第33話 初戦

 渦王の軍勢の先頭で戦いが起きていました。

 目の前に巨大な黒い怪物と、何百もの人のような怪物が現れたのです。


 黒い怪物は醜いライオンのような頭と魚の尾をしていて、鋭い爪がついた前足を持っていました。闇の魔法で怪物に変えられたクジラです。

「ひるむな、者ども! 目を狙うんだ!」

 先頭部隊の隊長が叫んでいました。

 無数のもりがお化けクジラの頭へ放たれましたが、クジラはうるさそうに頭を振ると、目の前の渦王の軍勢をばっくりと呑み込みました。

 大勢の海の兵士が怪物の口の中に消えていきます。


 他の軍勢には、ウロコにおおわれた人のような怪物が襲いかかっていました。

 角が生え、醜くゆがんだ姿をしていますが、正体は闇の魔法で姿を変えられた半魚人でした。

 渦王は半魚人たちに行く手をふさがれて難儀していました。

 戦車に何匹も取りついて、戦車を引くサメを食い殺そうとしています。

 サメは負けじとかみつき返しますが、一匹を倒してもまたすぐ次の怪物が襲いかかってきます。

 王は長いほこをふるって怪物を追い払いました。黒光りのする三つ又の海の矛です。


 すると、その王を狙って別の半魚人が襲いかかってきました。手にした短剣で王を突き刺そうとします。

 王は矛を返して防ごうとしましたが間に合いません。

 そこへもう一本の三つ又の矛が飛び出してきて、怪物を串刺しにしました。

 渦王の親衛隊長のギルマンです。

 元は同じ半魚人の仲間とわかっていても、敵には容赦なく海の矛をふるいます。

 たちまち王の周りから敵が消えていきました。

「よくやった、ギルマン。ついてまいれ」

 と渦王は言って戦車を先頭へ走らせました。そこではお化けクジラとの戦いが続いています。


 そこに、半魚人の怪物を蹴散らして、フルートたちの戦車が追いついてきました。

 ギルマンが戦車と同じ速さで泳ぎながらニヤリとしました。

「来たな、勇者たち」

「へっ、おいしいところをあんたに一人占めされちゃたまんないもんな」

 とゼンも笑って軽口を返します。


 けれども状況は笑っている場合ではありませんでした。

 王の軍勢は必死で戦っていますが、巨大なお化けクジラに次々に呑み込まれて食われてしまっているのです。

 先にクジラに呑まれたフルートたちは、波の馬に乗っていたから無事でしたが、直接呑み込まれたものたちは助かるすべがありません。

 それでも、王の軍勢は勇敢に戦い続けていました。


「下がれ、皆の者!」

 と渦王が声を上げました。お化けクジラの真っ正面に出て、高く両腕を上げます。

  海の魔法を使おうというのです。

 王の軍勢があわててクジラから離れます。

 ところが、そこにまた半魚人の怪物が襲いかかってきました。

 奇声を上げながら剣や銛を掲げて、王へ群がってきます。


「頼む!」

 フルートは戦車の手綱をゼンに投げ渡しました。

 素早くゼンとフルートが入れ替わります。

 フルートは剣を抜くと、王に迫る怪物を切り捨てました。

 炎の剣は水中では炎を吹きませんが、水が蒸発するジュッという音が響いて、猛烈な泡が湧き起こりました。


 一方のギルマンは魚のように巧みに泳ぎ回りながら、海のほこで敵を次々に倒していきました。

 海の水が敵の流す血で赤く染まっていきます。


 戦車の上に立って呪文を唱える王の目の前で、お化けクジラが大口を開けました。

 戦車ごと王を飲み込もうというのです。

 けれども、それより早くゼンが戦車をクジラの前へ走らせました。

 フルートがクジラに切りつけようとします。


 すると、クジラが身を引きました。たじろいだように大きく後ずさりました。

「ワン、こいつ、あのときのクジラですよ! フルートに痛い目に遭わされたのを覚えているんです!」

 とポチが言いました。

 軍勢をいくらでも呑み込んでいたクジラが、フルートが近づいたとたん、口を閉じてしまいました。

 フルートに胃袋を焼かれたことが忘れられないのに違いありません。

 後を追ってゼンがさらに戦車を走らせると、クジラが大きな前足をふるいました。彼らの頭上を鋭い爪がかすめ過ぎていきます。

「うひょお!」

 とゼンは声を上げました。

 爪の一撃をまともに食らったら、頭など簡単に持っていかれてしまいます。


 そのとき渦王の声が響きました。

「下がれ! 来るぞ!」

 何が? と問う間もなく、少年たちの目の前で海の水が光り出しました。

 明るい緑色を帯びていた水が鮮やかな青に変わり、大きく渦を巻き始めます。

 巻き込まれそうになって、ゼンはあわてて戦車を下がらせました。

 青い水はますます大きな渦になり、やがて、一匹の巨大な蛇の姿に変わりました。青い水の蛇――ハイドラです。


 全長が数十メートルもあるお化けクジラと、やはり三十メートル以上もの長さがある水蛇のハイドラ。

 二匹の巨大な怪物は、海中でにらみ合いました。

 先に動いたのはクジラでした。大声で吠えてハイドラにかみついていきます。

 ところが、水蛇はするりとその牙の間を抜けると、ライオンに似たクジラの首に絡みつきました。とぐろを狭めてクジラを締め上げていきます。

 クジラがまた水中で声を上げて、何度もハイドラを殴りつけました。

 けれども、水の蛇は体がちぎれても、すぐにまた元に戻ってしまいます。怪物の首を決して放そうとせず、じわじわと締め上げ続けていきます。

 クジラはのたうち、蛇を引き離そうと必死でもがきます。


 すると、ハイドラがクジラの頭にかみつきました。

 鮮やかな血が水の中にばっと広がり、クジラの目が潰されます。

 クジラはまた悲鳴を上げると、闇雲に進んで海流を抜け出しました。水蛇を首に絡ませたまま激しく泳ぎ回りますが、やがて動きが鈍く緩やかになり、ついには泳ぐのをやめてしまいました。

 巨大な体がゆっくりと薄暗い海底へ沈んでいきます――。


「すげぇ」

 とゼンがつぶやきました。ハイドラはお化けクジラを絞め殺してしまったのです。

 フルートとポチも水蛇の強さを声もなく見守っていました。

 すると、ギルマンが泳ぎ寄ってきて笑いました。

「あのハイドラに、おまえたちは戦い勝ったのだぞ。こんなちっぽけなおまえたちがな。我々がどれほど仰天したかわかるだろう?」

 そう言われて、フルートとゼンは思わず顔を見合わせました。


 戦闘は終わりかけていました。

 半魚人の怪物はほとんどが渦王の軍勢に倒されて、わずかな生き残りが兵士に追われてちりぢりに逃げていきます。

 海底から青い水蛇が一匹で戻ってきて、渦王の元へやってきました。

 渦王がうなずいて「ご苦労」と声をかけると、また青い水になって海流の中に見えなくなってしまいます。

 ハイドラはそんなふうに、水の流れの姿で王の軍勢と共に進んでいたのです。


「敵はきっとまた来ますよ」

 とフルートは渦王に言いました。

 魔王は、渦王と海王の軍勢が一緒になっては困るのです。必ず途中でまた妨害してくるはずでした。

 渦王はうなずきました。

「間もなく海流は東の大海に入る。そうすれば敵の領分だ。ただで通してはくれんだろうな」

 けれども、そう言う王の目は強く行く手を見据えていました。何者にもたじろぐことがない、勇気と力に充ちたまなざしです。


 フルートたちは、王の軍勢を振り返りました。

 数え切れないほどの兵士たちが、真っ黒な集団になって渦王に付き従っています。

 先頭集団が戦いの勝ちどきを上げると、後ろの隊列が次々に応え、海の中にときの声が響き渡ります。

 渦王がまた隊列の先頭に立ちました。勇敢な海の王と軍勢を、海流がどんどん東へ運んでいきます――。


 ゼンがフルートをつつきました。

「おい、メールのところへ戻ろうぜ」

 そこで、少年たちは戦車を返すと、隊の最後尾へと戻っていきました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る