界転生」
「――お待たせしました」
水色の髪を持った美しい女性――ソフィアが、私に向かって声をかける。
先ほどまでの張り詰めた感じはなくなっている。
彼女は笑みを浮かべながら手招きをしている。「こちらへ来い」と言いたいのだろう。
この空間に残った家具は、二つの椅子だけだ。その内の一つに彼女は座っている。
私は立ち上がり、ソフィアの前に置かれた椅子に座った。
「調子はどうですか?」
「……いろいろと驚いている」
「ふふ……気持ちは分かります。聞きたいこともあるでしょう。ですが、まずは自己紹介をしましょうか。私は地球の神をしています。ソフィアです」
(やはり神か……)
「いくつか質問をさせていただきたい」
「いえ、まずは私から説明をさせてください」
「……」
「あなたが転生を予定している『ファルス』とは、あなたが暮らす地球と異なる世界です。異世界転移や転生という言葉はご存じですよね?」
念の為の確認という感じだ。
ここでつまずいてしまうようでは、この場に呼ばれていないだろう。
ソフィアはそのような人選をしたと先ほど言っていた。
私が暮らしていた地球では、異世界転移や転生に関する小説やアニメが流行っていた。
その多くは地球上で活動していた人物が、何らかの理由により別の世界――異世界へと転移もしくは転生し、生活をしていくというもの。
一般的に転移とは、生前の姿のままに行われる。
転生は異世界で新たな生を受けるという違いがある。
私は「もちろんだ」と首を縦に振り、肯定する。
「実は……地球でも異世界へと人を送ることがあるんです。結構な頻度で。これまでも多くの方が『ファルス』へと転移や転生をしています」
「それで『困ったこと』と言うのは?」
「まあまあ……最後まで聞いてください」
ソフィアは両手の手のひらをこちらへ向け、「慌てるな」とたしなめるように言う。
(まずは彼女のターンというわけか……良いだろう!)
「そもそも……私たちが異世界『ファルス』へと人を送っている理由からお話ししましょう。簡単に言うと、地球や他の星が保有する膨大な『魔力』を、それが枯渇している『ファルス』へと送ることが目的です」
(魔力か……。この場でそんなものが地球にあったのか、と真偽を問うても良いのだが。石油が発見されていない時代と同じであると理解しておいた方が、話はスムーズだろうな)
「異世界へ行っていただく方には、各々に適した異能を与えています。『ファルス』で異能を使用すると、地球側からその異能を発動するための魔力が送られるようになっています。この時、その魔力全てが異能の発動に使われるわけではないのです。約半分の魔力が大気へとあふれ、それらが『ファルス』へと還元、補充されるようになっています」
(随分と回りくどいやり方を取っている。わざわざ異世界人を橋渡しにする必要があるのだろうか?)
そんな疑問を抱いた。
しかし、神々がこの方法を採用している以上、何かしらの制約があっての事だろう。
今はそういうものとして理解しておくしかない。
「そこから悪魔が街を壊滅。異世界人による暴動……と、全く話が見えないな」
「数年前から……どのようなきっかけかは分からないのですが、異世界人が異能を使用した時にあふれる魔力に反応して、『悪魔』が呼び寄せられるようになったのです」
(獣が餌を求めて人里に現れる。『ファルス』では魔力という餌を求めて、獣ではなく悪魔がやって来る。現地における悪魔の扱いは分かりかねるが、そんな世界は想像したくない)
ただ……悪魔と言うからには、慈善事業を行う集団ではないだろう。
害獣の部類と考えて良いはずだ。
「異能を使うと悪魔を呼び寄せてしまう異世界人は、嫌われるようになりました。異世界人と知られるだけで街を追われ、収容所で隔離されることもあります。しかし彼らは『ファルス』の者が持たない唯一無二の強力な異能が与えられています。不当な扱いを受けた異世界人は、暴れ始め……現在では大変なことになっています。戦争に発展することもあり、世界そのものの危機になっています」
(と、とんでもない状況になっているようだ……。その状況下で異世界人として放り込まれることは避けたいところだが……)
私は転生先の難易度の高さに冷や汗をかきながらも、確認のために口を開く。
「私たちにはその『尻拭い』をしてこいというわけだな――?」
「はい。そのように理解していただいて問題はありません。異能の奪取に異世界人の暗殺……手段は問いません。植物状態にしてしまっても良いでしょう。頼めますか?」
(随分と野蛮な女神のようだ。つい先ほど、ガイアと約束した内容は忘れてしまったのだろうか)
「異能を使って大暴れしている異世界人たち。何も持たない私に対処できるとは到底思えないな」
「そこは安心してください。この使命に適する異能を授けますよ」
ソフィアは私の目をじっと見て、いたずらっぽく微笑む。
そして両手で私の手を取り、ぎゅっと握りしめた。
色仕掛けではなさそうだが、拒否することは難しそうだ。
「……お、オーケー。頂ける異能に関して話をしようじゃないか」
「ふふっ……話が早くて助かりますよ」
ソフィアはタブレットを取り出した。
それを膝の上に置き、慣れた手つきで本をめくるように画面を操作する。
こちらの位置からもその画面が見える。
そこには簡単な絵と説明文のような文字が書いてある。
(異能の一覧表か?)
赤くバツ印が入っているものもある。
私の視線がそこに向いていることに気付いたソフィアは、補足説明をしてくれた。
「一度与えた異能は、その人物が亡くなるまでは他の人に与えられなくてね。えーと、この使命に適した異能は既に用意をしていてね。この五つよ」
私は体を少し前に傾け、こちらに向けられたタブレットの画面を確認する。
そこには異能名とその効果が、簡潔に記載されていた。
異能名:【異能強奪】
効果:異能を強奪する。
異能名:【絶対命令】
効果:拒絶不可の命令を与える。
異能名:【悪魔使い】
効果:悪魔を使役する。
異能名:【拒絶領域】
効果:異能を無効化する。
異能名:【交渉術】
効果:会話をサポートする。
「どれも強力な異能よ。ただ……強力すぎる故に制約もあります。今回は特別と言っても、バランスは大切でね。どれにしますか?」
思わずごしごしと目を擦った。
彼女の言う通り、どれもぱっと見ただけで強力そうなことは分かる。
無数にある異世界物の小説でも、これらの力を持った主人公は大活躍をしている。
しかし、それに当てはまらなそうな異能が一つある。
どう見ても毛色の違うものが混ざっている。見間違いかもしれない。
加えて、制約が記載されていないことも気がかりだ。
「制約とは?」
「そうね。一つずつ確認しましょうか」
ソフィアは一番上にある【異能強奪】の詳細を確認するため、人差し指でタブレットを操作する。
「――――あら?」
その声と同時にタブレットの画面が、ソフィアの方へと向いた。
こちら側から画面を確認することが出来ない。
ただ……彼女の眉の上がり具合から察するに、何かが起きたことは明白だ。
「――情報が更新されたようね」
ソフィアは何事もなかったかのようにタブレットをこちらへ向け、更新内容を共有してくれた。
彼女が提示した五つの異能の内、四つに赤いバツ印が付けられていた。
私はぱちぱちと瞬きしながら、タブレットからソフィアへと視線を戻す。
「どうやら……あの場にいた他の四人に先を越されてしまったようね」
「残ったのは……【交渉術】か。一番の外れじゃないのか?」
「一見、他の四つに比べると見劣りしていると思うかもしれないけれど、悪くない異能よ」
(少しなのか? いや、そもそも会話スキルだけでどのように異世界人を対処するのだろうか)
「この異能はどのような意図で候補に加えられている?」
「正直に言いますと……他の異能が乱暴なばかりなものなので。こういう選択肢も入れておくことが大切なのです」
「たしか『制約がある』と言っていたな?」
「この異能に関して言えば、特にありません。あえて言うならば、段階的に能力が解放されることでしょうか」
つまり、強力ではないと理解した。
自暴自棄となり異能を振りかざして戦争をする相手に、会話能力だけで対処するのは難しいだろう。
「制約を課すほどでもない異能だと思いました?」
「い、いや……」
「【交渉術】は追加されたばかりなのです。この使命のために。他と同様に強力な異能であることは変わりありません」
(談笑する前に異能を選んでおくべきだったな……。この女神は要領が悪いタイプのようだ)
ソフィアに対する愚痴を心の中で呟いてすぐに「ちっ」と、聞いた人に不快感を与える音が聞こえてきた。
その発生源を確かめるために顔を上げると。
「聞こえていますよ。あなたの心の中の声は。しっかりと」
ソフィアの眉間にしわが寄っていた。
「私が悪いみたいな言い草ね?」
その声色には若干の敵意が含まれている。
私は「悪気はなかった」と静かに両手を上げた。
「あなたにはちょうど良い異能じゃないかしら? コミュニケーションが苦手のようだし。その異能で相手を怒らせないよう努めなさい」
随分と嫌味を言われてしまった。
一瞬言い返すことを考えたが、他にも確認しておく内容がある。
気持ちを切り替えることにしよう。
「私が異能を使用した時、別の『刺客』に暗殺される。なんてことは困るのだが?」
(あの場にいた四人の顔などすでに忘れている。特にリザードなんて区別が付くものでもないだろう)
ソフィアから見せられたタブレットに映っていた異能は、どれも強力なものだった。
それらは他の四人の刺客が手に入れた、とソフィアは言っていた。
そんな彼らに命を狙われてしまうリスクは避けたいとの考えだ。
「それは安心しなさい。あなた達が使用する異能は、『ファルス』の魔力を使用するようになっています。魔力が大気にあふれることはないから悪魔を呼び寄せません。また、鑑定結果にあなたの異能が表示されないようになっています。その力を見せびらかすことさえしなければ、異世界人と気付かれることはないでしょう」
(満足のいく回答だ。ただ、異世界転生であれば、外見は関係がなかったか。……最後に一つだけ確認したいことがある)
「異世界人の対処。私がその『お願い』を聞くことによる報酬について話し合いたいのだが」
「あら……そうね。それは大切なことよね」
ソフィアの顔に不自然な笑みが現れた。
笑顔というには違和感がある。彼女は怒っているかもしれない。
「――――あなた、『昆虫』って好きかしら?」
「――は?」
(待ってくれ。思わず呆けた声を出してしまった。……虫、と言ったか?)
「自我を持って、昆虫に転生するのは嫌よね? つまり……人間に転生できる。これがあなたへの報酬」
「お、オーケー。素晴らしい報酬だ」
納得するしかないだろう。
これ以上続けてしまうと、本当に昆虫として『ファルス』へ転生されかねない。
「それでは『ファルス』への転生としましょうか。あなたは二十年前の『ファルス』で新たな生を受けます。苦労することは多くあると思いますが、頑張って異世界人の『対応』をお願いしますね。期待していますよ」
二十年前への転生。
現在、異世界人への弾圧が酷い『ファルス』へと異世界転生するのは余りにも危険。
現地で世界情勢を確認している間に、死んでしまう可能性だってある。
これに対応するための二十年間。そう理解した。
「ちなみにいつから異世界人は嫌われるんだ?」
「いつから、と明確に答えるのは難しいのだけれど……異能が悪魔を呼び寄せる最初の事例は、今から五年前のこと。あなたが『ファルス』へと転生をして、『十五歳の年』と覚えておくと良いわ。本当はその原因を突き止めて解決してもらえるのが一番なのだけど……今のところ分かっていないのよね」
ソフィアがそう答えると同時に、私の周囲に光の粒子が現れた。
タイムリミットだ。
「そろそろ時間ね」
「新たな生だ。なぜここに来る羽目になったのか、聞き損ねたがのんびりやっていくさ」
「あら? 『ノルマ』はあるわよ? 過去に人を送るほどの力を使うんだから、真面目にやってちょうだい」
彼女の予想外の返答に刹那の間、思考が止まった。
しかし転生までの時間は止まることなく――。
私は強い光に包まれた。
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