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「照合できました。あれは貿易監査局の警備部、巡界艦『バーティック号』ですね」


 ルティはカタカタとキースイッチを操作して、船の情報を調べあげた。


 後方に迫る赤い魔導船が、間違いなく監査局の巡界艦であることを確認すると、

「警備船なんか滅多に遭遇しないなんて、よく言ったものですよ」

 と、隣席の船長にいじらしい目を向ける。



「さきほどのは威嚇射撃ですね。私たちが鉱石を持ち逃げした賊だということは、とうにバレているでしょう」


 甲板の上に並ぶ、大小いくつかの砲台。

 そのうち一つの砲口に、ぼんやりと魔法陣が浮いているのが見えた。


 これは魔導砲。砲塔に魔法士が控えており、呪文詠唱をおこなって巨大な魔法攻撃を放つのだ。


 バーティック号は、巡界艦としては、かなりの重装備だ。

 リジットへドル号にも武器装備はあるものの、さすがに敵わない。ここは交戦せずに逃げるべきなのは、考えるまでもなく明らか。



「敵方から通信要請、きましたよ」


 コックピット内にある通信機器が音を鳴らした。


 ルティが船長の顔をうかがうと、彼は肩をすくめつつ頷いた。

「まあ応答してやれよ」といった仕草。助手はその意図を汲んで通信を受けとる。




『こちら巡界艦バーティック号。艦長のグリフ・フォン・レッドゾムである』


 通信機は、念力魔法を応用した魔道具である。

 念波にのって、バーティック号の艦長の音声が届けられる。レッドゾムと名乗ったその男の声は、低く、威圧的であった。



『魔鉱世界リットファームより通報を受けた。お前たちが偽造紙幣の使用および、鉱石の盗難をおこなったことはすでに分かっている。

……さきほどのは威嚇射撃だ。大人しく降伏しろ、さもなければ次は当てる。容赦はしないぞ』



 おそらく船橋の上部に指令所があり、そこに声の主、レッドゾム艦長がいるはず。

 彼の号令一つで、甲板上に搭載されている魔導砲から一斉に魔法攻撃が放たれることになる。

 こちらは小型魔導船だ、集中砲火を受ければ、たちまち魔素宇宙のもくずと化すだろう。


 降伏勧告は艦長の慈悲だ。

 威圧的な声だが、冷徹な男ではないらしい。


 しかし、こちらの船長は実に横風おうふうだった。



「ハッ。だれが降伏なんてするかよ。捕まえたけりゃあ、せいぜいケツに火ィつけて追ってこいや!」


 いけしゃあしゃあと言って、通信をブツ切りにした。



「よっしゃ、ルティ、逃げるぞ。スピード上げろ」

「……了解です、船長」


 ルティがキースイッチをカタカタと操作する。

 魔力エネルギーの噴射力が急激にあがり、リジットへドル号は一気に速度を上げた。


 船の後方で、雷がほとばしる。


 魔導砲から『雷撃魔法』の砲撃が放たれたのだ。

 雷の魔法光線は、物体に接触すれば雷撃を炸裂させる。

 これは魔導船の撃墜ではなく、船をスタンさせるための砲撃だ。


 バーティック号の艦長は「容赦はしないぞ」と威圧的な言い方をしていたものの、命を奪うつもりはないらしい。意外に情け深い男である。



「ハハッ、あくまで殺しはしねえってか。あいかわらず監査局は甘ちゃんだな!」


 と、せっかくの温情を冷笑するスターチ。


「スターチさん、笑っている余裕はないですよ。情けはあっても、手加減をするつもりはないようですから」



 バーティック号の船橋に据えられた四つの副砲。

 そのすべての砲口に魔法陣が浮かんでおり、そこから雷撃光線が一斉に放たれていた。


 暗い魔素宇宙を鮮明に照らす、四つの閃光。

 ルティの手早いキー操作によって、即時加速していなければ、直撃して、船の動きは完全に停止させられていただろう。




「そうだな。向こうが本気で生け捕りにくるなら、こっちも本気で逃げてやるぜ」


 船が加速してすぐに、スターチがジャケットの袖をまくった。

 腕に刻まれた、魔術の術式刺青が露わとなる。



 リジットへドル号のコックピットは、左右に操縦席が並ぶ。

 右はルティの席で、操縦桿のまわりは無数の機器によって囲まれている。


 一方、船長スターチが座る左座席のまわりには、さまざまな魔法陣や術式符号があった。床や壁に刻まれる、魔術術式だ。


 彼は腕の刺青に光を灯しながら、操縦桿を握る。


 すると、操縦席まわりの術式も光った。

 ヴォンヴォン、と音を立てながら、次々に術式が起動していく。スターチはたちまち魔術の光に囲まれた。



 淡光たんこうはさらに連鎖していく。

 リジットへドル号の両翼に刻まれた術式も光を放つ。高速飛行する魔導船、その翼の光は、暗い宇宙に尾を引いた。


 船体と、スターチ自身の体に刻まれるのは、浮遊術式や重力術式だ。

 微妙に術効果の異なるさまざまな術式を、スターチは器用に操り、そうすることで高速飛行する船を『操縦』するのだ。



 なお、それをサポートするのがルティの役目。


 カタタタタタ……とめまぐるしい速度でキースイッチを叩き、機器を操作しながら、船の状態や進行先の状況をつぶさに確認。

 そして、操縦を誤らないようスターチに指示を出す。

 その処理速度とキー操作の精密さは、さすがアンドロイドといったところ。



「砲撃きます。右に30度旋回!」


「よしきた」

 スターチは右腕の術式をつよく発光させながら、操縦桿をまわす。


「前方にメテオ群です」

 雷撃光線を躱しながら突き進むが、その先に隕石がひしめく宙域があることをルティが察知し、指示を出す。

「このままでは突っ込んでしまいます、今度は左にまわってください!」


「わかったよ!」


「その先には超高密度の魔力の壁があります。もっと大きく旋回を!」


「クソ、こんなもんか⁉」


「いけませんっ、また砲撃がきます! これ以上の旋回はむりです、船首をさげて潜り抜けてください」


「だーもう、忙しいな‼」



 大見栄切って、捕まえてみろなどと言ったものの、そう簡単に逃げられはしない。

 次々と放たれる砲撃と、宇宙航行そのものの障害が立ちはだかる。

 それをこのスピードでさばき切るのはさすがに大変だ。


 速度なら小型魔導船のほうが勝るものの、あちこち逃げ回りながらでは距離を離しきれない。このままではジリ貧だ。



 それだけではない。さらに迫る危機があった……。

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