第5章 城門の戦い

第18話 第一の門

 渦王の城は、森の奥深いところに、緑にまぎれるように建っていました。

 普通の城のように上に高くそびえるのではなく、横に低く広がっている平城ひらじろです。

 城全体は白っぽい石で造られていましたが、庭や城の周りのいたるところを植物がおおっているので、どこに城があるのか一目ではわからないほどでした。


 城の外側を石造りの壁と水路が取り囲んでいて、跳ね橋が上がっていました。

 跳ね橋が下がると水路の上に橋がかかり、門の入り口が開くのです。

 門が見えるあたりまで近づいたフルートとシルヴァは、茂みの陰に隠れながら城の様子をうかがいました。

 日は暮れてしまいましたが、まだ空が明るいので、あたりの様子を見通すことができます。


 水路の手前に人のようなものが見えました。大きな槍を手に、森を向かって立っています。

 丈の短い服を着ていますが、体のむき出しになった部分は銀のうろこでおおわれていて、頭は魚にそっくりでした。腕や足にはひれのようなものも見えます。

「あれが半魚人……?」

 とフルートが尋ねると、シルヴァはうなずきました。

「ギルマンって言って、半魚人の中でも特に強くて頭のいいヤツさ。渦王の親衛隊長だ。いつもは渦王のそばで守っているはずなのに、なんで今日に限って門番なんかやってるんだ?」

 と、いまいましそうに言うと、声を潜めて、さらに続けます。

「あの城の周りの水路は海水だ。森の泉と同じように、底で海やいろんな場所とつながってる。今はあのギルマンしか見えないけど、あいつが合図をすれば、きっと水路から渦王の手下が大勢現れる。ここは危険だから別の場所から入ろう」


 けれども、フルートは半魚人を見つめながら聞き返しました。

「他に、もっと簡単に城に入れる場所があるの?」

 シルヴァは返事に詰まりました。

 壁はぐるりと城を取り囲んでいるし、海水が充ちた水路も外側をずっと取り巻いています。どこから行っても、入りにくいことは同じくらいだったのです。

「でも、あいつはやばいよ。まともに相手になんてできない」

 とシルヴァが必死に言うと、フルートはきっぱりと答えました。

「周りのどこからも入れないのなら、行く場所はひとつさ。正面から乗り込む」

「お、おい……!」

 あわてて引き止めようとするシルヴァを振り切って、フルートは茂みの中から出ていきました。

 魚人の立つ門目ざして、まっすぐ歩いていきます。


「あいつ、本物の大馬鹿だ」

 シルヴァは呆れてつぶやきました。

 とばっちりを食らって、自分まで見つかってしまってはたまりません。

 茂みの奥へそろそろと下がって、注意深く自分の姿を隠します。


 フルートが門の前まで行くと、半魚人が槍で行く手をふさぎました。

「待て。どこへ行くつもりだ」

 と丸い目をぎょろぎょろさせて尋ねてきます。

 その顔は本当に魚そのもので、開いた口には短く鋭い歯がずらりと並んでいました。

 フルートははっきりした声で言いました。

「友だちを取り返しに来たんだ。そこをどけ」

「ほう」

 半魚人のギルマンが面白そうにフルートを見下ろしました。ギルマンは長身で、二メートル近い身長があります。

「小さいくせに威勢がいいな、人間の小僧。なるほど、おまえが金の石の勇者だな。渦王様から話は聞いている。中に入りたければ、わしを倒していけ。わしを破れば橋が下りる。だが――永遠に城に入れる日は来ないがな!」


 言うなり、ギルマンが槍を繰り出してきました。フルートの胸をまともに突こうとします。

 フルートは素早く飛びのくと、背中から炎の剣を抜きました。槍の柄を横なぎに切り払います。

 槍の穂先が飛び、木でできたが火を噴いて燃え上がりました。

 驚いて槍を手放したギルマンに、フルートはためらうことなく切りかかりました。剣がうろこの体をかすめそうになります。

 身をかわしたギルマンは、大きく飛びのくと、フルートを見てにんまり笑いました。

「なるほど、確かにおまえは勇者か。では、わしも本気で相手をしなくてはならんな」

 また切りかかっていったフルートをかわして、水路に駆け寄ります。

 水面に手を突っ込んで中から取りだしたのは、長い三つまたほこでした。全体が黒っぽい銀色に光っています。


 ギルマンがほこでフルートを突いてきました。

 今度はフルートが身をかわします。

 後を追うように次々と矛を繰り出しながら、またギルマンが笑いました。

「渦王様からじきじきにいただいた海の矛だ。鎧など簡単に突き通すぞ。それ!」

 高い位置から矛が襲いかかってきました。避けられません。

 フルートはとっさに盾を構えました。矛が盾に当たって跳ね返されます。

「なに!?」

 ギルマンが驚きに目を見張ります。


 フルートは突きの衝撃で後ろに飛ばされていましたが、すぐに跳ね起きると、矛の上を飛び越えて、ギルマンの目の前に立ちました。

 剣で切りつけると、敵の服が裂けて燃え上がります。

 ギルマンは悲鳴を上げて水路に飛び込みました。


「嘘だろ、ギルマンに一太刀ひとたち浴びせたぞ……」

 茂みの奥から見守っていたシルヴァが、信じられないようにつぶやきました。

 渦王の親衛隊長のギルマンは、海のほこを自在に操る勇猛な戦士で、今までどんな敵にも負け知らずだったのです。うろこにおおわれた体はおろか、その服の端さえ敵に傷つけられたことがないと言われていました。


 フルートが水路に駆け寄ってまた剣をふるいました。

 水の中からギルマンが矛で応戦しています。

 水路の水面と地面はほぼ同じ高さでした。身長差がなくなって、フルートの方がむしろ優勢に見えます。

「あいつ、まさか本当に――」

 と言いかけて、シルヴァはまたじっと戦いを見つめました。

 心の中で『本当に渦王まで倒すかもしれない』と考えたのですが、それを口に出すのが怖いような気がしたのでした。


 ふいにギルマンが水路の中に潜りました。

 姿が見えなくなります。

 フルートは息を弾ませながら水面を見渡しました。

 薄暗くなってきた景色の中、水路の水は黒々と横たわっていて、中をのぞき見ることができません。

 フルートは全身の神経を研ぎすまして、水の中の気配を知ろうとしました。

 一年余り前、ゼンと一緒に地底湖でグラージゾと戦ったときのことが、頭の中をよぎっていきます。息詰まるような緊張は、あのときと同じ感覚です。


 すると、突然水しぶきが上がって、中からギルマンが飛び出してきました。

 宙高く飛び上がり、三つ又の矛を突き出してきます。

 フルートは、とっさに盾で矛を受け止めました。

 が、力任せの攻撃に耐えきれず、また吹き飛ばされました。後ろ向きに倒れてしまいます。

 その胸を狙って矛が突き出されます。

 ところが、また矛が跳ね返されました。フルートが着ている魔法の鎧のほうが、矛より強力だったのです。


 フルートは咳きこみながら立ち上がりました。

 強烈な矛の一撃に胸を強く打たれて、一瞬息が詰まったのです。

 その隙を逃さずギルマンがまた攻撃してきました。魔法の鎧のたった一カ所の弱点――フルートの顔を狙って矛を突き出してきます。

 フルートはあわててのけぞり、きわどいところで矛先をかわしました。鋭い刃先がフルートの額をかすめて浅い傷を作ります。


「あっ、やばい!」

 茂みの中でシルヴァは思わず叫びました。

 ギルマンが使う海の矛は頑強なだけでなく、刃先には猛毒が仕込まれているのです。

 みるみるうちにフルートの顔が土気色つちけいろになり、足元がよろめき始めます。

 ギルマンが、またにんまりと笑いました。

「これで決まったな、勇者。あの世から出直してこい」

 とどめに海の矛をフルートの顔面にたたき込もうとします。


 すると、フルートの体が下に沈みました。

 倒れたのではありません。自分から素早くかがみ込んだのです。

 宙を貫いていった矛の下をフルートは走りました。鎧を着た体を丸めて、魚人の足に体当たりします。

 ギルマンが体勢を崩して前のめりになります。

 フルートは魚人の体の下をかいくぐると、振り返りざま切りつけました。

 鋭い刃が魚人の背中を切り裂いて、傷口が火を噴きます。

 ギルマンはすさまじい悲鳴を上げると、矛を狂ったように振り回しました。フルートをしりぞけて水路に飛び込みます。

 魚人の姿は大きな水音と共に水中に消え、それっきり、いくら待ってももう戻ってはきませんでした。


 それでもフルートは炎の剣を構えたまま警戒し続けていました。

 水底でつながっているという水路から、新しい敵が現れるのではないかと思ったのです。

 けれども、その気配もなく、あたりは静まりかえっていました。


 すると、がさごそと音をたてて、茂みからシルヴァが出てきました。ため息をついて言います。

「はぁ。ホントに、何かの間違いじゃないのか? あのギルマンを撃退するだなんて……」

 と信じられないものを見る顔でフルートを見つめますが、次の瞬間、驚いて声を上げました。

「あんた、矛の傷がないじゃないか!」

「ああ」

 フルートは傷跡が消えた自分の額に触れて、ちょっと笑って見せました。

「大丈夫なんだよ。ぼくには魔法の金の石があるから。傷も毒もすぐに消えてしまうんだ」

「それでか」

 とシルヴァは納得しました。

 矛の猛毒を受けたはずのフルートが、今はもう普通の顔色で立っています。


 そのとき、重い音を立てながら、跳ね橋がゆっくりと下り始めました。

 地響きを立てて水路の上に橋がかかります。

 橋の先の石壁に、城内に続く入り口がぽっかり口を開けていました。


「ふぅん、本当にギルマンを倒したら入れるんだ」

 とフルートはつぶやくと、抜き身の剣を持ったまま歩き出しましたが、急に立ち止まってシルヴァを振り返りました。

「君はここでもう引き返したほうがいい。あとはもう、ぼくだけで大丈夫だよ。ここまで案内してくれて、本当にありがとう。」

「ちょ、ちょっと待てよ!」

 シルヴァは声を上げました。

「冗談じゃない、ここまで来て、おめおめと帰れるか! 俺も絶対一緒に行くぞ!」

 とたんにフルートはどこかが痛むような表情をしました。同じようなことを言って渦王に連れ去られてしまった仲間たちを思い出したのです。

「気をつけてね」

 とだけ言うと、フルートは先に立って橋を渡り、城門をくぐりました――。


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