1-4

 店の裏口から飛び出たスターチとルティ。

 そこは市場通りの裏手で、かなり開けた場所となっていた。


 このまま逃げられるかと思ったが……そう都合よくはいかない。

 すでに店の外には、大勢のオークたちが待ち構えていたのだ。


 どうやら、さきほどの紙幣鑑別機の警告音が、店の外にまで聞こえていたようだ。

 その音を聞いて、周辺の店にいた男たちが顔を出してきていた。



 市場に並ぶのは、鉱石販売店ばかり。

 どの店も、経営者はオークだ。

 強靭な肉体を持つオークの男たちが、二人を取り囲む。



「さっきのは紙幣鑑別機の警告音だな?」

「俺たちオークから、鉱石をだまし取ろうとしたってのか」

「薄汚い賊め。リットファームが、オークの聖地だと知ってんのか」


 野太い首をとおって出る怒り声が、方々から飛んでくる。

 鉱石をだまし取られても、損失をこうむるのは当該店舗だけのはず。だが、ほかの店のオークたちもまるで自分のことのように怒り、青年と女性を睨んでいた。


 リットファームのオーク種族は、かなり強い仲間意識をもっているようだ。



 強靭な男たちに取り囲まれ、憎悪に満ちた睨視げいしを向けられている。

 しかし、スターチはこの状況にも怯むことはなく、「ハッ、手厚い歓迎だな」などと笑い飛ばしていた。

 その舐めた態度が、いっそうオークたちの気を逆なでする。


「あのヤロウ、俺たちを舐めてやがるぞ」

「いけ好かねえな。オークの恐ろしさ、思い知らせてやれ」


 彼らは示し合わせるように頷くと、懐から魔鉱石を取り出した。



 さっきの店が取り扱っていたのは赤魔鉱石。

 それ以外にも、魔鉱石にはさまざまな種類がある。紺碧、翡翠、金色……色とりどりの鉱石が存在するのだ。


 オークたちは、種々様々な魔鉱石を、それぞれ手にしている。

 砕片の大きさも、一人一人差があるが、より剛腕で力が強そうな者ほど、大きい石を持っていた。


 彼らは一斉に石を握りつぶす。

 バキン、ガキン、と粉砕音があちこちから聞こえた。



「さっきの店のオークと同じだ。石を砕いて、魔力を取り込んでるのか。……ようするに、この世界のオークはそうやって魔法力を発揮するわけだな」


「そのようですね。鉱石の種類によって、さまざまな属性も付与されているのも分かります。鉱石を砕いて、魔力や魔法属性をその身に取り込む……それが、この世界における『魔法』というわけですね」



【魔鉱世界”リットファーム”】は、魔鉱石の採掘で栄えてきた世界だ。


 採掘した魔鉱石を拳で砕くことで、その魔力を体に取り込む。

 それによって高い攻撃力や、属性が付与される。


 呪文を唱えて術を扱う魔法士とはまるで違うが、それがこの世界の『魔法』なのだ。


 高い魔力が宿っている鉱石ほど、硬度も高い。

 つまりどれだけ高い魔法力を得られるかは、オークとしての力強さに比例するというわけだ。



「なるほど。力自慢のオークと、魔鉱石の性質が見事にかみ合ってるってわけだ。ハハ、魔鉱世界リットファーム……思ったよりおもしろいじゃねえか」


 多勢に無勢、敵はそろいもそろって臨戦態勢。

 こんな状況でも、しかしスターチは余裕の笑みをしてみせた。なぜか楽しそう。



 魔素宇宙を旅していると、各地で、その世界にしかない魔法文明を見られる。

 これこそ運び屋の楽しみなのである。

 スターチはそういうロマンを求めて、陰気な魔術世界から宇宙に飛び出したのだ。




「覚悟しろ、姑息な盗人どもめ!」

 だれかがそう叫ぶと、オークたちがいっせいに襲いかかってきた。


 全員、その太い腕に、魔力の光をまとっている。

 光の色は鉱石の属性によって異なる。


 空が曇っていて少し薄暗い中で、色とりどりの淡光が一挙に押し寄せてくる光景は、思わず目が奪われそうになってしまう。




「俺は今、本領発揮できないんでね。任せたぜ、ルティ」


「了解です、船長」

 ルティはコクリと頷いて、一歩前に出る。


 押し寄せる巨漢の波を前にして、彼女は実に冷静だ。

 焦ることもなく、左手で、右の手首を掴んだ。

 そしてぐっと力を込めると……右腕が外れた。ガキン、と金属音をたてて、ひじの接続を外したのだ。


 左手に握られた、右前腕。

 それがカタカタとうごめき始めた。


 皮膚にいくつも筋が入って、裏返る。

 人工皮膚の下の金属部が露わになり、さらに変形していく。

 細長い筒状の部品が飛び出してきて、引き金や、グリップなども形成される。


 それは銃だ。

 右の前腕部だったモノが、形を変えて、小銃になった。



 腕を外して銃に変形させるまで、たった数秒のこと。がむしゃらに突進するオークには、彼女がいったい何をしたのか理解できなかった。

 理解できないままに、銃口が向けられる。


 ルティは、クスッと微笑をこぼすと、躊躇なく引き金を引いた。


 撃ち出された銃弾ではなく、魔力のエネルギー弾。

 一番前にいたオークの腹に命中すると、凝縮されていたエネルギーが炸裂して、周囲もろとも吹き飛ばした。



「ぐわあっ⁉」

「な、なんだ⁉」


 わけがわからないまま、ものすごい衝撃で吹き飛ばされる数人のオーク。

 裏通りの道幅を超えて、向こう側の家屋につっこんだ。



「こ、このアマぁ‼」

 エネルギー弾の衝撃を免れたオークが、ルティを右横方面から攻める。


 しかしルティは動じない。

 無言で、右腕を上げた。


 肘から先を失った右腕だ。金属質のその断面をオークに向ける。

 すると、その切断面が光り出した。バチバチ、となにかが弾ける音とともに、光が大きくなって、伸びていく。


 切断面から、魔力エネルギーを放出しているようだ。

 エネルギーの塊が、一メートルほどの長さまで伸びて、刃の形を成した。


 ジジジジ……と電撃を帯びながら形を保つ、エネルギーソード。

 それで以って、右方向から迫ってきていた敵を斬りつけた。


 刃が触れると、バチバチバチィッ、と電撃が炸裂する。オークはたちまち気絶してしまった。



「な、なんなんだ、おまえは⁉」


「私は、【魔法科学世界”マギャリック”】の、中心企業たる『ソニン社』が開発した魔導式アンドロイド、ME101X―RTでございます。

……ただし、違法な武装改造を施されていますので。少々、乱暴な立ち振る舞い、ご容赦願います」


 と言って、またクスッと笑う。



 右腕を離断して、エネルギー銃に変形させる。

 その切断面からはエネルギーを射出して電撃の刃を形成させる。


 左手にエネルギー銃、右手にエネルギーソード。

 これが戦闘用に改造された魔導式アンドロイド、ルティの戦闘形態である。




「アンドロイドだか何だか知らねえが……俺たちはリットファームのオークだ、こんな小娘に負けてたまるか‼」


 オークたちはさらに魔鉱石を拳で砕き、魔力を増強させる。

 魔鉱石の種類によって、それぞれ魔法属性を得た。


 火属性を得た者は、超高温の拳で殴りかかったり、熱風を放ったりする。

 氷属性を得た者は、氷結させたうえ砕き割ろうと、冷えた拳を振るう。

 地属性を得た者は、地面を殴りつけて、地割れを起こす。


 魔鉱石によって魔法の力を得たオークたちが、いっせいに襲いかかってくる。


 これがリットファームのオークの戦闘だ。多種多様な属性攻撃を仕掛けてくるうえ、そもそも肉体が強靭でタフ。かなり手ごわい相手である。



 だが、マギャリックのアンドロイドにとっては他愛もない。



 攻撃を躱しては、的確にエネルギー弾を撃ち込む。

 あるいは電撃の刃で薙ぎ払う。

 敵陣に突っ込んでかき乱し、危うくなればすぐに退いて距離をとる。


 細やかな青い髪をなびかせながら、縦横無尽に敵を翻弄していた。

 まるで華麗な舞いを踊っているかのよう。

 戦闘用の改造とは、ただ強力な武装が施されているというだけではない。動きも俊敏なうえ、戦闘の”勘”も卓越している。

 鈍重なオークが何人束になろうとも、見切るのは実に容易かった。



 相棒のアンドロイドが一人で多人数を相手にしている中。

 一方で、船長スターチはただ傍観するのみだが……。

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