1-3

「さて。監査局の連中がきちまったら面倒だ。さっさとズラかるぞ、ルティ」

「了解です、船長」


 鉱石市場通りの一角。

 その店に現れたのは、裏稼業の運び屋二人。


 偽造紙幣での騙取へんしゅを目論むも失敗。しかし堂々と開き直り、商品の持ち逃げを図る。



「この野郎! そいつは大事なウチの商品だ。てめえみたいな薄汚ねえ賊に、持って行かせるわけねえだろうが!」

 店主のオークが、店の出入り口に立ち塞がる。


 彼は、近くにあったほかの木箱から、赤魔鉱石を一つ手に取った。

 盗人めがけて投げつけるつもりだろうか?

 しかし、彼が手にしたのはせいぜい五センチていどの砕片。投げ武器とするならもう少し大きい石を使うべきだ。


 オークは、投げつけるためにその石を手に取ったのではない。


 彼は石をぎゅっと握ると、そのまま思いっきり力を込めた。

 太い腕に筋が浮かぶほど、ぎりぎりと力む。

 ヒトをはるかに凌駕するオークの握力。その力で以って、硬い鉱石を握り締めて、やがてバキンッと割ってしまった。


 魔鉱石は、砕ける瞬間に光を放った。

 指の隙間から、赤い光が漏れ出る。


 その光は、オークの腕を覆うように広がって、定着した。オークの腕全体に、淡い赤光がまとわれている。


 オークはその腕を大きく振りかぶると、豪快なパンチを放った。

 しかし殴るべき相手、スターチとは数メートル離れている。

 腕が届くような距離ではない。そのパンチはむなしく振り切られた。



「なにしてんだ、あいつ?」

 いぶかしげに眉をひそめるスターチ。


 その次の瞬間、青年の体はなにかの衝撃を受けて、後ろに吹き飛んだ。


 スターチを襲ったのは、熱風だった。

 パンチによって高温の突風が発生して、青年魔術師を吹き飛ばしたのだ。



「ぐあっ、あっちい!」

 勢いのまま、店の壁に激突するスターチ。


 その衝撃で、壁際に陳列されていたコンテナがひっくり返った。床に倒れたスターチめがけて、大量の鉱石が降りかかる。


 石の雨に押しつぶされそうになったところを、すかさずルティが庇った。

 ガガガン、と硬い鉱石を受けても、アンドロイドの体は痛くもかゆくもなかった。平然とした顔で、船長に手を貸して立たせてやる。


 スターチも少し頭をぶつけたていどで、大したダメージはなさそうだった。

 その様子を見て、チッと舌打ちをするオーク。



「ちっとばかし、小ぶりすぎたか。もっとデカい魔鉱石で打ち込んでやらなきゃな」


「……あのオークやろう、なにしやがったんだ?」

「どうやら、魔鉱石を握り砕くことで、石の魔力を直接体に取り込んでいるようですね」


「石を砕いて、魔力を取り込む? そんなの聞いたことねえな」

「おそらく、この世界のオーク特有の戦闘法でしょう」


「なるほどね。……しかし、そいつは厄介だな。ここには赤魔鉱石が大量にあるぜ。今みたいなのを連発されちゃア、逃げる隙がないぜ」

「そうですね。しかし、大きな体で出口を塞がれてしまっています。逃げるには正面からぶつかるしかないでしょう」


「困ったな。俺は、今は戦えねえし……」

「私がやりますか?」


「お前の戦闘は目立つだろ。騒ぎを大きくしたくねえ」

「では、どうしましょう……」



 顔を寄せ合って、小声で会話をする二人。


 ……その間に、少女がずいっと割って入ってきた。



「お兄さん、お姉さん。こっちに裏口あるよ」

 店主の娘だ。出入口とは反対側、店のカウンターの奥を指差していた。



「な、なんだよ嬢ちゃん。父親のこと差し置いて、俺たちの味方してくれんのか?

……自分で言うのもなんだが、俺たちは店の商品を持ち逃げしようとしてる海賊だぜ」


「うん。二人は悪い人みたいだけど、でもなんか、あんまり悪そうに見えないし。

お姉さんが話し相手になってくれて楽しかったよ。だからお礼に、逃げ道おしえてあげるの」


 と言って、ルティに無邪気な笑顔を見せる。



 ルティは子供に好かれやすい性質たちだった。

 といっても、そういう設計で造られたというわけではなく、彼女自身の性質だ。



「ありがとうございます。……じゃあこれ、お返しにあげますね」


 ルティが懐から取り出したのは、小さなガラスのプレートのようなもの。端にいくつかのボタンがついている。



「これは何?」

「マギャリック産の魔道具、魔光ホログラム装置です。ごく簡易的なものですが」


「マギャリックの魔道具⁉」

「いろんな魔法世界の景色が、データとして入っています。ぜひ楽しんでください」


「嬉しい! やったあ!」


「ハハッ。店のガキを笑わせてやれたな。とびきりの笑顔だ、こりゃあ十八万ノーツぐらいは価値があるぜ。……ってことで、これは遠慮なくもらっていこう」


 強引なこじつけで、後腐れなく二つのコンテナボックスを回収するスターチ。


 そしてすぐに駆け出す。

 カウンターを飛び越えて、店の裏口に向かった。



「お、おい、待ちやがれ!」

 店主はあわてて追いかけようとするが……。



 そのとき、さっそく娘がホログラム装置を起動させた。

 操作マニュアルの画面が、宙に映し出される。


 店主の目の前に、ホログラム画面が展開された。いきなりホログラム画面に視界を奪われて、店主は「なんだこりゃ⁉」と驚いて、派手に転んでしまう。


 壁に激突して、陳列されていたコンテナをまるごとひっくり返す。大量の鉱石が雪崩のように崩れた。


 それを背に、スターチとルティは店の裏口から颯爽と飛び出していった。

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