1-6

「くそ、この女、なんて動きしやがる……っ!」


 石の魔力を取り込み、魔法属性を帯びた拳を振るうオークたち。

 だが、いくら束になって襲いかかろうとも、ルティはすべてなしてしまう。

 人数の利も体格の利も、武装アンドロイドはものともせず、反撃をしかけてきた。



「……だが、しょせん袋のネズミだ、逃げられはしねえぜ」


「ははっ、そうだな。どうせこいつらは、港まで行って魔導船に乗らなきゃ、このリットファームから逃げられねえんだ」


「これだけのオークを相手にしながら、港まで逃げられるはずがねえ。そのうち監査局の応援がきて、お前らは逮捕されるのさ」


 良い気味だ、と言わんばかりに笑い声をあげるオークたち。



「スターチさん、どうですか?」

「ああ。ようやく真上まで運べた。このまま降ろすぜ」


 戦闘をルティに任せっきりにして、ずっと後ろに控えていたスターチ。

 ただし、なにもせずただ突っ立っていたわけではない。

 彼は空を見上げながら、手を動かしていた。それはまるで、なにかを手繰り寄せるかのような動き。



 本日、リットファームは、曇り空。

 上空は分厚い層積雲が覆っている。


 その雲に、なにやらシルエットが浮かんだ。

 雲の中になにかがある。

 その影はどんどん濃くなっており、雲中を降下してきているのが分かる。やがて、雲を抜き出た。


 細長い胴体に、大きく広げた両翼。


 魔導船だ。

 長さ20m、翼を広げた幅は30m、全高5mほど。規格としては小型船だが、間近で見ると圧倒される大きさである。


 急降下して裏通りの真上にまでくると、今度は下降を急停止してホバリングした。なぜか、すでに着陸脚を出している。



「な、なんだ⁉」

「魔導船⁉」

「くそ、こいつら、ほかに仲間がいたのか⁉ 港で待機してた仲間が、ここまで船をまわしてきたってわけか!」



「いィや、俺たちは二人組さ。いま船にはだれも乗っちゃいねえ」


 スターチはそう言って、手をぶんと振り回す。

 すると、その動きに合わせて魔導船の機体も旋回した。



「こいつが船を操ってんのか⁉」


 魔導船の両翼に、なにやら文字列が描かれているのが見えた。

 それが淡い光を放っている。


 それは、スターチが腕に刻んでいるのと同じもの。”魔術術式マジックフォーミュラ”である。


 すなわち、今この船は、彼が浮遊術式によって宙に浮かせているということ。


 そもそも彼らがこの世界に入ってきたとき、港に着陸はしていなかった。

 街の外れで、人知れず船を下りて、そのまま機体は雲の中に隠していたのだ。

 鉱石をだまし取ったあと、すぐに逃走できるように。



 スターチが腕を下げると、機体もゆっくりと降下を始める。


 ここは市場通りの裏手だ。あるていど開けた場所になっている。

 だが、魔導船が着陸できるような余裕はない。

 それでもスターチは強引に船を降ろしてしまった。近くの店や家屋の屋根が、翼で押しつぶされる。

 翼が頭上をかすめて、オークたちは「おわあっ」と身をかがめた。



「こ、こんなとこで船を着陸させやがった!」


 その強引さもさることながら、着陸のスムーズさにも驚かされる。


 港では、これは数人がかりの協力体制でおこなわれている。

 まず魔法士が呪文の詠唱をして、浮遊魔法を発動。パイロットが慎重に機体を降下させて、浮力を受け止めながら、なんとか地に降りる。

 なお、一連の流れは管制官が指示を出して、タイミングを合わせなければならない。


 本来なら、それだけの大仕事であるはずの魔導船の着陸。

 それを、たった一人でおこなってしまうとは。


 これでは監査局の魔法士も形無し。

 型破りの魔術師だが、その腕は一級品なのだ。


 ――なお、その腕には刺青がびっしりと入っている。



「これが俺の魔導船、その名もリジットへドル号だ。どうだ、ブチクソかっけぇだろ。石掘りのオークにはもったいないぐらいだぜ」


 自慢の我が子を紹介するみたいに、誇らしげなスターチ。



「私、先に乗り込んでいますからね。ご自慢もほどほどに」

 下部のハッチが開くと、ルティがそそくさと船に乗り込んだ。


 彼女はすでに戦闘形態を解いていた。

 銃に変形していた腕が元に戻って、しっかりとくっついている。

 自由になった両手で、二つの箱を抱えていた。さきほどの店から持ちだした、赤魔鉱石が入った小コンテナだ。



「く、くそッ、そいつらを逃がすな‼」


 女性のほうがすでに船に乗り込んでしまった。

 オークたちは、呑気に船を見せびらかしている魔術師めがけて、また駆け出した。


 すでにアンドロイドの攻撃を何度もくらっているが、いまだに立ちあがる。このタフさこそ、オーク種族の強みだろう。


 巨漢の男たちに掴みかかられようとしている中、スターチは落ち着いた様子で、ジャケットの袖をまくる。


 その腕の刺青が、また光った。

 それと同時に、オークの動きがピタと止まる。



「ぐ……ッ、な、なんだ⁉」


 彼らは、肩に、背に、足に、異常な重みを感じた。

 目に見えないなにかがズシリと覆いかぶさって、とても歩けない。ついには跪いて、地面にこうべを垂れた。


 彼らを襲ったのは重力。

 スターチが、重力魔法の術式を発動せしめたのだ。


 抗いがたい魔術の力。

 屈強なオークの集団を、まとめて地に伏せさせてしまった。



 彼が今まで戦闘に参加していなかったのは、魔導船の操作のために魔力を割いていたから。

 それ以外には、コンテナを軽量化させる術式で精いっぱいだった。腕利きの魔術師とはいえ、一度に発動させられる術式には限りがあるのだ。



 浮遊術式、重力術式。

 その二種こそが、スターチが得意とする魔術の系統であった。


 果てなき冒険に憧れて、宇宙に飛び出した若者として、実にあつらえ向きの魔術といえる。



「ハハッ。わざわざ頭下げて、ご丁寧な見送り感謝するぜ。じゃあな」


 スターチは、魔術の重みを受けて地面に跪くオークたちの合間を、悠々とすり抜けていく。

 彼が船に乗り込むと、すぐさまハッチが閉じた。


 船が魔力のジェットエンジンを噴射させた。

 重力を解かれるとともに、ジェットの風を受けて、オークたちは一斉に吹き飛ばされて、市場の道を転げまわる。



「ぐわあッ!」

 吹き飛ばされて、そこら中の店の壁に激突したオークたち。巨漢の重みを受け止めきれず、壁がやぶれて、店内の商品があふれてくる。


 市場の店は、ほとんどが鉱石販売店だ。

 あたり一面に、大量の魔鉱石が散らばる。

 それがさらにジェットの風によって舞い上がった。


 色とりどり、鮮やかに輝く鉱石が、宙を舞う。

 美しい光の舞を眼下に据えながら、魔導船・リジットへドル号は飛び立った。


 みるみる地面から離れて、あっという間に雲の中へ。

 鳥のようなシルエットが、黒い雲にうっすらと浮かんで見えている。その影も、やがて見えなくなった。



 そうして裏稼業の運び屋・スターチとルティは、魔鉱石をまんまと持ち逃げし、魔鉱世界リットファームをあとにした。

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