第29話 広場

 翌日の日の出前、渦王の城の広場に王の軍勢が集結しました。

 フルートがシーブルと戦った場所が、武装した大勢の戦士で埋めつくされていました。石畳の広場だけでなく、水路の中もウロコやひれを持つ海の一族たちでいっぱいです。

 城壁に取り付けられた松明たいまつを映して、武器や防具が薄暗がりに光っています。


「すごい数だね」

 とフルートはゼンにささやきました。

「これでも全員じゃないんだとよ。大半は海岸で待ってるらしいぞ。全軍でどのぐらいいるのか、想像もつかないよな」

 とゼンがささやき返します。


 大軍勢を前にして、渦王が声を上げました。

 渦王は青に白い線を流したようなよろいで身を包み、角のような飾りがついた立派なかぶとをかぶっていました。

「いよいよ我らは海王の城へ向かう! 皆も承知の通り、東の大海には謎の敵が入りこみ、卑怯にも海王を監禁して東の大海に忌まわしい呪いをかけた。我らの目的は、東の軍勢と共に謎の敵を倒し、海王と東のものたちを救い出すこと。勇猛な海の戦士たちよ、正義の名のもと、存分に戦ってくれ!」


 おおぉーっと城中を揺るがすようなときの声が上がりました。

 槍やほこや剣が高々と掲げられ、水路から水面をたたく騒々しい音が上がります。


 すると、渦王がフルートたちのほうを見ました。

「我らにはまた力強い戦友がある。金の石の勇者とその一行だ。彼らもまた正義に導かれてこの島までやってきた。我らの戦いに助力してもらえることを、海の王として心から感謝する。フルート、皆に言うことはあるか?」

 急に渦王から話を振られて、フルートは面食らいました。

 そんなことは打ち合わせていなかったのですが、全軍が自分たちに注目しているので、真剣な顔つきになって渦王の隣に出て行きました。


「渦王、みなさん――ぼくたちは陸に住む者です。海についてはよくわからないことばかりです」

 いきなり自信のないような話から始まったので、ゼンが心配そうな顔をしましたが、フルートは落ち着いた声で話し続けました。

「でも、ひとつだけ予想がついていることがあります。東の大海に呪いをかけて、海王をさらった敵の正体です。あれは闇の敵です。確証はまだありませんが、おそらく、ぼくたちが天空の国で戦った魔王だろうと思います。やられたふりをして海に逃げて、反撃の機会を狙っていたんです」


 ざわっと、どよめきが波紋のように軍勢に広がりました。

 渦王が驚いたようにフルートを見ます。

「それはまことか、フルート?」

「おそらく」

 とフルートは答えました。

「ぼくが以前ナイトメアに襲われたことを知っているのは魔王です。しかも、夢の中で何度も自分の復活を強調しています。いろいろなことを考え合わせても、魔王が海にいて、世界中の海を我がものにしようとしているのは間違いないと思います」


 それから、フルートはまた全軍に向かって言いました。

「海のあちこちで目撃されている黒い水蛇は、魔王のドラゴンのエレボスが変身したものだと思います。魔王もエレボスも非常に強くて恐ろしい敵です。油断をしないように。そして、自分の心を強く持つように。闇の敵と戦う方法は、これしかありません。皆さんの上に天と地と水の守りが強くありますように――。ぼくから言えるのは、これだけです」

 それだけ言えれば上出来でした。


 渦王はうなずくと、また目の前の軍勢へ言いました。

「皆の者、わかったな? この場にいないものたちには、おまえたちの口から伝えよ。敵は魔王と、そのドラゴンが変身した水蛇である可能性が高い。闇の魔法と敵が我らの行く手をふさぐぞ。闇の力に負けることなく海王の城までたどりつき、海王と東の海を闇の手から救うのだ!」


 おぉぉーーっと、またときの声が上がりました。

 すると、今度は遠くからも同じような声が返ってきました。

 海岸に集結した他の軍勢が、広場の声に応えたのです。


「では、南の海岸から出発する! 行け、皆の者!」

 渦王の声で、軍勢がいっせいに水路の水に潜り、後から後から水路に飛び込んで移動を始めました。

 身動きもできないくらい詰めかけているのに、驚くほど整然とした動きです。

 渦王の軍勢は、数が多いだけでなく、訓練もよく行き届いているのでした。


 最後に広場には主だったもの数名が残るだけになりました。

 その中には、フルートと城門の入り口で戦った半魚人のギルマンもいました。

 ギルマンは黒光りのする海のほこを手に、フルートに向かって笑って見せました。

「今度は味方同士で戦えるな、金の石の勇者。ありがたいことだ」

「傷は治ったんですね」

 とフルートはギルマンの背中を見て言いました。

 銀に光るウロコには火傷の痕も残っていませんでした。

「ああ、魔法医の治療を受けたからな。これでまた存分に戦える。とはいえ、ゼンや金の石の勇者と戦うことだけは、今後もごめんこうむりたいがな」


 フルートは思わず隣のゼンを見ました。

「君はどうやって彼に勝ったの?」

「俺の戦い方は誰が相手でもいつも同じさ。エルフの矢が効くヤツにはそれをお見舞いするし、それが効かないようなら力づくだ」

 とゼンが答えます。

「このわしどころか、あのシーブルやハイドラまで絞め殺そうとしたんだから、ゼンの力は計り知れない。そのうえ、金の石の勇者には危なく焼き魚にされるところだったからな。いやまったく、わしには魔王よりおまえたちの方がよほど恐ろしいぞ」

 そう言ってギルマンはまた笑いました。戦士として、相手の強さを素直に賞賛する声でした。


 すると、渦王が話しかけてきました。

「魔王のことだが、フルートよ、他にも我々が気をつけるべきことはあるだろうか? なんと言っても、おまえたちは天空の国で奴と戦って、撃退している。奴の戦いぶりは目の当たりにしてきているわけだからな」


 フルートは真顔になりました。さっき軍勢の前では言わずにおいたことを、思い切って口に出します。

「魔王は、他人の持つ『力』を自分のものにして使うことができるんです……。天空の国では、天空王や天空の国の人たちから奪った魔力で、国中に白い呪いをかけて、風の犬や他の生き物たちを思いのままに操っていました。今回は東の大海に呪いがかけられて、海の生き物たちが怪物にされています。たぶん、魔王は海王の魔力を奪っているんだろうと思います」


「海王の力か!」

 と渦王は声を上げて唸りました。

「実に厄介だな。兄上とわしの魔力は、ほぼ互角だ。お互いに牽制けんせいし合うから、ほどほどのところで引くことができていたが、まともにあの力でかかってこられたら、こちらの受ける痛手は計り知れない。この戦い、半数が生きて帰ってこられたら上等としなければならないだろうな」


 難しい顔になった渦王に、ギルマンが力強く言いました。

「しかし、王よ、こちらには東の軍勢がつきます。我らも共にあります。必ずや、勝利は我らの上に」

 渦王も一瞬の弱気をすぐにうち捨てると、深くうなずきました。

「まったくその通りだな。しかも、我らには勇者の一行もついている。なあ、そうであろう? フルート、ゼン」

 そう言われて、フルートはほほえみ返しました。

「もちろんです。それに、ぼくたちだけじゃなく、ポチもいます。こう見えて、ポチもとても頼りになる戦士なんですよ」

 ワン! とフルートの足下でポチが吠えました。


「頼もしいことだ」

 と渦王はまたうなずき、それから、急に何かを思いついた顔になって、にやりとしました。

「うむ、そうだ。ポチは犬だから別として、今回のゼンとフルートの戦いぶりを見て、メールの婿をどちらにするか決めることにしよう。そうだそうだ、それが良い」

「えっ?」

「おい、渦王、まだそんな……!」

 思わず目を丸くしたフルートとゼンに、渦王は愉快そうに言いました。

「良いではないか。戦いにも何か楽しみがなくてはな。おまえたちの戦いぶり、とくと見せてもらうことにするぞ」

 そして、渦王は「先に行っているぞ」と言い残して、ギルマンを連れて水路に飛び込んでいきました。

 後にはフルートとゼンとポチだけが残されます。


「ったくもう! あの王様の頭ン中はどうなってんだよ? 二言目には婿、婿って」

 とゼンが髪をかきむしってぼやきました。

 フルートは、ちょっと気がかりそうに城の方向を見ました。

「メールは見送りに来ていなかったね。お父さんが生きるか死ぬかの大戦争に出かけるっていうのに」

 王の居城は、いくつもの城壁と森の向こうになっていて、その場所からは見ることができません。


 ゼンはまたため息をつきました。

「ホント、どうしようもない父娘おやこだよな。しょうがない。この戦いから帰ってきたら、何とか誤解が解けるように一肌脱いでやろうぜ」

 ――渦王や彼ら自身が、戦いに敗れて帰ってこられなくなるかもしれないことは、あえて口には出しませんでした。

「行こう」

 とフルートは言うと、仲間たちと共に水路へ飛び込んでいきました。

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