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「――ちっ、分かったよ。そこまで言うなら、まけてやる。一箱15万でどうだ。これで満足か、ちくしょうめ」
「まあ、仕方ねえ。それでいこう。ムキムキに引き締まった体のくせして、なかなかどうして太っ腹だ。さっきは悪く言ってすまねえな」
「ヘイヘイ、まいどあり」
オークの店主は、半ば投げやりな態度で言いつつ、魔鉱石が詰まったコンテナボックスを両手に抱えて運ぶ。
こんなに鉱石が詰まった箱を軽々と運ぶとは、さすがオークである。
「しかし、お前さん、こんなモンどうやって運ぶつもりだ? 魔導船は港だろ。そこまで、連れの姉ちゃんと二人だけで、そこまで運べねえだろう」
オークならいざ知らず、彼ら二人でこの箱を運ぶというのは、文字通り荷が重い。
「必要なら手伝いを寄越すぜ。もちろん、その分の駄賃はいただくが」
「いや、いいよ。これぐらいなら運べる」
「……そうかい? まあ、自分らで運べるってんなら、いいけどよ」
「それよりも、さっさと支払いさせてくれ。俺たち急いでるんだよ」
「てめえからゴネておいて、よく言うぜ」
スターチは、ジャケットのポケットから紙幣の束を取り出した。
これはノーツ紙幣。
貿易監査局によって発行されていて、当局の連盟に加入している各世界で使われている共通の通貨だ。
紙幣には、金額や図柄のほか、魔法陣も描かれていた。真円のなかに複雑な模様が描かれ、細かな記号や文字列も並ぶ。
紙や物に、魔法陣や術式記号を
ノーツ紙幣は、アーヴィルの技術提供によって開発された紙幣だといわれている。かの魔術世界と監査局の縁は深い。
「じゃあ、ちょいと待ってな」
オークは札束を受け取ると、店の奥のカウンターへと向かう。
カウンターには、紙幣
三十センチ四方の黒い
かなり精巧な魔道具であり、これにはマギャリックの魔法科学の技術も引用されているという。
「あちこちでノーツ紙幣の偽札が出回ってるって監査局から警告が出てるもんでね。だからつい最近、この鑑別機を仕入れたのさ。
しかも最新機だぜ。高くついたが、仕方ねえ。偽札なんかで大事な商品をだまし取られちゃあ、たまんねえからな」
札束を入れて蓋を閉めると、筐体が淡く光り出す。
箱の中で、紙幣鑑別のための魔法が発動しているのだ。
数秒、経ったときだった。
『ヴィ――――――ッ』
と、店内にけたたましい警告音が鳴り響く。
「お、おい! これはまさか……偽札⁉」
鑑別機が警告音を鳴らすのは、紙幣が偽物だと判定されたとき。
青年が出した十八枚のノーツ紙幣は、偽札だったのだ。
鑑別機にはかけたものの、まさか本気で偽札を疑ってはいなかった。オークの店主は困惑する。
なんとこの男は、もとより偽札で騙し取ろうとしていたくせに、値段が高いなどとゴネていたのだ。盗人
「ちっ。引っかかっちまったか」
青年は悔しそうに頭をガシガシと掻く。
「おいルティ、失敗しちまったぞ。俺はお前のアドバイス通りに術式を組んだってのに。お前、鑑別機の解析、ミスったんじゃねえのか」
「失礼ですね。私がそんなミスをするはずがないでしょう。
原因はあきらかです。解析のために用意したのが、壊れかけのジャンク品だったからですよ。スターチさんが、ケチらずに新品を買っておいてくれれば、私は完璧な解析をしてみせました。
むしろ、ジャンク品であれだけ解析できたことを褒めてほしいくらいです」
「仕方ねえだろ。偽札つかって、仕入れ値を浮かせようって算段なのに、解析用の鑑別機に大金欠けてちゃあ意味ねえだろうが!」
スターチとルティが、偽札使用がバレてしまった原因を、相手に擦りつけあう。
どうやら偽造紙幣は、裏取引などで手に入れたものではなく、なんと彼らの手製だった。
ルティが鑑別機を解析して、その解析結果をもとにスターチが術式を謄写したのだ。
およそ素人のできることではない。彼らは、いったい何者なのか……。
「バレちまったら仕方ねえや。……悪いがこいつはもらっていくぜ」
まさに大胆不敵。
偽札での
しかし、こんなに重いコンテナをどうやって運び出すつもりなのか。
スターチは、ジャケットを脱いだ。
ジャケットの下は、Vネックの黒シャツ。シャツはノースリーブだ。
露わとなった両腕には、びっしりと刺青が入っていた。
手首のあたりから、肩口まで。さらに肩の先にまで刺青はつづいているようで、背中などもびっしり刺青が入っているのかもしれない。
腕の刺青は、顔にあるようなデザイン柄ではない。
彼の両腕に刻まれているのは、複雑な魔法陣紋様や、難解な数式のような文字列だ。
「な、なんだ、その刺青は……⁉」
「これは”
【魔術世界”アーヴィル”】出身、スターチ・ロックシュタインだ。――以後よろしく」
堂々と名乗ると、二つのコンテナボックスに、それぞれ手をかけた
そしてなんと、それを軽々と持ち上げてみせたのだ。
鉱石が詰まった重い箱を、片手ずつで。
なんという腕力か。まるでオーク並みだ。……と思いきや、そういうわけではない。
スターチの腕に刻まれた文字列、そのうちの一節分が、淡い光を発していた。
彼は、魔術によって、重いコンテナボックスを浮かせたのだ。
「場末の石売りオークは、魔術を見るのは初めてか? こいつは浮遊術式。ごく初歩的な魔術さ。
……まあ、物を浮かせる術なんてのは、魔法でも定番だろ。どの世界でもよく見る。とくに珍しいもんでもねえやな」
意地の悪い笑顔を浮かべながら、魔術師スターチは言う。
世界によって魔法体系はさまざまなれども、たいてい、浮遊術が基礎とされている。たしかに、さほど珍しいものではないだろう。
だがスターチの場合は、その術式をタトゥーにして自らの体に刻み込んでいるのだ。
浮遊術式は、腕にびっしりと刻まれた文字列のたった一節分。
そのほか、あらゆる魔術術式を刺青として腕に刻んでいるようだ。
多数の術式を操れるのは、”腕利きの魔術師”の証ではあるが。
実際にそれを腕に刻んでいるとは。
魔術師として、あまりに常識外。
こんな男が、高名なアーヴィルの魔術師だとは。世も末というか、かの魔術世界も末か。
「じゃあ、とっととズラかるぜ、ルティ」
「了解です、船長」
「……ちっ、バカが! 逃がすわけねえだろうが!」
店主が掴みかかったのは、青髪の女性、ルティだ。
盗人の一味を絶対に逃がすまいと、その細い腕をがっしりと掴む。
「パパっ、だ、だめだよ乱暴しちゃ!」
店の隅にいた娘が、切実な声を上げる。
だが店主は「だまってろ!」と一蹴した。
「こいつらは偽札なんかで俺をだまそうとした、薄汚ねえ賊だぞ。
情けなんざかける必要はねえ。いっそ一思いにぶん殴って大人しくさせてやろうか……」
などと言いながら、
各世界に広く分布するオーク種族だが、たいてい血の気が多い。
逃げられないよう、ぐっと、ルティの右腕を掴んだ。
そのまま、強引に彼女の腕を引っ張ってしまう。
怒りのせいで、力加減を誤ったか。
そのままルティの腕は…………取れてしまった。
肘から先がなくなって、前腕部がオークの手の中に。
「きゃあっ」
店内に、叫び声が響く。ただしその声は、掠れていない。
叫び声をあげたのは店主の娘だ。
腕を引きちぎられた当の女性は……無言。
あまりの衝撃に声を上げられない、という様子でもなく、ごく平然としているのだ。
「う、うわっ」
さすがに店主も、腕を引きちぎるつもりなんてなかった。
彼は慌てた様子で、ちぎれた腕を気味悪げに放り投げる。
それを平然とキャッチするルティ。
ちぎれた右の前腕部を、左手で持つ。
「えっ、えっ⁉ お姉さん、大丈夫なの⁉」
「はい。腕が取れたぐらいで、なんともありませんよ。……もとより私は、そういう『仕様』ですから」
そう言って、ルティは羽織っていたケープを脱いだ。
そのケープは七分丈で、今まで腕の切断面は見えていなかった。それが露わになる。
肘部分の断面には、血も肉もない。
なんとその断面は、硬い金属質なのであった。
ルティはそのまま腕の切断面を合わせる。
カタカタ、ガチンッ、という、およそ人体から発生するとは思えないような音を立てたかと思うと、腕がきれいにくっついてしまった。
右手を、ぐっぱぐっぱと開け閉じする。『接続完了』だ。
「き、金属の腕……? うそ、もしかしてお姉さん、アンドロイドなの⁉」
ルティは少女のほうを振り向いて、再び、クスッと笑う。
「ええ。【魔法科学世界”マギャリック”】出身。
ソニン社製の魔導式アンドロイド『
……読みの末尾をとって、『ルティ』とお呼びください」
さきほど少女の質問をはぐらかせていたルティだったが。
なんと彼女自身がアンドロイドなのだった。
落ち着いた喋り口調なのに、声は活発な女児のようで。大人びた雰囲気でいながら、無邪気に笑う。
……ギャップを多分に含んだ女性だが、その”人間らしさ”はあくまで人の手によって造られたものだというのか。
これがマギャリックの魔法科学かと、末恐ろしくなる。
「こ、こいつら、一体何なんだ……」
この奇妙な二人組は、魔素宇宙を飛びまわる運び屋。
だが、まっとうな運び屋ではない。偽札で魔鉱石をだまし取ろうとしたのだ、あきらかな犯罪行為である。
二人はほかにも、監査局が認可していない物資を運んだり、各世界の闇市場の橋渡しをおこなったりしていた。
依頼があればどんな物でも、どんなルートでも運ぶ、裏稼業の運び屋。
そういったアウトローな渡航者は、俗に『宇宙海賊』などとも呼ばれる。
不良じみた魔術師、スターチ・ロックシュタイン。
人間味あふれるアンドロイド、ME101X―RT――通称ルティ。
彼らは、あらゆる魔法世界をまたにかけて魔素の海を往く、裏の運び屋――宇宙海賊なのだった。
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