異世界交渉術~会話スキルを駆使して生き延びる~
@hirose-riku1216
第1話 「プロローグ① 始まり」
大広間は紫色の大理石で装飾されていた。
その光沢はまるで夜空に散らばる星々のようだ。
一人の男性がその冷たい床の上に横たわっていた。
髪は乱れ、目は閉じられている。
紫色の大理石の上で、男性は夢の中で何を見ているのだろうか。
彼の物語はこの場所から始まる。
♢♦♢
「……ここは?」
見知らぬ風景が目に飛び込んできた。
どこにいるのか分からない。迷子のような感覚が心を包む。
私は立ち上がり、周囲を見回してみるも、紫色の床が広がっていることしか分からなかった。
(この広すぎる空間は何かがおかしい……!)
唯一の手掛かりになりそうな床を調べてみようとひざまずき、右手に握り拳を作ろうとする。
(いや……やめておこう。手を痛めるだけだ。別に私は材料や建築の専門家でもないのだから)
私は一度心を落ち着けるために、深呼吸をしようとした時だった――。
突然、私の背後から音が聞こえてきた。
ただの音じゃない。複数人が会話をしている声だ。
慌てて振り向いたその先には――。
つい先ほどまでは何もなかった場所に、会議室にあるような十人程度が座ることのできるテーブルと椅子が現れていた。
良く見ると、私から見て奥の方で数人がそのテーブルを囲んでいる。
長い髭を生やした老人が一人、その端に容姿の整った若い男女が二人ずつ、計五人がそこにいた。
私はこの状況に混乱しつつも、まずは彼らの話に耳を傾けてみることにした。
中心に座る老人が一束の新聞を取り出した。
ページをめくる音が静かに響く。それを読み進める老人の表情は不満。
もともと厳つい顔をしていたが、眉をひそめて苛立ちを露わにしている。
「――悪魔め! また街を一つ潰しおったわい! 人間による略奪や戦争も後を絶たぬ状況。全ての原因はお主らが送り込んだ『異世界人』によるものじゃ! そろそろ手を打たねば、世界が滅んでしまうの……」
不満、怒り、困惑。そんな感情が発言に込められている。
すると老人の言葉に対し、お主らと呼ばれた者の内の一人が立ち上がった。
水色の髪をした女性だ。
女神と言われれば、そのまま信じてしまいそうな神聖さすら感じる清楚な佇まいをしている。
「申し訳ございません、ガイア様。私たちもこのような事態になるとは……想像しておりませんでした」
「ソフィアよ、謝罪は不要じゃ。魔力が枯渇しつつある世界――『ファルス』、その対策として随分と昔に皆で決定したこと。それよりも次の手を考える必要があるのう……」
「それについて問題はありません。今日はその対策を用意しております」
水色の髪をした女性――ソフィアは、当然とばかりに胸を張った。
彼女にはとっておきのアイデアがあるようだ。
彼女は机に置いてあった一枚の書類を手に取り、説明を続けた。
「私たちが管理する五つの世界、それぞれから『ファルス』へと『刺客』を送り込みます。彼らに『ファルス』で暮らす異世界人の対処を任せます」
ソフィアは書類から目を上げ、ガイアの方をちらと見る。
その視線に厳しさは無かったが、発言に不穏さが含まれていた。
ガイアもそれを感じ取ったようで、困ったように顔を歪める。
「刺客、対処……物騒なことは止めてほしいのじゃが……」
ガイアの発言はもっともだ。
彼らの都合により『ファルス』とやらに送り込まれた人たち。
問題が発生したから処分をする。
それは余りに身勝手な行為で、許されるものではない。
人の命はそこまで安いものではないはずだ。
「もちろん分かっております。基本的には異世界人が持つ力、そして此度の問題の原因――『異能』を封じる方向で考えております。ただ……最悪の場合は……」
ソフィアは発言の終わりに厳しい表情を見せる。
殺すしかない。彼女の顔がそう言っている。
「……うむ。可能な限り封じる方向で頼むぞ。今では悩みの種となっておる異世界人じゃが、彼らのお陰で『ファルス』における魔力の枯渇問題が長年に渡り、解決されておるのも事実じゃからな」
ソフィアは微笑みながら首を縦に振る。
彼女の提案はガイアに受け入れられたようだ。
右手を紙へと持っていき、次のページをめくった。
「――それでは具体的な解決策について、ご説明をいたします」
ソフィアと机に座る四名の視線が、会話に耳を傾けていた私へと集まった。
「ふむ……彼らか」
(なんだ……?)
突然注目を受けた私は、ぽかんとした表情を浮かべた。そしてすぐに違和感に気付いた。
(まて……彼らと言ったか?)
慌てて首を左右に振った。そこにいたのは――。
私と同じようにテーブルへと視線を送っている四人の「生き物」がいた。
ここで人間としなかったのは、明らかにそうではない者がいるからだ。
隣に座っている生き物は、鱗肌と前に突き出た口が特徴的。その口からはちょろちょろと細長い舌が見え隠れしている。
(……こいつは……たしか、そう……リザードだ!)
それだけではない、耳が尖っている者もいる。
(あれは……エルフか?)
「まずは私が管理している地球からの刺客をご紹介いたします」
この空間に照明器具などはなさそうだが、スポットライトが私に当てられた。
テーブルを囲む男女の注目が、私一人に集まった。
「彼の生前は……特別目立った技能はありません。ただ……知識は豊富にあります。地球には異世界に関する書物が多くあり、それらは『ファルス』での生活に大きく役立つと考えております」
「知識だけで大丈夫かの……? 『ファルス』の運命がかかっておるのじゃが……」
(私に目立った技能が無いことは否定しないが……。他人に紹介するときは、もっとこう……何かあるだろう!)
ソフィアはそんな私の思いを気にも留めず、自信満々に首を縦に振った。
「知識以外の面は彼に与える『異能』によりカバーいたします。加えて……今回は異世界への『転生』になります。生前の腕力や特殊技能よりは、知識が重要になることでしょう」
「なるほどな……それは一理あるのう」
(異世界……転生……)
それらの言葉が登場したことで、ようやく状況を理解した。
これは単なる劇では無い。異世界へと転生する前のやり取りだ。
そういったものをいくつもの小説で目にしてきている。
(まさか私がその状況に出くわすとは……。しかし、このまま言われるがままに転生されるのは良くないな)
そう思った私はいくつかの質問をするために、口を開こうとしたが――。
ガイアの方を向いていたソフィアの顔が、くるりとこちらに向けられた。
「聞きたいことは沢山あると思いますが、まずは私たちの話を聞いていてもらえないでしょうか?」
一言目を発する前に制止された。心の中を読まれたのかもしれない。
驚きで口を閉ざした私の様子を見て、ソフィアは小さな笑みを見せる。
そして目をそっと左右に走らせる。
「あなた達もお願いね?」そんな意図が込められていた。
「――それではアース、続きをお願いできるかしら?」
ソフィアに呼ばれて立ち上がったのは、茶髪に眼鏡をかけた男性だ。
肌はやや日焼けをしており、年齢は三十代くらいに見える。
神と言われなければ、一般人がこの場に紛れ込んでしまったと思ってしまうほどの平凡な外見をしている。
彼は地面に座ったままの私とは別の女性の紹介を始めた。
「彼女は――」
それから私を含めて計五人の紹介が行われた。
そしてこの場に集められた五人は、地球とは違う星から集められていることが分かった。
(地球以外に生命体が存在していたとは……っ!)
その存在が確認されていない地球に住む私にとって、大変驚くべきことだ。
しかし、この状況において、そんなことを気にしても仕方がないかもしれない。
地球に戻って記者会見を開くことのできる状況ではなさそうだから。
「――如何でしょう? ガイア様」
「良いじゃろう。後のことは皆に任せることにする」
ガイアはそう言い残し、姿を消した。
「ふう……後は個々で進めることにしましょうか」
ソフィアは満足げな笑みを浮かべて、テーブルを囲う四人に向けて言う。
そして手を上げてパンと音を立てた。
すると、ソフィアと私を残して、この場にいた他の者はいなくなった。
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