第二話『巡界艦バーティック号』

2-1

 高密度の魔素と、高濃度の魔力。

 ほぼすべての生命体にとっては、生身では決していられない危険な空間。


 されどもそこにはロマンがあふれている。


 そんなロマンを追い求めて宇宙を渡る船が、ここにも一隻。

 【魔鉱世界リットファーム】より飛び出したばかりの小型魔導船、リジットへドル号だ。



「リットファームの赤魔鉱石を二箱。無事に手に入れられたな。あとはこいつを依頼者に届ければ、お仕事完了だ」


 船長スターチは痛快な笑みで言う。


「偽札がバレちまったときは、どうしたもんかと思ったが。でも、なんなく持ち逃げできたな。

これで石の代金も俺らの懐に入るってわけだ。ハハッ、儲けた儲けた」



 今回、とある依頼人から、リットファームの赤魔鉱石の仕入れを頼まれた。

 品物の購入費は、あらかじめ依頼主から送金されている。


 しかしスターチはその代金に手をつけず、自ら偽造した紙幣を使うことで、代金をまるまる懐に入れようと目論んだのだ。


 あいにく偽札の使用がバレてしまったが、物品をむりやり奪い取って来られたので、結果的に目論見もくろみは叶ったわけである。


 と、上機嫌な船長に対して、助手のルティが口をはさむ。



「でもスターチさん、偽札使用がバレて騒ぎを起こしてしまったのはまずかったですね」

「なんでだよ」


「あれだけの騒ぎを起こしたんですから、すでに、リットファームから貿易監査局に通報がいっているはずです。

私たちは当局に目をつけられました。これでは当分、派手な動きはできません」


 助手のアンドロイドの諫言かんげんにたいして、スターチは「ハハッ」と笑い飛ばす。



「監査局に目をつけられたからって、何だってんだ。んなモン、今更だろ」

「当局の警備船に追われることになります」


「別に、問題ねえよ。あそこの警備部なんて、連盟加入世界をダラダラと巡回してるだけだろ。めったに遭遇もしねえ、ビビるような相手じゃねえやな」



 二人がいるのは、魔導船のコックピット。

 操縦席が左右に並んでおり、右にルティ、左にスターチが座る。

 今はリットファームの世界圏を出て安定しはじめたところなので、操縦桿そうじゅうかんは握らず、ただまっすぐに魔素の海を進んでいた。


 操縦席の目の前は、大きなフロントウィンドーがある。

 窓の向こうには広大な魔素宇宙が望む。点々と浮かぶ光は、宇宙に点在する魔法世界から発せられるもの。


『一つの世界』が、ほんの小さな光点として見えているのだ。

 それだけで、宇宙がいかに広大か、よく分かる。


 こんなに広大な宇宙空間で、巡回警備船と遭遇するなんて、滅多にあることではない。恐れる必要はないとスターチは笑い飛ばすのだった。



 左右の操縦席は、どちらも操縦桿がついているが、その周囲の環境はまったく違っていた。

 ルティが座る右操縦席のほうには、操縦桿以外にも細かなキースイッチが並んで、さまざまな検知器や小さなモニターなどもある。

 船の状態や周囲の状況を、数値やグラフで確認できるようになっているのだ。


 機械制御されたシステム。マギャリックの魔法科学技術だ。


 かの世界が生み出した技術は、宇宙に広く普及しており、あらゆる魔導船がこれを利用している。

 魔導機器による制御システムは魔導船としての標準的な設備だった。



 ふと、ある検知器が反応を示した。ルティが気付く。



「スターチさん」

「なんだ」


「近くに大きな魔導船の反応があります」

「でかい船? どっかの貨物船か商船じゃねえのか。リットファームの近くなら、ゴロゴロいるだろう」


「いえ、これは……」


 ルティがなにか言おうとした、そのときだ。

 どおおおん、という衝撃音とともに、船が大きく揺れた。



「うおわっ」


 シートベルトを締めていなかったスターチは、危うく操縦席から吹き飛ばされそうになった。肘置きを掴んでなんとか耐える。


 対してしっかりとシートベルトを締めていたルティは動じず、冷静にミニモニターを確認する。



「右舷方向、およそ300メートル先で爆風を感知」

「なんだよ、メテオでもぶつかったか⁉」



 宇宙空間には大小さまざまな岩石が、まばらに漂っている。

 魔素粒子が凝固してできた隕石だ。


 ”メテオ”と呼ばれるそれは、大きな魔力を内包しており、衝突すれば派手な爆発を起こす。

 魔素宇宙の旅では、メテオの爆発事故によって命を落とすこともままある。


 だが、今の爆発はメテオによるものではなかった。



「いえ、違います。魔導砲による爆撃です!」

「はあ⁉」


「あの船は貨物船ではありません。大型の魔法兵器の搭載を確認しました。……一般の貨物魔導船などが、警戒用に搭載する装備のレベルではないですね」


「軍船ってことか? なんでこんなとこにいんだよ、この辺で世界間戦争でも起きてんのか⁉」


「見ればわかりますよ。今、ホログラムに映像を出します」


 そう言って、ルティは手元のキースイッチをカタカタと操作する。



 左右の操縦席のちょうど間に、ホログラム装置が設置してあった。

 そこから光が照射されて、フロントウィンドーにホログラム映像が映し出される。それはリジットへドル号の後方を映した映像だ。


 写っているのは、数十メートル級の大型魔導船。

 外装は暗めの赤色に塗装されており、リットファームとの次元境界を背にしながら、堂々と宇宙を飛ぶ。


 船の形状は、リジットへドル号とはかなり異なる。

 こちらは、細長い胴体部に両翼がついた、鳥のような形の船だ。


 一方、あちらも両翼はあるが、太く短いもので、例えるなら鳥よりも魚のヒレに近い。

 胴体は、楕円体の上半分を切ったような、平らな甲板になっている。

 そこに船橋せんんきょうがあり、五つの砲台が積まれているのだ。

 中央に据えられた主砲と、左右に並ぶ四つの副砲。


 船橋の上部に旗章きしょうが見えた。


 五角形の中に、魔法陣が描かれたもの。

 魔法陣は、ノーツ紙幣の図柄に利用されているのと同じだ。


 それは貿易監査局の旗章だった。

 異世界間での公正な取引市場を保つべく、掲げられたシンボルだ。



「おい、マジかよ! ありゃあ、貿易監査局の巡界艦じゃねえか!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る