スペースオペラ・ファンタジー ~竜は宇宙で啼いている~

頂ユウキ

第一話『魔鉱世界リットファーム』

1-1

 ある魔法の世界を例に出そう。


 まだ魔法文明が発展途上だった頃、その世界の人々は、空を『天幕』だと思っていた。


 昼の空には澄み渡る青色の天幕。

 夜になれば黒い天幕が覆う。黒い幕には無数の星々が描かれている。



 だけど魔法技術が急速に発達して、魔素という粒子、魔力というエネルギーについて理解が進むと、空の実態が見え始める。


 天が青きは光のいたずら。空の向こうは常に暗黒だ。

 その暗黒は、果てなくつづく『魔素の宇宙』。

 そして夜空に浮かぶ星々は、『ほかの魔法世界』。


 世界はここだけではない。

 一元の魔素宇宙に、無数の異世界が浮かんでいる。



 それこそが、〝多元異世界宇宙オムニファンタジア〟という真理なのである。



 あらゆる世界がその知見を得たとき、やがて異世界間の交易が始まった。


 重宝されるは、あらゆる世界をまたにかける、宇宙の『運び屋』だ。

 彼らは”魔導船”に乗って、危険を顧みず、魔素の海をく――。




 ***




「赤魔鉱石が、一箱で20万ノーツだと⁉ ブチクソ高えじゃねえか。ボッタクリかよ!」


 ここは、【魔鉱まこう世界”リットファーム”】。

 脈々とつづく魔鉱山の恵みによって栄えてきた世界である。


 その中心地には、鉱石市場の通りがある。魔鉱石の販売店が建ち並んでおり、いつも他世界からの渡航者によって賑わっていた。

 魔鉱石は、さまざまな世界で需要があるのだ。

 ある世界では、加工して魔道具を製造するために。

 ある世界では、石に宿る魔力を抽出してエネルギーにするために。

 またある世界では、これを食する種族が存在するとも言われる。


 魔素宇宙にはさまざまな世界があり、その世界ごとに、異なる魔法文明や種族体系を持っているのだ。



 通りの奥まったところにある、小さな鉱石販売店。

 加工品は取り扱っておらず、未加工石の砕片をコンテナボックスに詰めて販売している店だった。“業者向け”の店といえる。

 すなわちこの店に訪れるのは、世界間の物資運送をおこなう“運び屋”だ。


 ある客が、赤色の鉱石が詰まったコンテナを指差しながら、店主に食ってかかっていた。

 年の頃は二十。まだ若い、ヒト族の青年だ。



「ボッタクリなもんか。ほかの店も覗いてみろよ、これが相場だ」


 答えた店主は、とても武骨な体格をしていた。筋骨隆々で、声も野太い。

 オーク種族である。



「これが相場? 冗談こくなよ、せいぜい15万ノーツがいいとこだろ。客の足元見てんじゃねーぞ」


「まあ、昔はそんなもんだったがな。

最近、貿の介入で、魔鉱石の取引額が一気に引き上げられたのさ。魔鉱石は、いろんな世界で需要が増えてるからな。

そんなことも知らねえでここに来たのか。さてはお前、田舎者か?」


 店主に、田舎者かとなじられた青年は、ピクンと眉をひそめる。


「ハァ⁉ 俺のどこが田舎者に見えるってんだ。俺は魔術師だぞ。

【魔術世界”アーヴィル”】出身、れっきとした魔法文明人だぜ」


「……魔術師? お前が?」


 店主は、青年の身なりをじっと眺める。


 青年は、いかにも素行の悪そうな格好をしていた。


 服装は、Vネックシャツにジャケットを羽織るというカジュアルな装い。

 そして、耳に大量のピアスを差し、顔にはタトゥー。

 左目の下にある十センチ大のフェイスタトゥーで、ノーティカルスター(✯)に、竜が絡んだようなデザインだった。



「お前が、魔術師なわけがあるか。つくなら、もう少しマシなうそにするんだな。

魔術ってのは、頭のいいやつしか使えない高度な魔法技術だろう? ピアスや刺青なんかしてるような不良が、魔術師なわけがあるかよ!」



「見てくれは関係ねーだろ! 俺は正真正銘、魔術師だっての!

だから分かる! ここの魔鉱石は、どれもこれもてんで質が悪い。こんな粗悪な魔法石で、相場の価格をとろうなんざ、ボッタクリに違いねえや」



「な、なんだと⁉ おい小僧、口をつつしめ!

この世界のオークは、太古の昔から魔鉱山の採掘業を継承してきたんだ。魔石の採掘は俺たちの伝統業。その伝統に文句をつけるつもりか⁉」


 店先で、醜い言い合いをつづける店主と青年。



 ――そんな二人を遠巻きに見るのは、幼い少女と、若い女性。



「……お姉さん、ごめんなさい。パパってガラが悪いんだ。客商売に向いてないって、ママがいつも言ってる」


「いえ、ウチの船長こそ、いつもあんな調子ですから。商談が揉めずに済んだ試しがありません」


 少女のほうは、店主の娘。

 そして女性のほうは、あの青年の仲間だ。



 アクアブルーのショートヘアに、瞳はグレー。

 深緑色のケープを羽織っており、その立ち姿は実につつましやか。


 ずいぶん落ち着いた喋り口ながら、少しかすれたような声質だった。

 喋り言葉とともに空気が漏れ出ているような、いわゆるハスキーボイスだ。低音ではなくて、高い声のハスキー。

 聞いた印象としては、はしゃぎすぎて喉を枯らした女児のような声。


 大人びた雰囲気の女性なのに、声は活発な女児のよう……。

 ちぐはぐなギャップが、かえって魅力に思えた。


 実際、店主の娘がすぐ懐いたのは、彼女のそういう雰囲気に親しみやすさを覚えたからだろう。

 いつも店の隅で退屈している少女だったが、今日は良い話し相手がいて嬉しそうだ。



「『ウチの船長』って?」


「あの人は――スターチさんは、小型魔導船の船長なんですよ。私はまあ、その助手というか、ただの乗組員というか……。

私たちは二人で運び屋をやってましてね。この世界に来たのも、仕事の一環ですよ」


 オークと言い合いをつづける青年を、やや冷めた目で見つめる女性。


 魔導船の船長だという青年の名は、『スターチ』。

 そしてその仲間の女性、名前は『ルティ』という。



「あの人、さっき自分のことをアーヴィルの魔術師って言ってなかった?

あの世界の魔術師さんって、学院にこもって研究に没頭してる人ばかりって聞くけど。それが運び屋? ……ねえ、実際のところどうなの? あの人って、ほんとうに魔術師なの?」


 父親同様、娘も、あの青年が魔術師なのか疑っているようだ。

 無理もない。


 多くの世界で用いられる魔法は、呪文の詠唱などで術を発動する。

 それに対して、アーヴィルの魔術は、あらかじめ組み込んでおいた術式を起動することによって、魔法を発動させる。

 詠唱の必要もなければ、魔力を練り上げる時間もかからない、かなり便利な魔法術だ。

 しかし術式の組成は、相当な知識量と技術力を要するものである。

 限られた賢人しか、魔術師になれない。それは、場末の鉱石販売店の娘でさえも、知っていることだ。


 だけど、あのスターチという青年は、頭がよさそうにも見えないし、気品の欠片もうかがえない。

 魔術師だなんて、まったくもって疑わしい限りなのである。



「……さあ、どうでしょうね。あの見てくれですから、疑われるのも無理はありません。しょせん、魔術師をかたる輩なのかもしれませんね」


 ルティはそう言って、クスッ、といたずらっぽく笑う。


 彼が本当に魔術師か。

 その疑問には答えてくれない。

 都合の悪い回答をはぐらかせたというよりは、いたずら心から、あえて疑問を解消させなかったという感じだ。

 なんだか、からかわれている。しかし悪い気はしない。


 大人びた雰囲気なのに、いたずらっぽい無邪気な笑顔。

 落ち着いた喋り口調なのに、活発な女児のような掠れ声。

 そのギャップが、彼女の魅力だ。




「それにしても、お姉さんたちは運び屋なのかあ。あたし、運び屋って憧れるなあ」


「運び屋に憧れが?」


「うん。だって、宇宙に出て、いろんな世界を旅してまわるわけでしょ? 憧れちゃうよ」


 少女は、窓の向こうに広がる空をながめる。


「あたしもいつか、お空の向こう……魔素宇宙に出て、いろんな世界を見てまわってみたい」



 本日、リットファームの中心地は、あいにくの曇り空。

 層積雲の向こうに広がる黒い海に、少女は焦がれていた。


 生身では耐えられぬ高濃度の魔力、音も通さない高密度の魔素。

 果てなくつづく漆黒の闇。まるで無間むけんの地獄だ。


 されどもそこにはロマンがあふれている。


 宇宙には、さまざまな世界が存在しているのだ。

 独自の魔法文明をもっていたり、固有の種族体系があったり、独特な魔物が生息していたり。

 驚きと発見に満ちた宇宙の旅に、憧れる者は少なくない。



「とくに、あたし、魔法科学が発達した世界に行ってみたいんだよね。【魔法科学世界”マギャリック”】!」


「マギャリックに興味があるんですか」


「うん。だって、リットファームは魔鉱石のお山ばっかりで、魔法科学なんて縁もゆかりもないんだもん。どんなのか、気になるよ。

とくにマギャリックには、科学の力で動く魔導アンドロイドっていうのがいるらしいんだ。

人形なのに、生きた人間と区別つかないんだって。一度でいいから見てみたいなあ!」


 少女は、らんらんと目を輝かせながら語る。


「運び屋のお姉さんは、マギャリックに行ったことはある? 魔導アンドロイドを見たことある⁉」



「……さあ、どうでしょう? たしかに宇宙を飛びまわる運び屋なら、一度くらいは魔導アンドロイドを見たことがあるかもしれませんね」


 また少女をからかうためか。

 ルティはあえて期待をかわして、回答をはぐらかせる。



 ルティと少女が、店の片隅でしばらく他愛のない会話をつづけていると、やがて店先の言い合いが止んだ。

 ……ようやく、商談がまとまったらしい。

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